欲しかった物はすぐ側に
「先生! 未来のお嫁さんがお弁当を持ってきましたよ!」
そう言って職員室に飛び込んだのに、先生はいなかった。
「チカ、お前授業時間も忘れたのか?」
先生の代わりに出迎えてくれたのは、色々な意味でお世話になった長谷川先生だ。
「そうか、まだ授業中なんですね」
職員室には長谷川先生と数人の先生が居るだけで、とても静かだった。
「せっかく先生に会えると思ってきたのに」
「じゃあそこで待ってればいいだろ。そろそろ昼休みなんだし」
と言ってパイプ椅子を広げてくれる長谷川先生。
「っていうかお前、幼稚園どうした」
「今日休みですよ。遠足の振り替えで」
「マジかよ! 俺なんにも聞いてないぞ」
知ってたら早く帰って息子とキャッチボールしたかったという長谷川先生。
でもきっと、タカシ君は家にはいないだろう。
何だかんだ言ってまだ南先生が好きな彼は、「とにかく押して押して押しまくるんですよ」という大先輩のアドバイスを信じ、休日も先生の家に押しかけているはずだ。
「でも何もきいてないってことは、もしかして先生奥さんから嫌われてるんじゃ?」
「俺の話は良いだろ。つーかお前、真田とはどうなんだよ」
「ラブラブですよ! 大きくなったら結婚してくれるって言われました」
「ほー」
と言う長谷川先生の反応はあまり芳しくない。これは信じてないな。
「本当なのに」
「いや、別に嘘だと思ってたわけじゃない。ただ、あいつもついに決心したんだなぁと」
どういう意味かと尋ねると、先生の机の引き出しを開けろと長谷川先生が言う。
言われるがまま指定された引き出しを開ければ、そこには数冊の参考書と小さな箱が入っていた。
小箱を見た瞬間、私のテンションが上がったのは言うまでもない。
「こっこれは!」
「開けてみろ」
と言われるまでもなく開けると、そこには指輪が入っている。
「まさか、まさか私に!」
「そのまさかだよ。っていっても、前のお前に真田が買った物だけどな」
正直信じられなかった。
私は亡くなる数時間前まで「結婚しましょう」と言い続けてきたが、あのころの先生は嫌そうな顔を崩したことがなかったのだ。
「卒業式の日に渡すつもりだったらしいぞ。まあその前にお前はぽっくり死んじまったが」
それが本当なら死んでいる場合ではなかった。これは悔しい。下手な障害で引き裂かれるよりよっぽど悔しい。
「死ななきゃ良かった」
「全くだよ。お前が死んだお陰で色々大変だったんだぞ、こいつすごい荒れてさ」
「まさかそんな」
「そのまさかだよ。何かもう後追いするんじゃないかってくらい凹んでたし、酷いやつれようだったから校長が無理矢理休暇取らせたくらいだ」
それが本当だったとしたら、先生には酷いことをした。
「だから今度はうっかり死ぬなよ」
「大丈夫です、もう呪いはないそうなので」
代わりに愛の奇跡もなくなったが、私と先生の間には新しい絆がちゃんと芽生えている。
「だから長谷川先生、結婚式には必ず来てくださいね!」
そう言って微笑んでいると、職員室に懐かしいチャイムの音色が響き渡る。
彼が来るまであと少し。
私は受け取るはずだったぶかぶかの指輪をはめて、愛しい先生を待つ。
多分私の姿を見たら嫌な顔をするだろうが、先生の眉間の皺は愛情の証だと気付いた今、前よりずっと先生への愛おしさは増している。
彼が来たら思いきり抱きついて愛を囁こう。そう決意して、私は職員室のドアを笑顔で眺めた。
359回目のプロポーズ【END】
※11/18誤字修正しました(ご指摘ありがとうございます)