お菓子の正しい食べ方
「先生、今日は何の日か知ってますか?」
「日曜日」
もっとちゃんと考えて下さいと怒ったのに、先生はこちらに注意すら向けてくれなかった。
仕方なく先生が読んでいる本を奪い、代わりに彼の膝に赤い箱のお菓子をぽんと乗せる。
「もう一度聞きます、今日11月11日は何の日ですか?」
ここでようやく、先生は顔と意識を私へと向ける。
「オチまで透けてるから答えたくねぇ」
「透けてるならむしろ答えてください! 私が今日をどれほど楽しみにしていたかわかっているでしょう!」
と指さした先は、お菓子の置き場所となっている棚の上。そこには今先生の膝の上にあるのと同じ、赤い箱が山積みになっている。
「セールだから買ったのかと思ってた」
「違います、全てはこの日の為です」
だからさあ答えを、と迫れば先生はようやく口を開いた。
「あれだろ、プリッツの日だろ」
「あってるけど違います! っていうかこれ見よがしに赤い箱ばっかり積み上げたのに何でそっちを言うんですか!」
「その商品名を口にしたら、すげぇめんどくさいことを言い出すのがわかってるからだ」
つーか既にこの状況が面倒くせぇとぼやきながら、先生は勝手に箱を開け、中のお菓子を食べ始める。
「まだ早いです! っていうか、食べ方が違います」
「なんだよ、チョコが付いてない方から食えって言うのか?」
違います。こうです。
お手本に私がポッキーをくわえた瞬間、先生はまるでゴキブリを見るような目で私を見た。
「さすがにその目は傷つきます! 私もう14歳なんですよ! そんな顔されたら反抗期になっちゃいますよ!」
「むしろなれ。そしてポッキーごと家出してくれ」
あまりの言いようにムッとすると、先生はあろうことか私がくわえていたポッキーをへし折った。
「だから違います! ポッキーと言ったら両端から食べ合う物でしょう!」
「食べ物で遊ぶな食べ物で」
「これは遊びじゃありません、スキンシップです!」
「俺がつきあうわけねぇ事くらいわかるだろう。何年一緒にいるんだよ」
「先生こそ、わかっていてもやめられない乙女心をわかってください」
「わかりたくねぇよ」
だからしねぇよと私に背を向ける先生。そのつれない態度に、私の堪忍袋の緒がきれた。
「だって、だって先生最近キスとかしてくれないじゃないですか! 他のスキンシップがあるなら私だってこんな馬鹿な事しませんよ!」
お菓子会社の広告にだって乗りませんよと先生の背中を叩きながら主張すれば、僅かだが彼の体に動揺が走る。
「やらないなら最近キスしてくれない理由を教えてください! 唇どころかほっぺも額も頭にもないなんて、私生きていけません!」
だから教えてくださいと抱きついた瞬間、先生の体が不自然に強ばった。
「抱きつくな馬鹿!」
「教えてくれるまで離れません!」
絶対に離れませんと半ば首を絞める勢いで腕を回せば、先生はようやく負けを認める。
「わかった、だからとにかく離れろ」
「言うまではダメです」
白状しろと更に迫る私に、今度は先生の堪忍袋の緒がきれたようだ。
「とにかく離れろ!」
言うと同時に私の腕をひねり上げた先生は、そのまま体を反転させる。だが私だって諦めきれない。
「今日は負けません!」
腕を取られた状態で無理矢理タックルすれば、さすがの先生もバランスを保てなかったようだ。
私達はもつれ合って派手に転倒し、それぞれ痛みに呻く。
だがここで諦めてたまるかと、私は最後のガッツで先生の上に馬乗りになった。
「私の、勝ちです」
先に起きた方が勝ちというルールはないが、まだ倒れたままの先生とその上に乗る私ではどう見ても私の方が勝者だ。
故に白状しろと勝ち誇った笑みを向けた時、私は気付いた。
お尻の下に、何かかたい物があたっていることに。
「先生もしかして!」
期待を込めた言葉と眼差しをお尻の下に向けた次の瞬間、私の視界がぐるりと反転した。
気が付けば上に跨っていたはずの私が、先生に押し倒される格好である。
「そんな薄着で、男の腰の上に跨るな!」
荒々しく、でも何処か熱っぽいその表情に私はようやく気が付いた。
「つっ、ついに私に欲情してくれたんですね!」
喜びのあまり抱きつけば、先生がもう一度私の頭を叩く。
「わかってんならくるな馬鹿!」
「なんでですか、今こそ夫婦の契りを……」
交わしましょうという言葉は繋げなかった。
私を乱暴に引きはがした先生が、頬を思い切りつねったからだ。
「14歳に手を出せるわけねぇだろ!」
「でも起ったじゃないですか!」
起った起ったと思わず喜んでいると、更にもう1回頬をつねられた。
「俺は犯罪者になる気はない!」
「でも奥さんだし」
「まだ違う」
「じゃあいつになったらしてくれるんですか」
「まだまだ先だ」
「待てません」
「それでも待て!」
怒鳴って、先生は私から距離を取る。
「時期が来るまで、俺は絶対にやらん」
「でも、欲求不満になりませんか?」
「お前をはけ口にすると思うのか?」
「じゃあ何処にはき出すんですか!」
トイレですか、それともティッシュですかと詰め寄ったら、またしても頬をつねられた。
さすがにそろそろ顔が伸びそうだ。
「安心しろ。お前のそう言う言葉を聞けば萎える」
「なっ萎えちゃだめです!」
頑張って下さいと言ったら頭突きを食らわされた。本気の頭突きではないが、結構痛い。
「ともかくそう言うことはしない。それに、スキンシップも禁止だ」
「きっ禁止!?」
「お前、最近色々と無駄に発達しすぎだ」
「無駄じゃないです、全部先生の為です」
「だから余計にたちが悪いんだろう」
心底疲れ果てたその声に、私は先生がキスをしてくれない理由に気付いた。
「欲情しちゃうから、キスもダメなんですか?」
「わかってんならねだるな」
俺だって超人じゃねぇんだと先生は言う。
でもねだるなと言われて我慢出来るほど、私も人間が出来ていない。
「先生の気持ちもわかるけど、キスがないのは嫌です」
死んでしまいますと肩を落とせば、先生は僅かに呻く。
「こらえ性がないのは悪いと思ってる。でもお前、最近急に綺麗になっただろ。だからせめてもう少しだけ我慢してくれ、俺もなるべく早く慣れるから」
先ほどつねられた頬を今度は優しくさすり、先生は「悪い」と繰りかえす。
その言葉があんまり優しいから、私は頷く他無い。
それに我慢するのは嫌だけど、先生の気持ちがわからないわけじゃない。
不器用だけど、彼の向けてくれる好意は恋人のそれだった。だから手を出さないのはそれだけ私を大切にしているからだってわかるし、それを無理矢理破ったら、先生は二度と私に触れてくれないに違いない。
むしろ先生が我慢しているとわかった今、私だけが我が儘を通すのは不公平だ。
「わかりました。ポッキーはひとりで食べます」
もう我が儘も言いませんと半ば自分に言い聞かせ、私は床に落ちたポッキーの側にしゃがむ。
そのまま中の一本をつまんで口に入れれば、甘いチョコが舌の上で溶けた。
それが妙に切なくていつもより細かく食べていると、頭上に先生のため息がふってくる。
「……1回だけだ。だたし唇つけんなよ」
幻聴かと思った。
しかしポッキーを加えたまま上を見れば、先生の顔がそこにはある。
小気味良い音がして、くわえていたポッキーが唇の手前で折れた。
同時に、唇に触れた先生の吐息で思わず意識が遠のく。
「先生、鼻血がでそうです」
むしろもう出てるかもしれない。
思わず鼻を押さえて先生を見れば、彼は口にポッキーを加えたまま笑っていた。
「むしろ出しとけ。その方が俺はありがたい」
まさか鼻血フェチですかと尋ねれば、先生が無言で私を小突いた。
「でも鼻血出したら、もう一本食べてくれますか?」
「お前はとことん苦行を強いるな」
困った顔でそう言って、先生は箱から取り出したポッキーを、私の口に突っ込んだ。