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        03

翌朝、大木の案内で食堂に入って行くと熱烈な歓迎が待ち構えていた。

特にと云うかやはりそれはキッドに向けられた物が多い。

至る所から声が掛かり、握手の手が伸ばされる。

水兵姿のキッドも珍しく愛想良く応え、笑顔が向けられると喝采が上がった。携帯端末のシャッター音が響いたが今回ばかりは文句も言えない状態だった。


「相変わらずのモテっぷりだな、ジ-ンが居なくて良かったぜ。」

モクの声にハクも笑う。

「コオもな。奴はキッドが可愛くて仕方が無いらしい、廃業して嫁に行くと言い出したら後を着いて行きかねない。」

「勝負パンツを持ってか?」

笑い倒すオヤジ二人の会話は幸いな事にキッドの耳には届かなかった。

「今朝は機嫌が良いな。」

キリ-の声にキッドが笑った。

「後が有るから。」

ニンマリと笑う顔は何か企んで居る顔。

「頼むから問題は起こすなよ。」

「了解。」

この軽い返事が何とも恐ろしい。実に不可解な事に大木はこの何を仕出かすか判らないキッドがお気に入りのようで、この後の艦内案内を請け負っていた。

「マニラには明日の朝到着だ、それまでは見学の許可を貰って在るから何処でも案内してやろう。」

大木が云うと中井が続いた。

「マニラからは俺達が連隊まで送り届ける。ミリタリービップの扱いだ、楽しみにして居ろ。」

言葉通りに食事がすむとキッドは大木の後に着いて弾む様な足取りで出て行った。それを見送って、

「おい、キリ-・・・」

ハクが如何にもな表情で見やるとキリ-は遥か水平線に視線を投げた。

「大木もこれで良く解かるだろう、認識の甘さは命取りになる事を知っておいた方が良い。」

「イルカの問題じゃないだろう、G倶楽部の問題だと思うが。」

モクの言葉に応えは無かった。



「それで何を見たいんだ?」

甘い認識の大木が嬉しそうにキッドに尋ねると、満面の笑みが返される。

「まずは艦橋、艦長殿にご挨拶をして置きたい。」

一瞬黙った大木は僅かに口ごもった。

「・・・良いが・・・その口は慎めよ。吉田大佐は海軍一の堅い方だ。怒らせたくは無い。」

キッドの表情が改まった。

「こう見えても菊花まで戴いた身だ、お前相手と一緒にはしないぞ。」

凛々しい真顔で言われるまでも無い。キッドが御前と呼ぶ御方から十六花弁八重の徽章を拝領した噂は三軍に鳴り響いていたし、特に身近く幾つかの勅命を受けているとも聞こえていた。

「それなら良いだろう。」


艦橋の前室には警備の少尉が二人立っていた。

不審人物が空母の頭脳とも云う艦橋に入り込まない為の措置であったが、大木には表情ひとつ動かさない彼等がキッドには眼を和ませる。

同じ少尉と云う立場さえ嬉しいらしい。

大木が要件を告げると一人が艦橋に連絡を取ってくれ頑丈な扉が中から開かれた。

「キッド、オヤジさんには丁寧にな。」

もう一人が素早くこっそりと告げ、キッドは其れにウインクで返す。

現れたのは大尉の徽章をつけた若い顔だった。


「大木中尉、吉田大佐は今回の救出作戦を敢行したG倶楽部に敬意を表して、今回のみ特例として艦橋の見学を許可された。」

眼がキッドに向けられる。

「噂に名高い・・・キッドか?」

確かに確認しなくては兵士とは思えない姿だったが、

「はい、日本陸軍立川連隊、G倶楽部所属、第二戦闘兵士キッドです。」

陸軍式の敬礼に思わず大尉の手が応えていた。

「良いだろう、入りたまえ。」


大尉の案内で大木とキッドは海軍空母『暁』艦長、吉田高志大佐の前でピシっと礼を取った。

「ほほう、若く美しい女性だと聞いたが確かだな。」

厳しい顔には笑みの欠片も無い。だがキッドは煌めく瞳を真っ直ぐに投げかけた。

「お言葉ですが、私は兵士です。年齢も性別も気に掛けた事は在りません。」

大木は噴きだす冷や汗を感じていた。

吉田大佐はじろりとキッドを見下ろして視線を逸らす。

「陸軍は小生意気なガキが多い様だ、海軍はそんな無様は許さんぞ。」

その眼がギロリとキッドを睨み付け続けた。

「小娘が調子に乗るな。」

「はい。」

気持ちの良い程の返事が返される。吉田大佐とキッドの眼が真面にぶつかった。それは長くも有り短くも有る数瞬だったが、大木には背中の汗が流れて行く果てしない時間でもあった。


「あっ、戦闘機だ。あれは何ですか?」

いきなりのキッドの声に吉田大佐が振り返った。

「コルセア101型、今から偵察に出る処だ。」

「あれがコルセアか、何て綺麗なんだろう。良いなぁ。」

大佐が驚いたようにキッドを見返した。

「綺麗か、確かにあの形は美しいが・・・戦闘機は好きか?」

食い入る様な眼が大佐を振り返った。

「はい。でもまだ乗った事が有りません。」

「輸送機とはかなり違うぞ、下降時は大の男でもビビる。」

「空挺の降下は知ってますがそれより凄いですか?」

「・・・生身には敵わないだろうが、高高度はしたのか?」

キッドは飛び立つ戦闘機から眼を離さないまま答えた。

「一万メートルの高高度低開傘はしました。気持ち良かったです。」

キッドの視線が艦橋内を見渡した。

「此処は凄い、空母は初めてです。海軍は・・・」

「何だ?」

並居る百戦錬磨の男達の眼を釘付けにする鮮やかな笑顔を見せて、

「格好良いです。」

吉田大佐の頬が緩んだ。其処に追い打ちをかける様に、

「横須賀の海軍基地にも行きましたが、船だけでは無いんですね。

こんな空母が有れば何処でも行ける、戦える。」

その瞬間キッドの表情は完全な戦闘兵士の顔になっていた。

思わず息を飲むほどの変化に大佐の背筋が伸びた。

「『暁』に乗せて戴いて感謝します。」

「何の、貴官等は救出任務を成功させた。南アは厳しい処だったろう。

内陸は我々では手が出せないから陸軍に頼るしかないとは言え、山の様な敵の手からよくぞKarasuを護り抜いたな。見事だった。」

「有り難う御座います。」

キリリと引き締まったキッドに吉田大佐は思わず、

「何か欲しいものが有るか? 記念に進呈しよう。」

「お言葉に甘えて一つお願いが有ります。戦闘機に乗せて戴きたいです。」

黙って聞いていた大木は立ち眩みを起こしかけたが、大佐は怒る事は無く僅かに首を傾げた。

「どうだろう、訓練も無く乗るのは。」

横の大尉に尋ねると大尉はキッドに尋ねた。

「そう簡単では無いぞ。Gは相当なものだ。」

「Karasuの中井中尉は何時でも乗せてくれると云ってくれましたが、なかなか機会が有りません。今を逃すと何時になるか。中尉の後を追い掛け回す羽目になりそうで。」

Karasuの名前が出た処で大佐と大尉の表情が変わった。

そうだろう、僅か二時間で離着艦をマスターした中井に完全にライバル意識を植え付けられたのだから。どうして此処でKarasuや中井の名を出すのかと大木は身体中の血が下がるのを感じた。だが、

「大尉、用意をしてやれ。我が『暁』の誇るコルセアを堪能して貰おう。」

「アイサー!」



どうしてこうなるんだ、と思いながら大木は二人の後を追いかけていた。エレベーターで格納庫に降りて行くと、艦橋からの連絡で既に戦闘機乗りが集まっている。

紹介を受けたのは如何にもベテランの中尉、北島だった。

「着替えて来い。」

何処かモクに似た雰囲気を持つが顔つきは厳しく引き締まっていた。着替えを手伝って呉れたのは若い兵士。

「キッド、気を失うなよ。北島中尉にぶん殴られるぞ。あの人は女性兵士が嫌いなんだ。」

「そうか、情報を有り難う。気を付けよう。」

戦闘機乗りの装備をフルにつけると結構な重さが有ったが、初年兵時の陸軍フル装備に比べれば軽いものだった。

出て行くとコルセアの横に北島が立っていたが、大尉の姿は無い。北島がキッドを手招いた。

「お前がG倶楽部で何をやっていても俺には関係ない。だが俺のシマに入り込むなら覚悟は有るだろうな。俺は女だからと云って手は抜かないぞ。吐いたら海に叩き込んでやる。」

お手本のような見事な敬礼でキッドは答えた。

「宜しくお願いします。」

冷酷な眼差しがキッドを一瞥して流れた。

戦闘機ごと床が上昇して広い甲板に出ると艦上クルーが乗り方を教えてくれた。コルセアの後部席に収まったキッドを見て初めて大木は事の重大さに気づきキリ-にコールを送った。

だが、キリ-達が駆けつける前にジェットエンジンが点火。あっという間も無く機体は高度を上げ遥か上空へ登って行った。口を開けたままの大木にキリ-の声が掛かった。

「どうしたんだ、キッドは?」

「・・・済まない。」

大木の指が天を指す。

「どう云う訳か話の成り行きで奴は今コルセアに乗っている、どうしよう。」

「どうしようじゃ無い!どうして留めなかった!!」

「中尉!貴方は何の為に着いていたんだ!」

気色ばんで怒鳴ったのはナイトとルウ、それを抑える様にキリ-が手を上げた。

「今更慌てても仕方が有るまい、帰還を待つしか無かろう。」

大木から詳しい話を聞いてキリ-達はやはり頭を抱える事となった。大木には何の非も無いのだ。くるくる旋回する機体を眺めて溜息をついたキリ-だった。



『どうだ、降参するなら帰るぞ。』

北島が一番にした動きは急降下だった。ケツが浮き上がるほどの落下に続いて急上昇、とんでもないGがキッドの全身を押しつぶす。錐揉みでの降下から反転して背面飛行。

ありとあらゆるテクニックはまさに『暁』随一と謳われる戦闘機乗り、北島中尉の真骨頂であった。

「凄い。速い・・中尉?レーダーにエコーだ。」

キッドに云われて北島は初めてレーダーに眼を向けた。

『偵察機の帰還だな。』

云いながら北島は少々驚いていた。これほどのアクロバットは日頃はまず遣らない、つまらん事で愛機を酷使する事は北島の好みでは無かった。生意気な女が生意気にもコルセアを遊園地のアトラクション替わりに使う事は許せなかったから、ここぞとばかりのアクロバットを披露したのだがそれに夢中になって居てレーダーを見落としていた。しかもこの女に指摘されるとは。大の男でも意識を失うほどの回転や急降下にも女の呼吸や心拍数に変化は無かった。しかも、

『中尉、エコーが複数だ。』

視線がレーダーを捉えた瞬間、北島の表情が変わった。

いきなりの無線が入った。

『メイディ、メイディ、インド海軍機と思われる複数機に追われている。救援を請う。』

母艦からの返信は、

『迎撃機を出撃する、躱して待機せよ。』

そして、

『コルセア101、北島機。直ちに着艦せよ。』

返事をする間もなく酷く冷静な声が響いた。

『仲間の離艦を援護しよう。このままだと叩かれるだけだ。』

確かに時間的な余裕はない。通常なら編隊が上がるまで敵を引き付け母艦から離すのが今の北島の役目だった。

だが、同乗しているのはあくまでゲスト、しかも三軍どころか全世界に名高いキッドなのだ。

「気持ちは嬉しいが今回は駄目だ、帰還する。」

途端に初めての鋭い声が耳を打った。

『中尉!貴方が認めなくても私は兵士だ。仲間の命を見捨てる事など陸軍では教わって居ない!見くびるな!!』

その叱咤は北島の耳どころか心臓に突き刺さった。

「・・俺に命を預けるか?」

酷く低い声に返されたのは躊躇いの無い答えだった。

『任せる。機銃を教えて貰うがな。』


着艦の為に高度を下げていた機体は滑走路の直前で機首を引き上げた。そのまま艦橋をフライパスして反転する。

北島が機銃の操作を教えている時、艦橋は騒然とした空気に包まれていた。

「何をしている、北島は! 速く降ろせ!!」

大尉の怒号に応えたのは、

「申し訳在りません。が、キッドの事なら心配はご無用に願います。どうかお捨て置き下さい。」

艦橋の入り口に立っていたのはキリ-だった。

「差し出口をお許しください。G倶楽部第一戦闘兵士キリ-です。あれでもキッドは兵士、覚悟は常にあります。」

吉田大佐は大きく息をついて頷くと頭を切りかえた。

「良し、北島機に任せる、迎撃機を急がせろ。全部署に第一種非常事態警報を発せ。」

立て続けに出される命令と指示の狭間に大佐はキリ-に入る様に手招いた。

「此処で見るが良い。」

艦橋の緊迫した空気の中でキリ-の眼は大型レーダーを見つめていた。


『後部座席は機銃しか扱えない、後は俺がやるが被弾したら射出する。パラシュートは勝手に開くから心配するな。』

「了解した、機銃のタイミングを教えてくれ。最初だけで良い。」

『判った、さて行くぞ。』

偵察機をやり過ごして北島は高度を取った。敵機は七機、それに向かって急降下に入る。

『マークしろ、良いか・・・この距離だ。』

キッドの前のモニターに映った機影に赤いボタンを押した。

瞬間、敵機は横滑りをするように離れて行く。黒い煙が、そして炎が吹き上がった。


「ヒットだ、良い腕だな。」

『左後方、二機だ。』

急旋回、反転、急上昇からの飛び込む様な降下の先に機影。キッドの指が躊躇いなく一連射を浴びせかける。

『中尉、右だ。』

火を噴く敵機を見もせずキッドの声が響く。この眼の良さと反射、非情なほどの冷徹さに北島は瞠目した。

思わずキッドの為の動きを取っていた。

たちまち三機目を落とした北島機は母艦に向かう敵機を追った。

『残弾数がイエロー、どれくらいだ?』

「二連射程度だ、後は追尾ミサイルを使うが母艦付近では拙い。気を付けろよ。」

『承知。』

コルセアの性能か北島の腕か、機体はみるみる敵機を追い詰める。『暁』の甲板では戦闘機の編隊が出撃準備を整えているのが見えたが、未だにエンジンの点火は為されて居なかった。

北島の手が追尾ミサイルをロックオン、発射。

躱す様に逃げ出す敵機が旋回した瞬間、ヒットした。


すかさず反転した目前に機影が視認される。避けようも無い中のすれ違い様に機銃の連射音が響き、離反した。

「後、二機だ。」

北島の声が上がった時、敵機は撤退を始めた。

見れば空母から次々とコルセアが上がって来る。

『中尉、ご苦労だった。帰還せよ。』

「了解、ただ今より帰還する。」

大きく旋回しながら北島機は母艦へと降りて行った。


着艦した北島機の出迎えは吉田艦長以下、実に賑やかなものだった。整備クルーの手が後部席でおそらく気を失っているだろうゲストを引きずり出すために出されたが、キッドはごく身軽に梯子を使って甲板に降り立った。

「大丈夫か? 気分は悪くないか?」

大尉がキッドの眼を覗き込む。それに掛けられた声は、

「キッド。」

振り返れば北島中尉が大股に近づいて来る。キッドの正面に立つと自分の胸から一つの徽章を外して告げた。

「七機中、五機の撃墜。うち四機はお前の機銃が落とした。本来五機撃墜で与えられる物だが、初飛行での快挙に敬意を表して俺のエース徽章を進呈しよう。受け取ってくれ。」

ざわめきがどよめきに変わり、キッドの手にエース徽章が渡されると爆発するような歓声が上がった。

「これは貴方のだ。」

戸惑ったキッドの声に北島は僅かな笑みを浮かべた。

「陸軍を首になったら海軍へ来い、俺が一人前の戦闘機乗りにして遣る。それまでお前に預けて置こう。」

言い捨ててキッドの後ろに眼を走らせ、くるりと踵を返す。追いかけたキッドの襟首が掴まれた。

「キッド。」

「あ、済みません。こうなる筈じゃなかったんだけど・・」



昼食までの二時間は五人がかりの説教を実に神妙な表情で聴いていたキッドであったが、一番怒って居たのはキリ-では無くモクでもハクでも無かった。急降下や急旋回、何より激しい空中戦にキッドの身を案じていたナイトとルウが誰よりも真剣に怒って居て、その余りの怒りっぷりにキリ-が宥めに入るほどだった。

「とにかく、もうお前は何もするな。午後はうろつかず甲板で訓練でもして居ろ、アリスとラウルを見てやれ。」

「はい。」

このはいが妖しいと思いながらキリ-はアリスに告げた。

「アリス、眼を離すなよ。」

何とも云えない表情のアリスが渋々頷いた。キッドの扱いならカイルの方が上手いと思いながら。

G倶楽部に辿り着くまでにいったい何を仕出かすのか、実に不安な思いを抱きながらキリ-は報告書に取りかかった。

ハクとモクはここぞとばかりに昼寝に入り、ナイトとルウはこれ以上放し飼いにしない為にキッドに着いている。

甲板の端を借りての戦闘訓練ならこの二人が見ていれば問題は起こらない筈だった。

午前中の大騒ぎが嘘のようなインド洋は既に終わりかけていた。急遽進路を変更したために多少は遠回りになったが後はマニラまでインドネシア経由で朝には到着予定である。


「良い天気だな、空の上はもっと気持ち良かったぞ。」

ナイトとルウをはばかってか、小声でアリスに告げるキッドを男は如何にも胡乱気に見下ろして溜息をついた。

「キッド、二人掛りで良いですか。」

返されたのは満面の笑顔。

「良いぞ、始めるか。私は躱すだけだ、お前たちが仕掛けて見せろ。」

「キッド、俺達も参加するぞ。」

ナイトの声にキッドが笑う。

「何だ、さっきの罰ゲームか? 四人がかりはズルいじゃないか。」

「何を言ってる、手は出すなよ。」


キッド対四人戦が始まった。アリスもラウルも戦闘兵士の雛程度の力は有るし、ナイトとルウも数多くの実戦に腕を上げている。しかもキッドは攻撃を封印して居る為五割のスピードでは良い勝負となった。躱して跳ねて見切って飛んだ処でナイトの声が掛かった。

「止め。」

動きを止めた五人の前に立っていたのは、キッドが忘れていたセーラーカラーの服を届けに来た戦闘機乗りの見習い兵士。眼を見開いた彼は手にしていた服をボタリと落とすと向きを変えて走り去った。

「何だ、おかしな奴だな。」

ルウが服を拾い隅に置いて訓練を再開する。

「悪いが速さを七割に上げるぞ。」

キッドの声にナイトが真顔でクレームをつける。

「駄目だ、六割までだ。」

「此処で値切るか?」

笑いながらもキッドが構えると素早くアリスのケリが入る。躱して跳んだ先にはラウルの正拳、掻い潜ってルウの肘を弾くとナイトの踵を両腕ががっちりと受け止めた。

「アリス、動きを抑えろ!」

ルウの声に素早い反応を見せるアリス、それをカバーするラウルはいいコンビだった。ナイトとルウも二人の動きを指示しながら的確な攻撃を仕掛けてくる。それでもキッドに掠りもしない。

「行け、叩き伏せろ!」

ナイトの声が響いた時だった。

「よせ!何をしている!!」

とてつもない声が五人の動きを止めた。

駆けつけて来たのは北島中尉以下の十数人。北島がキッドとナイト達の間に割り込んで来た。

「キッドに何をする。今朝の制裁なら俺が許さんぞ。」

「中尉?」

口を開きかけたキッドを北島は黙らせた。

「陸軍なんか辞めてしまえ。」

「そうだ、海軍に来れば良い。」

口々に騒ぎ出した戦闘機乗りにナイトが声を張った。

「馬鹿を云うな! キッドはG倶楽部だ!」

ルウの緊急コールが発せられ、キッドは一瞬蒼褪めた。

これ以上の問題を起こしたら幾らキリ-でもさすがに真面目に怒りだすだろう。

「ルウ! 止めろ!」

出しかけた手は北島に掴まれた。それを振り切ろうとするキッドを見て、ナイトが北島の腕を取る。

「キッドを離せ。」

表情が真剣になっているが、それは北島も同様だった。

「お前たちの手に預けては置けん、キッド来い。」

「だから、違うって・・・」

揉みあう只中でキッドは途方に暮れていた。其処に、

「何の騒ぎだ!」

最大戦速で駆けつけたキリ-と艦橋から走って来た大尉が同時に辿り着いた。



「戦闘訓練だと? 納得できる訳が無い。」

一通りの説明をしても北島中尉は聞く耳を持たなかった。

「四人もの男相手にこんな小さなキッド一人が敵う訳が無いだろう、虐待か制裁に決まっている。」

アリスやナイトを睨み付ける眼差しは剣呑で、キリ-には特に突き刺すような視線を投げつける。

内心で溜息をつきながらキリ-は根気よく繰り返した。

「キッドは俺に次ぐ第二戦闘兵士だ。全G倶楽部員対キッドの袋叩き訓練でも俺が入らなければ勝つんだ。こいつは見た眼とは違う、俺でも油断は出来ない腕を持っている。」


キリ-の言葉は遅れて到着した吉田艦長も信じなかった。

「それは・・如何に何でも・・・疑う訳では無いが信じろと云うのは無理が有ろう。」

いつの間にか甲板には多くのギャラリー(どう見ても野次馬)が集まっていた。

「キリ-、キッドの腕を見せてやれば良い、それなら納得するだろう。」

何処か呑気な言葉は大木の物。キッドはうんざりとモクに呟いた。

「大木の奴、余計な事を。また嫁入り先が無くなるじゃないか。」

「仕方が無い、北島の顔を見てみろ。このままじゃ絶対に納得なんかしないぞ。」

笑いを堪えながらの返事に憮然としたキッドの耳に、

「こうしよう、キッドに勝ったらキスを貰える。」

湧き上がる歓声の中キッドの眼が異様に光った。

「一番手は決まりだな、大木の奴をぶん殴って海に叩き込んでやる。」

「殺すんじゃねぇぞ。まだ使い道は有るからな。」


だが、大木は命拾いをする事になった。キリ-が諦めたように宣言したのだ。

「解かった。が、その前にキッドと俺の戦闘訓練を見て貰おうか。その後でなら好きにしろ、キスだろうが押し倒そうが出来る物ならやって見ろ。」

その瞬間とてつもない歓声が上がった。

「・・・キリ-・・・」

広大な甲板に人垣が出来た。その中央に立ったのはキッドとキリ-。そのキリ-が眼を北島に向けて声を張った。

「これはデモンストレーションでは無いぞ、滅多に他者には見せない戦闘兵士の訓練だ。しっかりと見ておけ。」

180を優に超えるキリ-の前に立つキッドは如何にも小さく細い、そのキッドが平然としているのが不思議に見えるが、始まった途端全員が息を飲んだ。繰り出すキリ-の掌を悉く弾き躱すキッドの力量は生半可では無い。弾いた手がそのまま攻撃に移る。その速さ、強さはこんな訓練をしない海兵であっても十二分に理解できる。キリ-相手には雑念を持って挑む訳にはいかない。何時もの様に没頭するキッドはスピードに乗り最大戦速での攻勢を仕掛け、それすら弾くキリ-の踏込を跳ねて躱した。誰一人既に声も出ない。息をも尽かせぬ攻防にただ眼を見開いたままだった。

キリ-の連続攻撃を受けて弾いて、隙を逃さぬキッドの蹴りがキリ-に叩き込まれ両腕がそれを受け止める。弾いたキリ-の指が終了を告げた瞬間、キッドの膝が落ちた。

「以上だ。午前中に気を張ったせいかかなり疲れて居る様だが、まだ余力は有る。さぁ、誰がキッドを押し倒す?」

キッドにタオルを渡してアリスが振り返った。

「キリ-、キッドが出るまでも無い。この俺で十分だ。」

揺らめく様な闘気がアリスを包んでいる。

「俺はキッドの弟子だ、未だに指先さえ届かないとは言え、これ以上師匠を疲れさせる訳には行かない。まずはこの俺を倒してからにして貰おうか。」

底光りするような目線の先には北島の姿が有った。

「北島中尉、キッドはG倶楽部だ。G倶楽部の俺の崇拝する師匠の第二戦闘兵士だ。今の俺ではあんたの空中戦ほどの腕では無いが、キッドを渡す気は無い。やるなら全力で死守するぞ。」

ボコッ!

いきなりアリスの後頭部が叩かれた。

「口を慎め。中尉は単に心配して呉れただけだ。」

ごく低い声だったが僅かに笑いを含んだそれが北島に向けられた。

「中尉、不肖の弟子が失礼した。今後は礼儀を弁えさせよう。」

お前が云えるか、と思いながらもキリ-は無表情を保った。

北島中尉がゆっくりと近付きキッドの腕を取る。横のアリスの表情が変わったが、北島は傷が無い事を確認するとその手を離した。

「恐れ入った、確かにお前は戦闘兵士なのだな。今までの発言は撤回しよう。」

北島の合図で海兵たちは引き上げて行ったが、どの顔も気が抜けたようで声さえ無い。艦長もそれは同じだった。

それを見送って、

「済まなかったな。此処までの腕とは考えもしなかった。

このデカい坊主をあまり叱るなよ。」

初めての優しい笑顔を見せて北島は歩み去って行った。


残ったのは、大木とKarasu。中井は身に覚えがあったからさして驚きはしなかったが、大木とKarasuの他のメンバーは顔色を失っていた。


「キッドはいったい何者なんだろう。」

大木の言葉にキリ-は改めて自分の愛する弟子を見直す。

そこには深い海の色に瞳を染めた美貌の・・・大人の女性が佇んでいた。





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