笑顔のない夜
どうやら、幼稚園に入れたのは失敗だったらしい。
迎えに来た俺に笑顔ひとつ見せないチカに、俺はそう悟った。
「チカちゃん少し疲れちゃったみたいなんです。昼間は元気だったんですけど、夕方くらいから静かになっちゃって」
そう言って説明してくれる担当の保育士から話を聞きつつ、俺はチカを抱き上げる。
「帰ろう」
いつもなら抱き上げただけで大興奮するところだが、チカは静かに頷いただけだった。
その後も一言も喋らず、家についてもチカは静かなままだった。
夕飯の支度をしつつ様子を見たが、やはり元気を取り戻す様子はない。
チカの好物のハンバーグを焼いてはいるが、それくらいで機嫌が直るようには思えず、俺は料理の手を止めてチカの側に座った。
「幼稚園、どうだった?」
そんなことは見ればわかる。にもかかわらず、そんな当たり障りのないことしか言えない自分が情けなかった。
「あんまり、楽しくなかったか?」
尋ねると、チカが俺の手をギュッと握る。
「チカ?」
「大丈夫、ちょっと疲れちゃっただけです」
そう言うチカの顔は明らかに無理をしていた。けれどその理由を聞き出す勇気が持てず、俺はただただチカの頭を撫でることしかできなかった。
「今日、早く寝ても良いですか?」
「飯はどうする?」
「やめときます」
そう言って布団の用意をしようとするチカをもう一度座らせ、俺は自分の寝室にチカの布団をひいた。
「私の布団、こっちじゃないですよ」
「俺が飯喰ってる横じゃ寝づらいだろう」
念のため、チカが潜り込んでも良いように並べて俺の布団を敷くと、何故だかチカは泣きそうな顔で俺の足に抱きついた。
「おい、どうした」
「私、もっと4歳児らしくした方が良いですか?」
やはり幼稚園は辛かったのだろう。これはちゃんと、チカと話し合った方が良いかも知れない。
「その話は明日しよう。だから今日は休め」
俺の言葉に、チカは泣きながら頷いた。
それから俺は、台所に戻り出来たばかりのハンバーグに目を向ける。
食べて貰えなかった料理を見ていると酷く心がざわついた。いっそ捨ててしまおうかとも思ったが、やはり俺にはできない。
「チカ」
名を呼ぶと、着替えようとしていたチカは少し驚いた顔で俺を見上げた。
「明日の朝は、チーズハンバーグと目玉焼きハンバーグどっちが良い?」
ただそれだけのことなのに、またしてもチカは涙ぐんでいた。
「目玉焼きがいいです」
「朝になって、やっぱりチーズが良いとか言うなよ」
少しで気を楽にしてやろうと冗談を口にしてはみたが、やはりガラにもないことはすべきではない。
結局最後までチカの笑顔は引きつったままで、俺と目を合わせることもなかった。