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女王キリエ  作者: カイリ
第2章 タイバーンの雌狼
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第2章「タイバーンの雌狼」第3話

憧れてやまない司教が、腹違いの兄だった。会いたい。キリエの願いを察したジュビリーは。

 昼食での情景はいつもと変わりはなかった。強いて言えば少し静かな感じではあったが。

 マリーエレンの提案で、昼食や夕食の食卓は皆で囲むことにしていた。キリエ、ジュビリー、レスター、ジョン、マリーエレン。食事を共にすることで会話を重ね、絆を深めると同時に、キリエ自身の女伯爵たる自覚も身につけてほしい。そんな思いがあったのだ。

「キリエ様、お味はいかがです?」

 朝の出来事を知らされたのか、マリーが明るく声をかける。

「はい、美味しいです」

 キリエもできるだけ明るく答える。

「何だか懐かしい味で……。私は好きです」

 マリーは嬉しそうににこにこしている。キリエはちょっと不思議そうに見つめ返す。

「……マリー?」

「懐かしいお味ですか。それはよかった」

 その言葉にキリエがはっとすると料理に目を向ける。野菜をふんだんに使った料理。独特な香りが食欲をそそる。

「……ひょっとして」

 キリエが呟き、レスターは何事かと眉をわずかに引きつらせる。

「今日の香草はロンディニウム教会で育てられたものですよ」

 目を丸くして驚いたキリエはしばらく料理を見つめていたが、慌てた様子でマリーを振り返る。

「あ、あの……」

「ロンディニウムは今、落ち着いているそうですよ」

 キリエが尋ねる前にマリーが答える。

「聖アルビオン大聖堂のカトラー大司教様が後任の司教様を派遣してくださったそうです。とても良い方で、村人も歓迎していると」

「……そうですか」

 安堵の表情で呟く。よかった。ひとまず村は安泰だ。落ち着いたらロレインの墓参にも行きたい。

「ありがとう、マリー」

「いいえ」

 マリーは穏やかに微笑んだ。キリエは食事の手を休めて、独り言のように呟いた。

「私、教会の鐘楼に登るのが好きでした」

「鐘楼?」

「夕方に鐘を鳴らすのが私の日課で……。鐘楼から広い田畑を眺めるのが大好きでした」

 ジョンは、二ヶ月前に訪れたロンディニウム教会を思い返した。とても静かで穏やかな教会だった。今思えば、あの司教があんな暴挙に出るとは思いもしなかったが。

「私、やっぱり田舎の方が性に合っているのですね。イングレスはとても華やかだったけど、落ち着いて暮らせそうにないもの」

「住めば都と申します。それに、キリエ様が女王におなりになれば、イングレスの風潮も変わるでしょう」

「そうでしょうか」

 ようやく食卓が明るくなり、会話が弾む。ジュビリーは相変わらず黙りこんで食事を続けていたが、キリエの明るい表情にじっと視線を注いでいた。

 昼食が終わった後、城の礼拝堂でゆっくり祈りを捧げ、侍女を伴って自室へ引き返そうとしたキリエをジュビリーが呼び止めた。

「少し、良いか」

「……はい?」

 何事だろう、とキリエが困惑気味の表情になるが、ジュビリーは侍女たちを部屋へ帰すとキリエを連れて歩き始めた。

 内壁の廊下を渡ると、いくつもある塔のひとつの螺旋階段を登り始める。キリエの歩く速度に合わせて、ジュビリーはゆっくり階段を登ってゆく。彼はどこまで自分を連れて行くのだろう、とキリエは少し心配そうな表情で一段一段石段を登っていく。何回か小休止を取り、ようやく塔の最上部へと行き着く。扉を押し開くと、夏の終わりを惜しむかのように強烈な陽差しが降り注ぐ。扉の影で、キリエが思わず片手を差し上げて陽を遮る。足元がふらつくキリエの手を取ると、ジュビリーは塔の屋上へと出た。

「わぁっ」

 目の前に広がる青空にキリエが思わず声を上げる。

「教会の鐘楼から見る〈世界〉とは訳が違う」

 ジュビリーはそう呟くと張り出した狭間の上へキリエを導くと、クレドの城下を見せた。

 城を幾重にも囲う幕壁。幕壁が繋ぐいくつかの円塔。その外側に広がる静かな城下町。更にその周りには広大な田園が広がっている。

「イングレスから見る〈世界〉は、こんなものではないぞ」

 ジュビリーの言葉に、キリエは息を呑んだ。この目に映るクレドの地はすべてジュビリーのものだ。そして、いつかイングレスを征服し、こうして王都を眺める日がくる。その時目に映るすべてが自分のものになる。わずかに息を切らし、しばらく無言で眼下に広がる街並みを見つめるが、やがてそっと隣のジュビリーを見上げる。相変わらず眉間に皺を寄せ、何者も寄せ付けない表情。キリエは、彼の髪の生え際にわずかに白いものが混じっていることに今気づいた。思えば出会ってから二ヶ月、あまりにも多くの出来事があった。

「あの……、伯爵」

 沈黙に耐え切れず、キリエが呼びかける。

「先ほどは……、ごめんなさい。取り乱してしまって……。でも、勘違いしないで。私、あなたを責めるつもりは……」

 ジュビリーがゆっくり見下ろす。じっと見つめられ、キリエは思わず再び黙り込む。

「……会いたいか」

「えっ」

 唐突に言われ、キリエは意味がわからずに聞き返す。

「サーセンのヒースだ。会いたいか」

 ジュビリーの言葉にキリエはごくりと唾を飲み込んだ。じっと見つめられ、目を逸らせない。が、やがてか細い声で答える。

「……会いたいです。でも……」

「おまえが会いたいなら、会わせてやる」

「でも、危険ですっ」

 キリエが思わず高い声を上げ、一瞬口をつぐむと声を低めて続ける。

「サーセンはイングレスの郊外です。もし、レノックスに見つかったら……」

「おまえが会いたいと望むのなら、会わせてやろう」

 ジュビリーがそう繰り返し、キリエははっとした。そうだ。自分は約束したではないか。もう逃げないと。そしてジュビリーも約束してくれた。現実から逃げ出さないと。ならば、自分もそれに応えなければならない。キリエの顔は、戸惑いの表情から、決意の表情へと変わった。

「……会いたいです」

 キリエは居住まいを正すとはっきりと告げた。

「お願いします、伯爵」

「わかった。明日の夜明け前に発つ。準備をしておけ」

「はい」

 緊張した面持ちで返事をすると、キリエは再び城下を眺める。そして、隣のジュビリーが微妙に離れていることに気づくと、そっと自分からジュビリーに寄り添う。

 レノックスの一件以来、ジュビリーとは距離が縮んだようでいて、しかし依然としてぎこちなさがあった。彼は、キリエに寄り添う努力をしている。それはキリエにもわかった。歩み寄らなければ、二人は共に前へは進めない。彼らが目指す場所は、一人で行くには遠すぎるのだから。


 翌日の未明、クレド城から一台の馬車がひっそりと旅発った。

 御者は従者の姿に身をやつしたジョン。車内には商人の服装を着込んだジュビリーと、やはり商家の娘といった衣装のキリエが乗り込んでいた。端から見ると親子にしか見えない。キリエは、自らの格好を見て複雑な思いに駆られた。教会にいる時は、外の世界へ出たいと思ったことはなかった。だが、貧しくとも家族と共に暮らせる家庭に生まれていたなら、と想像したことはあった。

 ちらりとジュビリーを見上げる。彼は確か三四歳だといっていた。親子でもおかしくない年の差だ。そこでジュビリーが振り向いたので、キリエは慌てて適当に話しかけた。

「あ、あの……、伯爵は、ヒース司教にお会いしたことはありますか?」

「……彼が少年の頃、プレセア宮殿で見かけた。まだ、光を失う前だ」

「……そう」

 ジュビリーは目を伏せるキリエをちらりと見やる。

「……まだ八歳か九歳ぐらいの頃か。物静かで、賢そうな子だった」

 キリエは顔を上げるとプレセア宮殿の様子を思い返した。豪華絢爛で、本当に光輝く宮殿だった。宝石(プレセア)の名を冠するに恥じない堂々たる佇まいに、キリエは圧倒された。だが、その美しい宮殿ではどす黒い陰謀が立ちこめ、不義や密通、裏切り、嫉妬、復讐といった血生臭い事件の舞台でもあった。母やヒースは、そんな宮殿での暮らしを望んではいなかったはずだ。

 そこで、ふと思った。ジュビリーの妻はどんな女性だったのだろう。彼らも宮廷で生活していたと聞いている。マリーエレンの話では、とても美しい女性だったという。だからこそ父エドガーは目を付けたのであろう。皮肉なことだ。だが、キリエは想像力を巡らせた。おそらく容姿だけでなく、心も純粋な女性だったに違いない。あのジュビリーを絶望させ、残りの人生を賭して国の転覆を決意させるほどの存在だ。キリエは、再び隣のジュビリーをそっと見上げた。鋭い目。眉間に刻み込まれた皺。妻エレオノールがいた頃は、どんな表情を見せていたのだろう。キリエは不思議な胸騒ぎを押し隠し、馬車に揺られていた。

 しばらくすると、ジュビリーは窓からそっと外の様子を窺い、ジョンに声をかける。

「ジョン。ルール軍の姿は」

「いえ……、まだ見かけません」

「気を抜くな」

「はい」

 それから更に馬車を走らせると、やがて太陽が上り、辺りが明るさに満ち溢れ始めた。人家も増え、人々の姿がちらほらと見え始めた。

「……そろそろサーセンの市街地に入るぞ」

「はい」

 キリエは固い声で返事を返す。そして、用意していた厚手のヴェールを被ると顔を隠す。

 やがて馬車はサーセンに入った。窓を細く開き、ジュビリーが目を眇めて街の様子を窺う。イングレスほどではないが、活気に溢れた小ぎれいな街だ。だが、彼は不審げな表情で呟く。

「……人が多い」

「えっ」

「おそらく、イングレスを出てきた者たちも多いのだろう」

「……逃げてきたということ?」

「恐らくな」

 キリエが身を乗り出して窓を覗きこむと、武装した兵士が目に入り、あっと声を上げる。

「あれは街の警備兵だ」

「そ、そう」

 キリエの胸の鼓動が段々早くなる。その時、御者座のジョンが声をかけてくる。

「見えてきましたよ。サーセン聖堂です」

 ジュビリーは、キリエに見えるよう窓を大きく開いた。天を突く尖塔に囲まれた聖堂のドームが現れる。キリエは今まで見たことがない巨大な聖堂に思わず感嘆の声を漏らし、両手を合わせた。

「ジョン、裏手へ回れ」

「はっ」

 馬車は聖堂の前を走り抜け、裏手を目指す。さすがに聖職者の姿が多い。ジョンは辺りを窺うと、街路樹に馬車を横付けさせた。

「義兄上、キリエ様。すぐ出られるようにしておいて下さい」

 ジョンの言葉に、キリエはドレスの裾を思わず握りしめた。ジョンは帽子を目深に被ると聖堂の裏門を見つめた。表に比べると人通りは少ないものの、それでも人目がある。しばらく待っていると人通りが途切れた。と、裏門から年輩の修道女が一人現れた。その瞬間、御者座から飛び降りたジョンは裏門へ疾走すると修道女の手首を掴んだ。

「ひゃッ!」

 突然のことにびっくりした修道女が甲高い声を上げるが、ジョンが手で口を押さえる。

「ご無礼お許し下さい、修道女……!」

 ジョンの囁きに、混乱しながらも修道女は耳を傾けた。

「私はトゥリー子爵。我が主君、グローリア女伯レディ・キリエ・アッサーが、ヒース司教に目通りを願っております。何とぞお取り次ぎを……!」

 キリエとヒースの名を耳にして、修道女の表情が変わる。眉をひそめ、年若い子爵を凝視すると、やがて慌てて頷く。ジョンが押さえていた手を離すと、修道女は声を低めて囁く。

「女伯は……、今どちらに?」

 ジョンは馬車を振り返ると目配せした。中からジュビリーとキリエが現れると足早にジョンの元へ駆け寄る。修道女は興奮気味に辺りを見回すと、やがて「こちらです」と聖堂の中へ一行を引き入れた。

 裏門を潜ると、一行は無言で中庭を突っ切り、聖堂内へ入る。入るとそこは身廊で、美しく装飾された柱が森のように林立し、聖堂の中心、内陣障壁に向かって熱心な市民たちが祈りを捧げているのが垣間見える。身廊の突き当たりの扉を開くと、司教たちの部屋が整然と並んでいる。扉のひとつの前で、修道女は辺りを伺いながら囁いた。

「こちらでお待ち下さいませ」

 ジョンが頷くと修道女は深呼吸をひとつしてから扉を叩き、部屋へと入っていった。

「……会って下さるかしら」

 キリエが不安そうに呟くと、ジョンが微笑みかける。

「はるばる会いに来た妹君を追い返すようなお方ではないでしょう」

 確かにそう思う。だが、自分の立場を考えると不安を拭いきれない。今現在、この国を支配しつつあるレノックスと敵対している自分と、ヒースは関わり合いたくないのではないか。彼に迷惑はかけたくない。拒まれたとしても、仕方がない。だが、それでも会いたい。

 静かだった部屋の中から、低く抑えたざわめきが起こる。そしてサンダルの音が聞こえたかと思うと扉が開け放たれる。

「……グローリア女伯?」

 部屋から出てきたのは、年輩の司教だった。キリエはヴェールを外すと両手を合わせる。

「私が、キリエ・アッサーです」

 そして、男性は後ろで控えているジュビリーに気づくとますます緊張した表情になる。

「……クレド伯爵でございますね」

 彼はジュビリーの顔を知っているらしい。そして、扉を大きく開くと中へ招き入れる。

「……どうぞ中へ」

 一行が静かに部屋に入る。部屋には大きな窓がいくつかあり、光に満ちた明るい室内だった。必要な物しか置かれていない質素な部屋の奥に長机があり、そこに一人の青年が逆光を浴びて座っている。キリエは早鐘のように打ち鳴らされる胸に手をやると、息を整える。

「ヒース。……レディ・キリエ・アッサーと、クレド伯、トゥリー子爵です」

 年輩の司教が青年の耳元で囁くと、青年はすっと立ち上がった。そして、助けを借りてゆっくり長机の脇へと移動する。

 キリエがゆっくり歩み寄る。青年は少し緊張した面持ちだ。キリエと同じ濃い栗毛。端正な顔つきだが、両目は固く閉じられている。毒の後遺症か、瞼はわずかに黒ずみ、目の下には青い隈が広がっている。そんな痛々しい顔立ちにも関わらず、ヒース・ゴーンには後光のような崇高な空気が醸し出されていた。

「……ヒース司教」

 キリエがそっと呼びかけると、ヒースの頬がぴくりと引きつる。

「……キリエ。あなたですか」

 少し低めの、落ち着いた優しい声。

「はい」

 震える声で返事をする。ヒースがそっと両手を差し出すと、年輩の司教がキリエにその手を取るよう促す。腫れ物に触るようにキリエが恐る恐る両手に触れると、ヒースはその感触を確かめるようにそっと握りしめる。

「……こんなに、大きくなったのですね……」

 ヒースが感慨深げに囁く。

「……あなたとお会いする機会がないまま、私は修行に入ってしまいました。……会っておきたかった」

「……ヒース様」

 ヒースはにっこりと微笑んだ。

「どうか兄と呼んで下さい。今まで会いに行こうともしなかった薄情者ですが」

 言われてキリエは無言でヒースの胸にすがりついた。言いたいこと、聞きたいことはたくさんあったが、喉が締め付けられて言葉が出ない。

 教会を出てから運命の激しいうねりに巻き込まれ、孤児だと聞かされていたはずなのにたくさんの「血縁者」が現れた。最初の一人は「遠縁」のジュビリー。そして彼の妹マリーエレン。「祖父」のベネディクト。「異母兄」のレノックス。「異母姉」のエレソナ。「従兄弟」のギョーム。

 正直、誰を信じてよいのかわからなかった。自分との再会を喜んでくれたベネディクトは天に召された。姉のように慕っていたロレインは非業の死を遂げた。まるで、自分に関わる者は命を奪われるのが運命かのような仕打ちに、キリエは絶望していた。そして今、ずっと憧れていたヒース司教と出会うことができた。声を押し殺してむせび泣く妹の背中を、ヒースが優しく撫でる。

「よく来てくれました。食事と睡眠はしっかり取っていますか」

「……はい」

「安全な場所で暮らせていますか」

「……今は、クレド城に……」

「クレド……」

 ヒースは妹の肩を撫でると背の高さを想像し、時の流れの速さを思った。

「……クレド伯」

 首を巡らし、ヒースが呼びかけるとジュビリーが前へ進み出る。

「クレド伯ジュビリー・バートランドです」

 キリエは涙を拭うと兄の胸からそっと離れた。

「あなたがキリエを女王に擁立しようとし、レノックスの軍と衝突したことは聞いています。その上で、あなたに確かめておきたいことがあります」

「……何なりと」

 ヒースはジュビリーの声がする方向に向き直る。

「キリエは、王位を継承することに同意したのですか? 彼女は、女王になる意志が本当にあるのですか?」

 ジョンが思わず息を飲むが、ジュビリーは正直に答えた。

「最初は私の独断でした。ですが、王位を継承するに値する人物はレディ・キリエをおいて他にいないことを理解していただきました」

「ほ、本当です。兄上、それは、本当です」

 盲目のはずのヒースに射すくめられ、ジュビリーは黙って相手を見つめ返した。まるで心の奥底をまさぐられているかのような気分だ。ヒースは慎重な口調で囁いた。

「……キリエが本当に女王になることを望むのであれば、私は協力を惜しみません」

 そこで言葉を切り、再び口を開く。

「実は先日、クロイツから非公式に使者が参りました」

 ヒースの言葉にジュビリーたちは驚いた表情になる。

「先月、レノックスがムンディ大主教に戴冠を要請したとのことです」

「戴冠……」

 キリエが顔を青ざめさせて呟く。

「もちろん、大主教は拒絶したそうですが……、使者の一人が啖呵を切って立ち去ったそうです」

 これで、レノックスが正式に王になるまで時間が稼げる。キリエはほっとしたが、不安は残る。ジュビリーが腑に落ちない表情で口を開く。

「何故……、その情報が司教の元へ?」

 ヒースがわずかに微笑む。

「大主教は、アングルの君主にふさわしい人物を捜すよう、私にお命じになられました。……私が、先王の血を引いているからでしょうか」

「……なるほど」

「エレソナがシャイナーから脱出しましたね」

 エレソナの名を聞いてキリエは体を固くする。ヒースは眉をひそめ、記憶を辿った。

「可愛そうな子です。持って生まれた人格のせいで、十二年もの長い年月を塔の中で過ごすことを強いられてきたのですから。しかし、あの子にも君主の器があるとは思えません」

 そして目の前にいるはずのキリエに向かって尋ねる。

「キリエ。あなたはレノックスとエレソナに会いましたか」

 彼女は即答できなかった。顔を歪め、何度も唇を開きかけ、そのたびに虚しく閉じる。が、やがて小さく呟いた。

「……レノックスには、会いました」

「……そうですか」

「ヒース司教」

 ジュビリーがはっきりとした口調で呼びかける。

「今、この国の君主にふさわしいのはレディ・キリエです。その旨……、大主教にお伝え願えますか」

 ジュビリーの言葉に、ヒースは控えめながらゆっくり頷く。

「……お願いがあります、クレド伯」

「はい」

「キリエと……、二人だけでお話させていただけますか」

 キリエは顔を上げた。


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