04
第三中隊の動きが少し変わってきたのは10日が過ぎた頃。
教練が激しさを増して来たのは判っていたが、その日昼飯を喰っていると伊達軍曹がやって来た。
「どうだ、だいぶ馴染んだだろう。」
立ち上がる俺達を手で押さえて気さくに同じベンチに座る。
頷いた俺達の顔を見て笑った。
「来月は富士で三連隊合同演習がある、ルーキーメインだからアタリはきついが頑張れよ。」
ちらりと素の笑顔がこぼれた。
「Aチームは出来が良い、担当伍長はラッキーだな。」
思わず口が出た。
「Aチームがラッキーなんです、担当伍長が良いから。」
軍曹は不意に真顔になり俺の眼を見返した。
「本当にそう思うなら早く独り立ちしろ、奴の本来の仕事は子守じゃない。奴の居場所に送り出してやれ。」
ごく低い声が俺達を打った。
叩きのめされるようだった。
伊達軍曹が歩み去っても、俺達は呆然としていた。
判っていた筈なのに。少なくとも俺はキリーがG倶楽部員なのを知っていたのに、何故これほどショックを受けるのだろう。河野伍長が担当伍長としてAチームに居ることを当然だと思い込んでいた。G倶楽部に帰るなんて・・今の今まで考えもしなかった。
「ずっとAチームじゃないのか? 俺達の伍長だろ?
なぁ、直人。 俺達の伍長が何処に行くって云うんだ。」
御幸のこれほど情けない声は初めて聞いた。
「Aチームはまた来年の初年兵が受け継ぐ、今のAチームは名前が変わるのは知ってたけど・・・河野伍長が居なくなるなんて、思わなかった。」
真理でさえ肩を落として呟いた。
「そうだな、あと二、三ヶ月がいい所だろう。」
意を決して御幸が問い質したのに対して、河野伍長は当然のようにサラリと答えた。
「何だ、知らなかったか? どのチームも同じだぞ。
誰だって親離れはするものだ、大体俺はお前達のお母ちゃんじゃないんだから。」
晩飯前の俺達の部屋に真理たちも集まっている中だった。
押し黙った俺達に彼は少し困ったような笑みを見せた。
「いつ聞かれるか、聞かれた時にどう答えるか、これでも俺なりに考えていたんだが・・・ちょうど良い、みんな聞いてくれ。 俺の所属はG倶楽部だ。」
音にならないざわめきが室内に広がった。
「此処だけの話だと思ってくれ。
初年兵として此処に来る以前の俺はろくでもなかった。唯のチンピラだ。此処でも十人近い奴を半殺しにして任官は営倉で受けたほどだった。軍で使い物にならなければ、やくざな道に入るしかなく・・今頃はどこかの路地裏で死んでいただろう。
そんな俺を拾ってくれたのはG倶楽部だった。
彼等は俺を育て、知識と技術、そして人としての路・・この先へと続く未来をくれた。
だが俺には解っていた。俺に決定的に欠けている物、人に対しての愛情、信頼、慈しむ心・・・
彼等は俺に初年兵の担当伍長を押し付けた。
俺は嫌だと・・嫌だと断り・・・・断りきれずに受けたんだ。任務だと割り切って。
そしてお前達と出逢った。
疑う事無く、素直にひたむきに俺を、こんな俺を信じて走るお前達は・・・陳腐な言葉だが、俺の大切な者になっていた。
今のお前達には俺の気持ちは解らないだろう・・・が、いつかきっと解って貰える時がくる。必ずその日は来る。
俺がある日突然眼が覚めたように、お前達も、いや、お前達は軍のなんたるかを知る時が来る。
俺はその一助になれたら、その瞬間に考える為の指針になれたなら・・・この数ヶ月、いや俺が生まれて来た意味があるのだろうと思った。お前達と関わった俺の人生は初めて意味を持つのだと思う。」
河野伍長の眼は気のせいではなく確かに濡れていた。
「俺達は兵士だ。いつ何処で死んでも不思議ではない。
だが、これが最後かと思った時に一度だけ悪あがきをしてくれ。死ぬ気でしてくれ。頼むから潔く死んでくれるな。
俺は此処に居る皆に生きていて欲しい。笑っていて欲しい。
それこそが俺がお前達の人生に関わった証になる。
そしてこれだけは忘れないでくれ。何が有ってもどんな時も、俺はお前達の担当伍長だ。お前達が認めなくてもな。」
俺達が何も云えない内に彼は部屋から出て行った。
たぶん彼は愁嘆場を避けたかったのだろう。
実際、俺達は泣いていた。生まれて初めて思い通りにならない現実に直面したガキのように、鼻水を垂らしてしゃがみ込んで泣いていた。長いようで短い時が過ぎて・・・
「良かったな。」
キムだった。
「俺達の担当伍長が河野卓で、本当に良かった。
俺は・・俺の人生にあの人が良くぞ関わってくれたと思う。
こんな馬鹿野郎でも、あの人の中に残るんだと思うとそれだけでも感謝する、此処に来て本当に良かった。」
それは俺達全員の想いだった。
「河野担当伍長の名前を汚してはならんな、歩美も真理も顔を洗って来い、飯だ。」
圭さんの声に俺達は立ち上がった。
俺達はそれぞれがこの事実を乗り越えようとしていた。
河野伍長が居ないときは必ず話し合ったし、自分達の問題は自力で解決するために、今まで以上に結束するようになった。亜湖には連絡のしようもないが、(この2週間帰っていない。)考えたら亜湖はG倶楽部だった。
「つまりだ、伍長に逢いたければG倶楽部に入れば良いって事か。」
真理の言葉に笑ってしまった。
いとも簡単に言うが真実だった。
「真理、狙って見るか?」
俺が聞くと真理は真面目な顔で頷いた。
「以前に言ったよね、戦死した兄がG倶楽部だったと。
私はその為に来たんだ。 それが私の目標だ。」
その本気の答えにゾクリとした。
「やってみろ。」
俺の替わりに圭さんが応えた。
「真理も直人も圏内の筈だ、俺も応援する。AチームでG倶楽部を埋め尽くして河野伍長の肝を冷やしてやれ。」
驚いた。いつも冷静な圭さんがこんな大胆な事を言うなんて。でも・・
「いいね、それ。」
真理が弾ける様に笑い出し、俺もつられて笑った。
「面白い目標が出来たな、河野伍長の顔が見物だ。」
「ねえ、確かトップ10にAチームは何人か入ってたね。」
「では私が調べてみよう、公表こそされては居ないが極秘事項ではないはずだ。」
真理の記憶は正しかった。Aチームは1位、高村亜湖 2位、神藤直人 3位、木村英嗣 5位、高橋真理 7位、篠崎亮介と5人もがランクインしていた。
河野伍長が出掛けた夜、俺達は話し合いAチームの今後の目標を残り4人のG倶楽部入りとした。
「いいじゃないか。」
御幸がみょうに力を込めて言い切った。
「目標はでかい方が良い、俺はG倶楽部はよく知らんがAチームから送り込めるだけ送ろう。援護するぜ。」
俺達はまず、各自の弱点を分析してみた。自己評価だけではなく、圭さんと古川が協力してくれそれぞれを数値化し、グラフにまとめる。一つ一つを潰して組み上げていく過程はゲーム感覚だった。
出来る事を出来る限り・・・俺は真剣だった。
G倶楽部に入る事だけが目当てではない、自分に何が出来るのか、どうすれば夢がかなうのか。
どこまでやれば河野伍長の言っていた、この先の未来が掴めるのか。 唯それが知りたかった。
俺は、雪代大尉を父と混同していたのかもしれない。
あの人が居る場所に行きたかったのかも知れない。
それは今も尚、俺の望みなのは確かだ。
だが今の俺の最大の夢は、河野卓になっていた。
どう頑張っても雪代大尉にはなれない、不思議な事に、なろうとは思わない・・が、いつか俺は将来必ず俺の手元に来る初年兵達の河野担当伍長になりたいと思っていた。
馬鹿なガキ供・・浮ついてて、短気で浅薄で、この上なく愛おしい未だ見ぬ彼等の担当伍長に、俺はなりたかった。
この頃俺は圭さんと良く話をした。
彼は俺の自己評価を見て、甘いのは言語道断だが厳しすぎるのも考え物だと諭してくれたが、両親の話をすると暫く考え込み納得したように頷いた。
「それで解った、直人はG倶楽部の子だな。」
G倶楽部の子・・・確かにそうなのだろう、どちらも父が創った。俺は不肖の息子だが・・・
G倶楽部の話は今の俺なら噂で通用する。
キム達も交えてジーンやウルフからの最低限の、俺達に関わる情報を開いた。
彼等は総体的に優れた戦闘能力を有しているが、個人能力では様々に異なる事。特殊な任務のため個々の能力に特に磨きを掛けている事。個人名は出さなかったが戦闘兵士、爆発物、ハッカー、長期任務に必要な語学、地理、歴史に文化風習etc・・
「だから、初年兵のトップテン以外にも決して門が閉ざされている訳じゃない。例えば、作戦司令部の中に居ても不思議じゃないんだ。」
圭さんの表情が変わった。
「頭脳派は何時だって必要だからさ。圭さん、狙おうよ。」
真理がけしかけキムが煽った。
「その頭、無駄にしたらもったいないぜ。」
「俺達だって助かるしな。」
篠が真顔で言いみんな頷いた。
必要な勉強、必要なトレーニング、夜の座学以外にも伍長に頼んでミーティングルームを借り、俺達は寸暇を惜しんで自習を続けた。河野伍長は何も言わなかったが、気が付くとおかしな事になっていた。人が増えている。
Aチームの人間はほぼ全員、BもCからも来ているし、部屋を広げなくては収容出来なくなっていた。
臨時の教官を河野伍長が引き受けてくれたのは大きな利点になった。じきにBCの担当伍長や驚いた事に伊達軍曹も市橋曹長も加わった。
机を分けて課目ごとに分かれての自習で要点も掴みやすくなり、集中出来る様にもなる。
俺達初年兵が出来る事は限られていたが、下士官がバックに付いていてくれるなら欲しい情報も大概のものは手に入るようになった。
そして9月の半ばに行われた富士での演習も無事に済んだが、凄いものを眼にしてしまった。
俺達歩兵第三中隊の横に黒の戦闘服の一団が並走していたのだ。
見覚えのある体躯、雪代大尉・・いやジーン自ら指揮を取るG倶楽部は時間にして僅か2,3分だったが見事なフォーメーションと展開を見せ、離れていった。
ウルフの巨漢も鋭いローワンの動きも捉えたが、なにより亜湖の動きはより一層洗練されて、眼に焼きついた体格さえなければ別人と思われただろう。
これほどのデモンストレーションは存在自体極秘のG倶楽部には有り得ない。
俺達の為に・・・俺達への無言の檄を飛ばしてくれたのだ。
36時間の演習が終了した早朝に見た富士山は綺麗だった。
立川連隊に帰投した俺達、キム、篠、真理、そして圭さんは河野伍長に呼び出された。
「G倶楽部より2週間の仮入部の招聘を受けた。断るのは自由だが・・・どうする?」
唖然とした俺達の中で最初に我に返ったのは真理だった。
両手を突き上げたガッツポーズで雄叫びを挙げる。
沸きあがった歓声、歓喜の中でキムが篠があの圭さんでさえ躍り上がる中で、俺はその事実を噛み締めていた。
第一順位は亜湖で良かったのだ。ストレートにG倶楽部入りをしなくて良かったのだ。
糞みそに叩きのめされて本当に良かった。
ガキの俺には必要な時間だったと今になってやっと理解出来た。
「おめでとう・・と云いたいが、まずは2週間。途中で放り出される可能性も在る、踏ん張り所を間違えるな。」
河野伍長の眼は笑ってはいなかった。
「一人前になって俺が戻るのを待っていろ。」
G倶楽部のキリーの言葉だった。
電流が流れたように一瞬で気持ちが引き締まった。
「この後の班長は歩美の予定だ、圭佑が一段落したらフォローに廻って貰う。御幸と雅彦はお互いに見させるがお前達も力を貸してやれ、あと2ヶ月だ。」
ビリビリとした迫力が伝わってくる。これがG倶楽部のキリーの力の一片。
「G倶楽部を甘く見るな、全力を出せ、死ぬ気で掛かれ、必ず俺の元へたどり着け! 以上だ。」
「了解!」
5人の敬礼を受けて返した礼は剃刀のように鋭かった。
白帯付きでも5人もの人間が黒服で揃うと異様な眺めであっただろう。
歩美や御幸たちは喜んでくれたが反面悔しそうでもあったし、後から加わった仲間や他チームの初年兵はあっけに取られたように遠巻きにしているだけであった。
「解ったか、この空気の変化が。これがG倶楽部員が最初に受ける洗礼だ。」
今まで何の抵抗もなく声を掛け合っていた関係は消えていた。いきなり境界線が引かれたような疎外感は、受け取る側からすると相当にこたえるモノだった。
「亜湖は大変だったろうな。」
キムの言葉に伍長は笑う。
「あれは大丈夫だ、あるがままを受け入れて余計なものを切り離す強さを持っている、天然の強みだな。」
篠と真理が吹き出した。
「では俺達も亜湖に習うか。」
G倶楽部のプレートはシンプルで変わっていなかった。
内部も同様、其処に立つジーン達も・・・亜湖の小柄な姿が増えただけで変わりはない。
「失礼します。第18期生、神藤直人以下4名を連れて参りました。」
一人ずつ名乗り、礼を取る俺達にジーンはそれが特徴の冷ややかな眼差しを投げかけた。
「了解した、確かに受け取る。エラー。」
エラーに連れられて話の聞こえない距離まで離された。
「私は此処ではエラーと呼ばれている、G倶楽部は厳しいぞ。覚悟はあるか?」
柔らかな口調、しなやかな体型、少し長めの茶髪に加え顔立ちも整ったエラーに俺以外は眼を丸くしている。
多少の情報は流したが個々の話には触れてはいない。それはG倶楽部の任務に直結している為、敢えて伏せたのだがさぞ驚いただろう。もっともこの先は何が起こるか俺だって判らないのだが・・・
河野伍長はジーン達と話しこみ・・その中からデカイ図体が離れてやってきた。
「エラー、此処は俺が見る。ジーンが呼んでるぞ。」
エラーは横目でウルフを睨むと釘を刺した。
「こいつらはまだ見習いだ、余計な事は言うなよ。」
「何おぅ、俺が何時そんな事を言った?」
「キッドの時に大穴空けたのは誰だ、この馬鹿が。」
「ざぁけんな、キッドは聞き逃したんだ。それで済みじゃねぇか。」
エラーはくるりと俺達に向き直って一言、
「ウルフが何を云っても耳を塞いでおけ、解ったな!」
言い放ってさっさと行ってしまった。
「キッドはな俺が見た時こいつをやっていた。」
ウルフがパンパンと叩いたのは大型のベンチプレス、
「デイクランだ、お前らもやっていいぞ、遠慮はいらん。」
「すみません、キッドとは誰ですか?」
真理の質問にウルフは吼えるように笑った。
「お前らの仲間だ、初年兵。Aチームはキッドを始め粒ぞろいだと評判だ、頑張れよ。」
ご機嫌だ。後が怖い。
「ウルフ、ジーンが呼んでる」
何時来たのか亜湖が立っていた。
最近は暇さえあれば自習していたので、亜湖に逢うのも久し振りだった。ウルフが行ってしまうと以前と同じ笑顔があった。
「元気だったか?」
「うん。」
「富士で見たよ、亜湖だけは間違えないね。」
「うん、ジーンが呼び水になれって。みんなが頑張ってるのG倶楽部は知ってるから。
自習も覗きに行ったし、篠の機甲化部隊も連れて行ってもらった。」
驚いた、俺達はいつも見られていたんだ。
「内緒だよ。」
黒の作業着がこなれて来ている。
「亜湖・・・キッドか、少し痩せたか?」
「一回痩せて今は多少体重が増えた、筋肉が付いたから。
ウルフにはまだまだ喰えって云われるけど、背が無いからこれがベストみたい。」
「頼むよ、亜湖。あれにはならないでくれ。」
篠の情けない声に笑ったところで河野伍長がやって来た。
「では俺は帰る、亜湖、あとは頼んだぞ。」
「はい。」
「お前も忙しいだろうがたまには帰って来い、元気な顔を見せにな。」
「承知。」
ちらりと笑顔を見せた後、河野伍長は呆れるほど潔く踵を返して帰っていった。
そして俺達の試練が始まった。
ミーティングの後、ウルフの指揮下でのウエィトトレーニングはきつかったが、何より触発されたのは隣で平然と、そして黙々と俺達以上のアップを続けるキッドの姿だった。
圭さんをフォローし、真理を励まし、俺達には笑顔を見せる。
二日後、キッドとローワンの模擬戦闘訓練を見せられた。
ゾッとした。
形はマーシャルアーツを原型に様々な格闘技を組み合わせた複雑なもの、素手が基本であるが棍と呼ばれる2mはある棒を遣ったり、大型のサバイバルナイフを遣ったりと一通りを披露した後、ローワンはシニカルに笑った。
「生き残ればお前達にも教えてやろう。」
素手では何度か飛ばされたキッドも、棍とナイフでは引けは取らなかった。
総ての攻撃を避け、躱し、隙を伺い攻撃も仕掛ける、無論掠りもしないが。
驚いたのはその速さ、眼で追うのも至難の業だった。
身体は全身が支点となり力点となり武器となる。
正式入部後わずかひと月でここまでになるにはどれ程の訓練をこなしたのだろうか。
「ロゥ、あまり脅すな、担当伍長に怒鳴り込まれるぞ。」
俺達の蒼褪めた表情を見てジーンが笑った。
「心配いらん、それぞれの個体差も考えて組んである。
こいつに仕込ませるのは今の所キッドだけだ、明日からは軽く踏み込むが・・・落ちるなよ。」
その四日後、G倶楽部の顔ぶれが変わっていた。
ボニとドンが消え、コウ、シュリ、ハクの3人が入っていた。
俺は顔と名前ぐらいは知っていたが、さすがにキッドも初見らしい。
「ほう、これが噂のAチームか、若いな。」
ジーンやウルフと同期のコウはキッドの顔を覗き込んだ。
「小僧、歳は幾つだ、まだ女は知らんな。」
遥か昔のハリウッドスター並みの強面が微笑んだ。
「俺が教えてやろう、こうみえてジーンは純情派だしウルフも女にはとことん弱いからな。」
「有難うございます、ですが・・私は女です。」
全く驚くべき事に、コウの表情はピクリとも動かなかった。
「そうか、まだバージンか。女の匂いが乏しいはずだな。」
「コウ、子供を苛めるな。 済まないな、キッド。
こいつは単なる女好きでな、仕事はやるがそっちも程を知らん、だが子供には手は出さんから気にするな。」
コウに張り合う気障な顔立ちのハクの言葉に、シュリが呆れたように吐息をついた。
「キリーはどうした、奴がいればこうまではならなかった筈だ、任務だとは聞いてないぞ。」
エラーが堪り兼ねたように言った。
「シュリ、こいつらはキリーが担当ですよ。」
「このガキもか?」
どのガキかは聞かなくても解った。
「キッドに関してはローワンが教えてますよ。」
一瞬の沈黙が場を支配した。
「ジーン。」
とことん嫌そうな表情のジーンが3人に呼ばれて行った。
それを妙に嬉しそうに見送ってエラーが俺達を招いた。
「ジーンの弱みだ、あの3人は結果的にはいつも一緒の答えを出す。ジーンは未だに論破できずにいるんだ。」
「今まで何処に?」
俺の問いにはエラーは答えなかった。
「丁度、入れ替わりだ。奴等はかなり厳しいぞ。
ウルフがつけた名は紅白、同じカッコに括られながら全くの別物、それが混ざったシュリ。ボニもドンもおとなしいが彼等はやっかいだ。」
「エラー、トレーニング始めて良い?」
ガキだの小僧だのと散々に言われながらもキッドは気にもしていない。天然の強みか。
俺達はマシンを使い始めたが、コウハク、シュリに捕まったジーンはそこにローワンが加わって長い事話し込んでいた。終わったのは俺達のマシンと同時だった。
ジーンのうんざりした表情を初めて見た。
「キッド、シュリとやれ。」
ローワンに指示を出されキッドは黙って前に出た。
その時になって気が付いた、キッドへの指図は常にローワンから出されている事に。
ジーンもウルフもエラーも確かに細かい事は言ってはいるが、戦闘訓練やそれに関する指示の一切はローワンで、他の誰よりも優先されている事に。
これはどう云う事だろう・・
が、組み手が始まった途端、俺はまた驚いた。
この間の対ローワン戦とはキッドの動きが違っていた。
ローワンに対しては冷静に慎重に対していたのに、シュリには爆発するような攻撃を畳み掛けたのだ。
始まった直後から防戦一方に追い込まれたシュリは、時間にして僅か3分、真っ向からの正拳突きに飛ばされた。
勿論、飛んだ力を使ってシュリは跳ね起きたがローワンの声がキッドを留める。
「そこまで。」
殺気も闘争心もまるでスイッチを切ったかのようにキッドは常態に戻ると、手を組んで一礼した。
「キッドはこの俺が仕込んでいる、気に入らないなら3人で掛かっても構わんぞ。」
キッドの後ろに立ったローワンの言葉には、云われた当人以外の肌にも鳥肌が立つ程、不気味な殺気が含まれていた。
「言っておくが、こいつは得物の方が得意だ。徒手はまだまだ甘くてな。」
「了解した。」
それはシュリだった。
「1ヶ月で此処までなら俺は納得できる。コウ、ハク、お前達は?」
「時差ぼけ野朗が・・・が、まぁ良い、俺も了解だ。」
「了解、ただもう少しセクシーさが欲しいな。そっちの彼女は・・・」
コウの言葉はジ-ンにあっさり遮られた。
「直人、真理はハクに付け、白兵戦のベテランだ。
木村と篠はシュリだ、ボムから地雷まで網羅している。
西田はエラー、あらゆる情報端末を叩き込んでおけ。
あと1週間、死ぬ気でやれと担当伍長にも言われた筈だ。」
ジーンの指示に俺達は即座に従った。
キッドは・・・なにやらローワンに小言を喰らっているようだったが、奴の事は放っておこう。
1ヵ月半の時間差をどこまで詰めれるか、これは俺達の正念場だ。