幸せすぎた一日と死んでも治らないドジ
学校からの帰り道、先生と繋いだ手をギュッと握り、私はスキップしながら家へと向かっていた。
勿論先生は「こいつうざいな」という顔をしていたが、私に合わせて歩調はゆるめてくれている。そう言うところがたまらなく好きだ。
「ご機嫌だなお前」
「だって、久しぶりに先生達とお話しできて楽しかったんです」
アンパンマンと積み木があれば満足だけど、やっぱり一人で家にいるのはちょっぴり寂しい。
でも今日は代わる代わるいろんな人が相手をしてくれたし、お昼も先生と一緒だった。それも念願の屋上ランチである。
学生の頃は断固拒否されたが、「二人でゆっくりしてきなよ」と気を利かせてくれた長谷川先生のお陰で、初めての屋上ランチが成功したのだ。
「今日は本当に幸せでした」
「俺は最悪だったがな」
しかし先生は相変わらずつれない。なので私は、今日がいかに素敵な日であったかを熱く語った。
やっぱり先生は「こいつうざいな」という顔をしていたが、私はそれを無視してひたすら語った。
「ほら、先生も素敵だって思い始めてきたでしょ?」
「そういえば、スーパー寄るんだったな」
「って何ですかその誤魔化し方! やる気はないし違和感ありまくりだし、何か傷つくんですけど!」
「お前の話はいつもいつも暑苦しくて聞くにたえねぇんだよ」
「先生はドライすぎます! スーパーより今は私の話を聞いてください! そして同意して下さい!」
「じゃあ、今日ハンバーグ焼かなくて良いんだな」
「ハンバーグを人質の取るなんて卑劣な!」
「どうする? カップ麺でいいのか?」
勝ち誇ったその表情にはさすがにムッとしたが、ここで怒ると本気でカップ麺を出されそうだったので、私は渋々先生と一緒にスーパーに入った。
「乗るか?」
でもそうやってカートの子供用シートを指さされたときは、さすがに我慢ならなかった。
「奥さんはそんなところ乗りません!」
「後で疲れたとか言ってもだっこしてやらんぞ」
確かにはしゃぎすぎて疲れているのは事実だが、これは屈辱だ。
「大丈夫です、ちゃんと歩きます」
そういって、私は先生のズボンの裾をギュッと掴んだ。
「私は子供じゃないんですよ」
「じゃあ菓子もいらないんだな」
けれどそう言って、これ見よがしにお菓子のコーナーに立ち止まられると言葉が詰まる。
これは明らかな罠だ。先生の嫌がらせだ。かなり心がぐらついたが、ここでラムネやマーブルチョコ辺りに飛びついたら絶対に笑われる。
「子供じゃないって言ってるじゃないですか! お菓子なんていりません!」
「一個くらいなら買ってやるのに」
「いらないったらいりません! それ買うくらいなら先生のビールにしましょう、いつも安い奴だしたまにはプレミアムな奴にしましょう!」
「いらん気を使うな」
「奥さんだったら気を使うのは当然です!」
そう言って胸を張ったのに、先生はお菓子の棚の前にしゃがみ込む。
私の顔をじっと見た後、先生が手に取ったのは瓶の形を模した容器に入ったラムネと、マーブルチョコだった。
「これだな」
なぜわかった! と思わずのけぞると、先生がマーブルチョコで私の額をこづく。
「お前は分かりやすい」
「ってか先生、それ1個じゃないです」
「チョコは酒のつまみに俺が食う」
「とか言って私にくれるんでしょ! 先生優しいです! 惚れます! もう惚れてるけど更に惚れます!」
「お前の前でこれ見よがしに食ってやる」
ウンザリした顔だったけど、結局先生はマーブルチョコを私に持たせてくれた。
それが嬉しく私は子供のようにはしゃいでしまった。
はっと我に返ったときには、先生がおかしそうに私を見ていた。やはりこれは罠だったようだ。
「先生、これは少し魔が差しただけですよ」
「そう言うことにしておいてやる」
とか言いつつ先生は明らかに笑いをこらえていたので、私は自分がいかに素敵で色気のある大人の女であるかを説明しようとした。
けれどなんだか上手く口が回らない。どうやら少しはしゃぎすぎたようだ。
「お前、カートに乗らなかったこと後悔してるだろ」
そして先生はやっぱり聡い。
「そんなことないですよ」
まだまだ全然平気だとスキップをしようとしたら足がもつれた。くそ、4歳児の体力のなさが憎い。
「お前は本当に馬鹿だな」
「そんなしみじみ言わないでください」
「いや、少し感動してるんだ。馬鹿とドジは死んでも治らないって言葉は本当なんだなと」
「それを言うなら馬鹿は死ななきゃ治らないですよ!」
と言いつつ、実際抜けているのは事実なので、それ以上の反論は出来ない。
それにこの欠点は私のチャームポイントでもある。先生は忘れているが、騎士であった頃、私と先生の出会いを繋いだのはこのドジのおかげなのだ。
たしかあの日、私は一国の王女でありながら、ぬかるみに足がはまり大ピンチに陥っていたのだ。
そこに颯爽と現れ「失礼します」とスマートな身のこなしで私を足を引き抜き、汚れてしまった靴を磨いてくれた人こそ彼である。そして私はその手際の良さに惚れこんだのである。
思い出すだけで高鳴るこの胸。ああ、やっぱりこれは恋の証。
「アホ面で何考えてるんだよ」
そう言う先生はあのころとは真逆の、害虫を見るような目を私に向けている。
それを見ているとほんの少しだけ、あのころのスマートさが懐かしいと思った。
冷たい態度も勿論素敵だし大好きだが、私だって年頃の乙女だ、心が痛むときもあるのである。ただあまり気にしないだけで。
「アホ面は酷いです、こんな可愛い顔なのに」
頑張って可愛い顔をしようとしたが、さすがにもう体力に余裕がない。
「……ったく、仕方ねぇな」
そんなとき、先生がすっと私に手を伸ばした。
手と共に差し出された言葉は全くスマートではない。
けれど先生は、私を右手で軽々と抱き上げてくれる。
「先生素敵です」
「そこはありがとうだろ普通!」
右手に私を左手にカートを持った先生は、怒りつつもスタスタと歩き出す。
触れあう胸と胸、伝わり合う温もり、鼻いっぱいに広がる先生のにおい。
「しあわせだなぁ」
「お前はな」
「そうだ先生、明日も一緒に学校行って良いですか!」
「ダメに決まってんだろ!」
「じゃあ、一週間に一回とかでも良いんです! 先生の側にもっといたいんです!」
だから来週またつれてってくださいと微笑むと、先生がため息をひとつこぼした。
「来週って、おまえ今度の月曜日から幼稚園だろ」
時が止まった。ように感じられるほど、その言葉は衝撃だった。
「今なんて?」
「幼稚園。前に申請出してたところに入園できることになった」
「きいてませんよ!」
「いってねぇもん」
自分の年を考えれば言わなくてもわかるだろうと、さも当たり前だという風に先生は語る。
どうやら今日の幸せは、今後の不幸の前触れであったらしい。
※11/18誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)