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359回目のプロポーズ  作者: 28号
番外編:再会は突然に
21/30

少女とキスと学ラン

 目があったとたん、少女が息をのむ。驚かせてしまった事を後悔したが、後の祭りだ。

「これは夢ですか?」

 幼い割に妙にしっかりした話し方をする子だと思った。

「驚かせて悪かった、俺は……」

「知ってます! 真田博文30歳独身! 多摩川高校の数学教師で趣味はツーリングと野球観戦で贔屓のチームはジャイアンツで、特技は空手で好きなお酒は芋焼酎ですよね! あとお酒のおつまみで柿の種が一番好きなことも知っています!」

 輝く瞳は可愛らしいが、そのときの俺には彼女が得体の知れない宇宙人に思えた。

 なにせ彼女の畳みかけるような言葉全て、恐ろしいほど当たっている。

「表札を見たとき、もしかしてって思ったんです! あと写真とか汗のにおいが染み付いたシャツに書かれてた名前とか読んで、凄く期待してたんです」

 じわじわと迫ってくる少女は、正直気味が悪かった。

「私がわからないんですか?」

 その上少女は、驚愕のあまり動けないでいる俺の首に抱きついてくる。

 そして次の瞬間、あろう事か俺は、この気味の悪い少女にキスをされていた。

 体を引きはがそうとしたのに、恐ろしいことに俺はそれを受け入れていた。それどころか幼いそのキスを俺の体は懐かしいとさえ感じていた。

 更に深い口づけを自分から行おうとしている事に気付き、俺は慌てて少女を引きはがす。

 そこで俺は気付いた。

 俺は、こいつを知っている。

「お前まさか……」

 自分でも驚くほど声が震えていた。

 その上答えを告げられる前から、体が幼い少女に引き寄せられている。

「千佳なのか?」

 相手は子供なのに、抱き寄せたいと思っている自分が正直恐ろしかった。

「その呼び方懐かしいです!」

 けれど俺がすくんでいるのとは対照的に、千佳は俺の胸に飛び込んだあげく首筋に顔をこすりつけてくる。

「久しぶりに嗅ぐ先生のにおいは格別です」

 この変態的な言い回しは間違いない、こいつはこの俺を散々振りまわしたあの生徒だ。

「お前、どうして」

「どうしてって、死んだから転生しただけですよ」

 こともなげに彼女は言い切る。

 たしかに転生の話は散々聞かされていたし、最後の方は俺も彼女の話を信じていた。

 けれどまさか、こんな再会が起こるとは思っていなかった。

「まだ先生が生きててよかったです。先生まで死んじゃったら会うのもっと大変だし、また忘れられたらショックだし……。まあ、忘れられても私は何度でもアタックしますけどね! 何たって私達は……」

 運命の相手。

 何万回と聞かされたその言葉をつぶやけば、千佳は嬉しそうにはしゃぐ。

「先生ちゃんと覚えてたんですね! そうですよ、私達は運命の相手ですよ! ちゃんと記憶してますね!」

「当たり前だ、お前が散々刷り込んだんだろう」

「でも不安だったんです。時間もたっちゃったし、またうっかり忘れてたらどうしようって」

 千佳は言うが、俺はこいつのことを一秒たりとも忘れたことはなかった。忘れられるわけがなかった。

 転生の話も、運命の話も、そして温もりと愛情すらも刷り込んで、彼女は消えたのだ。

 彼女の死を思い出すたびに俺まで呼吸の仕方を忘れそうになるほど、深く深く自分の存在を俺に刷り込んだのはこいつだ。そのせいで、まともになるまで何年もかかったのだ。

 けれど彼女は消えたとき以上にあっけなく、そして何の前触れもなく千佳は今ここにいる。

「どうして今頃……」

 どこか攻めるような口調になってしまったが、詫びるより早く千佳は言葉を重ねた。

「本当はハイハイできるようになったら、すぐに先生のこと探しに行きたかったんですよ。でも今のお家がなかなか私に優しくなくて……」

 だから時間がかかったと微笑む千佳の頭を撫でたとき、かきあげた髪の下に酷い痣が出来ていることに気付く。

 嫌な予感がして服の袖をまくり上げ、そして俺は絶句した。千佳の体にはたくさんの痣や打ち身のあとがある。

「誰にやられた」

 自分でも驚くほど低い声で尋ねれば、千佳の目が見開かれる。

「これは気にしないで下さい! もうあんまり痛くないし、それに先生にぎゅーっとして貰ったらすぐ治りますよ」

「良いから言え! 誰にやられた!」

 もう一度同じ言葉で尋ねた瞬間、千佳が俺から飛び退いた。

「先生目が据わってます! 今すぐウチのママを殺しに行きそうな顔してます」

「母親か」

 しまったと口を開け、千佳は俺に縋り付いた。

「殺しちゃダメです! 犯罪者になったら一緒にいられなくなります」

「しねぇよバカ。いらついてるのは俺にだ」

「じゃあ自分を殺さないでください! 年齢差が縮んで良い感じになるかもですけど、やっぱり私、死別はもう嫌です」

 俺だってごめんだという言葉を飲み込み、俺は滅入る気分を立て直した。

「馬鹿なマネはしない」

「本当ですか?」

「つーか殺すってお前、俺にそんなこと出来るか」

 ヤクザじゃあるまいしと無理に笑った俺の視界に、千佳が広げたのは俺の学ランだった。

 やはりこれは捨てて置くべきだった。

 そう強く思ったのは、学ランは学ランでもそれが普通の学ランではないからだ。

「でもヤクザ予備軍だったんですよね昔は」

 丈の長い学ランって始めてみました、それにこの刺繍凄いです。

 そう言って、学ランを振る千佳の嬉しそうな笑顔が腹立たしい。

「安心してください、私悪い男も大好きです」

「何の話だ」

「とぼけないでください、ブツはあがってるんです! 先生昔ワルでしたよね! アルバムとか見たけど、髪の毛やばい金髪でしたよね」

 やっぱり部屋を荒らしたのはこいつのようだ。

「暴走族っぽいバイクに乗ってる写真とか、ヤンキー相手に大暴れしてる写真とか見たんです!」

 こいつにだけには知られたくないと思っていた過去が、まさかこんなタイミングで露見するとは思わず、俺は悔しさで唇を噛む。

「盗んだバイクで走り出した過去があっても気にしませんよ! むしろたくましい男の人大好きです! 元ヤン大好きです!」

 っていうかバイク乗せてください! タンデムしてください! あと学ラン来てください! 金髪も見たいです!

 矢継ぎ早に放たれる千佳のお願いに、俺は思わず頭を抱えた。

 もし会えるなら、もう一度だけでも彼女に会いたい。

 もう4年もたつのに俺はいつもそう思っていた。

 けれど俺が望んだのはこんな再会じゃない。そう心の中で叫んだのに、千佳の大騒ぎは結局朝まで続いた。

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