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キッド 解禁 01

闇の中で耳が捕らえたのは微かな呼吸、だが襲い掛かって来たのはそれとは逆方向。

咄嗟に躱し、撥ねて逃れたのは偶然ではない。身体中の細胞と五感が敵の位置を把握している。

短い風切音、立て続けの攻撃を受けて躱し、弾いて退きかけた脚が反転。手と脚、肘と膝を駆使して反撃に出る。拳を流され肘が躱され蹴りを留められた瞬間、裏拳が叩き込まれる。

反射で受けた左肘は身体ごと弾け飛んだ。


「そこまで。」

立ち上がって息を整えながら4.5秒、照明が点った。

暗視用ゴーグルを容器にしまったジーンがつかつか近づきキッドの左腕を取った。

「反射は良いが、あそこで脚を出すな。バランスが崩れてしまいだぞ。」

厳しい声はキリーの物、ジーンは腕に故障がない事を確認してポンと頭を叩いた。

「ジーン、甘やかすな。」

ため息交じりの声に応えたのはジ-ン。

「あいにく時間だ。傍付きが居ないと外出が出来ん。」

にんまり笑ったG倶楽部トップにキリーは冷ややかに呟いた。

「戦闘兵士から介護士に転職させる気か。」

その言葉を意にも介さずジーンはキッドを連れ出した。



3月の空は春の気配もまだ浅く肌寒い。

陸大病院付属の生体研究所までのドライブは小一時間は掛かるが、運転免許を取り立てのキッドも何度か通って慣れた路だった。

「来週から射撃を始める、トレーナーはモクだ。戦闘訓練と被るが必要なものだからな。」

ハンドルを握るキッドは頷く。

「軍での射撃訓練は最低限だ。もっともモクに言わすと最低レベルにも達していないそうだが・・」

罵る声が聞こえてきそうだ。

思わず笑ったキッドに男も微笑んだ。


ローワンが死んだ事でキッドの表情から笑顔が消え、元々少ない口数も更に乏しくなっていたこの3ヶ月、やっと立ち直ったのはカリフの陸士大合格とジーンの左腕のおかげであった。

ハクを相手の猛勉強で見事首席入学を果たしたカリフは今月末には1.2年生全員が義務付けられる学生寮に入らなくてはならないが、G倶楽部に籍が在る為多少の自由は確保されていた。

『格闘訓練を受けに来るよ、ハクの次はコウだ・・』

イヴとキッドにそう笑った。

目標が定まったせいかジーンの眼にも落ち着いた物腰に見える。4年間は任務を割り振れないが先を見越したキリーの眼は確実に個性を捉えていた。

失ったロゥと自身の左腕は別の形で引き継がれていく。


収穫は少なくなかった。

キッドの戦闘能力。

カリフの将来。

キリーの育成力、指導力。

Aチームからの6人のG倶楽部入りは華の9期生と同格の快挙であったが・・・

『俺はもう御免だ、エラーでも送れ。』

憤然と言い放ったキリーに苦笑するしかない。

エラーやたとえ此処に居てもカズマでは担当伍長の任ではない。ルゥとナイトではまだ早計だろう。

自分の力を隠せなくては初年兵に紛れる事など無理が在る。来期はG倶楽部から出す事は出来ないが、キリーの新たな能力の開発とこれまでの結果にジーンは満足していた。


そして今日、左腕が戻ってくる。

生体研究所に何度も通ってテストを繰り返した結果、生体科学の最先端技術の結晶とも云うべき義手が完成したのだ。キリーでさえキッドの戦闘訓練を切り上げたのは(文句だけは言っていたが。)そんな理由があった。

「キッド。」

「はい。」

「今日は泣くなよ、俺はハンカチは持ってない。」

何とも云えない表情のキッドが応える。

「貴方のハンカチなら私が持ってます、私は貴方の当番兵ですから。」

堪えきれずに吹き出して笑う男にキッドはちらりと視線を投げて吐息をついた。


ジーンが必要以上に義手の製作を急がせた訳をキッドは知っていた。当番兵として張り付いているキッドは嫌でも不自由するジーンを眼にしてしまう。日頃はそうでもないが何かの折、咄嗟の時に右同様に使っていた左を出そうとしてしまうのだ。

失われた左腕はローワンと直結していた。

キッドの精神的な負担を一つでも軽減する為にジーンはゴリ押しと脅迫まがいの圧力で押し通した。

もっとも、本人は認めていないが・・・


『風呂に入っても背中も洗えん。』

生体研究所からの遠まわしな抗議をエラーが伝えると開き直ってそう云った。

『当番兵に洗って貰いなさい。』

呆れたようにエラーに言われて片眉が跳ね上がる。

『良い考えだが・・・俺をキリーに殺させたいのか?』

『そう簡単に死ぬような玉じゃないでしょう。』

きっぱりと言い切られたジーンはそれはそれは嫌そうな顔をして見せた。


義手の装着に時間は掛からないが、慣れるまでに、いや動かせるまでには少なからず時間が掛かる。

ひと月前、義手の有機的な回路とジーンの神経回路が接合するという説明を聞いてウルフはうろたえた。

『なぁ、もし・・・義手をもいだら痛いのか?』

ジーンはにこやかに笑って応えた。

『なに、生きた手を麻酔なしで落とされるよりはマシだ。』

キリーはなにくわぬ顔で肩を竦めただけだった。

『薬を断ったのはジーンだ、もっとも俺でもそうするが。』

蒼褪めたのはルゥとナイト。勿論その場にキッドはいなかったが。


モクがシニカルな笑みを浮かべた。

『良かったなぁジーン、これで女も抱ける。腕がないと色々不自由だったろう。』

『馬鹿を云うな、女を抱くのなんざ右手一本あれば十分だ。お前らと一緒にしないで貰おう。』

『大きく出たじゃねぇか、小娘にはやたら慎重な奴が。』

『ふっ・・あれは女の部類に入らん。小僧がいいとこだ。』

カズマと入れ替わりで帰還したモクは名の由来がすぐに判った。火が点いていようといまいと細身の葉巻を常に銜えて、ふてぶてしい皮肉気な笑みを絶やさない。


ジーンの同期、華の9期生はウルフ、ローワン、コウ、バードとこのモクだった。

帰って来たモクの一声は、

『ロゥの命は誰が引き継ぐ?』

全員の視線はキッドに向けられた。

それを追ったモクの眼が食い入るようにキッドを見据える。

『キッドか、ロゥの弟子だそうだが・・・今の俺には納得が行かん。おいおい試させて貰おう。』


笑顔を封印したモクは別人のように精悍な顔になる。

モクとローワンは仲が良かった。同年齢で任務も一緒に掛かる事も少なくなかったし、何より戦闘兵士のローワンと狙撃手のモクは戦いの場では最強のコンビだった。

以来キッドとキリーの戦闘訓練を何度かモクは見てきた。  

その結果、射撃訓練のトレーナーをモクから申し出て来たのだった。




研究所の技師達がジーンの左腕に義手を装着し、幾つかのチェックをすると終わりだった。

「これで済みか? そっけないな・・」

不満げなジーンの呟きに技師長の安西はクスリと笑った。

「これまでが大変だったんですよ、後はご自分で慣れてもらいます。あぁ、貴方の職種を考えて予備の手の用意も有りますし、右手にも脚にも応用できますから何時でも来て下さい・・・あ、あぁ。首には無理ですがね。」

「・・・・・そりゃどうも・・・」


(絶対にあれは嫌がらせだな。)

帰りの車の中でジーンは両手両足の無い自分を想像してうんざりしていた。脅していた筈が反撃されるとは・・・

「どうですか? 動きますか?」

キッドの声の中に不安と懸念が響いた。

ジーンは僅かに笑いながら左手を挙げて見せる。

「この程度だな、2.3日は掛かる筈だ。キッド、巧く動くようになったら組み手を頼む。キリーは駄目だ。

奴はここぞとばかりに俺を叩くに決まっているしな。」

「・・・私で良いんですか?」

「おそらく今の俺では本気のお前には敵わんだろう。

4ヶ月のブランクは大きいし、元々がそう速い方ではない。

お前の練習にはならんな。」

事実だった。

今現在の順位をつけたなら、ローワン亡き後、トップはダントツでキリー、以下団子状態でへたをすればキッドが出そうな勢いがある。

重量級のウルフに次いで大柄のジーンだった。

経験と力の勝負では引けは取らないがキッドのスピードについていくのはなかなか厳しいだろう。

「そういえば、貴方とは一度も組んだ事がないですね。」

「ロゥに止められた、おかしな癖をつけたくないと。」

キッドの笑顔は可愛い、山ほど居る親父達より遥かに。




ジーンの左手は調子が良く、見た目もさほどの違和感もなかった。だいぶ動くようになった頃を見計らってキッドとの組み手を実施する事となった。が、それはあっけなく終了した。

「だから止めておけと云っただろう。4ヶ月もトレーニングもしないグダグダの身体でキッドを相手に出来る訳がない。」

キッドの膝をまともに喰らった腹をさするジーンにキリーが呆れたように云い、エラーも同様の視線を向けていた。

「だから云ったでしょう、もう現場に出る必要は無いと。若い連中の育成が貴方の仕事だ。」

そこにコウハクシュリの3人が割り込んだ。

「様は無いな、ジーン。」

「切れは無し、反射もとろい。だらしの無い事だ。」

「腕より腹の肉を削いでもらえ。」


クソミソに云われてもジーンは反論出来なかった。

向き合った瞬間、キッドの姿が消えた。勘だけで左へ飛び最初の攻撃を躱したが、防ぐのが精一杯で2分と経たない時間で膝が入って終わりだったのだ。

しかもキッドはジーンの左には一切攻撃を掛けていない。

入隊した9年前でも此処まで呆気なく負けた事はなかったし、此処まで一方的な敗北もなかった。


「仕方ないだろう。ローワンの弟子に負けたのなら言い訳も立つ。」

キリーの言葉に頷いたが、ふと顔を上げた。

「キリー、お前は勝てるのか?」

もしキッドが本気で掛かったらキリーでさえも危ういのではないだろうか。本当にそんな事態になったら・・・

だがキリーはジーンの懸念を切り捨てた。

「俺は負ける訳には行かない。あれを先に逝かす訳にはいかない。」

それはキリーと云う男の愛情だった。

「此処に引き入れた俺には責任が有る。

他の誰が負けたとしても俺だけは勝ち続けていなくては、あれは・・・目標を失う。」

恐ろしいほど似た環境で育ち、キリーは自らの力で生き残り、そのキリーがキッドに手を差し出した。

ふっ・・と、誰かが吐息を漏らした。

その途端キリーは眼が覚めたかのように表情を変えた。

「明日からの戦闘訓練は対複数戦に入る、コウ、ハク、シュリ。協力してくれ、ジーンは要らんぞ。」

くるりと踵を返して外に出て行った。


「・・・おい・・ジーン。キッドの仕事は選べよ。」

コウの言葉に、思い当たる節の有るジーンは表情を引締めた。

「バイカル湖でキリーの血相が変わった。」

一瞬で男達の顔色が変わる。

任務遂行中のキリーは首尾一貫して無表情を通す。

それは一切の感情を切り離している為、そこには怒りも悲しみも憎しみも無い。

ジーンの腕を落とした時でさえ表情ひとつ変えなかった。それがキリーだった。

「キッドがロゥを消した時だ、俺は奴を止めるのが精一杯だった。」

返される言葉は無く、ただ一様に顔を見合わせる。




翌朝、キッドの端末に雪代大尉からのメールが入って来た。

『今日は中隊長室だ。』

久し振りに本職を思い出したのだろうか。

片腕だったこの4ヶ月、ジーンは雪代大尉として中隊長室に入ろうとはしなかった。

キッドが出勤するとすでにジ-ンはデスクに座り以前のように笑いかける。

驚いた。

階級がひとつ上がり少佐となっていたのだ。

ピシッとキッドは敬礼した。

「おめでとうございます、少佐。」

軽く答礼した雪代少佐は僅かに肩をすくめた。

「有難う、実はそうめでたくもないんだが・・・まぁ、それは良い。」

手で促してソファに座らせた。


ウルフに泣きつかれた事は誰にも言えなかった。

あの日、ロシアから帰還してすぐの緊急入院で手術後、眼を開けたジーンの前にいたのはウルフだった。

『頼むジーン、もう無茶はせんでくれ。』

豪快な男を気取っているが本当は誰よりも優しく涙もろいウルフは、その性格をひた隠しにして人には気付かれていないと思い込んでいた。そのウルフが堪えきれずにボロボロ泣くのは滅多に無い。

貴重な涙だと思った。

『俺たちはもうやる事はやって来ただろう。後進に任せてもいい筈だ、ロゥを失った今、俺はお前だけは失くしたくはない。頼む、この通りだ。』

顔を拭いもせず下げた頭は長い間上げられなかった。

ウルフとコウの連名で上申書を出したと聞かされたのは、退院の日。

ふたりとも何時に無く真面目な顔でジーンを見つめ、その緑灰色の瞳に浮かんだはずの失意と無念を見届けていた。彼が何度と無く持ち上がる昇格の話を蹴り続けたのは、尉官に留まるため、ひいては現場に立つ為だった。

佐官に上がれば実戦の機会は減る。勘も狂い、腕も鈍る。

事実上の引退となる。G倶楽部産みの親とも云うべき神藤中佐も、人手を補うために出て命を落としたのだ。


「昨日は済みませんでした。」

キッドの声がジーンの想いを破った。

「まだ痛みますか?」

苦笑が浮かんだ。

「いや、体重の軽いお前が相手で良かったよ、キリーなら容赦なく叩きのめすだろう。薄情者だから。」

「ジ-ン、私はキリーから全力で貴方を倒すよう命令されました。」

意表を付く言葉に彼は黙り込む。

キッドが続けた。

「左には一切の攻撃はしないように、最短、最速、最高の技術をもって倒せと。」

思わず立ち上がったジーンに、キッドはふたりの師匠同様の冷ややかな視線を投げた。

「けしてジーンには云うなとキリーに厳命されました、が・・お怒りは私が受けます。貴方が納得行かなければ私は何時でも、何度でも貴方を・・・」

優しく微笑んだ。

「貴方を叩きのめします。ウルフの為に、コゥの為に、そしてキリーの為に・・・」

あまりにも重い言葉、重い心がそこにあった。

ゆっくりと膝が落ちるように椅子に沈み込んだ。

「・・・俺を飼い殺しにするつもりか・・・」

吐息のような囁きにキッドは同じように静かに答える。

「貴方の他に誰が居ますか? G倶楽部を率いていける人間が。少なくとも私には貴方以外には居ないんです。

今の私をこの先へ導いていけるのは貴方だけです。

飼い殺し? 馬鹿を云わないで下さい、貴方に私の未来を委ねたんです。G倶楽部のこの先を貴方だけが示せるんです。ジーン、私達を見捨てて独りだけ楽になろうとしないで下さい。」

黙り込んだジーンに思わぬほど強い言葉が投げられた。

「はっきり云いましょうか。 貴方の持っている知識と技術を後任の私達に伝えるのが貴方の使命です。

見えますか、私は此処に居ます。貴方の総てを私に、G倶楽部のキッドに下さい。」

ジーンの眼を真っ直ぐ見つめて切り込むように言い放った。


そこには19歳の未熟な娘の姿は無く、兵士として立つひとりの人間、G倶楽部のキッドが居た。

今になってキリーの苦悩、迷いが理解できた。

素直で可愛い高村亜湖と高い能力を閃かせるキッド。

けして相容れることのないふたつの魂はこの先何処へ辿り着くのか・・・ならば、

「・・了解した、おまえにこの俺を呉れてやる。

俺の総てを他の誰でも無いおまえに、G倶楽部のキッドに洗いざらい呉れてやろう。覚悟しておけ。」


ぞくりと背中が震えた。

10年という時間をG倶楽部を率いてきた男の本気は19歳の小娘には重い。

それでも彼女は退く訳には行かなかった。ジーンの身を護らなくてはG倶楽部の存続に関わるだけではなく、ウルフやキリーそれ以外のG倶楽部員の支えを失うという事だった。


「承知。」

低く、だがはっきりとキッドが応える。

自分のキャパシティなど考えてもいなかった。

ジーンという男の総てを受け継ぎ、いつかその日が来たなら下に伝える為に。その為になら何でもして見せよう。

ふと、ジーンの表情が動いた。

キッドの顔色も変わる。

「俺の話はまだだが・・・先に済ませるか。 キッド。」

すっと立ったキッドが動きドアを開ける。と、

向かいの壁に腕を組んで寄りかかるキリーと眼が合った。

キッドには一言もないまま部屋に入ると、ソファにかけたジーンの横に立ち上から見下ろす。


「このガキに何を言った?もしくは何を言わせた。」

とことん不機嫌な響きを十二分に含ませて訊ねる声は、冷ややかを通り越していた。

「時間は限られている、こんなところで遊んでいる場合じゃないだろう。」

「判っている、キッドは午後からはお前らに任せる。

ただ午前中は俺の講義を組んで貰う、なに昼までには終らせるさ。」

僅かに笑いを含ませた言葉は余裕を取り戻していた。

「・・・何の講義だ・・」

「諸々、俺の知る総てだ。午後の訓練も見させてもらう。」

「・・・・・・承知。」

トップの厳命には逆らうことは出来ない。

渋々ながらの返事をするとキッドを見向きもせずに背中を向けた。それを見送って、

「先日、俺が退院して戻った時、キリーと何を話した? 」

低い穏やかな声にキッドの顔が上げられた。

「あの男が何を言ったのか聞きたいだけだ。人に言う気はないし、無論キリーにも言うつもりも無い。」

「・・・・キリーの・・過去です。」

男は大きく息をついてソファの背にもたれ掛かった。

「自分で言ったか・・・それを。」

キッドは静かに座っていた。

さっきまでの覇気は隠され、そこには高村亜湖の姿しかなかった。ジーンの眼はそれを正確に捉えていた。


「似ているだろう、お前と。」

黙って頷く亜湖に男は微笑んだ。

「理解しているな。俺たちの仕事上、個人の過去は洗われる。俺は全員のプロフィールを知らなくてはならん立場だ。」


キッドの淹れた珈琲を前にジーンは煙草に火をつけた。

紫煙が細く立ち昇る。

「初年兵訓練で上位者は有る程度調べられる。

お前もキリーもエースだ、当然だな。だが調べて驚いた。」

「はい・・・私もです。」

「奴には最初は知らせていなかった、担当伍長には不必要なデータだからな。だが奴から聞いてきた、迷ったが・・今回はキリーの育成も兼ねていた。酷い話だと思う。

お前は俺に怒る権利が有る。」

キッドは少し笑って首を横に振っただけだった。

「奴の指導に変化が出てお前も飛躍的に伸び始めて、初めて問題になった。

キリー以外の誰も気付いていないが、軍上層部は10代の一般女性のエースを望まなかった。

お前を潰そうとあらゆる手を打ち、ことごとく失敗に終わった。何時からか気付いていたキリーがお前の手を引いたのか、おまえ自身の能力で回避したのかは判らんが・・・

G倶楽部で潰す事も考えた、だがお前は明らかに戦闘兵士だった。キリーの迷いも俺の懸念もお前は受け付けようとはしなかったし、なによりロゥがお前に惚れ込んでしまった。今はもう手遅れだ、俺たちはお前に賭ける。

次の任務が来たら状況を見てキリーと組ませる。

それまでにあらゆる事を学んでおけ。」


「・・・キリーは、単独のほうが良いみたいですが・・」

「カリフは着いて行くのが精一杯だった、奴が悪いわけではない。キリーが尋常ではないからな。

お前なら良いコンビになると俺は思うが、嫌か?」

キッドの瞳が煌いた。

「いいえ。ロシアで少しでしたがキリーと動けて良かったと思います、これも装着したし、頑張ります。」

左耳を触って僅かに笑う。

「不思議でした、キリーがどうしてあの場所を解ったのか、ロゥの命が無い事も解っていたんですね。」

苦笑がジーンの頬を滑り落ちる。

「人間の扱いではないな、これを渡さぬ為に命を張れと云うのは。承諾を得てはいても断れる状況ではないし・・」

「いいえ、自分で決める事が出来るだけ・・良いです。」

それはおそらくキッドではなく高村亜湖の言葉であったのだろう。

幼い頃から何一つ思うようにならない人生を送ってきた彼女の心の底からの言葉、心からの願いだったのだろう。

「・・キリーの動きは見えるか?」

「はい。あの時は私も気を張っていたし、キリーも多分見せる為に動いてくれたと思います。」

それは無い。ジーンは即座にそう思った。

ローワンもキリーもいくら後輩、後継であってもその辺での容赦は縁が無かった。キッドが見えるのだとしたらキッド自身の眼の確かさ以外に無い。

「明日からは以前のように午前中は講義だな、語学から歴史、文化風習まで仕込んでやる、楽しみにしていろ。」

「はい。」

可愛い亜湖が笑った。




射撃訓練ではモクの厳しい指導が入っていた。

「常にベストの体勢で狙える訳ではない、スペースも限られるし足場が危ういこともある。ウェイトトレーニングはサボるな。ウルフには俺からも云って置く。」

ちらりとジーンに眼を呉れて皮肉気に笑う。

「ついでに弛んだ親父も鍛えてやれ。」

付きっ切りで肩の位置から肘の角度まで直しながら細やかに見ていく男が呟いた。

「銃は女だ、優しく抱くように扱えと言った奴が昔いた。」

言いながら鼻で笑う。

「馬鹿な奴だ、銃は道具に過ぎん。人の命を奪うための武器だ。だがこいつで命を護ることも出来る。

いいかキッド、仲間と自分の身を護る時は躊躇するな。」


地下射撃場で繰り返して狙い打つキッドからモクが離れたのは一時間が過ぎた後だった。

「上で一服するか?」

見学ブースで見ていたジーンが声を掛けると首を横に振る。

「いや、独りでは置けない。お前は構わんぞ。」

徹底的に教育者の顔になった日頃はふざけた男の顔を見て、ジーンは笑った。

「どうだ、奴は。」

ふむ・・・と、腕を組む。

「おかしな奴だな、このところ戦闘訓練を見ていてもそう思ったが。お前を倒した時の気といい、何種類の気を持っているんだ?今は完全にスナイパー、狙撃兵になっている。

あれではロゥが入れ込むのも解る。」

「2週間でロゥは奴の化け率を90と出した。その頃キッドはロゥの動きを捉えかけていた。」

「・・・参ったな・・」

「同じ事を言ってたぜ、奴も。」

「キリーといい、キッドといい、まさか境遇で戦闘兵士が育つ訳でもあるまい。」

「無論だ、まして性格はキッドのほうが格段に可愛い。」

モクの視線が胡乱気にジーンに向けられた。

「エラーが正しいな、此処の男供は軒並みキッドに骨抜きににされている様だ。筆頭はお前かキリーか・・」

ジーンの静かな横顔が応える。

「他は知らんが、俺はキッドに呉れてやった。」

モクの表情が変わった。

「本気か、あのガキに・・?」

「あぁ、嫁にしたいくらいだ。」

「・・・馬鹿が・・・」

うんざりしたように呟いてモクは射撃訓練を切り上げた。



午後の最終は戦闘訓練、キッド対コウハクシュリの複数戦だった。

ジーンを始めウルフ、モク、ナイト、ルゥ、イヴそしてエラーまで全員が思い思いに散って見守る中で始まった。


「常に全員を視界に入れておく、死角に入らせるな。」

キリーの声が飛ぶ。

「動きを読め! 脇が甘い!」

ハクの肘を躱し、シュリの手を跳ね上げたキッドにコウの脚が飛んできた。撥ねて下がると同時にシュリが続く。

「本能だけで動くな!見切れ。」

シュリを振り切った、ハクを受け止めコウの後ろを取り肘を入れるとシュリの蹴りがキッドを捕らえた。

弾き飛ばされながらもパンと手を着いて立つ。

「4分。」

ジーンの声にウルフが眼を見張った。

いきなり3人を相手の戦闘訓練では、ましてコウハクシュリの3人ではそう持つものではない。

それを4分持たせるとはキッドの力量はキリーに匹敵する。

だがキリーは容赦しなかった。

「見ろと言った筈だ、3人の動きは勘だけで捕らえられる物ではない。意識を拡散して集中しろ。」

「はい。」


次は6分。

「なんだ、お前は攻撃する気はないのか。コウハクシュリ、全力でやってくれ。叩きのめして構わない。」

3人の気が変化した。表情も消され声も無いまま動き出す。

それに触発されたのか、キッドの気配も一変した。

意識を拡散して集中・・・見えた?・・横からのコウの肘、正面のシュリの正拳は僅かに体を躱して避けざまハクに脚で襲い掛かる。腕を払う、飛んで転がりながらも受け止め、反転。低く飛び込みまずはコウを蹴り出した。

ハクの表情が動く。それさえ見切ったキッドの全身がバネのように弾け脚、膝、肘の連続攻撃で落とすと同時にシュリへ掌底の一撃。叩き出された3人の唖然とした表情が総てを物語っていた。

「5分だ。」

ざわめきの中にキリーの声が響く。

「時間が掛かり過ぎる。敵が多ければ多いほど短時間で片をつけろ、引き延ばされると命取りになる。」

後は体重の無いキッドがいかに有効に倒せるかの講義に入っていったが、その時になってモクは葉巻に火を点けた。

深々と吸い込み大きく吐き出す。

「・・・バケモンだな、小娘とは笑えん。」

ふとジーンが笑った。

「棍とナイフもなかなか見ものだぞ。近いうちにIQも調べ直す予定だ、理解力が半端じゃない。」

モクがまじまじとジーンの顔を見直した。

「自慢の娘で良かったな、親父としては。」


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