第3話 すれ違い
◇ ◇ ◇~蛍子視点~
え、倒れた。あの皆さん、またか、って顔されてるんですけど良いんですか!?人倒れましたよ!?それともこれって日常茶飯事なんですか!?奏真さん日常的に倒れているのですか!?
羽田さん、やれやれじゃないです。助けてあげて下さいよ。
…うん、そうそう。きちんとしたところに寝かせておいてあげて下さい。あ、引きずっちゃ駄目です。担いで下さい。死体を運んでる殺人鬼にしか見えませんよ。
女性は6人。男性は奏太さんを合わせて8人。少数民族ですね。
皆が皆、仲よさそうに喋っています。
はあ、賑やかな人たちですね。ぱっと見、ただ若者たちが馬鹿やっているようにしか思えないんですけど、この人たちが、あのハイレベルな人たちなんですよね。あ、あれですかね。天才と何とかは紙一重ってやつ。
「えっとあの~」
「何でしょうか?」
隣に座っていた人が話しかけてきました。多分同年代の人だと思います。確か、この人は―――
「シー、さん?」
「ああ、そうです。佐野志慰です」
さのしい。すごい名前だと思ったので記憶に強く残っています。
この人ハーフっぽい感じですね。髪が茶色ですし、目が青いですから。肩くらいの髪は、ふわふわしてて柔らかそう。それに足が長い!パンツルックで、足の長さが目立ちます。
ん~この人も何ですが、サークルの人たち、顔までもがハイスペックなんですよね。何故ですかね。なかなか眼福です。
「鷲谷、さん?は、なんでここに?」
「蛍子って呼んで下さいよ。あと敬語もなしで」
「そうすると、私容赦なくタメ口しか出来ませんけど、良いですか?」
「断然OKです」
「んじゃ遠慮無く言っちゃうヨ!」
うわ、本当に遠慮が無い。というか、何でしょうか。癖ですかね?語尾が片言というか、上がってるというか、何というか……。個性的ですね。
「何でソー君と一緒にいたノ?それに女のコが一人で山奥に居ちゃ危ないヨ?」
「それに関しては大丈夫です。ここは私有地ですので。奏太さんとは散歩しているときにあったんです」
「そーなんだー。サークルちょー、かもーん」
「ど、どうしたの?」
少し離れた辺りに座っていた、女の人が椅子から降り、こちらにやってきました。女の人というか、小柄な女の子、ですね。小柄な体に似合わぬ、某・子供名探偵のような黒縁の眼鏡。眼鏡の奥にある、大きくクリッとした黒い目には、オドオドとした感情が表れています。
15歳くらいかな~って思っていたので、てっきり誰かの妹さんか何かかと思っていたのですが……。サークル長と言うことは、あの、天才的な言語能力を持つ、あのサークル長? ……失礼ですけど、とてもそうには思えません。頬にソースをつけてるこの子がサークル長?
「サークルちょー、このこと知ってた?」
「もちろんだよ。私が確認を取ったんだから」
「……はぁ」
「痛い痛い痛い痛い!何でぐりぐりするの!?」
佐野さんは溜息をつき、少しふんぞり返ったサークル長さんの頭に、両手をグーにして思いっきりぐりぐりを始めました。わあ、痛そう。
「サークルちょー。そういうときは地主さんも誘うのが礼儀ダヨ」
「ち、ちゃんと誘ったもん!でも忙しいからって、断られたんだもん!」
「事情はよく分かりました。なのでもう放してあげて下さい」
流石に可哀想です。それに痛そうで目も当てられません。
「いーや、駄目!だいたいみんなサークルちょーを甘やかし過ぎなんだヨ」
「ですが、さすがにこれはちょっと……」
「そうだぞ。もうやめておけって」
止めに来たのは、羽田さんでした。奏真さんをおいてきたようですね。
「う~、ケン君、でもサ。サークルちょーこのままじゃ立派な大人になれないヨ!」
「安心しろ。サークル長は特別な人の前じゃないと、こうにはならない。それにシーも知ってるだろ?サークル長の入試満点伝説。あの入試を満点でくぐり抜けるヤツの心配なんかいらねぇよ」
に、入試満点伝説!? 何ですかそれは。確か、SN大って難関の部類じゃないですか。そんな大学の入試を満点で突破!?
……ホントに天才だったんですかこの人。
「はぁい。ケン君がそこまで言うなら」
「よしよし。今度なんか奢ってやるよ」
「やった!」
甘い。誰か、ここに砂糖を追加しませんでしたか?結構な量追加されてます。空気が甘すぎる!何なのですか、この二人!言葉数が少ないのに、何故ここまで甘い空気が出るのですか!?
「よーし、お二人さん。リア充してんじゃね―――焼けたから早く食べてね」
コンロのそばにいた女の人がこちらを見て叫んでいます。その隣で焼いているのは、ルーさんでしたね。これまた凄い名前。
いつの間にか円が崩れ、先ほどのような形になっていました。全員が思い思いの場所に椅子を持って行き、串を片手に笑談しています。まったく動きが分かりませんでした。このサークルの人たち凄すぎです。
「分かりました。ほら、行こうぜ」
「うん!あ、蛍子ちゃん」
「何ですか?」
佐野さんは少し考えたあと、満面の笑みで言いました。
「ようこそ!今日は思いっきり楽しんでいってね」
こんなこと言われたら、言い返す言葉なんて一つしかありませんよ。
「もちろんですよ」
◇ ◇ ◇~奏真視点~
楽しそうな声が聞こえる。その声に引っ張られ、目が覚める。・・・・・誰だ、地面に寝かせたのは。ああもう、泥だらけじゃないか。
俺どうしたんだっけ。
確か、賢治に突っ掛かられて、蛍子さんがあの鷲谷財閥のご令嬢であああああぁぁ!そうだった。蛍子さんは、あの鷲谷財閥の、ご令嬢!
鷲谷財閥は、古くから代々続く大企業で、今は家電業界に大きく貢献している。とにかく、凄いとこのお嬢様なのだ。俺みたいなのが誘ってもいい存在ではなかった。
――――俺みたいなのが、一目惚れして良い存在ではなかった。
どれだけ好きになろうとも、変わらない。どうにもならない、事実だ。
それに俺が好きになっても、彼女にとって、迷惑にしかならないだろう。
だから、この恋は、諦める。
あっさりしたものだ。だが、そうしなければ。早めにしておかないと、あとで辛くなる。何事も早め早めが大事。
「奏真さん!」
みんなと喋っていた蛍子さんが、いち早く気付きこちらを振り向く。俺が気絶している間に、かなり仲良くなったようだ。もちろん、男とも。
ほら、見ろ。俺は、ただ誘っただけだ。彼女にとって、特別でも無い。俺が勝手に思っていただけ。幻想を持つな。現実を見ろ。
「どうかしました?」
「何でも無いです」
そう、なんでもない。何もない。
俺は笑顔を作る。何も悟らせないように。
「いや~、ホントすみません。気付かなくて。そちらにとっては迷惑だったりしませんでした?」
「そんな事無いですよ。私は今日暇でしたし、とても楽しいですから」
「それは良かった」
「おい奏真、ちょっと来い。話の続きだ」
「悪いな」
賢治は話が聞かれない程度の離れた場所に向かった。少し薄暗くなっている。
「で、だ」
「何がだ」
「お前、鷲谷さんとどういう関係?」
「どういう関係も何も、ただ俺が誘っただけだが」
「本当に?」
「ああ」
「あのお前が、女性を連れてきたんだぞ?何もないわけあるか」
本当に俺は一体何と思われているんだ。誰か1200字以内で教えてくれ。800字でも良いから。
「だってな、お前高校のとき、女嫌いって噂されてたんだぞ?告白されても冷たくフッて。なのに俺とは仲良くて。ついには男好き認定されかけてたんだぞ!」
「俺冷たく振った覚えなんて無いぞ。丁寧に、相手を傷つけないようにフったつもりだ」
「あれで丁寧?無表情で、氷山みたいな声だったのに」
「は?俺は、笑顔で新しい世界に送り出したつもりだった!」
「お前の表情筋どうなってんの!?いつもめっちゃ表情豊かなのに、なんでああなるの!?何でれい〇うビーム出してるような顔になってんの!?確かにお前のフッた女子はいろんな意味で新しい道に入ってはいたが!」
マジか……。どうりであの後、周辺の女子から敬遠されてたわけだ。
「このまえまで純愛小説ばっかよんでた女子が急に腐ったとか、品行方正で有名だった女子がMに目覚めたとか……」
「なんか言ったか?」
「イイエナニモ」
◇ ◇ ◇~蛍子視点~
奏真さん、どうしたんでしょうか。様子が少しおかしかったような気がするのですが。どこか痛むのでしょうか?
羽田さんと話をしている奏真さんの背中を見つめます。
「ケーちゃんケーちゃん」
「どうかしました?」
いつの間に呼び方が変わっていたのでしょうか。っていうか酔っ払ってますね。頬に朱がさしてます。それでも見苦しくならないのが美形マジック。
「結局のところ、どうナノ?」
「何がでしょう」
「またまた~。とぼけちゃってぇ」
佐野さんが背中をばしばしとたたいてきます。結構痛いです、これ。
「さ、佐野さん、痛いです」
「ゴメン。で、どうなのサ!」
「だから、何がですか」
「も~」と言って、今度は私の両肩をしっかりとつかんで小さな言いました。
「ソー君のコト!どう思ってるノ」
「そ、奏真さんのことですか?」
「うん。だって、ソー君のことだけ名前で呼んでるし、視線が違う!」
「何を証拠に……!」
「女の勘」
どうしよう、何も言えない。妙に説得力があって反論できない。何ですか、この説得力。
「特に何もありませんってば!」
私なんでこんなこと言ってしまったなでしょうか。正直に言えば良かったのに。少し恥ずかしかったからって、私らしくなく取り乱してしまった。もし願いが叶うとしたら、あのときへ戻して欲しいです。
「シー、そうだぞ。あまり迷惑をかけるんじゃない」
◇ ◇ ◇~奏真視点~
「特に何もありませんってば!」
その言葉が、彼女の口から漏れたとき、「ああ、やっぱり」と、思った。ストンと、事実を受け止めることが出来る。
「シー、そうだぞ。あまり迷惑をかけるんじゃない」
蛍子さんがこちらを見る。驚いたように目を見開いたが、それはいつの間にか俺がいた、と言うことだろう。決して俺が言ったことに対する、驚きではない。
「ソー君。でもネ!」
「サークル長さんが何か言ってますよ!」
シーが何かを言おうとした前に、蛍子さんがかぶせるようにして、叫んだ。その違和感に気付かぬまま、俺たちはサークル長の方を見た。
「全員しゅうご~!」
フッと空を見ると、空はもう随分と暗くなっている。お開きなのだろう。
「もう暗くなってきたから、そろそろ解散にするよ!みんな道草を食っちゃ駄目だよ!」
大あくびをすると、サークル長は片付けに取りかかった。サークル長の様子から、ここは手伝わなくても良いと判断。取りあえず、サークル長はテンションが上がらないかぎり、失敗はしない。ああ見えても、サークル長はこのサークルの中で、一番の実力者だ。あのくらいがちょうど良い。うとうとしてたり、少し眠かったりするときが一番最強である。万が一、その状態のサークル長に、危害を加えようとした者は、コテンパンにやられてしまう。手伝わないと言うよりも、単に恐ろしくて近づけないだけだったりする。
「ソー君」
「ん、何だ?」
シーに話しかけられる。その隣には蛍子さんがいた。その顔には、さっきまであった笑顔が見えなかった。
「ケーちゃん送ってあげてヨ。流石に暗いカラ」
「佐野さん、あのっ!」
「いいですよ」
「え・・・・・」
「良かったネ!じゃ、またね。ウチもう帰るから」
「し、シーさんはどうやって帰るのですか!?」
「ケン君の車~」
リア充め。引き受けたはいいが、この気まずい空気、どうしろってんだ。おい、答えやがれ!