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359回目のプロポーズ  作者: 28号
本編
3/30

幸せな朝とお見送り

 先生の1LDKのアパートで同棲を始めて、そろそろ3週間がたとうとしている。

 同棲と言うと先生は必ず怒るが、これを同棲と言わずして何を同棲というのか。

 血の繋がらない男女がひとつ屋根の下にいるのだ。

 そのうえ一緒にご飯を食べて、テレビを見て、同じ布団で寝る。

 正確には別々の布団だが、深夜にこっそり先生の布団に潜り込んでいるので一緒に寝ているも同じだ。

 勿論起きた途端に怒られるが、それでも先生は怒りながらも朝ご飯を作ってくれる。

 何よりもこれが凄く嬉しい。

 前回うっかり死んでしまった私は、親の愛情と暖かい手料理が不足しがちな家庭に生まれてしまったので、こういう暖かい朝に憧れていたのだ。

 その上、それをもたらしてくれるのが先生であるのが更に嬉しい。

「先生、やっぱり感動です」

 そして今朝も、先生は私のためだけに朝ご飯を作ってくれる。

 それがあまりに嬉しくて、私は先生の足にギュッと抱きついた。

「邪魔だからあっち行ってろ」

「今はこうしていたいんです」

 甘い声音で言ったつもりなのに、先生には効果がなかった。それどころかオタマで頭をこづかれた。

「人肌が恋しいなら、この前かってやったクマでも抱いてろ」

「私は先生の温もりが欲しいんです」

 と主張したのに、先生は私を引きはがすと、古いちゃぶ台の前に座らせる。

 男の一人暮らしの所為か、先生の部屋は雰囲気も家具も古くてジジ臭い。

 高校ではまだ若い子にキャーキャー言われているようだが、私生活ではその真逆を行く地味さなのである。

 元々キラキラ系イケメンではなかったが、私の居ない4年の間に若さとやる気を失ってしまったようなのだ。まあ元々ある方ではなかったが。

 故に私の前に置かれる朝食も、ジジ臭いちゃぶ台に似合う茶系の物ばかりである。

 たまに手抜きでパンケーキを焼く日もあるが、大体はご飯とおみそ汁と焼き魚に煮物と納豆という取り合わせだ。

 てっきり先生=洋食だと思っていた私は、先生の得意料理に最初は驚いた。

 王子様やアイドルと呼ぶほど線は細くないが、先生はとても凛々しくてハンサムだ。例えて言うなら、ロマンス小説に出てくる若い御曹司とか若社長的な知的な風貌である。口は悪いけど。

 だからもう少しハイカラで洒落た生活を想像していたのだが、今朝のメニューも焼き鮭と納豆中心のオシャレとは真逆のメニューだ。

 とはいえ、外見と生活感のギャップが物凄くそそるので私的には問題はない。

 特に朝から納豆をかき込むその姿を見ていると胸がきゅうんとする。

 先生と納豆の組み合わせなんて一緒に暮らしていなければ絶対に見られない。そして口から糸を引く姿はどこかエロチックで凄く良い!と私は思うのである。先生は理解してくれなかったが。

 だが残念ながら、朝の納豆タイムはおあずけのようである。

 ちゃぶ台に並んだご飯は1組だけで、先生は食事を取らずに慌ただしく着替え始めてたのだ。

「今日は早いんですか」

「ああ。でも夜は早く帰れるから」

「じゃあ、いっぱい愛し合えますね」

 酷く冷たい視線を浴びながら、私は焼き鮭をほぐした。

「やっぱり飲んでくるから、お前今夜はそこのカップ麺な」

「子供にカップ麺なんてダメですよ! もっと栄養のある物食べさせないと!」

「子供だって言うならアホな台詞吐くな」

「だって、全然ラブラブしてくれないから」

「当たり前のように出来ると思ってるお前の頭が心配だ」

「じゃあ、ラブラブしなくて良いから今夜も一緒にご飯食べたいです」

 本当は諦めたくないけど、一人でカップ麺よりはマシだ。

 けれど妥協は功を奏し、先生の視線の冷たさが僅かに消えた。

「……スーパー寄ってくるから、食べたいものあれば言え」

「じゃあハンバーグ!」

「なら夕方はお菓子食うなよ。冷蔵庫にプリン入ってるから、3時のおやつはそれだけにしとけ」

「了解です!」

「あと新聞の集金が来るかもしれないけど、絶対出るなよ」

「別にお金くらい払えますよ、子供じゃないですし」

「お前が一人で家にいること、あんま他人に知られたくないんだよ」

「それは、『お前は俺の物だから誰にも見せたくない』って事ですね」

 視線が更に冷たくなったが、先生は出るなと念を押すだけだった。

 それから先生が鞄を持ったので、私は食事を中断し、玄関までお見送りをした。

「言われたこと守れよ」

「守ります! だから、いってきますのチューしてください」

 したくねぇ、と先生は顔で語った。せめて言葉に出して欲しい。

「してくれなきゃ訪問販売で変な物買っちゃいますよ! あと朝日新聞と読売新聞と日経新聞と契約して、先生のお財布を軽くしちゃいますよ!」

 我ながら良い脅迫だと思ったのに、キスの代わりに殴られた。

「やったら捨てるからな」

 本当に捨てそうな顔をしていたので、仕方なく引き下がった。

 相変わらず先生は容赦がないのだ。照れ隠しの時も多々あるが、怒りっぽいのは相変わらず、と言うかむしろ悪化している。

 私のように一回死んで、もう少し優しい先生に生まれ変わった方がいい気がするくらいだ。

「いってらっしゃいませ」

「ん」

 愛想がない返事と共に先生は行ってしまった。

 なんど体験しても、先生がいないくなる瞬間は寂しい。

 でも仕事に行くだんな様をお見送りするのは長年の夢だったので、これはこれで満足でもある。

「でもキス欲しいなぁ」

 誰もいないのをいいことに、私は欲望を口にしながらリビングに戻る。

 それから私はご飯を食べ、撮り溜したアンパンマンでも見ようとテレビに向かった。

 前世の記憶や知識はあるが、やはり子供の体には子供向けの物が合うようで、あれだけ面白くないと思っていたアンパンマンも、無性にワクワクしながら見れてしまうのだ。

 同じストーリーでも楽しいため、先生が帰るまで延々アンパンマンを見て過ごすのが私の日課である。

 もしくは図書館で借りてきた絵本を読むか、積み木遊びなどもする。

 見られると恥ずかしいので勿論先生の前ではやらないが、その手のオモチャを時折買ってくるところ、たぶんばれているのだろう。

 先生恐るべしである。

「……あれ」

 しかしそんな抜け目のない先生でも、ミスをすることはあるようだ。

 ふと見ると、机の上にお弁当が置き忘れている。

 帰ってくる気配がないところ、気付いていないのだろう。もしくは気付いたが時間が無くて取りに帰れないか。

 どちらにしろ、給食も食堂もない高校でお昼がないのは一大事だ。

 そう思った瞬間、『旦那の忘れ物を届ける新妻』という新しい憧れシチュエーションが頭をよぎった。

 これは是が非でも白いエプロンを纏いお弁当を運ばねば。

 そう決意すると同時に、私は万が一の時のために渡されている合い鍵を掴んだ。

※11/18誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)

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