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        05

2050-1月中旬 東京 立川連隊


「ジ-ン、どうなった?」

ウルフの問いにやっと帰って来た男は緑灰色の眼を陰らせて首を横に振った。

「公式の捜索は打ち切られる、後は無許可離隊・・・犯罪者としての捜索・・捜査になるそうだ。」

その場に居たのはウルフ、エラ-、モク。

エラ-の表情が変わった。

「馬鹿な、キッドが犯罪者だと。仮にもG倶楽部員が・・」

「仕方が無かろう、G倶楽部だからこそ特別扱いは許されない・・・それより、キリ-が心配だ。」

モクの冷静な言葉にジ-ンも頷いた。


キッドが消えて二か月が過ぎようとしていたが、この間キリ-の仕事量は半端なものでは無い。

出先でキッドの消息を探しているだろう事は解かってはいたが、連隊に帰ると間もなく次の任務を無理やりに探し出すようにして出掛けてしまう。休む間もない状況に自分を追い込んでいるかのように、それで痛みを忘れたいかのように。 

G倶楽部でも黙って見ていたわけでは無い。世界中に散ったメンバーへの通達に加え、ありとあらゆる伝手を使ってキッドの消息を探り続けて来た。

海軍も空軍も九龍島の珀龍も・・・だが、キッドの影すら掴めなかった、生死さえ。


「で、キリ-は今は何処だ?」

モク達でさえ掴めないほどキリ-は動いていたのだが、ジ-ンは平然と答えた。

「今はアジア圏を虱潰しだ、ベトナムからインドまで動いている。それでも2.3日中には戻る予定だが。」

「そうか、中国は圏外だろうが・・」

「いや・・・李家の手が及ばない地域も在る・・・」

「・・・ジ-ン? おい、大丈夫か?」

気付かなかったがジ-ンの顔色が悪い、蒼褪めた表情に疲れがはっきりと浮かんでいる。


「ジ-ン、休め。後は俺達が見るから。」

モクの強い言葉にウルフが立った。

「大丈夫・・・とは言えんな。さすがに今回は堪えた・・」


キリ-にしろ、ジ-ンにしろキッドを大切にしてきた事は皆が知っている、誰よりもキッドを慈しんで育てて来た二人の男にとってこれほどの重大事は無いのだが・・

「コオハクシュリを表に立たせる、お前は暫く休養しろ。

キッドで動きが出てもそれでは対応できんぞ。」

余程きつかったのか何時もなら張る見栄も今は無く、ジ-ンは自分の部屋に向かった。

ウルフが着いて行ったのは云うまでも無い。それを見送ってモクは葉巻の先に火を点けてジ-ンのデスクの地図を見つめた。キリ-は外を巡り歩きキッドの影を探し、ジ-ンは地図が擦り切れるまで指で追う。

今の状態が良い訳が無い。

やがてメールで呼び出したコオハクシュリが来ると四人は長い時間話し込んだ。




キリ-が帰って来たのは三日後、迎えたのはコオハクシュリとモク。

男の暗い眼を見ただけで結果は解かった。

「キリ-、此処までにしろ。戦闘兵士のお前がうろつくのは良くない、待機して居ろ。」

ぐっと詰まりながらもキリ-は其処にジ-ンの姿が無い事に気付いた。

「・・・ジ-ンはどうした?」

「この数日体調を崩してな、休ませた。」

コオの言葉にハクが続く。

「ジ-ンは一人で外と対応している、俺達にも云わんが厳しい状況だと思う。いまジ-ンに倒れられたら拙い。」

「お前には済まないと思うが・・G倶楽部の土台が危うい、今は自重してくれ。」

モクの言葉にキリ-は僅かに目線を落としたが、やがて眼を上げ頷いた。

「了解した。」

出て行く背中を見送って4人の男達は何も言えなかった。



ノックの音に眼を覚ましたジ-ンはウルフとキリ-の低い声を耳にした。

「キリ-か?」

ジ-ンにはキリ-が傷ましく見え、キリ-にはジ-ンがやつれて見えた。

精神的に傷を負った二人の男は長い時間黙り込み、やがてウルフが珈琲を持って来るまで続いた。


「ジ-ン、済まなかった。もうケリを着ける。」

男の本音がそうで無い事など判り切っていたがキリ-の表情はそれほど暗くは無かった。

「良いのか? それで・・・」

「・・あぁ、俺は・・・あれに云って在る、何が有っても生きろと。生きているなら必ず此処に、G倶楽部に帰って来る筈だ。それまで俺は此処を護らなくては・・帰る場所が無くては話にならんだろう。」

薫り高い珈琲に染められた室内に流れたのは久しぶりの穏やかな静寂、それを破る事を恐れるような低い声でキリ-が続ける。

「生きていても・・・死んだとしても・・俺達に出来る事が出て来るまでは、奴の事は切り離しておくべきだと、実はこの帰りに考えていた。この後どうなるのかは俺には解からないが、まずはG倶楽部を・・・俺達のベースをしっかり支えて今後に備えるべきだろう。」

「・・・済まないな。」

ジ-ンの苦い言葉に驚いたようにキリ-の顔が上げられた。

「・・・なんだ・・初めて聞く台詞だな。俺に謝るなんて相当に具合が悪いんだろう、暫く入院でもするか?」

ジ-ンは嫌そうな表情で横を向く。

「馬鹿が、お前が珍しく殊勝な事を云うからつられただけだ。大体いまは入院などしてる場合じゃない、明日からこき使ってやるから覚悟して置け。」

キリ-の頬が緩んだ。それはキッドが消えたこの二か月で初めて見せた微かな笑みだった。



G倶楽部は実際かなり厳しい立場に立たされていた。

レオンの不祥事に続き、キッドの任務遂行中の無許可離隊は軍上層部の反G倶楽部派からは厳しく突き上げられ、過激な意見では解散説まで出ていたが、それを押し留めたのは数少ない陸軍の好G倶楽部派と、驚いた事に海軍、空軍の精鋭・・海軍の高田大佐率いるドルフィン.ジャックと空軍の植村中佐指揮下のKARASUであった。

彼等の任務は確かにG倶楽部同様、ギリのクライシスポイント、ごく特殊なミッションを極秘裏にこなしている物だったが、だからと云って身贔屓なものでは無い。

彼等の大多数は単純にキッドへの感情だけであった。


『キッドは良いよな、可愛いし…』

『腕も立つ、技の切れは天下一品だぜ。』

『あのキリリとした表情、たまんないな。』

『なのに天然なんだよな~。』

『俺、惚れてるんだよ・・』

・・・・・・・・・・・・・・・。

海軍は解かる。

水泳訓練で二泊三日の世話になり、何より高田大佐の直属の部下たちの度肝を抜いたのは僅か半年前の事。

あれで一気にG倶楽部のキッドの名は海軍内に知れ渡った。

だがまず接点の無い空軍、ましてKARASUは何処でキッドを知り得たのか。

それでも今のG倶楽部には大きな味方となりつつあった。

陸海空と所属こそ違えど特殊任務に携わる精鋭達は、彼等の出来る限りの援護体制を整え、惜しみなくG倶楽部を擁護してくれた。無論、G倶楽部も彼らの数少ない陸軍内の味方も黙っていた訳では無い。

実際に表の部隊で手に負えない問題が持ち上がる都度、G倶楽部に押し付けられ片付けて来たこの十年の実績は、例え反G倶楽部派であっても文句を着けようが無かったし、G倶楽部が消えた後を考えたら一概に消し去る訳には行かないのも事実である。



「高田大佐はそれほど心配していませんよ、頭が固く、動きの悪い連中には理解できないだけだと笑ってましたから。」

そう云ったのはドルフィンジャックの番頭を自称する大木中尉、それに応えたのはKARASUのFC、ファーストコマンダーの中田中尉だった。


「此方も同様だ、陸軍は頭が固すぎると噂になっている。

陸軍こそ自在に動けなくてどうする積りか、私たちの様にデカい器もいらないと云うのに。」

言葉はきついが鮮やかな笑顔を向けた先にはジ-ンの呆れた様な顔があった。陣中見舞いと称して連れ立って来たのはつい先ほど、2月の寒い午後である。


「全く恐れ入るよ、お二方とも俺より上の立場なのに・・」

将軍職やごく個人的な間ならばともかく佐官級の枠組みを超えた繋がりは余程の事ではあり得ない。

だが高田大佐も植村中佐も全く気にもせずにジ-ンとG倶楽部を励ます為にこの二人を送り込んで来たのだった。


「それでも有難い、四面楚歌の状態で干されてる身としてはこれほど嬉しい物は無い。」

「まぁ、それは・・・それよりジ-ンと呼ばせて貰いますが、キッドの師匠に逢わせて貰えますか?」

興味津々といった様子で大木中尉が告げると中田中尉も頷いた。

「私も実はそれを楽しみに来ました。」

大木は去年の夏に逢っていたが、キリ-のスパルタ的な仕込みに声もかけられなかった状況を未だに悔んでいると云って笑った。

「なにしろ驚きました、海軍であれをやったらパワーハラスメントだと大騒ぎになります。

実際見ていた女性下士官は蒼褪めていましたから。」


「私も大木が云ったのでなければ信じないでしょう。

泳げない女性兵士を脚のつかないプールに叩き・・放り込んで頭を蹴りつけるなど・・ましてあれほど美しい女性を・・しかも丸二日で水中格闘訓練まで仕込むとはまったく驚きです。」

これで空軍へのルートが繋がった。

この口ぶりではおそらく写真でも撮られていたのだろう。

それでもジ-ンは嫌な思いを感じ無かった。


「ああ、時間的に格闘訓練が始まるか。」

今現在G倶楽部は他国への配置を最低限としていた。

いきおいベテランの手慣れたメンバーが外に出て若手は戻って来ている。

海外組は6年という最長記録を誇るマレーシアのバードを筆頭にEUのデュランは5年ヨーロッパに脚止めを喰っている。バハマはボニと南アフリカにはドン。

唯一の例外としてイヴだけがMITへの短期留学が許されているだけ。

ジ-ンが案内した時には海外組を除くメンバーの大半が顔を揃えていた。



格闘訓練はキリ-の指導の下、ハク対ナイト、ルウのナイフ戦が始まっていた。

未だにヒヨっ子呼ばわりの18期生ではあったが、短期でも海外勤務をこなした事で心身ともに成長した証が見える。勿論、白兵戦を得意とするベテランのハクには及びも無いのだが。


「敵を休ませるな、動きを止めるな。」

キリ-の声に素早い反応をみせる二人が一瞬ハクを追い詰める。が、ハクの動きが変わりそれに気づいた時にはナイトの膝が落ち、ルウのナイフは弾き飛ばされていた。


「まだ甘いな、追い詰めた時のハクの動きを見て対応しないと駄目だ。」

キリ-の駄目出しがジ-ンの合図で終わった。

ジ-ンに紹介をされて大木と中井が会釈すると彼らは親しげに歩み寄った。

同じ立場の気安さに加え、はっきりと味方の旗を掲げてくれる心強さは何ものにも代えがたい。


「凄い訓練だな、キッドもこれをやるのか?」

各自がトレーニングに戻った後、大木が尋ねたのはキリ-であった。

「ああ、白兵もやるが、あれは戦闘兵士だ。総体的にワンランク上の訓練になる。」

意味が分からない大木にジ-ンが補足した。

「うちは専門職が多い、捜査、捜索、探索、軍事、外交、情報。基本は有るが枝は各方面に伸び、その時に必要な技術を持つ者が頭になり指示を下す。統括は俺だが現場では余程の事が無い限り責任者が見るんだ。軍事はキリ-だ、キッドはその下・・・」

「なるほど、ではキリ-の訓練はどうしている?」

「現状出来てないな。」

ジ-ンの一言にキリ-が笑った。

「出来なくは無いが、物足りないのは確かだな。」

キッドの為に出来たG倶楽部名物、袋叩き訓練もキリ-には何の意味も無く、むしろメンバーの為の訓練になっていた。はっきり言えばキッドでさえもキリ-が入らなければ負けないのだから当然である。

大木と中井が顔を見合わせて笑った。

「今日は陣中見舞いだけで繋ぎを着ける為に来たんだが、実は提案がある。

せっかく陸海空の特殊部隊が揃ったなら訓練も仲良くやって見ないか?」


ジ-ンとキリ-が今度は顔を見合わせた。

中井が続けた。

「日本はこんな国だ。今はかろうじて問題を抑えているが中国や韓国の動きも気になる、非常事態になった時の為に私たちも連携出来たら良いと思っている。自分たちの訓練だけでは無くそれぞれの動きが解かればまた違うと思うが。」

「本当はそれが云いたくて来たんだが、いきなりじゃ失礼かと思ってね。」

大木の人懐こい笑顔にキリ-もつられた。

「いい考えだが今の俺たちは立場上際どいから迷惑になるだろう。」

「うちのオヤジはそんな事は気にしないぜ。」

言下に言い切った大木を中井もフォローする。

「三軍の大規模演習は表がメインだ、それをやるなら私たちも出来無い事はない。

まずはキリ-、君が海軍でも空軍でも来てみれば良い。」

と、ジ-ンに向き直る。

「植村中佐からの伝言です、『来週、一席設けるから三人で飲もう。』です。」

ジ-ンは苦笑を浮かべつつも、

「了解した、楽しみにしていますとお伝えしてくれ。」




ふたりが帰った後、ジ-ンはキリ-と黙り込んだまま座っていた。

二人とも彼らが未だにキッドを此処に居る者として話す事に気付いていたし、その口調は決して過去形にはならない事も気付いて居た。どれほど口では切り離したと云っても二人にとっては胸に射こまれた楔の様にキッドは今なお其処にいる。いつかこの痛みは薄れるのだろうか。事有るごとに浮かぶ表情の一つ一つを忘れる日が来るのだろうか。

「なぁ・・キリ-・・未練だと笑って良いが、それでもキッドを待っている自分を見つけて時々驚かされる。」

キリ-は笑いもせずに頷いた。

「あんたは奴に惚れてるからな、仕方が無いさ。」

煙草の先に火を点ける男の横顔を見てジ-ンは笑った。

「俺だけじゃないだろう、白状しろよ。」

吐きだした煙の向こうにキリ-の微苦笑が浮かぶ。

「惚れた覚えは無い、自分の物にしたい訳でも無いな。そういう意味では無く・・・ただ・・・」

眼を上げてジ-ンを見つめる。

「俺はあんたの右腕になりたいと思った。あんたの負う責務の一端でも担えれば良いと思っている。」

「なっているだろう、今はもう。」

自分が育てたキリ-と云う男への全幅の信頼が其処にある。

「・・・俺があんたの右腕ならば・・キッドは俺の心臓だ。」


長い時間ジ-ンは黙って男を見つめて・・やがて、

「・・・心臓が行方不明では大変だな。」

「まったくだ。」

今までキッドに対する愛情を絶対に認めなかった男の本音は、愛だ恋だでは表せないほど大きな物だったのかとジ-ンは初めて知った。何の予備知識も無い民間の小娘を見出し手を引くように育て、今や三軍に知らぬ者も無いG倶楽部の誇る戦闘兵士キッドの生みの親は、キッドに惚れたと云う自分の前ではばかる事無く宣言したのだ。

キッドこそが自分の生命だと。

苦笑を抑えきれなかった。

「無事を祈ろう、神でも仏でも良い。」

「ローワンの方が効き目が有りそうだな、奴の事なら。」

キッドが消えて三か月が過ぎる、春はまだ遠く兆しも見えない夕暮れだった。



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