念願の同棲と先生の手料理
「……めでたしめでたしっと」
作業を終え一息ついている私に、降り注ぐ冷ややかな視線。
けれどその先にいるのは最愛の人だとわかっているから、私はニッコリ笑顔で顔を上げる。
「何してる」
そう言って私の手元に目を落とす彼は、私の元先生で、そして運命の人。
「お仕事です」
「クレヨン使ってか?」
「こういう方が絵本としては味が出ると思うんです。これを出版社に持ち込めば絶対売れます」
「こんな下手な絵で?」
「確かにちょっと不格好ですけど、物語は自信ありますから! 何せ私と先生の大河ドラマ的トゥルーラブですからね!」
そう言った瞬間、先生は絵本をパラパラとめくり、そして最後のページを破り捨てた。
「何するんですか!」
「フィクションが混ざってたから」
「フィクションじゃないです!」
「誰が恋人だ誰が」
「恋人でしょう! こうしてひとつ屋根の下に住んでいるのに!」
「今すぐかがみ見てこい」
「それにほら、ご飯だって作ってくれるし!」
そう言って先生が持っていたホットケーキを指させば、彼はそれを引っ込めようとする。
「もういい、お前にはやらん」
「ああああ、せっかくの初手料理が!」
「食いたいならそこ片づけろ」
慌ててクレヨンと画用紙を片づけると、先生が私の前にとても美味しそうなホットケーキを出してくれた。
「ああっ、でも食べるのが勿体ないです!」
「お前なぁ」
「先生が初めて私のために作ってくれた手料理ですよ! これは冷凍保存するべきです! ホルマリン漬けでも良いです! とにかくお墓まで持って行くべきです! むしろ来世まで持って行きたいです!」
「馬鹿言ってんな」
「だって、貴重じゃないですか!」
「もういい、食わないなら俺が食う」
と言って皿を持ち去ろうとする先生の手に私は飛びついた。
「馬鹿やめろ!」
だがその衝撃で、先生の腕が皿ごと傾いた。
そして落ちるパンケーキ。むろん落ちた先は床である。
「ああああっ!」
私が叫べば、先生自慢の拳骨が私の後頭部に炸裂する。
「本当にアホだなお前は」
「さっ3秒ルールがあります!」
慌ててホットケーキを拾い上げ、何事もなかったかのように皿に乗せた。
床はフローリングなので目立った外傷はない。よし。食べれる。
「食うな馬鹿」
「でもせっかく先生が焼いてくれたのに!」
このままゴミ箱行きになんてさせない。
むしろゴミ箱に捨てられても私は拾い上げて食べる。
そう宣言しようと姿勢を正せば、唐突に先生は自分のパンケーキを私の前に差し出した。
意味がわからない。理由がわからない。どうして良いかわからない。
そんな顔で先生を見つめている私から皿を奪うと、先生は落ちたホットケーキにバターとハチミツをかけ、さっさと食らいついてしまった。
「先生、それ落ちました」
「3秒ルールだろ」
「そう言う優しさが、胸キュンです。大好きです。愛しています」
言葉にならぬほどの愛を必死に言葉にしていたのに、ハチミツのボトルで頭を殴られた。
でもやっぱりその痛みもまた愛おしい。
「私、先生と家族になれて良かったです」
「……その言葉、語弊があるからやめろ」
「だって家族でしょう! これ家族でしょう! 養ってるでしょう私を!」
興奮のあまり先生の胸に抱きついたが、残念ながら今の私は先生に腕を回せるほど体が大きくはない。
それは物足りないが、こうして側にいて、一緒にご飯を食べられるのは凄く嬉しい。
「いやぁ、死んでよかったぁ」
思わず微笑めば、今度こそ先生が本気で怒った。
「貴様の所為で、子持ちになった俺のことを考えろ!」
「世間的にはそう見えるかも知れませんが、私は奥さんですよ。夜のお供だってバッチリですよ!」
「奥さんじゃねぇし、4歳児に夜のお供なんてさせられるか!」
先生は怒ったが、私がてへへと笑うとやる気を無くしたように肩を落とす。
「何で俺ばっかりこんな目に」
「運命だからですよ」
そう言って先生の頬にキスしたら、朝食のパンケーキを取り上げられた。
勿論手を伸ばしたが、頭の上まで持ち上げられてしまったので今度は全然届かなかった。
さすがに、4歳児のリーチは短い。