少年、入学する④
「それでは、今日はここまで。明日から皆さんと学ぶのを楽しみにしていますよ」
そう言ってニル教諭が出ていくと、とたんに教室は喧騒を取り戻す。
「あ、あの、さっきはありがとうにゃ」
ゴンゾとおしゃべりしていたラルカに話しかけてきたのは、アウグストに奴隷と言われた獣人の少女だった。ぼさぼさの赤髪から覗いた猫耳をぴょこぴょこ動かしながら、ラルカに頭を下げている。
「どういたしまして。僕、ラルカ。君は、カレンだよね」
「はいにゃ」
獣人の少女、カレンは顔を上げ、やっと笑顔を見せた。
「カレンは何の獣人なの?」
「豹だにゃ。こう見えて武道習ってたから体術には自信あるにゃ」
猫じゃないんだ、とラルカもゴンゾも思ったが口には出さなかった。獣人は魔法はあまり得意ではないが、肉体的な強さは全種族でもトップクラスだ。特に俊敏性は他の種族を遥かに凌駕する。その中でも猫科の獣人は戦闘力に優れるものが多い。
「そうなんだ。武道の授業楽しみだよね」
「うん、これからもよろしくお願いするにゃ」
カレンはぱっと明るい笑顔を見せると、周囲の冷たい目を気にすることもなく去っていった。ラルカはそんな彼女に手を振り、姿が見えなくなると、すぐにライラに話しかけていた。
「ねえねえ、ライラ。ライラは魔法って得意なの?それとも武器専門?」
「・・・お前には関係ない」
「自由時間何しようかな。やっぱりいろんな人と手合わせとかしたいよね。ライラはどうするの」
人の話をあまり聞かないのはラルカの欠点かもしれない。あきれるゴンゾの背後から、
「どけ」
アウグストについている生徒がゴンゾを押しのけた。
「貴様、今日のことは覚えておけよ。明日からの授業楽しみにしておけ」
「うん、僕も楽しみ。アウ君も明日一緒に頑張ろうね」
アウグストは怒りで血管が切れそうになったが、すんでのところで抑え込み、王族とは思えない下品な舌打ちをして講義室を出て行った。
「わたしも行く」
ライラが席を立つ。歩き出すと、ふと足を止めた。
「お前、神国ヴェレクの出身だと言っていたな」
「うん、そうだよ。お母さんがヴェレク出身で、聖輪教の聖職者なの」
ライラの眉が、ピクリと動いた。
―――神は正しき人に慈悲をくださいます
ライラの脳裏に、突然過去の記憶がよみがえった。刹那、悲しみと怒りが体中を駆け巡る。涙が零れ落ちそうになるも、歯をくいしばって耐えぬいた。ラルカをにらみつける。その首には聖輪教のペンダントが輝いていた。
「お前に受けた恩は忘れない。いずれ借りは返す。しかし、返したらお前との関係はそれだけだ。わたしは、聖輪教の奴らが大嫌いなんだ」
そう吐き捨てると、足早に去ってしまった。
「ライラ、どうしたんだろう。何かあったのかな」
「まあ、しょうがねえべ。人間の国では亜人種は生きにくいからな。オイラも聖輪教の奴らはあまり好きになれねえもんな」
聖輪教は世界一の信者の数を誇る宗教である。その名の通り輪がシンボルで、開祖サミエを唯一の神の御子として崇拝の対象としている。エリステルの出身神国ヴェレクにいる教皇が最高位の聖職者であり、その権力は絶大で大国の王ですら跪くと言われれている。しかし人間以外の種族は信奉しておらず、獣人やドワーフ、エルフにはほとんど信者はいない。また父イズミの出身緋野は島国のためか、独自の宗教を信奉している。しかしエリステルはたとえ異教徒でも正しき心と行いをすれば救われると信じ、他の宗教を迫害することは間違いと思っているため、イズミにも改宗を進めてはいなかった。
「まあいいべ。それより腹減っただよ。オイラたちも戻るべ」
ゴンゾが疲れたように言うと、ラルカもうなずいた。
ラルカとゴンゾは、学校に併設された寄宿舎にある食堂で食事をした後、二人の部屋で荷物の整理をしていた。学校に入学した者は寄宿舎での生活が許可され、食費や家賃などは一切かからない。アウグストや従者のように実家から通う者もいる。アウグストからすれば平民と同じ場所で寝泊まりするなど考えられない、と言ったところだろう。
「よかった、ゴンちゃんと同じ部屋になって。明日からの授業も楽しみだね」
ラルカは支給された制服を手に取り、希望に満ちた目で見ている。寄宿舎は基本一人部屋だったが、今年の合格者が74名と平年に比べ二倍近い数だったため、二人同部屋のところも多い。
「そういえばおまえ、首席だったよな。実はすごいやつなのか?父ちゃんと母ちゃんがすげえ人とか」
ゴンゾは入学試験を鍛冶試験で受けた。鍛冶試験はラルカが受けた試験場と離れていたためラルカの起こした騒ぎを知らなかった。
「お父さんもお母さんも、とっても強いよ。だから僕も二人のように強くなるんだ」
両親のことは黙っておくように、ヨミからきつく言われている。ラルカは少し心が痛んだが、両親の迷惑になるからと言われたため、ゴンゾにもライラにも言っていない。
「まあ、どうでもいいげんど、あんまり王子と騒ぎおごさねほうがいいべよ。あいつけっこう根にもちそうが気がすっぺ」
「だいじょうぶ、アウ君ああ見えていい子だよ、きっと」
相変わらずラルカはにこにこと笑っている。ゴンゾは一体こいつはすごいのかただの能天気なのかわからなくなった。
「あ、そうだ、ゴンちゃん。これあげる」
ラルカは思い出したようにゴンゾにあんドーナツを手渡した。
「なんだ?これ」
「僕のお母さんが作ったお菓子。とってもおいしいよ。友達になった記念にたべてね」
「・・・たしかにうめえな」
ゴンゾも菓子を食べる機会はめったになかった。特に砂糖をこんなにぜいたくに使ったものは見たこともない。
「あんがとな、ラルカ。あしたからもよろしくな」
「こちらこそ。よろしくね、ゴンちゃん」
出会ったばかりの二人は、十年来の友人のように夜中まで話し込んだ。
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