クリスマスのおねだり
『フレンチキス』
そう書かれた紙を、俺はチカの前でビリビリに破り捨てた。
「ああっ、サンタさんへのお手紙なのに!」
「何がサンタさんだ、そんな物はいねぇってわかってるだろ!」
「いたいけな少女になんて夢のないことを!」
「お前が言うなお前が!」
そう言って睨めば、俺の小さな恋人はふくれ面で破り捨てた紙を拾い上げる。
「じゃあコレ、先生がください。私の保護者なら、プレゼントをあげるべきです」
「プレゼントほしがるほどガキじゃねぇだろ」
「私6歳児ですよ! 普通だったらサンタさんだってきてくれる年ですよ!」
「中身はいい年の癖に」
「それ、一番傷つくって何度も言ってるじゃないですか!」
「だって事実だろ」
「人のことバカにしてますけど、先生だってもうジジイなんですからね!」
「ジジイでけっこうだ」
あえて素っ気ない返事をチカに返せば、彼女の小さな脳みそは、それ以上の反論を思いつけなかったらしい。
「先生のバカ! バカバカバカバカ!」
子供のように泣き叫んで、チカはどこぞの猫型ロボットのように押入の中に引きこもってしまう。
けれど俺は慌てない。
チカが子供っぽい行動を取るようになってもうずいぶんになるし、喧嘩をする度押入に引きこもるのは彼女の十八番なのだ。
「ばか!」
と叫び声が響き、そして部屋には沈黙が戻った。
それから5分ほどぼんやりと過ごし、沈黙の向こうからかすかな寝息が聞こえ始めたタイミングで俺は静かに押入を開ける。
大人びたプレゼントを要求したとしても、チカはまだ子供だ。
泣いて喚けばコロッと電池が切れてしまう。これもチカの十八番の一つだ。
「ほんとバカだな……」
仕返しのようにそう呟いて、俺はチカを布団まで運んだ。
無邪気に眠るチカを見ていても、これにフレンチキスをしたいとは思わない。
思わないけれど、親子のような接し方が出来ていないことは自覚している。
チカがはじめてこの姿で現れたときから、俺は多分彼女を子供として見れていない。
丁度1年前、小さなチカが俺の前に現れたそのときから、俺は健全な高校教師の枠からけり出されてしまったのだろう。
枠の外に出ることを受け入れてしまったチカとの再会を思い出しながら、俺は一人ため息をついた。