9話
学校付近の駅から電車に乗り、俺たちは隣町で一番規模のでかい、大型ショッピングモールへとやって来た。
「うわぁ、涼しい」
中に入ると、心身ともに心地よい冷気が包んでくれた。暑い夏の外はまさに灼熱地獄だったのも手伝い、快感がえげつない。自然と笑みが出てきてしまう。
俺たちはモールの中を歩き進む。すると、ちーちゃんさんが、周囲の風景を見ながら指摘する。
「……にしても今日はすごい人混みね」
「うん、たしかにそうだね」
カナッチさんもそれに同意。
ちーちゃんさんの指摘通り、たしかに、モールの中は平日なのにも関わらず、人混みがすごかった。あまりの人の多さに、圧倒されたくらいだ。
「あぁ、今日はなんか月に一度のセールと、イベントがやってるみたいだぞ」
田崎が近くの壁に貼られていたチラシを見つけて教えてくれた。
「イベントって何?」と俺。
「芸能人が来るみたいだな」
田崎の言葉に、ちーちゃんさんが声を上げた。
「は!? 芸能人って誰よ!? そんなの行くしかないじゃない!」
「……ミミズ男、だってよ」
「……いや、誰よ?」
「私も知らないなぁ」
「……誰ですか、それ」
……え、嘘だろ? この場にいる女子たちは全員知らないようだった。だから俺は、かなり衝撃を受けた。あのミミズ男を知らないだって? かなり有名なピン芸人だぞ? 俺は思わず声を出さずにはいられなかった。
「ちょっ、なんで知らないの!? あのミミズ男だよ!? 一発屋芸人の。今結構流行ってるんだから!」
とは言ってみたものの、女性陣はみんな揃って硬い顔をしている。「いやだから誰だよそれ」と言わんばかりの表情だ。
「……嘘ぉ、お笑い好きならみんな知ってると思うけど」
「いや、勝手にうちらをお笑い好きにすんな。うちそこまでお笑い観ないから。……っていうか、芸名がミミズ男ってなんだよ!? もっと他にいいのあったろ!?」
それは俺も思っている。まるでパッと脳内に思いついた名をそのまま貼ったような芸名だ。というかミミズ男て……、芸名というより妖怪じゃないか。
にしてもマジか……。お笑い観ないとか、人生をだいぶ損しているよ。
「田崎知ってるよね!? ミミズ男」
「いや、俺も知らん」
「……マジで?」
「マジ」
なんてことだ。まさか田崎まで知らないとは。まあたしかに、田崎はお笑いあんまり観ないって、前に聞いてはいたけれど。
「ではどうします? 夢原君が好きなら、そのイベント後で観に行きますか?」
と、孤山が訊いてくれた。けれど、
「いや、それはいいよ。わざわざ観に行くほど好きではないから」
言っても、そこまで熱愛しているほどではない。
「なんじゃそりゃ!」
ちーちゃんさんが反射的に突っ込みを入れた。
*
ややあって、俺たちはモール内にある服屋を見て回った。
そして最終的に、他の服屋よりも比較的に安価の店に、俺たちは立ち寄ることにした。学生の財布事情に強い味方となる有名店である。品揃えや服のデザインも悪くないので、無難な店だ。
俺たちは、服のセンスについてあれこれ喋りながら店の中を歩いた。もちろん、店の品のセンスではなく、俺たちそれぞれが持っているファッションセンスの話である。
「俺はだいたいいつも、無地系を着ているかな。無難だし」
俺はあっけらかんと言った。今は学校の帰りということで制服だけれど、普段の私服は無地系の服を着用している。
すると、ちーちゃんさんからちょっとした非難の声が上がった。
「あんたファッションとかに興味ないの? 無地ばっかじゃ個性表せないでしょ」
「いやいや、表せるでしょ!? 無地が俺の個性だよ!」
そう。無地こそが俺の個性だと思っている。これは服に限った話ではない。性格とかも無地だ。鮮やかな色なんてない、ただただ無地で、平凡で面白みのない人間。それが俺なのだ。
だからこそ、友達もいないのだろうとは思うのだけれど。
「……たしかに夢原君、私服はいつも白パーカーと黒い長ズボンとかですしね」
「うん、そうだね。というか、そう言う孤山も、黒のワンピースの上に白いカーディガンとかで、あんまり俺と変わらないと思うけど」
「いや、一緒にしないでください。私の無地は、無地であって無地ではありません。オシャレの無地です」
「……哲学?」
「違います」
分かんないなぁ……。というか今更ではあるけれど、俺は服にそれほど興味があるわけではない。それゆえに、ファッション学に精通していないため、服の良し悪しはよくわからない。
だから今回、カナっちさんの服選びも本当は、お力になれるかどうか疑問ではあった。
「二人はよく、一緒に遊びに行ったりするの?」
俺と孤山のやりとりを眺めながら、カナっちさんが問いかけてきた。
「うん、まあね。たまにだけど」
本当にたまに、友達保険を利用する時のみだけれど。
「……ていうかあんたらさ、付き合ってたりすんの?」
「え?」
ちーちゃんさんの予期せぬに問いかけに、俺は一瞬面食らった。なぜそう思うんだろうか、と思った。
「別に付き合ってないよ? さっきも言ったけど、ただの友達」
「そうなの? でもなんか距離近くない?」
「そうかな?」
まあ、友達保険を結んでいるのもあり、側から見れば、距離が近く見えるのかもしれない。しかし、断じて孤山とは、交際の『こ』の字もしていない。
というか、今まで完全に孤山のことは友達保険としか見ていなかったため、孤山と交際している風景がうまく想像できない。たぶん、これに関しては孤山もそうだろうと思う。
「夢原君はお友達ですけど、男性としては全然の然です」
孤山、その言い方はさすがに傷つくよ。
「そ、そう。なぎりん、おとなしそうな雰囲気だけど、意外と辛辣ね」
ごもっともです。
そうやって他愛のない話をしながら、店内の服を見て回った。自分用になかなか良さそうな服が何着かあったので、買おうか迷ったけれど、俺の財布の中は寂しい状況なので控えた。そろそろ俺も、バイトをしなくてはならないかもしれない。
すると、みんなで服を選んでいる中、カナっちさんが口を開いた。
「そういえば話変わるけど、ちなみに田崎君は、普段どんな服を着ているの?」
たしかに、田崎の私服は俺も地味に気になっていた。俺たちが外で一緒に遊びに行くのは今日が初めてで、普段彼の私服を拝見する機会がなかったから。
「別に普通だぞ? 普段遊んでる時の写真に写ってると思うけど……」
そう言いながら、田崎は自身の携帯の画面を開き、俺たちに差し出した。
「へぇ、結構いい感じじゃない」
ちーちゃんさんは絶賛だ。たしかに、リアルが充実している様子が伝わってくるし、華やかで今どきの男子高校生って感じがする。白シャツの上に、空色の上着を羽織り、茶色い長ズボン。ファッションに疎い俺でも、写真に映る田崎の服装がオシャレだということは、容易に理解できた。
「さすがは陽キャだね、私みたいなクソインキャとは大違いだよ」
「……岩井。お前、自虐えげつないな」
たしかに。カナっちさん、根暗がすぎるよ……。けれど、俺はそれほど嫌いじゃない。というか、それはそれでいいと思う。これも彼女の個性なのだろう。俺も根暗だから、ちょっと親近感がある。
そうして話しながら気づいたことだけれど、比較的にリアルも充実していそうな田崎でさえも、女子のファッション選びに関しては専門外のようだ。今日はカナっちさんの服選びに来たわけだけれど、実質、今回は俺と同じく戦力外になりそうである。
けれどたぶん、カナっちさんの服選びというのは建前で、本当はちーちゃんさんたちは単に遊びに行きたかっただけなのだろうけれど。
「あんたたち女子の服選びのセンス無さすぎ! ちょーがっかりだわー」
呼んでおいてそりゃねぇだろ、と感じつつも、怒りを胸に収めた。俺ももう高校生なのだから、大人にならなくては。
「そもそも女子の服を選ぶの、なんか抵抗あんだよ。セクハラって感じがしてよ」
「うん、たしかに。それは俺も選びながら思ってた」
田崎の発言には俺も同意だ。なんというか、恥ずかしい。カナっちさんは嫌じゃないのだろうか。ふつう、同級生の異性に服選んでもらうとか、気持ち悪い気もするのだけれど。
「あぁ、たしかに。言われてみればそうかもね。ごめんねカナっち、やっぱ嫌よね?」
おい! 呼んでおいてそりゃねぇだろ、パート2。
「私は別にそこまで気にしてないよ。むしろみんなでお出かけできて嬉しいもん」
「……岩井さん」
カナっちさん、なんていい人なんだ。単純にちょっと抜けてるだけかもしれないけれど。
というかなんにせよ。とりあえず来たからには当初の目的通り、カナっちさんの服を選ばないと。
ところがどっこい。どうしたものかと悩んでいた矢先、横から孤山が俺たちに声をかけた。
「あっ、みなさん。これなんてどうですか?」
「えっ!? なぎりん、いいの見つかったの?」
ちーちゃんさんが、なぎりん……じゃなくて、孤山に駆け寄ったので、俺たちも続く。
孤山が勧めたのは、二着を組み合わせた一つのコーデだった。
「わっ! これすごいいいじゃん! ね、カナっち!」
「うん、いい。かわいいし」
「おぉ、たしかに岩井に似合いそうだな。俺もいいと思うぞ?」
「は? キモイからカナっちが着た服を想像すんな」
「え?」
孤山の提案した服を見て、みんな大絶賛だ。空色のワンピースに、桃色のカーデガン。一見、少し派手に見えなくもないけれど、たしかに、俺もなかなかいいと思った。
可愛らしい雰囲気があるし、控えめなカナっちさんに大人なオーラを出させてくれそうで、悪くないという印象がある。
孤山と同様に、童顔で容姿もそれなりに整っているカナっちさんが着たら、かなり映えると思う。
さて、問題はそのお値段。俺の見立てでは、かなりいい値段になりそうだけれど。
「……ちなみにいくらするの?」
俺がなんとなしに孤山にそう訊き、値札を見てもらった。
「……二着合わせて、五万円です」
「……」
みんなの間に、重い沈黙が流れた。
安価な有名店ではあるものの、まあ、そのくらいはするわな。
そうして、俺たちはその服を、そっと、元の場所へと返却させていただいた。
*
服屋をあらかた見て回った後、俺たちはモール内を一通り歩いた。結局カナっちさんは、孤山が新たに選んだ安価な服を購入し、本来の目的を達成した。ファッションに疎いが故に、俺は今まで気づかなかったけれど、孤山は意外と服選びのセンスがあったらしい。ちーちゃんさんやカナっちさんが彼女のセンスを絶賛していたので、それで初めて気づいた。そう考えると、俺は本当にファッションセンスがないということを悟った。
そうして服屋を出た後は、ゲームセンターでシューティグゲーム。その後は、本屋でおすすめの漫画を教えあったりした。放課後という少ない時間の中、かなり充実できたと思う。
なんだか、昔の感覚がよみがえってきた。友達と過ごす時間の楽しさや、温かな感情が、少しずつ思い出せてきた。
友達に、なれる気がしてきた。田崎たちと。
そうこうしていると、空もだんだん暗くなりつつあり、気づけば時刻は十九時を指していた。
「んーっ、遊んだ遊んだー」
ちーちゃんさんが満足そうな顔を浮かべながら、背伸びをする。
もう遅くなってきたし、そろそろ帰ろうという雰囲気だったけれど、俺は少し提案した。
「……あのさ。よかったらこの後、みんなで晩御飯でも食べに行かない?」
今日は、母さんは夜遅くまで仕事で、妹の美月は友達の家に泊まりに行っているため、帰れば俺は一人だ。だから、せっかく楽しかったし、この流れでみんなと晩御飯でもどうかと考えた次第。
なんてことない提案ではあるけれど、俺的にはかなり緊張した。少し勇気が必要だったけれど、なんとか言えた。
「……あー、悪い。俺、実はこの後、親戚の家にお邪魔することになってんだよ。今日親いないから、晩御飯食べさせてくれるって言われててな」
「うちもちょっと、今日お母さんがもう晩御飯用意してくれてるみたいだから、はやく帰らなきゃ。せっかくだし、行きたかったけど……」
「私は門限八時までだから、あんまり外に長居できないの。ごめんね。せっかく誘ってくれたのに……」
「あー。そ、そうだよね! ううん、全然大丈夫、気にしないで!」
「また今度行きましょ! 近くにいい店を知ってんのよ。うちがまたそこに連れてってやるわ!」
「そいつは楽しみだな」
仕方がないよな。こういうこともあるさ。また今度、みんなで行けばいい。
「じゃ、そろそろ帰るか。もう暗くなってきたし」
「そうね。うちもさっきから暗くなる前に早く帰れって、親からメールすごいし、早く帰んなきゃだわ」
「桜田の親、けっこう過保護だな」
「でしょ!? 小学生じゃないんだから、早く子離れしてほしいわー」
そう言いつつも、ちーちゃんさんの表情に嫌悪感は感じられない。たぶん、親子とも愛情たっぷりな環境で生活してきたのだろうなと思う。
「……羨ましいな」
「ん? なぎりん何か言った?」
「いえ、なんでもありません……」
というわけで、俺たちは駅に向かい帰宅することにした。




