なりたいわたしにメタモルフォーゼ! 〜転性少女と可愛くなる方法〜
ある日、思い出した。
——わたし、前世は男だったみたいだ。
「どうしたの? カザネ」
「……わたし、転生者だったみたい」
「なに言ってるの? 学校休む?」
母さんに怪訝な目で見られ、わたしはがっがっと納豆ご飯をかきこんだ。
「ごちそうさまですっ」
「学校いくのー?」
「いく。休まない。……がんばる」
小さく告げた言葉に、母さんは少し息をついた。
……ため息を吐きたいのはわたしのほうだよ。だって……。
ランドセルを取るために戻った殺風景な白基調の部屋。立てかけられていた飾りっ気の一切ない鏡に映った姿。
クリーム色のセーターに茶色い長めのスカート。ボサボサの髪は邪魔にならないように肩口で切り揃えられている。
鏡から睨み返すわたしの目は切れ長。表情筋も貧弱らしく、真顔がデフォの顔は少し笑おうとするとへにゃっとなってひくひくするので格好がつかない。
これがわたし。冴えない地味なオタク小学生、西仲 カザネ。
——なりたかったのは、こんな子じゃなかったんだけどなぁ。
深くため息をついて、今朝脳内にインストールされた『前世』のことを思い出した。
リーマンショック。今世のわたしが生まれる前のこと。社会科の授業で先生が話してたのが記憶に新しい。
どうやら、前世のわたしはその煽りによって失業した若いサラリーマンだったらしい。
大学までいじめられ、それにも負けず入社した会社ではパワハラとアルハラの嵐。ブラックすぎる労働環境に体調を崩しそうになっていたところ、金融機関のナンタラでクビに。
そんな結構悲惨めな境遇で、若くして命以外の大体全てを失ったらしい。
もはや絶望して首を吊るのだけど、その直前にこう呟いたという。
「——来世は、可愛い女の子になりたいなぁ。いっぱいおしゃれして、可愛いものをいっぱい身につけて……いっぱい、可愛がられたい、なぁ……」
それが彼の最期の言葉だった——。
以上、回想終了。
たぶんわたしはこの人の生まれ変わりだ。直感だけど。
その最期の言葉を踏まえたうえで、いまのわたしの姿を見てみよう。
上で書いたので中略。要するに可愛くもなければ可愛い服も着ない、可愛いものとも縁遠い冴えない地味なオタク系令和女児。
思うことは一つだった。
「……こんな子には……なりたくなかった……」
鏡の前の少女は、少しだけ涙を流した。
*
小学校。五年三組の教室。
朝の会の前。教室はガヤガヤと騒がしい中、わたしはひとり、隅っこの席でぼーっとしていた。
具体的には、ぼさっとした毛先をクルクルしつつ、有線のイヤホンで嵐の曲を聞いていた。
アップルのやつ、外の音が聞こえるから先生の声が聞こえるし、音も結構いいから重宝してる。あんまり高いわけでもないから、買い替えたければ父さんに「必需品だから」ってねだると高確率で買ってもらえるのもいい。
けど、ちょっと音漏れしていたのだろう。
「……ねえ」
肩を叩かれ、振り返る。ハスキーな声に、わたしは少し目を丸くした。
「なに聞いてるの? 西仲ちゃん」
話しかけてきたのは、クラス、というか学年の王子様的な存在。
「……嵐。アオゾラペダル。それがなんです? 東風谷さん」
東風谷 ツキノという少女。
短くて明るい茶髪をなびかせ「キラッ」という擬音が出そうな眩しい笑顔でわたしに話しかける彼女に、少し顔をしかめた。
正直、彼女はちょっと苦手だ。
「へぇ、いいセンスしてるね。道端に咲くクローバーのような君にはぴったりだ」
こう、心にもない格好つけたことを簡単に口走るのが、ちょっといやみったらしい。
ふーっと息をつき、口をとがらせた。
「それって、わたしが地味ってことです?」
「いいや? 女の子はみんな可愛い子猫ちゃんさ」
……そんなスカした台詞に少しだけ心が動きそうになったのが、ちょっと悔しい。
「おや、視線が動いたね。君もちょっとは子猫ちゃんの自覚を持ったのかな?」
「ぅ、うるさいですね……」
スマホに落としたはずの視線はちょっとブレていた。
軽く深呼吸して——「ねぇ、西仲ちゃん」
東風谷さんがわたしに囁いた。
「きみ……もっと可愛くなる方法とか、興味あるかな」
目を見開いた。
高鳴る心臓。隠せぬ鼓動。動揺をできるだけ悟られないようにもう一度深呼吸して。
「おや、視線が揺れてる。……ふふ、可愛いね」
歯の浮くようなセリフ。それでときめいてしまわない女子が、果たして存在するのだろうか。
「知りたかったら、放課後に部室に来て。——美容研究会。理科準備室。……待ってるよ」
囁くような声に、わたしは思わず頷いた。
いや、行かないからっ! こんな地味子が行ったとこで邪魔になるだけだろうし!
そもそも美容研究会なんて聞いたことないもん。というかこの小学校、部活とかないはずだし。
絶対怪しい。——でも。
——可愛くなる方法。
その方法に、わたしの胸は惹かれ——。
*
「来ちゃった……」
夕方。理科準備室の前。わたしは呟いた。
旧校舎。ほとんど誰もいないその廊下でウロウロと歩き回るわたし。
え、どうしようどうしよう。あんなやつの言いなりになるなんてなんかシャクだし……でも、可愛くなる方法はやっぱ気になるし——。
迷うわたしの背後から。
「やぁ」
「うわああぁああっ!?」
聞こえたハスキーなイケメンボイスに、思わずでかい声が出た。
「そんなに驚かせるつもりじゃなかったんだけどなぁ、西仲ちゃん」
微笑む彼女——東風谷さんに、わたしは腰を抜かす。
「……ここに来たってことは、やっぱりもっと可愛くなりたいってことなんだね」
「ちっ、ちが」
「嬉しいよ。ふふ、歓迎する」
少し笑う彼女。どうせばかにしてるんだろう、なんて勘繰りつつ顔を見てみるが。
……すごく嬉しそうに笑ってる。ちょっと毒気が抜かれたような気がして、わたしは少しため息をついた。
「じゃあ、活動を始めようか。——美容研究会、最初の部員さん」
囁かれて、ビクリとした。入部した覚えなんてないんだけど?
それに、最初の部員って——。
奇妙な引っ掛かりを覚えつつも、わたしは理科準備室のドアを開けた。
「ようこそ、美容研究会へ!」
東風谷さんの告げた言葉。しかし、部屋には何の変哲もない。
入り口を除いて一面古びた物置で囲まれた、蛍光灯をつけても薄暗い部屋。中心には大きめの長机が置いてあって、周りにパイプ椅子が六つ。
「……誰もいないんですけど?」
東風谷さんに訊くと、彼女は少し笑って。
「それも当然さ。作ったばかりでまだ届け出も出してない、非公認の部活ごっこなんだもの。無論、理科の先生に部屋の鍵と使用許可は取っておいたけどね。
そもそもこの学校に部活なんて制度はない、ということは君も知るところだと思うけど」
「やっぱり! 帰る!」
走って逃げ出そうとするわたしを「待って、待ってっ!」と止める東風谷さん。
「……その、可愛くなる方法は知りたくないのかい?」
「どーせインチキなんでしょ?」
「そんなことはない! ……ぼく自身が、その証明だ」
思わず固まって、彼女の方を見た。
「ははは、わかんないかぁ。ひとまず、座って。お茶なら出すから」
困ったように笑う彼女に、わたしは目をしばたかせた。
パイプ椅子に座ったわたし。しばらくして、いい匂いが漂う。
「安物で悪いけどね。砂糖はいる?」
「……いらない」
「そっか」
ほどなくして、机にことりとティーカップが置かれた。
その中身を口に含むと、芳醇な香りが鼻を刺激した。
「おいしい……」
「はは、嬉しいよ」
彼女は立ったままわたしの顔を軽く見て。
「君はやはり、自然な笑顔がよく似合う」
そう笑う。
……言われて初めて気づいた。頬が緩んでいたことに。
「レッスンその一。自然に笑ってみよう。作ってない笑顔は、人を格段に美しく見せるからね」
「もうはじまってたんだ……」
呆れつつ漏らした言葉に、彼女はくすっと笑う。
「まだまだこれからさ」
言うと、彼女はわたしの後ろに立って。
「ひゃっ」
思わず変な声が出た。
……髪を、触られてる。
「うーん。いつもシャンプーは何を使ってるのかな?」
「えっと……百均のリンスインの……」
思い出しながら告げると、彼女は。
「なるほどね。……なかなかに勿体ない」
そう言って、部屋の隅に置いたランドセルから小さなボトルのような何かを取り出した。
「レッスンその二。セルフケアは丁寧に」
言いながら、そのボトルから液体を少し出して、わたしの髪に再び触れた。
「……なに、してるの?」
「ヘアオイルを塗ってるのさ。普段お風呂に入った時はきちんとブロー……ドライヤーで髪を乾かしたり、しっかり梳かしたりはしているかい?」
そういえば、考えたことなかったかも。母さんはよくしなさいって言ってくるけど。
「髪は女の命とはよく言ったものだが、丁寧に扱わなければ簡単に傷んでしまう。だからこうして常日頃から自分を丁寧に扱うことが、美しさや可愛さといったものの基礎となってくるんだよ」
言いつつ、彼女はわたしの髪を、何処からか取り出したくしで丁寧に梳いていく。
少し引っ張られる感じはした。けど、そこまで痛くもなくて。
「…………きもちいい」
「ふふ。そう言ってくれると嬉しいよ」
言葉が返ってきて、自分が思わず声を漏らしていたことに気づいた。
何も話すことがなくなって、少しの沈黙。髪を梳くしゃっしゃという音だけが響く部屋。
「ねぇ……東風谷、さん」
耐えかねて少し口を開くわたしに、彼女は「なんだい、子猫ちゃん」と紳士的に答える。
「なんで、わたしをここに誘ったの?」
一瞬、彼女の手が止まったのを感じた。
「あっ、言いたくないんなら言わなくてもいいから……」
僅かに遠慮しようとするわたしに、彼女は少し息をついて。
「いいよ。気遣いありがとう。その疑問は、至極真っ当なものだ。……一言で答えようか」
微笑した。
「……きみは、かつてのぼくに似ていたからさ」
わたしは息をつまらせた。
「え……?」
「ああ、信じられないよね。アルバム、見るかい?」
言いながら彼女は手を止め、スマホを取り出した。
「これが、三年生の頃だったか。自撮りはほとんどしていなかったから、集合写真で悪いけど……ほら」
彼女の指がなぞった写真の上。たぶんお楽しみ会かなんかのときに撮ったのであろう集合写真の左端に小さく映っている少女に指が止まる。
長身にあんまり似合っていない、茶髪のツインテール。ロリータっぽいピンクとフリルが満載の服で、恥ずかしそうに小さくピースする女の子。
「……これが、昔のぼく」
わたしは目を見開く。
「どこが似てるの? こんなにかわいいのに——」
激昂しかけるわたしに、彼女は。
「本質は同じさ。たぶん」
冷や水をかけるように、冷静な声音で告げた。
「本当になりたかった『ぼく』は、その姿じゃなかった」
——ああ、そういうことか。
「ぼくは男性アイドルに憧れてた。嵐とか、キンプリとか……そういった、かっこいい人間に。
だから、ある日からぼくは『自分を変える』ことを決意した。親や自分が形作っていた『自分』という殻を脱ぎ捨てて……なりたい自分になろうとした。そのために、頑張ってみた。——努力をしてみたんだよ」
いつもの少し腹立たしいキラキラした口調からは一変、柔和で何処かしおれたような声色。
彼女の珍しい姿に、わたしは少し目を伏せた。
再びわたしの髪をいじりだし……彼女は力なく笑う。
「おかげでぼくは、今の姿になれた。……そして、君を見つけた」
「……どう、して?」
恐る恐る尋ねてみると、彼女は少しのため息を混じらせながら告げる。
「きみは路傍に小さく花咲くクローバーのように、可憐な少女だ。……けど、君はそれに気づいてない。それがひどく勿体なく感じて。
もっと、君に輝いてほしくて。もっと、君に笑ってほしくって。——なりたい自分になってほしくって」
真剣な声音。少し強くなった語気に気づいたように、彼女はわずかに息をして。
「あはは。……ああ見えて、結構緊張してたんだよ、ぼく」
少しわざとらしい——たぶん照れ隠しなんだろうって、いまならわかる——笑い声の混じった言葉を発した。
わたしは深呼吸した。
「……そっか。ありがと」
「ふふ。……喜んでくれたのなら、嬉しいよ」
それからまたしばらく、髪を梳く音が部屋に響いた。
「どうだい? ……少しは君の理想には近づけた?」
しばらくして、わたしの背後から東風谷さんは顔をのぞかせた。
渡された手鏡。その向こうに見える少女は、驚いた顔でわたしを見つめ返していた。
「……かわいい……」
それが第一声だった。
サラサラのショートヘアは元々のわたしのそれより少し間引かれて、もっさりした感じがだいぶ軽減されている。
目にかからないくらいでぱっつんに切り揃えられていた髪も少し分けてセットしたおかげか、垢抜けない感じがだいぶ軽減されているように感じた。
それを止めるヘアピンもシンプルながら色のついたもので、すごく可愛い。
「嫌じゃなければ……これからもっと、君を可愛くできる。断言する。
——君を、輝かせたい。いいかい? プリンセス」
そう告げる彼女に、わたしは少しだけ笑った。
「なにそれ、女の子はみんな子猫ちゃんじゃなかったの?」
「こんなに可憐な少女を、もう子猫ちゃんとは呼べないさ」
なんてキザなセリフ。ちょっとやり返すように。
「ふふっ。……ありがと、ツキノちゃん。これからもよろしく」
東風谷さんを名前で呼んでみると、彼女は少し目を丸くして。
「……こちらこそ、よろしく。カザネ」
とても自然な微笑みを浮かべたのだった。
*
それから二年が経った。
「……やっば。そろそろ時間だ……」
休日。わたしは鏡とにらめっこしていた。
あれから少し伸びた茶色混じりのサラサラな髪。今日はシュシュでサイドテールにして、前髪はきれいに揃えつつ目の上を少し分けてアシンメトリーな感じに。
ナチュラルメイクで軽く整えた顔。ちょっとは柔らかくなった目元を優しげにほころばせて。
で、服はどっちにしようか迷ってる。白のフレアミニスカートに合わせるのは、シンプルなシャツか、それともフリルのトップスか。
少し頬を膨れさせつつ、スマホを一瞥すると。
「げ、ツキノちゃんから鬼電きてる」
ラインのメッセージにわたしの家の写真。それとともに送られる言葉。
《ふふ。いまあなたのいえのまえにいるの》
メリーさんかな?
急いで決めて、最終的に手に取ったのはパステルグリーンのフリルトップス。レースの入ったキャミソールの上から着た。
ふと鏡を見て、いまのわたしの姿を見る。
いつもの、かわいいわたし。くるっと回って、ひらっとスカートを翻してみる。かわいい。
そして、いたずらに笑ってみて——わたしの中にいるかも知れない『前世のわたし』に向かって囁いてみるのだ。
「これでもう、失敗じゃないでしょ?」
こんな子にはなりたくなかった——なんて、もう言わせないから。
スマホが震えた。
《そろそろ君の背後に立ってやろうか?》
親友の怖いメッセージに《いま家出るからやめて》と急いで返信しておいて。
「いってきますっ」
呟いた。
今日はショッピングモール。いろんな洋服見て、いろんなコスメを見て——いっぱい楽しもう。
いつか、胸を張って「こんな自分に生まれてよかった」と言えるように。
鏡の中の自分は、スカートを翻して笑う。その姿にはもう、後悔なんか見当たらなかった。
Fin.
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