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359回目のプロポーズ  作者: 28号
番外編:再会は突然に
19/30

久々の帰省と嵐の前触れ

「ガキができた」

 兄貴からそう告白をされたのは、聖夜の始まりを告げる午前0時の鐘が鳴ったすぐ後のことだった。

 場所は俺の実家の洗面所。ちなみに兄貴はサンタを思わせる真っ赤な服を着ている。

 けれどその服は元から赤かったわけではない。3時間にも及ぶ親父との殴り合いの末、鼻や口からこぼれた血が彼をサンタに変身させたのである。

 しかしそれに驚くことはない。拳を使った語り合いは我が家の十八番だ。

 祖父が空手の師範代だった影響で、「男は拳で語り合え」という謎の家訓が未だに蔓延っているのが俺の実家なのだ。

 むしろ武闘家なら闇雲に殴り合うなと言いたいが、とにかく頭に血が上るとすぐに「語り合い」が始まるのがウチの野郎どもなのである。

 もちろんこれはウチの中でだけの話だが、乱闘が行きすぎて警察に通報され、親父と祖父が二日ほど帰ってこなかった事もあるくらい、我が家での激しい語り合いは日常茶飯事だ。

 故に喧嘩の弱い兄貴が親父にボコボコにされるのはいつものことで、俺はいつものように濡れたタオルを兄貴に渡してやる。

「ここはおめでとうと言うべきか?」

「嫌味に聞こえるからやめてくれ」

「赤ん坊が生まれるならめでたいだろう。色々入り用なら多少出資してやっても良い」

 皮肉ではなく本心からの言葉だった。多少腹立つこともあるが、俺はこの駄目な兄貴がそれなりに気に入っている。けれど兄貴の不幸は、俺の予想の遥か斜め上をいっていた。

「4つなんだ、その子」

「まさか、隠し子とかいうなよ」

 冗談のつもりで尋ねたのに、兄貴は忌々しそうに顔をしかめる。

 その途端、兄貴の口元からぐらついていた前歯がぽろりと落ちた。どうやらこれは笑えない話らしい。

「俺の子じゃないんだ。サオリの、前付き合ってた女の子供」

「つきあってた?」

「いなくなったんだ。ガキだけ置いて」

「押しつけられたって事か」

「……この家無駄に広いだろう? だから金持ちだって思ったらしくて、ここに泊めた翌日『この子をお願いします』って書き置きとガキだけ置いて消えちまった」

 ついでに俺のロレックスを盗まれたという兄貴に、俺は心底同情した。

 子供を置いていかれたことにじゃなく、ロレックスにだ。

 あれは親父が兄貴の成人の祝いに買った物で、もし盗まれたと知れば親父は烈火の如く怒り出すだろう。

 たぶん今度は奥歯まで確実に折られる。

「なあ博文、お前子供とか欲しくないか? よかったらやるぞ、俺子育てとかむりだし」

「欲しくねぇよ、嫁さんだってまだなのに」

「当分作らないだろ? お前まだあの子のこと引きずってるみたいだし」

 以前酔った勢いで迷惑な生徒のことを兄貴に話してしまった事を、俺は酷く恨んだ。

 よりにもよって、こいつの口からあいつのことを思い出したくはなかった。それもクリスマスの晩に。

「援助ならしてやっても良いけど、協力できるのはそこまでだ」

「そんなこと言うなよ、お前子供が趣味なんだろ? あの子可愛いし、自分好みに育てて好きかってすれば、お前も少しは気が紛れて……」

 直後、兄貴の前歯があと3本折れた。むろん、俺が殴り飛ばしたからである。

 滅多にやらないが、俺だってこの家の男だ。そして兄貴よりは強い。

 洗面台にしなだれかかるように倒れる兄貴を転がせば、やはり完全に伸びている。

 前歯のない口元が何とも哀れでいい気味だと思ったが、予想より心は晴れなかった。

 わざわざ実家まで帰ってきたのは、他ならぬこのバカ兄貴が親父に殺されるのを防ぐためだった。

 そして俺は親父が鬼の形相で50インチのテレビを振りまわしている居間から、見事彼を救い出してやったのだ。

 けれどよりにもよって助けた兄貴の口からあいつの話が出るなんて本当に最悪だ。

 クリスマスなんてクソ喰らえと兄貴を踏み越え、俺はもう一度、こんな家に来るんじゃなかったと舌打ちをした。

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