少年、師と出会う①
「魔法というものは、術式を通してマナを放出することによって発動します。術式の記述方法は四通りあり、詠唱、触媒、陣、そして錬精になります」
講義室にニル教諭の声と、黒板二文字を描く音が響く。ラルカたちは入学後初めての授業を受けていた。内容はラルカにとっては簡単すぎるものだったが、それでもラルカは真剣に話を聞いている。
「魔法はその難易度から、初級、中級、上級、最上級に分類されます。例えば火の属性では火球、火柱、深紅の業火、炎帝の魔弾などがあります。最上級魔法は基本的に個人では使用せず、魔導兵器を用いて発動するのがほとんどです。皆さんは、卒業までに上級魔法を一つ以上習得できるように頑張ってください」
ニルは黒板に文字をかきながら、講義を続ける。
「高度な魔法ほど術式は長く複雑になり、また消費するマナも多くなります。マナの消費量が多いと制御の難易度が高くなり、暴発や失敗の可能性が高くなるので、上級以上の魔法を練習する際は十分な注意が必要です」
生徒は皆、真剣に話を聞いて、ペンを走らせている。通常他の学校では生徒は石板を使用しているが、この学校は全生徒に紙とペンを支給している。それだけでもこの学校がいかに質の高い教育をしているかがわかるだろう。
「魔法の種類は大きく分けて基礎魔法、元素魔法、現象魔法があり、それがさらに細分化されます。基礎魔法は魂、元素魔法は物質、現象魔法は理論の魔法になります」
ニルは黒板に魔法の分類を書いた。
基礎魔法:聖、暗黒
元素魔法:火、水、地、風、木、雷
現象魔法:光、闇、空間、時、重力
「基礎魔法の暗黒魔法は魔物が使用する魔法で、我々は使用できません。聖、空間、時、重力は原理的には誰でも使用可能です。しかし現象魔法は非常に高度な魔法で、初級魔法でも覚えることはかなりの高難易度です。また、元素魔法と、光と闇魔法は素養がない魔法は覚えることができません。また火と水、地と風、木と雷、光と闇は相反する魔法になっており、同時に素養を持つことはありません」
「あ、あの」
生徒みんなが真剣に話を聞いていた時、ゴンゾが手を上げた。
「例えば、水の素養がある場合、火の魔法は絶対に覚えられねえんですか?」
「そうですね。できないと考えていいでしょう」
ゴンゾの顔に失望が浮かんだ。ニルはそれに気づいたが、真実は言わなければならない。実際は全くの不可能ではないが、可能性はほぼゼロに近いことを知っている。それなら夢を見せるほうが残酷だと判断したのだろう。
「元素魔法にはそれぞれに対応した精霊がいます。精霊はマナの生命体で、肉体も寿命もありません。因みに雷魔法は元素魔法の中でも特殊で、素養がある人はほとんどいません。また他の元素魔法と違い精霊も存在しませんが、その理由は現在も不明です。なので、素養がある人は頑張ってそれを伸ばしてくださいね」
ニルはラルカとライラをちらりと見た。ラルカはにこにこと笑顔ではーいと返事をしたが、ライラは黙ったままだった。ちょうどその時学校の鐘が鳴り響いた。ニルが「ではここまで」と言い、初めての授業は終わった。
午前の授業が終わり、本来午後は屋外での武術訓練の時間である。しかし初日は生徒同士の試合が行われることになった。教師たちが生徒の力や才能を見極め、本人の長所や短所、訓練の方針を確認するためである。武術を担当する教師が審判になり、実力の近い生徒同士を戦わせていた。そんな中ラルカは一人試合に出ず、ほほを膨らませてちょこんと座っていた。あまりに実力が違いすぎるため、試合への参加をやめさせられたのだ。
「ま、まいりましたぁ」
目の前の試合場で、三つ編みに眼鏡をかけたいかにも武術経験の無さそうな女の子が剣を弾き飛ばされていた。相手の生徒も決して実力は高くなさそうだったが。その子はお辞儀をして試合場をそそくさと出ていく。
(あの子確か、筆記試験一位の子だったよね。名前は確か―)
「お、次は色付き同士の戦いか」
ラルカの隣に立っている教師がつぶやいた。この教師は一人審判にならず、試合を見学している。かなり大柄の人物のようだが、大きいマントをかぶっており顔も見えない。
(この人が先生の中で、ヨミお姉ちゃん以外じゃ一番強いな。恐らく体術、それもかなりの使い手)
ラルカは隣の謎の教師の力量を推察していた。試合への参加は認められず見学だけ、と言われたとき、この謎の教師から
「試合を見るのも修行だよ。君は確かに強いが、相手の実力を測ることが苦手なようだね。見学しながらそれを磨くと良い」
との言葉を受け、見学に徹していた。
「次の試合、どちらが勝つかな。君はどう思う?」
試合場には入学試験でも使用された、刃をつぶした大斧を持ったライラと、武器を持っていないカレンが向かい合っている。二人は武術試験の二位と三位だ。今日の一番の注目試合とあって、他の試合場でもいったん試合を中断し、全生徒が試合開始の合図を心待ちにしていた。
「八割でライラです」
ラルカが即答した。ラルカは数試合見ただけで、自身よりはるか格下であっても力量の差を見分けるすべを身に付けていた。
「そうか、でもカレンもなかなかやると思うぞ」
謎の教師のつぶやきと、試合開始の合図が聞こえたのはほぼ同時だった。
「はっ」
「ふんっ」
ライラとカレンが闘気を出すと周囲からおお、と声が上がった。闘気は白、黄、緑、青、紫、赤の順に強くなるが、ライラは青、カレンは緑の闘気である。他の生徒で色付きはアウグストの黄色のみであり、他の生徒は全員白だ。ライラもそうだがカレンも十分天才である。
「はあっ!」
カレンは腰を落とし、殺気を放つ。その強さは遠く離れた見学人の生徒が腰を抜かすほどであった。しかしライラは気合でそれを跳ね返した。
((手ごわい))
二人同時に思う。しばらく動かず構えたまま見合っていたが、しびれを切らしたカレンがライラの周囲をステップを刻み廻りだした。しかしライラはそれでも動かない。カレンは一定の距離を保ちライラの隙を窺っている。ライラはカレンから視線を外さず、大斧を上段に構えたままだ。試合開始からしばらくたつが、一合も打ち合わない。
「いつまで見合ってんだよ」
「さっさとはじめろよ」
周囲の生徒からヤジが飛ぶ。カレンはその声に押されるように、半歩ライラとの距離を詰めた。
「「勝負あり」」
ラルカと隣の謎の教師が同じセリフを言ったと同時、ライラが一気にカレンとの距離を詰め、大斧を両手で振り下ろす。カレンは姿勢を崩しながら何とかかわし、即座に反撃の拳をライラの脇腹に放つが、態勢が不十分だったそれは命中しても大したダメージにならない。ライラは大斧を横薙ぎし、カレンの脇腹にあたり、カレンを試合場の外まで吹き飛ばした。
「ううっ」
「それまで」
審判をしていた教師ダルタニアンの合図で、ライラは闘気を納めた。周りからは拍手が自然と鳴るが本人は気にも留めない。カレンは悔しそうに歯を食いしばったが、試合場に戻り、ライラと審判の教師に一礼した。
「いや、あのダークエルフの子は強いな。まさかカレンに圧勝とは恐れ入ったよ」
隣りの教師の声にラルカは黙っていた。確かに試合はライラの完勝だ。しかしラルカは二人の実力差はほとんどないと思っていた。確かに闘気と膂力はライラが上だが、俊敏性はカレンが大きくしのぐ。何よりライラの戦闘はほぼ我流だが、カレンは遥かに洗練されており、明らかに誰かに武術の訓練を受けている動きだった。
(活殺自在流か)
先ほどの試合のみでラルカは見抜いていた。活殺自在流はジンブが開いた流派である。獣人の国では多数の門下生がおり、体術では世界最強の呼び声が高い。カレンも年齢から考えるとかなりの使い手だ。カレンが敗北した主な原因は実戦経験の少なさである。武器を持った相手とまともに戦ったのは今回初めての経験だろう。それに比べてライラはすでに義勇ギルドに所属し、魔物や盗賊の討伐の経験もあるため、動きに柔軟性がある。それに比べてカレンの動きは綺麗すぎるのだ。ほぼ同門としか試合経験がない証拠だろう。しかしカレンが試合を重ねれば、近い将来ライラとほぼ互角の勝負になるとラルカは思っていた。
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