そして時はたち
「おいチカ、そろそろメシだからその積み木片づけろ」
見下ろさなければ姿も見えない。
4年前と比べると驚くほど小さくなったその体に、俺はフライパン片手に声をかける。
「今日のお昼はなんですか?」
「焼きそば」
直後、軽い衝撃が足に響く。
「焼きそば大好きです」
だから作ったなどとはもちろん言えない。
俺は足に抱きついてきたチカに苦笑しつつ、俺はフライパンの中の焼きそばを皿に取り分ける。
「先生、多めが良いです! 多めでお願いします!」
「うるせぇなぁホントに」
「大好物なんです」
そう言って足からひょいと飛び降りた衝撃で、チカの胸元から小さなネックレスが零れる。
銀のチェーンネックレスの先にあるのは、彼女には大きい銀の指輪だ。
「ソースで汚れるから、それ外せ」
大切にしているという割に、身の丈に合っていないネックレスを料理に入れることはしばしばあり、最近では食事前に必ず外させている。
汚れると「大事な指輪が!」と馬鹿みたいに騒ぐからだ。そしてそれを磨くのが俺だからだ。
「これ、そろそろ指にはまりませんかねぇ」
「どう考えてもまだ無理だろ」
っていうか、そんなに高い奴じゃないからはめる前に錆びるかもな。
何気なくそう言うと、チカがこの世の終わりのような顔をした。
「先生がはじめて買ってくれた指輪なのに」
「それはうっかり死んだお前がわるい」
言いながら今の食卓に焼きそばを並べてふと、俺はあることに気付く。
「そう言えば、悲恋の呪いってお前が死ぬよりも前にとけてたんだよな」
「ええ」
「……じゃあ、お前何で死んだの?」
「何って事故ですよ」
「ただの事故?」
「私は呪いの所為だ思ってましたけど、今思うと事故なんでしょうねぇただの」
「ちなみにどんな事故だったんだ?」
「あれ、知らないんですか?」
事故死とは聞いていたが、あのころは色々余裕が無くて、それ以上の情報を頭に入れられなかったのだ。
「帰宅途中の事故、だったんだよな」
「はい。家に向かってる途中でですね、ボールが当たっちゃったんですよね」
「は?」
「うちの側に野球場があるじゃないですか」
「あるな」
「そこのホームランボールがね、当たっちゃいけないところにゴーンって」
そして次の瞬間、自分は赤ん坊になっていたとチカは笑う。
「落ちてくるなぁこっちに、と思いながらついついぼーっとしちゃって……。でもまさか死ぬなんて思わなくて」
そう言って笑う彼女を見ていると、なんだか無性に腹が立ってきた。
ボールに当たって死ぬのは馬鹿らしいが、それが呪いであればまだ理解できた。
しかしどう考えても、全ての原因はこいつの運の悪さと反射神経の鈍さだ。
そう思うと、彼女の死を馬鹿みたいに悲しんだ自分が、そしてそんな目に遭わせたチカに酷く腹が立ってくる。
「やっぱりお前最悪だな……」
「ボールが落ちてきたのは私の所為じゃありません!」
「いや、お前の運の悪さが原因だ」
「じゃあ厄よけとか行きますから!」
厄よけでどうこうなる問題ではない気がしたが、見捨てないでと縋り付くチカを落ち着かせるために、午後にでも近くの寺につれてってやると約束した。
「とりあえず今は焼きそば食え。……喉に詰まらせないようにな」
「はい、沢山食べて頑張って厄よけします!」
「厄よけで頑張るのはお前じゃなくて神さまだろう」
と言ってはみた物の、焼きそばに夢中のチカはきいちゃいない。
仕方なく付けたままになっている指輪とネックレスを外してやり、俺はそれを握りしめた。
高価な物ではないが、やはり子供が持つにはあまりに不釣り合いだ。
取り上げたら泣くので持たせているが、指輪何かよりお守りでもクビにぶら下げていた方が、よっぽど釣り合いが取れる。
色気がないとチカは怒るだろうが、もしもまたボールが飛んできたとき、お守りの方がよっぽど役に立ちそうだ。
本気でこれをはめるつもりなら大事にしまっておく方が良いだろうし、今日は代わりに首から下げるお守りも買おう。
絶対不機嫌になるだろうが、俺も同じのを買えばお揃いだとか言って気をよくするに決まっている。
なんだかんだでチカの扱いに慣れてきた自分にため息をつきつつ、俺は焼きそばを頬張るチカの頭を撫でた。
認めたくないが、ここにもう一度ボールが当たったら、多分俺は立ち直れない。
プロポーズの間で【END】