現実になったうっかり
「やっぱり買ったな」
「……何のことだ」
「チカちゃんのことあんだけ鼻で笑ってたのに、やっぱり買ったな」
「……だから何のことだ」
「今、お前が机の引き出しにこっそり隠した小箱の中身のことだよ」
誰にも見られないように注意していたはずが、よりにもよって友人の長谷川はバッチリ見ていたらしい。肝心なところで詰めの甘い自分が、本当に嫌になる。
「これは、友達へのプレゼントだ」
「宝飾店の名前が見えたぞ。それにお前、友達全員男だろう」
言葉を詰まらせていると、長谷川が楽しそうに俺を見る。
「寂しくなってきたか?」
「そう言うんじゃない」
「じゃあ焦ったんだろ。最近チカちゃん大人気だもんなぁ」
長谷川の言葉に顔をしかめてしまったのは、先日うっかり目撃したとある現場が頭に浮かんだからだ。
この時期は玉砕覚悟で告白してくる女子生徒が多く、俺はそれから逃れるために屋上の隅でたばこを吸っていた。
そこに、あろう事か現れたのはチカと見知らぬ男子生徒である。
ここは教師以外立ち入り禁止だと告げようと思ったのに、何故だか物陰から出ることが出来なかった。
「千佳先輩が先生を好きなのは知っています。でもどうしても言いたかったんです、好きだって!」
と、始まった告白劇をそのまま見る羽目になり、俺は何とも嫌な気分になった。
少し前から、千佳が告白責めにあっているという噂は聞いていた。
俺が未だに千佳を冷たくあしらっているのを見た一部男子が、これ幸いと突撃を開始したというのである。
「生徒同士、大いに結構じゃないか」
「とか言って指輪を買ったのは誰だよ」
もちろん俺だが、これは本意ではない。
あの告白を目撃したあと、何故だかむしゃくしゃしてしまった俺は、うっかり酒に走ってしまったのだ。
弱い方ではないが、どういう訳だがその日は浴びるように飲んでしまい、あっという間に意識を喪失。
そして次の瞬間、俺はこの箱を持って家のベッドで寝ていたのである。
だからつまり、これは魔がさしただけだ。こんな物、あいつだって受け取りたくないに決まっている。
「いっそ今あげて来いよ。保険は大切だぞ」
「だからこれは……」
「358回目も悲恋になったら嫌だろ?」
こいつまでその話を信じているのかと腹が立ったが、言い訳を重ねるだけ相手に言質を取られるのは明白なので、俺は黙って席を立った。
「チカちゃんの所か?」
「五月蠅い」
と言いつつ、気がつけばあの小箱をスーツのポケットに入れた自分に、一番腹が立った。