指輪の行方
「あ、先生!」
別に探しているわけではなかったが、千佳は簡単に見つかった。
どうやら帰るところらしく、下駄箱からローファーを出している。
「まさかお見送りですか!」
「んなわけねぇんだろ」
「照れなくて良いですよ」
照れてないと怒れば、千佳が嬉しそうに微笑む。
「明日、卒業式ですね」
「そうだな」
「私凄く楽しみです。ついに先生と、ぐへへ」
可愛らしさの欠片もないその笑い方に呆れているはずなのに、何故だか右手が千佳の頭を乱暴に撫でていた。
その上屋上での告白シーンを思い出してしまい、反論する声に僅かな僻みが入ってしまった。
「俺じゃなくても、告白なんていくらでも貰えるだろう」
「先生じゃなきゃダメなんです」
拗ねたような表情にホッとして、その上うっかり可愛いと思ってしまった自分に、またしても腹が立ってきた。
にもかかわらず、千佳の頭から手をはなせずにいる俺は、一体何がやりたいのか。
「本当に男の趣味が悪いな」
「そんな事無いです。先生は凄く素敵で優しくて、理想のだんな様です」
「旦那じゃねぇよ」
「きっとそうなります。私、頑張って素敵な奥さんになりますから」
「その前に恋人じゃねぇのか?」
思わず突っ込めば、千佳は今更のように驚いた顔をする。
「お前まさか、俺の恋人のつもりだったのか?」
「だっていつも一緒にいるし」
「それはお前が勝手にくっついてるだけだろう」
「けどこんなに好きだし」
「お前はな」
そう言うと、千佳は愕然とした表情でうなだれた。
「言われてみると、デートもした事無い」
強いて言えば修学旅行、いやあれはまた別だ。
とグダグダ考えている千佳があまりにもおかしくて、だからついうっかり俺は言ってしまった。
「結婚より、まずは付き合いからだろう」
「まずって事は、お付き合いはしてくれるんですね!」
そう言う切り返しだけは無駄に早い。その上答えに困っている俺に、チカが思い切り飛びついた。
「じゃあまずは恋人になりましょう」
「何を勝手に……」
「あ、恋人になるんだったら私の方から言ってもいいですよね? 明日までに、寝ないで『付き合ってください』っていう練習してきますんで!」
普段もっと凄いことを言っているだろうと突っ込みたかったが、爆走する千佳はもう止められない。
「頑張ります!」
と言う見当違いの宣言を残し、彼女は鞄片手に下駄箱を飛び出した。
「本当にあいつは……」
呆れているはずなのに、顔が熱くなるのが止められない。
こんなのは俺らしくない。そう思っているのに、気がつけばポケットの中の小箱を、俺は千佳の下駄箱の奥に突っ込んでいた。
最後の最後まで押されっぱなしなのは、俺のガラじゃない。
なんてふざけた男心が、俺の右腕を突き動かしていたのだ。
それなら自分の口で言えと思うが、それはそれで負けた気がして凄く嫌なのだ。
我ながら素直じゃない。
そう思っている時点で彼女への思いを自覚したも同然だと気付き、俺は更に腹が立った。
いっそ誰かが見つけて盗んで欲しい。そうすればきっと、今度こそ馬鹿みたいな気は起こさないですむ。
「あいつが、絶対見つけませんように」
俺は情けない独り言を呟いて、下駄箱から離れた。
そしてその願いは見事叶い、指輪はそれからしばらくの間、下駄箱の奥で眠り続けることになった。