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女王キリエ  作者: カイリ
第8章 落日の慟哭
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第8章「落日の慟哭」第2話

キリエに対する嫌がらせが激しさを増し、ついに大きな事件が。その時ギョームは思い切った行動を取る。夫の心遣いに感謝しつつも戸惑うキリエ。だが、今度は二人の間に……。

 ある日、キリエは貴婦人たちから茶会に招待された。お茶好きの王妃をもてなしたい、と言われれば断るわけにもいかず、キリエは気が重いながら茶会に参加した。

 茶会は夏の陽差しを遮る美しい日傘がいくつも咲く中庭で開かれた。繊細なレース使いのクロスがかけられたテーブルに涼しげな白い茶器が並ぶ。相も変わらず華美な衣装をまとった貴婦人たちがすまし顔で席につき、皆ちらちらと目配せをしている。一見優雅に見える茶会も、腹の底では何を考えているかわからない連中にキリエは憂鬱そうな表情でテーブルについていた。キリエの傍らにはそんな王妃を心配そうに見守るマリーエレンとモーティマーの姿がある。

 だが珍しい茶葉を使った紅茶や目にも鮮やかな菓子がテーブルを飾ると、ようやくキリエの表情も和らぐ。香り高い琥珀色の紅茶がカップに注がれ、キリエは興味津々に覗き込んだ。

「隣国ポルトゥスから取り寄せた茶葉でございます」

「初めてだわ。良い香り」

 持ち上げたカップの香気を胸深く吸い込み、嬉しそうな表情で口にする。その表情にアングルの女官たちもほっと胸を撫で下ろした。だが、召使いが新しい菓子を運んできた時だ。

 ガラスの器に盛られた、淡雪のように白く、ふるふると揺れる不思議な菓子。ガリアで暮らし始めてから、見たこともない菓子や料理に何度も驚かされてきたキリエだが、この度も不思議そうにまじまじと見つめる。いつも以上に幼く、無防備な表情の王妃に貴婦人たちは扇子で口元を覆い隠して笑いを堪える。そしてその瞳には、何かを期待する黒い光が見え隠れしていた。

「ブランマンジェでございます。牛乳に砂糖とアーモンドを加え、固めております」

 冷たくて見るからに喉越しがよさそうに思えるが、それ以上に気になるのは菓子に添えられた鮮やかな緑の塊だ。野菜、それとも木の実だろうか。キリエは首を傾げながらも、手にした匙で「それ」を突いた時。塊がぴょんとテーブルに跳ねる。

「ひゃっ!」

 キリエが悲鳴を上げて飛び上がる。女官たちも一斉にテーブルから飛びのく。途端に貴婦人たちはけたたましい笑い声を上げた。

「モーティマー!」

 マリーが叫び声を上げる前に王妃の秘書官はテーブルに身を乗り出していた。緊張に強張った顔が歪むと、テーブルの上でちょこんと丸まった緑の塊をそっと掴む。

「――蛙です」

「……か、かえる……?」

 マリーにすがりついたキリエがぶるぶると震えながら囁き、青ざめた顔は一転して真っ赤に紅潮してゆく。モーティマーは笑い転げる貴婦人たちに一瞥をくれると蛙を放り投げた。笑い声が悲鳴に変わる。

「帰りましょう」

 モーティマーは王妃の腕を取ってその場を連れ出した。

「キリエ様、お怪我は」

「……ないわ」

「あんまりです! これは明らかに女王陛下に対する侮辱です!」

 付き従う女官たちも口々に非難の声を上げる。どこか足元が覚束ないキリエの耳元でモーティマーが囁く。

「もうこれ以上は危険です。ギョーム王陛下にご報告を」

「駄目よ!」

「しかし……!」

 涙を滲ませながらもキリエは顔を振った。

「ギョームには、絶対、言っては駄目……!」

「でも、キリエ様……! このままではキリエ様にも危害が……!」

 マリーにまで言い含められ、キリエは両手で顔を覆い隠して立ち尽くした。

「……言わないで……! だって……、こんな情けないこと、知られたくない……!」

 その言葉に、マリーとモーティマーは無言で顔を見合わせる。嫌がらせに対する恐怖以上に、誇りと自尊心を傷つけられたキリエは、その姿を夫に知られることを極度に恐れていた。嫁いで間もない妃は、まだ本当の姿をさらけ出すことができないでいる。

(当然だ)

 モーティマーは悔しげに唇を噛んだ。

 

 その日の晩餐。明らかに顔色が悪い妻にギョームは心配そうな表情を見せたが、人々の前で具合を尋ねるようなことはしなかった。だが、昼間の一件ですっかり食欲をなくしたキリエは食事に手をつけられない。料理に手を伸ばし、形だけ口元に運ぶ。ギョームは眉をひそめた。キリエは食べる振りをしている。やがて、ギョームは息をつくとフォークをテーブルに置いた。

「ドービニエを呼べ」

 ドービニエはビジュー宮殿の料理長だ。廷臣たちは何事かと恐々と顔を見合わせた。キリエも不安そうに顔を引きつらせる。やがて、王に呼び出された料理長がやって来る。

「陛下、お呼びでございましょうか」

「どうしたのだ、ドービニエ」

「は……」

 ギョームは不機嫌そうに言い放つ。

「いつになく脂が多くてかなわん」

「も、申し訳ございません……!」

 ドービニエは真っ青になってその場にひれ伏す。廷臣たちがざわめく中、ギョームはキリエの手を取って席を立つ。

「今晩はもうよい」

「ギョーム……!」

 慌てるキリエに構わず大広間を出るギョームだったが、すぐさま後に続いたバラにそっと何かを耳打ちする。宰相は頷くと踵を返していった。

「待って、ギョーム、あれではドービニエが……」

「そなたも食べられなかったであろう」

 夫の指摘にキリエは息を呑んだ。

「一口も食べていなかった」

 手を引かれたまま、キリエは顔を青ざめさせる。

「……ち、違います、お料理のせいじゃない……」

 ギョームは妻の言葉に耳を貸さず大股に大廊下を行くと自らの私室に向かう。私室に入ると、ギョームは真顔で振り返った。

「何があった。晩餐が始まる前からずっと顔色が悪かった」

 キリエは叱られた子どものように怯えた顔で夫を見上げた。

「……何でもありません」

「後宮で騒ぎがあったそうだな。だが、誰に聞いても言葉を濁す」

 ぎくりと胸が跳ねる。ギョームは美しい碧眼で真っ直ぐに見つめてくる。キリエはごくりと唾を飲み込むとおずおずと口を開いた。

「……粗相を、してしまって……。お茶会で、お皿を割ったの。ほ、本当です。皆、きっと私を庇ってくれているのだわ」

 嘘の下手な妻の言葉にギョームの目が疑いで細められる。と、その時。扉が静かに叩かれる。

「陛下」

「入れ」

 キリエが振り返ると、そこには料理長ドービニエの姿が。

「お待たせいたしました」

 ドービニエは先ほどと違い、穏やかな表情で大盆を捧げて入ってくる。キリエは戸惑いの表情で大盆に載せられた小鍋と皿を凝視した。

「王妃、パン粥でございます。グローリア伯夫人のご指導でアングル風の味付けにしてございます」

 パン粥。キリエは驚いてギョームを振り返った。彼は笑顔で頷いてみせた。

「すまなかったな、ドービニエ。皆の前で恥をかかせた」

「いいえ、これしきのことでお役に立てるのであらば」

 誇らしげに答えながら銀の蓋を開けると、温かそうな湯気が上がる。そこには、優しげな乳白色の粥。ドービニエは恭しく頭を下げると退出していった。

「大勢の前で食事をするのが苦痛のように見えた。ここなら落ち着いて食べられる」

「……ギョーム……」

 キリエの目に涙が滲む。駄目だ。また、ルイーズに叱られてしまう。ギョームに気を遣わせてしまった。そんな妻の気持ちも知らず、ギョームはパン粥を覗き込んでほのかに甘い香りに笑顔になる。

「美味しそうだ、少しは食べてくれ」

 ソファに座らされ、それでも匙を手にできないキリエにギョームは匙で粥をすくうとふうふうと息を吹きかけた。そして一口食べたかと思うと粥の熱さに目を白黒させる。キリエは慌ててグラスの水を飲ませた。

「熱い……! でもなかなか美味だ。ほら、そなたも食べてみろ」

 キリエはまだ戸惑い気味に頷く。まだ晴れない顔つきの妻にギョームは匙を差し出した。

「食べさせてやろうか」

「じ、自分で食べます……!」

 ギョームはにっこりと微笑むと匙を持たせた。キリエは粥をすくうと少しずつ口に運ぶ。

「美味しいであろう?」

 こくんと頷く。だが、同時に目頭が熱くなる。夫の優しさが胸に苦しかった。ギョームはこんなに優しいのに、どうしてガリア人は皆あんなに残酷なのだ。やがて涙をぽろぽろとこぼし始めたキリエに、ギョームは黙って肩を撫でた。


 その翌朝だった。キリエが衣裳部屋へ向かおうとすると、後宮は慌しいざわめきに包まれている。多くの侍女や侍従が忙しげに行き交い、どういうわけか家財道具を運ぶ衛士の姿も見える。キリエは胸騒ぎに駆られた。やがて、険しい表情のマリーエレンが足早にやってくる。

「マリー、何かあったの」

「大変でございます」

 マリーはキリエの耳元で口早に囁いた。

「昨日の茶会に招かれた方々のほとんどが追放処分となりました」

 追放。背筋にさっと寒気が走る。おろおろと視線を彷徨わせ、しばらくは口も利けないキリエだったが、やがて恐れに近い瞳で顔を上げる。

「どういう、こと……」

「……恐らく、陛下が昨日のことをお聞きになられたのでしょう」

「でも、どうして……!」

 キリエの問いに、マリーは顔を歪めて頭を振る。やがて、廊下に靴音が響き渡る。

「王妃」

 廊下に響く乾いた声。キリエは縮み上がって振り返った。

「……ルイーズ」

「おはようございます。朝餐の前に、大事なお話がございます」

 キリエは恐々と頷いた。

 急いで着替えを済ませたキリエはマリーと共に私室へ向かった。そこで、ルイーズは事の顛末を語り始めた。

「昨日の茶会、陛下にご報告申し上げました」

 相変わらず耳障りな高い声で告げられ、キリエは顔を引きつらせた。

「ギョームに……、話したの?」

「王妃に対する侮辱、もうこれ以上は許せません。これまでの数々の非礼も合わせ、全てをお話いたしました」

 マリーも眉をひそめ、固唾を呑んでルイーズを凝視する。キリエは心細げに両手をぎゅっと握り締めた。

「……それで、ギョームは……」

「茶会に参加した全ての貴婦人を王都オイールから追放に。そのご夫君も同様です」

「ご夫君も……!」

 思わず声を上げるキリエにルイーズが手を挙げて制する。

「廷臣のオードラン伯は宮廷において要職に就いておられる故、朝餐の後で謝罪に参る予定でございます」

 大変なことになった。キリエは泣き出しそうな顔付きでその場に立ち尽くした。だが、怯えた表情の王妃に眉をひそめると身を乗り出し、ゆっくりと言い聞かせる。

「彼女たちは王妃を笑いものにしたのです。陛下がお怒りになられるのは当然でございます。それに、この度のことで最も傷ついていらっしゃるのは王妃、あなた様でございますよ」

「……私はいいの」

 か細い声で囁くと震えながら項垂れる。

「私、皆に迷惑をかけたわ……」

「ですから……」

「マダム・ルイーズ、もういいわ」

 見かねたマリーが声を上げる。黙って肩を震わせるキリエに、ルイーズも困り果てたように溜息をつく。

「……そろそろ陛下が朝駆けからお帰りです」

 ルイーズの目配せで扉が開く。キリエは重い足取りで私室を出た。騒がしい後宮を抜け、朝餐の大広間へ向かうと朝駆けを終えたギョームが待っている。その姿を目にしたキリエは息を呑んで立ち尽くした。妻の到着に気づいたギョームは笑顔を見せたものの、すぐに真顔になる。

「おはよう、キリエ」

「……おはよう、ギョーム。……あの」

「話は聞いている」

 声を落とし、真っ直ぐ射るように見つめられたキリエは身動きもできずただ見上げることしかできない。

「そなたに対する風当たりが強いのは聞いていたが、ここまでひどいとは知らなかった。何故、昨夜話してくれなかったのだ」

「ごめんなさい……!」

 そう口走ると思わず顔を覆う。体の震えを止めることができない妻にギョームは慌ててそっと抱きしめる。

「そなたを責めているわけではない。だが……、隠し事はもうしないでくれ」

 必死に頷くキリエに、ギョームは子どもをあやすように背を撫でる。

「……もっと早く気づくべきだった。許してくれ」

「あ、あなたの、せいじゃない……」

 たどたどしく呟くキリエの耳元に口を寄せる。

「そなたを妃に迎えた以上、絶対に守ってみせる。……母上のように辛い思いはさせたくない」

 キリエは眉を寄せると顔を上げる。その頬を優しく撫でると、ギョームは寂しげに微笑を浮かべた。

「母上も宮廷では孤独だった。父はそんな母上を守ろうともしなかった。そなたには、同じ思いをさせたくない」

 自らに向けられた一途な眼差しにキリエの胸は締め付けられた。こくりと頷く幼妻に、ギョームは肩を抱くと大広間へと導いた。


 茶会事件から数日経ったある日。キリエは王妃の間から張り出したバルコニーでひとり庭を眺めていた。ギョームの強行ともいえる処分にキリエも含めて皆が動揺したが、そのおかげもあってキリエの周辺はずいぶんと落ち着いた。

「荒療治ではありましたが、結果的にはこれで良かったのかもしれませんね」

 マリーはそう言って安堵したようだったが、キリエはまだ心が晴れなかった。あの騒動が嘘のように穏やかな昼下がり。だが、この平穏はいつまで続くのだろう。そんなことを考えていると、背後から「陛下」と声をかけられる。

「サー・ロバート」

 モーティマーは手紙を携えていた。

「レスター子爵からのお手紙でございます」

 キリエはぱっと顔を明るくすると手紙を受け取った。だが、無言で手紙を読み進めている内、彼女は哀しげに眉をひそめた。

「陛下?」

「……皆が、心配しているわ。ガリアでの暮らしを」

 秘書官は思わず黙り込んだ。心配しない者はいないだろう。教会育ちの少女が王妃として異国の地で暮らすのだ。陰湿ないじめが鳴りを潜めたとは言え、今後何が起こるか見当もつかない。

「マーガレット王妃のような目に逢ってはいないか、って書いてあるわ」

 手紙から目を上げると、キリエはモーティマーを振り返った。

「マーガレット王妃は……、叔母上はそんなにリシャール王に冷遇されていたの?」

 ギョームがたびたび口にする「父上のような男にはならない」という言葉。リシャールはそれほど冷たい人物だったのだろうか。息子に背かれ、自らの立場が危うくなると亡妻の祖国アングルへと攻め入った男。その上、自分たちの結婚式を襲撃し、オイールに攻め込んだ。キリエにとっても悪い印象しかない。

「私が耳にしたところでは、相当なものだったようです」

 慎重な口ぶりで前置きをすると、モーティマーは低い声で語り始めた。

「ご結婚当時から宮廷の内外で愛人を多く侍らせていたようです。後宮では愛人の方が大きな態度でいたと申しますから、マーガレット王妃のご心痛は察して余りあります。私も覚えております。亡きエドガー王陛下宛によくお手紙が届き、色々とこぼしておいででした」

 そうだ。ギョームも言っていた。母は伯父によく相談していたと。が、キリエは不思議そうに顔をしかめた。

「私のような庶子は生まれなかったのかしら」

「はい。後の禍根になるようなことは避けたかったとみえて、愛人に子を生ませることはしなかったそうです。ただ……」

 モーティマーが言い淀み、キリエは顔を上げた。

「何?」

「……人知れず始末させたとの噂も」

 キリエは思わず口元を覆った。そのまま自らの腕を抱くと小さく体を震わせる。もしも、もしも自分がエドガーの庶子ではなく、リシャールの庶子だったら? キリエはごくりと唾を飲み込んだ。恐怖に身を震わせる女王に、モーティマーも暗い表情で息をつく。

「ギョーム王陛下が父君を憎むのも、当然でございます」

 おぞましい男。これではギョームに背かれ、反乱を起こされても仕方がない。だが、キリエは眉を寄せると考えを巡らせた。今彼はどうしているのだろう。反乱の本拠地と目されていたフラン城。あの城にリシャールが幽閉されていたはず。ギョームもバラもリシャールのことについては全く触れないため、キリエは自分から尋ねる勇気がなかった。

「サー・ロバート……。フラン城のリシャール・ド・ガリアはどうなったの?」

 すると、どういうわけかモーティマーは顔を引きつらせた。キリエの不安が俄かに強くなる。

「誰も教えてくれないの。あの反乱がどう収拾がなされたのか、誰も、教えてくれない」

「陛下」

 モーティマーが慎重に囁く。

「ガリアの国政はギョーム王にお任せに……」

「もちろんそのつもりよ。でも、あれだけの犠牲が払われたのよ。何があったのか知りたいわ」

 キリエの言い分はもっともだ。モーティマーは口をつぐんだ。

「サー・ロバート。あなたが知っていることを教えて」

 モーティマーは、困りきった顔つきで女王を見つめた。


 ギョームが広間で閣議を行っていると、扉の向こうからばたばたと足音が響いてくる。ギョームたちが思わず顔を見合わせ、首を傾げると、聞き覚えのある声で「陛下! お待ち下さい!」という言葉が聞こえてくる。そして、扉が開かれると侍従が困惑した表情で告げる。

「王妃がお見えです」

「キリエ?」

 ギョームが席を立つと、広間にキリエが小走りに入ってくる。その後ろには、動揺した様子のモーティマーが息を切らしながら続く。

「ギョーム……!」

 切羽詰った表情で囁くキリエにギョームは眉をひそめる。

「どうしたのだ」

「お話があります。今、よろしいですか」

 ギョームが廷臣たちに目を向けると、彼らは白けた表情で溜息をつく。そして、黙って広間を辞した。バラも退出しようとするのをキリエが呼び止める。

「アンジェ侯、あなたにもお聞きしたいことがあるの」

「私に、でございますか」

 キリエがこくりと頷く。モーティマーははらはらした顔つきで彼らを見守っている。

「何があったのだ」

 顔をしかめながらも、ギョームは穏やかに尋ねた。キリエはごくりと唾を飲み込んでから口を開いた。

「……リシャール様が……、お亡くなりになったというのは、誠でございますか」

 キリエの言葉にギョームの顔が強張る。バラも息を呑んで王を仰ぎ見る。

「フラン城にリシャール様が幽閉されていたとお聞きしています。……アンジェ侯」

「は、はい」

 キリエにまっすぐ射るように見つめられ、バラは居住まいを正した。

「フラン城を攻撃したのはあなたでしょう?」

「……はい」

「どうして、リシャール様を捕らえようとしなかったの……!」

「王妃……、それは……」

 どう答えるべきか言葉が見つからないバラに、ギョームが手を上げて制する。そして、静かに口を開く。

「……予が命令したのだ。父上の生死を問わず、攻撃せよと」

 キリエは息を呑んで夫を凝視した。だが、夫が続けた言葉は更に恐るべきものだった。

「捕らえたところで、処刑を命じていただろう」

 顔を強張らせる幼い妻に、ギョームは辛抱強く諭すように説明した。

「父上がしたことは反逆だ。例え父親でも、今現在ガリアの君主は予だ。予に歯向かい、謀反の軍を起し、国民にも刃を向けた。……許しがたいことだ」

「で、でも……、あなたの、お父上よ……」

 キリエの言葉にギョームは苦しげに目を細めた。

「……家族を知らずに育ったそなたには、理解できぬかもしれぬ。だがな……」

「どうして」

 妻の悲痛な言葉に口をつぐむ。

「どうして、そんなに、お父上を憎んでいらっしゃるの? 私には、わからないわ。血の繋がった、かけがえのない大事な家族なのに……!」

「……キリエ、だからこそだ。血が繋がっていると思うと……、許せないのだ」

 ギョームの言葉が理解できず、キリエは震えながら顔を振る。

「何があったとしても……、許されることではないわ! 天がお許しになるはずが……」

「キリエ!」

 思わずギョームが声を荒らげ、キリエはびくりと体を震わせた。モーティマーが咄嗟に割り込む。

「ギョーム王陛下! お許しを……! 王妃は結婚式を襲撃されたことにお心を乱されておられます……!」

「下がっておれ、サー・ロバート」

 ギョームは震える声で言い放つと身を乗り出した。

「よく聞くのだ、キリエ。父上がしたことを考えてみよ。父上は……、我々の結婚式を台無しにしただけではない。ガリアの民に刃を向けたのだ。それこそ……、絶対に許されることではない!」

 初めて見る荒々しいギョームに、キリエは青ざめた顔で黙りこんだ。バラがそっとギョームに声をかける。

「……陛下」

 宰相の呼びかけに、ギョームは大きく息を吐き出した。そして、気まずそうにキリエを見つめる。思わず声を荒らげたことに後悔しているようだ。

「……隠し事をするなと言ったのは私だったな。黙っていたことは謝る」

 幾分落ち着いた口調に戻ったものの、まだ興奮気味の夫をキリエは恐れの眼差しで見つめている。

「……ガリアにはガリアの事情がある。そなたに今すぐ理解せよとは言わぬ。だが、わかってくれ」

 黙ったままのキリエに、モーティマーが目で返事を促す。だが、恐怖で体を震わせたキリエは口を開くこともできなかった。


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