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359回目のプロポーズ  作者: 28号
番外編:花嫁衣装に焦がれる頃に
27/30

気の早い年賀状

年始のお話

「お前、揉んでないよな」

 あまりに唐突な親父の言葉に、俺は思わず口に含んでいたビールを吹き出した。

 真剣な顔で親父が見つめているのは、少し離れた場所でお袋と談笑しているチカだ。

 正確には、見ているのはチカの胸だろうというのは言葉から予想が付いたが、あえてそれを口にするのははばかられた。

 そんな俺に「図星かよ」とぼやきながらタオルを取ってきた親父に殺意を覚えつつも、怒りに任せて言葉を重ねれば拗れることになりかねないので、ぐっと我慢する。

 さすがに、元旦からこんなくだらないことで喧嘩はしたくない。

「揉むわけねぇだろ。まだ15だぞ」

「でも、15であのおっぱいはないだろ」

 血が繋がっていないとはいえ、それが孫の胸部を見た祖父の感想かと呆れたが、まあ言いたいことはわかる。

「夏来た時はあそこまでじゃなかったから、お前の辛抱がたまらなくなったのかと思った」

「自分の息子を性犯罪者にすんじゃねぇ」

 濡れてしまったテーブルと新聞を片づけつつぼやけば、親父は何故か少し驚いた顔をする。

「でもあの話、本当なんだろ?」

 あの話とは、多分チカと俺の過去に関する話のことだろう。

 はじめは信じていなかった親父も、俺を運命の相手と言いはるチカと10年近くつきあえば、さすがに嘘と切り捨てることは出来ないようだ。

 現にお袋なんかはチカに会うたび「うちの息子は昔どんなだったのかしら」なんて興味津々な様子で話を振っているのだ。

 そしてそれにつきあわされる親父も、いつしかこのきてれつな関係を信じる気になったらしい。

「あんな可愛い子と暮らしていて、手を出さないほどお前が出来た息子だとは思えない」

「あんた、本当にひどい親父だな」

「それでどうなんだ、やっちまったのか?」

 向けられた顔にからかいの色はない。むしろ真剣みを帯びた瞳に臆し、俺はうっかり本音をこぼしてしまう。

「やってねぇよ、何度か危ないときはあったけど」

「嘘だろ」

「嘘じゃねぇよ」

 返した言葉に対する親父の反応は、明らかな落胆。

 せめてほっとしろと突っ込みたかったが、それよりはやく親父は眉を寄せた。

「お前それでも男か!」

「なんで怒るんだよ、むしろ褒めるところだろう!」

「だってお前、どうせ20歳になるまで待ってとかそういうこと考えてるだろう」

 考えていたが、それを怒られる理由がわからない。

「10代の娘に手を出すのは犯罪だぞ」

「ばれなきゃ良いし、16になれば結婚だって出来るだろ」

「世の中には世間体という物がだな……」

「お前らの恋愛は、そんなくだらん物に縛られるほど安いもんじゃないだろ」

「くだらないって……」

「あの子が何年待ったと思ってる」

 さらりと告げられた言葉に、俺は思わず息を止めた。

「お前は覚えてないから良いが、あの子はずっと待ってたんだろ」

「それは……」

「360回近く人生やりなおしてんだろ? そんだけ待たせておきながら、小さいことでグズグズしてんな阿呆」

 親父の言葉に、俺は無性に腹が立った。

 けれどそれは親父にではなく、親父に言われるまでそのことを考えもしなかった俺自身にだ。

「……あんたの言う通りかもしれない」

「かもしれないんじゃなくて、その通りだ」

 といいつつ、親父が側に置いてあった年賀状を俺に手渡した。

 見覚えがあるそれをよく見れば、それは去年の暮れにチカが出していた年賀状だ。

 無理矢理とられたツーショット写真をメインにした年賀状の下には、手書きのメッセージが入っている。

『今年でチカは16です!ついに孫から娘にランクアップの年ですね!今からパパとママって呼ぶ練習しておきます!』

 ふざけた内容だが、これを本気で書くのがチカだ。

「俺は、割と本気でパパと呼ばれたい」

 そして、これを真に受けるのがうちの親父だ。

「あと、母さんはすでに結婚式場のパンフレットを集めてるぞ」

 気が早いだろうと突っ込みたかったが、むしろ色々後手に回っている自覚はあるので声にはならない。

 それに、その手の物をこっそり収集しているのは俺も同じである。

 勿論誰にもいえないが。

「それでどうするつもりだ」

「ちゃんとするよ」

「どうちゃんとするかを訊いてるんだ」

「チカにも何も言ってねぇのに、先に親父にいえるか」

 俺の返答で、ようやく親父は黙った。

「それならいい」

「色々決まったら報告するから」

「早めにしろよ」

 あまりに真剣な声と視線に、俺は頷くほか無かった。



「いやー、恋人の実家で過ごすお正月って、やっぱり良いですね!」

 恋人ではなく自分の実家でもあることを忘れ、にやにやしているチカとともに家路についたのは、夜も遅くのことだった。

 住み慣れたアパートに戻るなり、そう言ってすり寄ってくるチカから反射的に距離を置くと、不意に昼間親父から聞かされた言葉が頭をよぎる。

「先生?」

 不自然に動きを止めた俺を、チカが心配そうな顔でのぞき込む。

 その距離の近さに、俺はうっかり奴のあごに手をかけ、そこで踏みとどまった。

 さすがに、この時間にキスなんてしたら、たがが外れるのは目に見えている。

「……今のは、確実にキスする流れでしたよね」

 けれど俺の葛藤などつゆ知らず、チカは唇をとがらせた。

「元旦なんだし、ちょっとくらい羽目外しても良いじゃないですか」

「元旦から外してたら色々戻らなくなるだろう」

「むしろ戻らなくて私は良いです! 理性を失った先生に押し倒されてあんな事やこんな事されたいです」

 相変わらず欲望に忠実な女だとあきれつつ、俺はチカから距離をとった。

「もうちょっとだけ辛抱しろ」

 キスの代わりに告げた言葉は、何気なく口から出た物だった。

 だがそれを、チカが聞き逃すわけがない。

「ちょっとって言いましたね、いまちょっとって!」

 どれくらいちょっとですか? 何センチですか? 何日ですか? 何デシリットルですか?

 繰り返されるとんちんかんな問いかけに、結局俺は奥の手を使うほか無くなった。

「うるさい黙れ」

 チカの頭を抱き寄せ、彼女の言葉と唇を奪う。

 いつもより少し激しくなったが、チカの暴走を止めるにはこれくらいしか方法がない。

「とにかく今は騒ぐな。……なるべく、お前の願いは叶えるつもりだから」

「……ぁい」

 気の抜けた返事に苦笑して、もう一度だけ唇をついばめばチカは完全に沈黙した。

 ……かと思ったが、残念ながらそう簡単にはいかないようだ。

「もういいおじさんのはずなのに、最近先生の色気が激しすぎてチカちゃんちょっとやばめです」

「おじさん言うな」

「褒め言葉です! 早死にを繰り返していた頃は気づけなかったけど、若さの先にこんな色気があるなんて思いませんでした!」

 言うなり、チカは俺にぎゅっと抱きつく。

「この、まだぎりぎり筋肉が付いてる感じも素敵」

「ぎりぎり言うな!ちゃんと鍛えてるんだぞ!」

「それはあれですよね、私とするときにかっこわるい裸見せたくないからとかそういう理由ですよね」

 割と図星だったが、勿論肯定などしない。

「そういうちょっと見栄っ張りなところが更に愛しいです」

「はいはい」

「そしてそのぞんざいなところも相変わらず素敵です! ということで、もう1回キスしてください!」

「なぜそうなる」

「先生のあふれる色気にチカちゃんの理性が飛んでも良いんですか! 10代の若者は性欲に忠実ですよ!」

「むしろキスした方がやばいだろう」

「そんなつれないツッコミじゃなくて、もっと他に突っ込む物があ……」

 反射的にげんこつを落とすと、しゃがみ込んだチカが言いすぎましたと反省する。

「……ちょっと、先生の色気に当てられて我を忘れました」

「取り戻したか?」

「はい。そういう発言はもうちょっととっておきます」

「とっておかなくて良い。むしろ捨てろ」

 とは言ってみたが、それが出来たらこんな変態にはなっていないだろうという気もする。

「じゃあ、捨てるのでチューしてください」

「……」

「あっ、その冷たい視線も割と快感!」

「……」

「すいませんごめんなさい、今年はチカちゃんもうちょっと普通の女の子になります」

 俺の無言に耐えきれなくなったのか、チカはようやくシュンとする。

 その顔があまりにおかしかったので、俺はもう一度だけ、彼女にキスをしてやった。

「無理はしなくていい。お前の変態は、たぶん死んでも治らねぇしな」

 でも暴走はしすぎるなと言えば、チカは「がんばります」と全く当てにならない返事を返した。

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