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    06

「報告を。」


コウのこんなに厳しい顔は始めてみる。

その顔はキッドに向けられていた。

「はい。」


概ねがジーンの話と同じだった。

違っていたのはローワンが捕まった時、キッドの体格でジーンを支えるのはきつく逃げが遅くなった事。

その為にローワンの時間が無くなった。

「私のせいでローワンが捕まりました、私が残れば良かったんです。」

「お前の意見は聞いてない、報告書をあげろ。」

「はい。」

キッドの顔は蒼白だった。

キリーと俺の報告が終わっても休む事は許されなかった。

エラーに教えてもらいながら報告書を書き上げ、提出し、やっと開放されたが、その夜キッドはAチームの居室には戻らなかった。



俺達の任務は成功だったのか、必要なデータは手に入れながらもローワンを失いジーンの左腕を失い、それだけの犠牲を払う価値が本当にあったのだろうか。


翌朝、キリーは河野伍長になっていた。

まるで何事も無かったかのような態度でAチームの面倒を見ていたが、俺の眼にはあのキリーの姿が焼きついて離れない。俺の表情にそれを見たのか目線で呼ばれた。

「ジーンは大丈夫だ、昨夜見てきた。

キッドは・・必要な処置を受ける為病院に入れてある、2・3日かかるだろう。」

「何の処置?」

「G倶楽部員としての。単独で動けると判断されると受けるものだ。」

つまりキッドは一人前と認められたのか・・

「敵わないな、差が開く一方だ。」

「いや、お前は良くやったよ。」

驚くほど穏やかにキリーが続けた。

「初めてであれは無い、俺でもあそこまで酷い任務じゃなかった。泣きも喚きも壊れもしないで、生きて帰って来たのは上等だ。焦る必要はない。」


でも、ではキッドは・・・


俺の内心が解ったのか。

「あれは・・・俺のミスだ。第一順位でも俺が撥ねれば良かった。あそこまでの能力を見せ付けられたら、G倶楽部が喰いつかない訳が無い。」

「亜湖をキッドにした事を後悔してますか?」

河野伍長は大きく息をはいた。

「してるな。 最初は楽しかった、口に出さない教えさえ吸収していく、素直で手を引く方向へ真っ直ぐ走る亜湖を育てるのは・・・だが途中で迷った。俺がだ。G倶楽部のキリーがだ。

素直で可愛い亜湖のままで居て欲しい俺と、限界まで能力を引き出したい俺がいた。迷ったまま此処まで来てまだ迷っている。手遅れなのにな。」

驚いた、話の内容も、話してくれる事も。

「ジーンには?」

「ふん、俺の迷いなんかとっくに見透かされてるさ。昨日も釘を刺されてきた、ローワンと腕一本でキッドを買ったと。」

「凄い値だな。」

「全くだ、だからお前は間違えるなよ、直人。

以前に言ったな、G倶楽部の上に行けと。

俺達は消耗品だ、替えの効くパーツだ、ジーンでさえ同じなんだ。

お前の思考も能力もG倶楽部ではない。これはG倶楽部にそぐわないと云う意味じゃなく、G倶楽部を使うタイプなんだ。俺やキッドのように引き返せない立場になる前におまえ自身で良く考えろ。」


そうか、それが云いたかったのか。

「ジーンが心配していた、今なら邪魔も入らないから逢って話して来い。」

「・・・はい。」





「どうしてお前らはそう気が利かないんだ。」

「済みません。」

「これを俺にどうしろと言うつもりだ?」

「・・・あぁ・・・」


見舞いには花。確かに短絡的ではあったが此処まで言わなくても・・・

ジーンの広い個室は衝立で仕切られて、入ってすぐの応接室と奥のベッドの続きになっていた。

ドアを開けた途端に俺は後悔したが、キリーじゃないが手遅れだった。

ジーンの片眉が上げられたから。

「煮ても焼いても喰えない。」

ウルフにとどめを刺されたが返す言葉もない。

病室は花で埋め尽くされていた。

俺の持って来た白いラッパのような花束は、呆れるぐらい豪華な花たちに埋没してしまうだろう。


「まぁいい、そこに置いておけ。」

枕もとのテーブルを示してからジーンはウルフを退らせた。

「今回は助けられたな、お前は大丈夫か?」

緑灰色の瞳が昔のように見つめていた。

「まさかお前を出すとは思わなかったが、コウハクの鬼畜っぷりは侮れんな。初陣があれでは堪えただろう。まして相棒があのキリーと来てはな。」

同期のローワンを失い、あまつさえ自身の左手まで落としながら・・・


「いや、俺は大丈夫です。たいした役には立たなくて。」

「キリーからの進言があった。

担当伍長として、G倶楽部の戦闘兵士としてのキリーの意見は耳を貸さない訳にはいかない。

神藤直人、G倶楽部所属のまま陸軍士官大学への入学を命ずる。」


驚いた。


「G倶楽部には残れるんですか?」

ジーンはまた片眉をあげてニヤリと笑う。

「一度手に入れた俺のものだ、なぜ手放すと思う?

陸士大でガッチリ仕込まれて来い、G倶楽部でも俺が仕込んでやる。」

「ジーン! 貴方も残れるの?」

てっきり退官だと思っていた。

「腕の一本失くしたところで、お前らガキ供に譲る気はない。大体あのコウハクに任せておけるか。」

尤もだ、が・・

「あ・・貴方はあの3人を論破できないって・・」

「エラー・・余計な事を・・」




陸士大受験のための講義はハクが担当だった。

聞いて驚いたが陸士大出身者はG倶楽部には多かった。コウハクシュリとドン、外回りのバードの5人が陸士大を、それも上位成績で出ているそうだ。


「だからジーンを言い包める。」

20世紀のハリウッドスター張りのニヒルさでハクが微笑んだ。なるほど。

変わり種は欧州の軍事外交を受け持つディランだった。

東大医学部を首席で卒業しながら親の精神科医を継がずに軍人になったらしい。

「奴は変わり者だ。」

自分たちは違うとでも言いたげなハクに笑ってしまった。


3日目にキッドが帰って来た。格闘訓練の師匠が居ないのは辛いだろうと思っていたらコウが名乗りを上げた。

「ロゥほどではないが、お前の相手ぐらいは出来る。

弱点は解っているしな。いいかキッド、仲間を失うのが嫌なら強くなれ、どんな状態でも活路を見つけ出せ、お前の手で仲間を守れ。」

コウは控えめに云ったのだろう。恐ろしく強かった。

女好きで軟派のイメージが一掃された。

しかも女のキッド相手に手加減のひとつも無かった。

俺でさえ眼を逸らすほど叩きのめされたキッドにコウは薄笑いを見せた。

「甘いな、キッド。 お前がロゥから教わったのはその程度か。ローワンも女に手を抜くようになったのなら寿命だったのだろう。」


キッドの眼が開いた。

投げ出された手足がうごめく。

瞬間、跳ね起きた!と同時に飛び掛る。

手も脚も今までの動きではなかった。


それは・・俺の眼には哀しく苦しかった。

ローワンを失った無念の嘆きが形を取っているようで、見ることが苦痛だった。

キッドの自分の想いを叩きつけるような攻撃を総て受け止めながらコウは余裕の笑みを浮かべていた。

「こんなものか、ロゥは此処までだったのか!」

「これでロゥの弟子を名乗るつもりか!」

「まだ甘い、どうしたキッド!」

それは偶然のヒット。

顎先をかすめた蹴りにコウの膝が落ちた。

反転したキッドの踵を両腕で止めながら男は笑った。

「やれば出来るじゃねぇか。」

崩れ落ちるキッドの頬に一筋の涙が光り慟哭の嵐が俺達を包み込んだ。




「ローワンは優しい奴だったよ。任務では感情を切り離すしかない、そうしなくては任務も仲間も失う事になる。

奴は俺達の為に殺戮者の汚名を敢えて着たんだ。」

シュリはそれこそ優しげに思い出を語ってくれた。


「神藤中佐の教えを実践していたのがローワンだった。

『仲間を護れ、それも出来なくて国が護れるか。』お前のお父上の口癖だった。

ロゥの弟子が男だったら何の問題も無かったのだろうが・・これが運命なら仕方がないのかも知れない。」

「仕方がないで済まないだろう。」

憮然としたハクが唸った。

「ジーン以下の女に弱い軍団に、コウまで巻き込んで・・

キリーも浅薄なことをしたものだ。」

講義を受ける俺に(珍しく!)コーヒーを持って来てくれたシュリに噛み付いた。

「見ただろう、奴はキッドにのめり込んでる。

今までの単なる女好きとは違う、一体どうしてくれる。」

と云われても俺にはどうしようもないから黙っていた。


実際、今も外ではコウとキッドの組み手が始まっていた。

感心したようにシュリが呟いた。

「また腕が上がったな、肘や膝の使い方が良くなった。」

「ふん・・ロゥは総体的に仕込んでいたからスピードに問題はない、が細かい所までは行かなかったな・・おい。」

ハクが立ち上がった。俺もシュリも。


入り口に立ちコウとキッドの組み手を見つめるふたつの影、黒の作業着を堂々と着こなしたひとりの片袖は留められ、それを護るようにもうひとりが立っていた。


「ジーン、キリー・・・」

コウとキッドの動きが止まった。

エラー、ウルフが真理達が集まってくる。

G倶楽部トップの帰還だった。 




ジーンは退院と同時にキリーを召還したらしい。Aチームの班長を歩美に引継いで事後を任せるとキリーもG倶楽部に帰って来たのだ。

歓迎の声と笑い声の中で俺の眼はキッドから離れなかった。

ロシアから後キッドの笑顔は絶えて久しい。

総ての責任を自分に課したようにコウに向かう姿しか見ていなかった。それでもジーンが戻ってくれば変わるだろうと、俺は思っていたのだが・・・

ジーンが動いた。キッドの正面に立ち真っ直ぐ暗いその眼を見つめ僅かに微笑んだ。


「どうやら俺では無理のようだな。キリー、担当伍長としての最後の仕事だ。こいつを立て直せ。」

「承知。」

キリーの低い声に俺は焦った。

あの時、あの瞬間の爆発するようなキリーの怒りを俺はみている。その後の氷点下の怒りの気配さえも・・・

だが、俺が何も出来ないうちにキリーはキッドを伴い小部屋に入っていった。


「直人、遅くなったがお前達の名を決めたぞ。」

俺の心配を引き離すようにジーンの声が掛かった。

「直人、カリフ。 木村、ナイト。 篠、ルゥ。 西田、イージス。 真理、イヴ。以上だ、文句はウルフに言え。」

俺達に云える訳はない、真理の何とも云えない表情がおかしかった。


「今回は任務こそこなしたが大きな痛手を被った。

俺の腕一本なら呉れてやるにも惜しくはないが、ローワンを失った余波はいずれG倶楽部全体に降り掛かるだろう。

覚悟しておけ。特に18期生には今後より一層の研鑽を望む、コウ、ハク、シュリは総体的なレベル引き上げに協力して貰いたい。」

「了解した。」

ジーンの表情もコウのそれも厳しく締まりながらも頼もしく、俺達は何時になったら此処まで到達できるのだろう。


「カリフ、陸士大は一発で決めろ。4年も遊ばせるんだ。

イヴは明日からコウに就け、ナイトはエラーだ。

ルゥはそのまま、お前のセンスは使える。イージスは当分作戦司令室に張り付け、向こうからの要請だ。

カズマ、来週からマレーシアだ、モクと入れ替わる。バードに仕込んで貰え、奴はウルフより細かいぞ。」

ぱっと喜色を浮かべたカズマがウルフを見てたじろいだ。

「ジーン、ウルフの世話は・・」

応えたのはウルフだった。

「馬鹿野郎! さっさと行って一人前になって来い!」

「承知!」

それを機に全員が戻っていったが、俺はジーンに呼ばれた。


彼の傍にはいつもウルフとローワンが居たが、今は独りだった。

「ウルフは?」

「カズマの支度を手伝っている、初めての国外任務だから心配なんだろう。長い事手元に置いていたしな。」

そうだったのか。

「本来ならキッドよりもカズマを連れて行くべきだったんだが・・俺とロゥはキッドを仕上げたかった。奴の成長速度は異常な速さだし、冷徹さはG倶楽部でも上位に入る。

けしてカズマの出来が悪い訳じゃないんだが。」

「キッドは・・・」

言いよどんだ俺にジーンが頷いた。

「報告は入っている。あの初陣は可哀想な事をした。

俺のドジとキッドの力量の見落としは完全に此方のミスだ。

だからキリーを呼んだ、Aチームには申し訳ないがな。」

「いや、どちらにしてももう時期ですよ、河野伍長はきちんと話してくれたし、みんな納得している。」

ジーンが微笑った。

「G倶楽部の虎の子キリーが変わったものだ、人嫌いの野生の獣のような男だったのに。まぁ、キッドの事はキリーに任せておけ、俺達もフォローするから。」

「承知。」

「さて、そろそろ俺の当番兵を迎えに行くか。」

だが行く必要はなかった。

小部屋から出たキリーとキッドが真っ直ぐに歩いて来る。


ベンチプレスに跨って座るジーンに近づくとキッドの眼が赤くなっていた。

「なんだお前は、当番兵のくせに見舞いにも来な・・」

キッドの両手がジーンの首に廻された。広い肩に顔を埋めて声を立てずに泣く背中をジーンの手が抱きしめた。

「いいかキッド、俺達はいつかは死ぬ。だが犬死は許さん。G倶楽部の命は仲間と国の為に捧げられる。忘れるな。」

キッドを首にかじり付かせたまま、大人の男の余裕の表情と深い声は俺でさえ泣けるほど暖かかった。

片腕のない事など瑕瑾にすらならない。

これが俺たちG倶楽部の代表、俺たちのトップ。


誇らしい思いの中にキリーの声が聞こえた。

「キッド、ジーンは病み上がりだ。」

慌てて離れたキッドにハンカチを渡しながら続ける。

「明日からの戦闘訓練は俺が見る、格闘訓練との違いを今の内にコウに聞いておけ。」

「はい。」

ペコッと頭を下げてコウのもとに飛んでいく姿を見送って、ジーンは胡乱気な眼差しをキリーに投げた。

「格好良く決めてたのに、無粋な奴だ。」

「悪かったな。」

云いながら魔法のようにまたハンカチを取り出すとジーンの濡れた肩を擦る。

「まったく、良く泣く奴だ。」

ジーンの片眉が上がった。

「ほほう・・何度も泣かしてるのか、道理で用意が良い筈だな。」

キリーの表情はピクリともしなかった。

「しかも俺に断りも無く戦闘訓練だと?」

「ローワンがいたら入っている筈だ、そこまで行かなかったからキッドを残せなかったんだろう。」

「・・・・」

「此処まで来たら徹底的に仕込むしか無い。これ以上あれの泣き顔は見たくない。」

「それなら俺が慰め役をしてやる、優しく抱いてな。」

「当然だ、逃げ道をキープしないとパンクする。」

「お前、本っ当に可愛く無くなったな。」

冷ややかにキリーが笑った。

「何を今更、可愛いなどと思った事も無いくせに。」


俺の前で繰り広げられた舌戦は、どうやらキリーの勝利に終わったようだ。

振り返るとキッドとコウが熱心に話し込んでいる。

エラーはナイト、イージスと打ち合わせ、コウの元にイヴが向かっていた。ウルフがカズマを怒鳴り、それをシュリとハクがなだめ・・・皆を見てシニカルな笑みを浮かべるローワンが、俺の眼の端に確かに映った。


この総てを護りたい。


唐突に、そう思った。

今の俺では護るどころか、ジーンやキリーの足元にも及ばないのは言われるまでもなく解っているが・・・

『G倶楽部の上に行け。』

まるで天啓のようにキリーの言葉が閃いた。


G倶楽部を護る。

この仲間達を使い捨てるのではなく、犬死させるのではなく、必要なバックアップと援護とフォローの形を作れたなら・・だがそんな事が出来るのだろうか、この俺に。

視線を感じて振り向けば、キリーの決然とした眼差しが俺を見つめていた。

きっと直ぐには無理だろう、ジーンの世代には間に合わない。キリーの時代にも駄目だろう。

だが、キッドの時には大枠が出来るかもしれない、その次のガキ供には間に合うかもしれない。

父、神藤直哉が創り、その想いを受け継いだジーン等が育てたG倶楽部を俺は護りたい。

この中で護られるだけではなく、たとえ此処を離れたとしても・・・


「俺に出来るだろうか。」

思わず出た言葉にふたりの男は鮮やかな笑顔をくれた。

きっとこの為に俺は神藤直哉の子に生まれたのだろう。

ジーンに魅かれ、キリーに憧れ・・・

G倶楽部の仲間たちと出逢ったのは必然。ならばこの道程を往ってみよう。

どれ程の刻が掛かっても。



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