から回る色気
すべては、完璧のはずだった。
明日は待ちに待った私の16歳の誕生日。
つまり、先生とのスキンシップをレベルアップさせ、ついに結婚の書類に名前が書けるその日が来たのである。
だから私は、日付が変わると同時にあんな事やこんな事をできるようにと、家に帰るなり先生とキャッキャうふふできる完璧なシチュエーションを作り上げた。
「ちょっと早いけど、俺はもう我慢できない……」
と先生に言わせる位の気合いで挑んでいたのである。
……なのに。
「萎えるわ」
玄関を開けるなり、先生が発した言葉はそれである。
いつでもばっちこい!! な体勢で待ち構えていた私を見て、あろう事か「萎える」と彼は言ったのだ。
「何ですかそれ! さすがの私もその発言にはがんとして抗議しますよ!」
「抗議したいのは俺だ! 家に帰るなり全裸の女が玄関で正座してたら普通どん引きするだろう!」
そこで私ははっとする。
たしかに、あえて布の一枚でもつけていた方が先生は興奮するかもしれない。
「今、『じゃあエプロンでも』とか思っただろう。それも却下だからな」
いうなり、3時間も前から待機していた私をスルーして、先生は部屋に入ってしまう。
もちろんそれを追いかけて、私は抗議を再開した。
幼児として先生と再会して以来、私はこの瞬間をずっとずっと待っていたのだ。
今日は、今日こそは絶対に諦めない。
「16歳になったら色々してくれるって言ったじゃないですか!」
「16になるまでまだ3時間もあるだろう」
「誤差の範囲内です! それにほら、私は準備万端ですよ!」
「むしろ準備万端過ぎてどん引きしてんだろ」
必死に抗議したが、やっぱり先生は手強い。
彼は私を軽くあしらうと居間のちゃぶ台の前にどっかりと腰を下ろし、テレビまでつける。
「この状況でテレビ!? 隣に裸の恋人がいるのに見るのはテレビ!?」
「今日、鬼平犯科帳のスペシャルやるし」
「長谷川平蔵より、私の方が魅力的です!」
「そこと張り合うなよ。つーか、服着ろよ服」
「……あとで脱がせてくれます?」
尋ねてみたけど、先生はテレビを見るのに夢中で聞いちゃいなかった。
「もうっ! そんな冷たい態度じゃ結婚する前から離婚ですよ! 実家に帰っちゃいますよ」
「俺とお前の実家同じじゃねぇか」
どこまでも先生はつれない。
さすがにこれには私の堪忍袋の緒が切れた。
「じゃあ私、本気で帰っちゃいますからね! 全裸で!」
テレビの電源を無理矢理引っこ抜くと同時に、私は財布を持って立ち上がる。
「警察に逮捕されて、前科者になったら先生のせいですからね!」
「お前、もう少し他に頭のいいやり方があるだろう」
「だから冷静に突っ込む所じゃありません! 俺が泣いて悪かったと涙ながらに抱きしめて、先生も服を脱ぐところですよここは!」
手に持っていた財布で先生の頭をばしばし叩くと、彼はようやく私に目を向けてくれる。
相変わらず、愛にあふれた瞳とは言いがたいが。
「俺が悪かったから変質者になるのはやめろ」
「全然悪いって思ってないでしょ!」
「思ってる思ってる」
「口調がぞんざいです!」
「ああもううるせえな」
もの凄く不本意そうに、先生は私が振り回す財布を遠ざける。
「シャワー浴びてくるから布団入ってろ」
「なんですか、そのやる気の無い顔は! ここは『可愛がってやるから、布団の中で準備してろよハニー』くらいの台詞があってもいいでしょう!」
何年待ったと思ってるんですかとたたみかけると、なぜだか先生の方がムッとした顔をする。
「俺は待ってなかったみたいな言い方だな」
「だって、先生全然やる気無いじゃないですか!」
「人のやる気を吹き飛ばすほどの暴挙に出たのはどこのどいつだ!」
言うと同時に立ち上がり、なぜか先生は台所からゴミ袋を持ってくる。
そしてそれを広げた先生は、私が今夜のためにとちゃぶ台の上に並べていた様々な『道具』をそのゴミ袋に投げ込みはじめた。
「ああっ、そのムチ高かったのに!」
「つーかお前、なんでこんなもん持ってるんだよ!」
「先生の趣味がよくわからなかったから、足繁く大人のおもちゃ屋さんに通って集めたんです」
その努力に、先生がかえしたのは手痛いげんこつだった。
「そこは私の努力を褒めるところでしょう」
「お前の努力は見当違いすぎんだよ!」
それから先生は、私が用意した大人のオモチャをことごとく捨てた。
それから彼は寝室に行き、そこに用意していた更にマニアックな夜の営みグッズもゴミ袋に突っ込む。
「……せめてローションくらい残しておきましょうよ。何かにつかえるかもしれないじゃないですか」
「『ゲイ用』って書いてある奴をか……」
「え?」
驚いてよく見ると、確かにそう書いてある。
「こ、これは間違えました」
「お前、これギャグじゃないのか?」
「……だって、色々必要かと思って」
中にはちょっと見当違いの物も混じってしまったが、別に冗談とかではない。
「せ、先生とちゃんと色々できるようにと思って」
「お前、俺を不能かなんかだと思ってんのか」
「違いますよ! むっむしろ私が初めてだから!」
「前世では俺と経験ずみって言ってなかったか?」
「でも体が違うと勝手も違いますし、私運動神経悪いし体もかたいから、満足してもらえるか心配で……」
けど先生が望むならどんなプレイでも頑張りますと改めて気合いを入れたのに、結局また殴られた。
さっきよりは、だいぶ手加減されていたが。
「普通にしろ普通に」
「でも……」
「むしろ下手にぶっ飛んだことされる方が困る」
ゴミ袋を縛って部屋の隅に置くと、先生は側にあった毛布を取り上げる。
「お前はそのままで十分だ」
私の体をそれでくるむと、先生はそこでようやくキスを落としてくれる。
軽くついばむだけだったが、心なしかいつもより熱っぽい気がする。
「い、今のキスなんか凄くいいです」
「続きは、風呂のあとでな」
「……し、してくれるんですよね」
「しなかったら、離婚なんだろ?」
「り、離婚です」
にやける顔を必死にただすと、先生がふっと笑う。
「お前と離れるのは、もうごめんだからな」
このタイミングでそんな甘い言葉を囁かれたら、ただでさえ少ない私の理性は耐えられない。
「もう無理です! 降参です! お風呂も待てそうに無いです!」
毛布を跳ね上げて、私は先生の体に飛びかかる。
だがしかし、急に動いたせいか足が思わずもつれてしまった。
その上、なんだかちょっと視界がふらふらする。
「チカ?」
っていうか、何か気持ち悪い。
「つ、つわりが……」
「まだ何もしてねぇだろ!」
思わず突っ込んだ先生の胸元に倒れ込んであと、私がはき出したのは愛情とは別の物だった。