7話
【夢原颯太視点】
影山と再開してから三ヶ月が経ち、七月となったある日の放課後。
本日の部活は休みなので、俺はそのまま帰宅することにし、教室の自席で帰りの支度をしていた。すると、
「おーい、夢原ぁ」
廊下から聞き覚えのある声がした。
「……田崎?」
そこには、同じ美術部員の田崎良太郎がいた。正直、ちょっと驚いた。田崎がわざわざ俺の教室に来るなんてめずらしい。
田崎は廊下から教室内にいる俺に手招きした。本人は意識しているわけではないのだろうけれど、手招きの仕方が絶妙にゆっくりした感じで動いていたので、招き猫みたいだった。
いや、田崎は体つきが良いから、ガタイの良い招き猫だ。
なんじゃそれ? と自分の中で突っ込んでおこう。
そして、その手招きに引き寄せられ、田崎に駆け寄る。
「どうしたの?」
俺がカバンを背負って廊下へ出るや、田崎は口を開いた。
「なあ、夢原。お前今から暇か? よかったら、今から一緒に隣町まで遊びに行かねぇか?」
「……へ?」
ほんの一瞬だけ、時が止まったような錯覚を感じた。というより、言われていることがよく理解できなかった。
というか田崎、相変わらず体つきいいな。近くで見るとなおのことわかる。
夏になって夏服移行期間になり、田崎も白い半袖を着用している。ちなみに我が校の制服の夏服は生地が薄い。それも手伝って、ガタイの良い田崎は、袖から見える筋肉質な腕が妙に色気を感じさせる。
いやまあ、それはさておき、一緒に遊びに行かないかだって? なんで俺を誘ったんだ。
「いや、言い方が少し違ったな。遊びに行くというか、少し付き合ってほしい」
「……別にいいけど、何しに行くの?」
「あぁ、実はさっき桜田が頼んできてよ。あっ、ほれ、来た来た」
「よっ、夢原!」
田崎が後ろを向くと、その先にはちーちゃんさんとカナっちさんが、こちらに走り向かってきていた。廊下を走ってはいけません、と言ってやりたい。
「よっすよっす! で? 夢原も来てくれるって?」
「あぁ、いいってよ」
「マジで!? いや助かるわー。ありがとね、二人とも!」
いや、まず説明が欲しいのだけれど。
……というか、気のせいかな。カナっちさんのお顔が、あまり優れないような。
いつも黒魔女のような、暗黒のオーラを纏ってはいるけれど、今日はなんというか、シンプルに元気がないような気がする。
「あのさぁ、俺まだどこに行くのか聞いてないんだけど」
「はぁ!? 田崎、あんたちゃんと説明しといてよ!」
「いや、説明しようとしたタイミングでお前らが来たんだろうが」
「あぁ、もう悪かったわよ。うちらの問題だから、うちから説明させてもらうわ」
田崎が軽く吠えると、ちーちゃんさんが俺の方を向き、田崎に変わって説明してくれた。
「……実はね、カナっちが今日の昼休みに、D組の奴らに絡まれちゃってさ」
D組はちーちゃんさんとカナっちさんのクラスだ。つまりはクラスメートに絡まれたらしい。
ちなみに俺はA組で、田崎はB組、そして孤山はC組。皆、見事なまでにクラスが別々だ。
ちーちゃんさんが続ける。
「この前、私とカナっちで街で買い物してたのよ。なんか、それをたまたまクラスの奴らが見てたみたいでさ。それで、その時のカナっちの私服が暗くてダサいって、今日そいつらに言われたのよ。なんかもう大勢で圧をかけて、馬鹿にするような感じで最低だった。うちも、トイレ行ってたから遅れて来ちゃって、……ごめんね、カナっち」
「……いいよ、ちーちゃん。私の方こそ、迷惑かけてごめん」
この前のカラオケで、隅の方でコソコソと話していた女子たちだろうか。やっぱりカナっちさんは、クラス内でいじめに近い仕打ちを受けているのかもしれない。また、最悪の場合はそれを止めにかかるちーちゃんさんにも、そのうち矛先が向いてきそうだ。
「事情はわかったけどさ。それで、俺と田崎は何をすればいいの?」
「あぁ、それでね。これからあいつらを見返すために、カナっちと二人で服買いに行こうと思ってたんだけど、せっかくだったらあんたたち二人にも着いてきてもらおうと思ってね」
「なんで?」
「こういうのはやっぱりさ、男子側のセンスの意見も欲しいじゃない?」
えーっと。つまりは服選びに協力して欲しいということか。なるほど。いや、なるほどっていうか、それでわざわざ俺たちを誘うだろうか? まあ、別にいいんだけど。
すると、ちーちゃんさんの言葉に付け加えるように、カナっちさんが遠慮気味な声色で、小さく呟いた。
「……あと、二人で行くよりも、せっかくなら、大勢で行った方が楽しいかと思って」
そのセリフに反応して、ちーちゃんさんが顔を赤らめながら、その言葉を拒絶した。
「ちょっ、カナっち! それは言わないで!」
「えっ!? でもちーちゃんも本当はそうなんでしょ? もっと二人と仲良くなりたいって前に言ってたじゃない」
「ちょっ!」
実のところ、それが二人の本音みたいだ。
でも、これは大変光栄な話である。まさかそこまで思ってくれていただなんて。
「なんだ、そういうことなら早く言ってよ。俺ももっと仲良くなりたいし、大歓迎だよ」
俺は、家以外では絶え間なく笑っていた昔の感覚を思い出し、満面の笑みでそう告げた。田崎や彼女とらは、カラオケ以来部活でよく話すようにはなったけれど、今まで外に遊びに行ったことはなかった。
俺としても、三人とはいつかちゃんとした友達になりたいと思っていたし、これは、とてもいい機会だと思う。
「だな。じゃ、付き合ってやるよ」
田崎もやれやれといった感じを出してはいるが、俺にはそれが、彼なりに謙虚さを取り繕っているように感じた。まったく、素直じゃないやつだ。
「……ほんと? ……じゃあ、行くか!」
そう言って、ちーちゃんさんは赤らめた顔を直し、拳を天井に勢いよく上げた。
「いぇーい!」
なんかダサいな、と思いつつも、俺たちも彼女につられて拳を天に上げた。恥ずいから控えめにだけれど、なんとなく周囲からは奇異な視線を感じる。
この夏の暑さが、今すぐにこの羞恥心を忘れさせてくれることを願いたい。
*
【孤山凪視点】
夢原君と影山さんが再開したあの日から、三ヶ月が経ち、七月になった。
夏も間近で、教室内は皆一律に半袖を着用している。とにかく蒸し暑い。私は四季の中で夏が一番嫌い。暑さで汗がインナー越しにじんわりと滲んでくるあの感覚が不快でならない。
そんな日差しが痛い日が続く、ある日の放課後。帰りのホームルームを終え、そのまま帰りの支度を済まし、私は部活へと向かった。
私は文芸部に所属している。理由は単純で、小説やら文芸が好きだから。なんなら私は、将来小説家を目指しているくらい。……一応、だけれど。
文芸部の部室は四階の廊下の端にある。こじんまりとしていて、少し暗い部屋だけれど、その分静かなので私は気に入っている。
しかも、部室にはエアコンが効いているので、この呪いたくなるような季節でも、快適に過ごせる。なんて素晴らしいのだろう。エアコンを開発してくれた人、本当にありがとう。大好きです。
そうした感謝を胸に留めながら、私が部室へ向かっていると、すでに部室の前に二人ほど人が立っていた。
「……あっ」
私と少し距離があったけれど、雰囲気で誰かはわかった。二人とも女子生徒で、私といつもクラス内で一緒にいる物静かな子たちだ。ただ、仲はいいけれど、正直まだお友達と称していいのか迷ってしまう距離感。
その二人は部室のドアを眺めながら突っ立っている。なぜ中に入らないのかと疑問だったけれど、近づいていくにつれ、なんとなく察した。
「……お二人とも、入らないのですか?」
私が二人に声をかける。いつものように、二人も顔に薄葉紙。
「あっ、孤山さん。実はね、今日部活お休みみたいなの」
一人の丸メガネをかけた丸井さんが、そう教えてくれた。紙が貼られてある目の当たりが膨らんでいるので、紙越しでもメガネをかけていることはわかる。
雰囲気でなんとなくわかっていた。たしかに、ドアの前にそのような文句が書かれた張り紙が貼られている。
「じゃあ、もう帰ろうか。わたし早く家で本読みたいし」
もう一人の、朗らかな体型をした大沢さんがそう言う。私もそれに賛成だ。部活がない以上、無駄に学校に留まるのは、はっきりいって時間の無駄。
であれば早々に退出させていただきたい。と、思った後、少し考えた。このまま帰宅するのも魅力的だけれど、私はもっとこの二人と仲良くなりたい。躊躇なく友人と呼べるような関係を築きたいとは、この二人と出会ってから常々感じている。
三ヶ月前。夢原君から聞いた話だと、彼も前に部活の集まりで、友達になれそうな人たちができたそう。
仮に夢原君がこのまま目的を達成した際、彼からすれば、その後もこの保険関係を築いていくメリットは皆無。つまり、その時点で友達保険の契約は解消される。目的を達成した以上、もう私たちは関わる理由なんてなくなる。そうなれば、私は一人になってしまう。
だから、私も早く友達を作らないと。
普段物静かな、いわゆるインキャという部類に括られるのであろう我々三人。今まで校内でしか関わりがなかったけれど、部活がたまたま休みになった今日くらい、お出かけに誘ってみるのもありかもしれない。外は暑いけれど、それはもう仕方がない。
もう出会って三ヶ月だから、今更な気もしないでもないけれど。
「……あの、少しいいですか?」
「どうしたの? 孤山さん」
丸井さんがそう訊く。
「せっかくですし、お外にお出かけしませんか? このまま帰るのもつまらないですし」
「……あー、……えっと、……うーん」
丸井さんが少し唸る。
すると、今度は大沢さんが言いづらそうに小さく声を上げた。
「せっかく誘ってくれて嬉しいのだけれど、私、今日は予定があるの。ごめんなさい」
……いや、さっき家で本を読みたいって言っていたし、暇なのでは……?
「……ごめんね、孤山さん。私も今日は予定があるの、だからごめんなさい」
本当だろうかと疑問を持たなくもなかったけれど、今後も良好な関係を築いていくためにも、無理強いするのは憚れた。
「……そう、……ですか。なら、仕方ないです」
なんだか単純にめんどうくさがられたような気もしたけれど、考えても仕方がない。断られた以上、今日はもう諦めるしかなかった。
私たちは、そのまま軽く話をしながら校舎を出て、校門前で別れる形となった。遊びの誘いを断られた手前、ちょっとだけ気まずかった。
私も校門から帰路に着こうとしたけれど、今はなんだかまっすぐ帰りたい気分ではない。
暑いから、エアコンの効いた部屋でゆっくりしたい気持ちもあったけれど、今はなんとなく、まだ帰りたくない気分。二人に遊びにいくのを断られたため、今の心情としてはブルーな感じ。このまま一人で帰るのは、少し寂しいというか、味気ない。
なんとなく、孤独を感じてしまう……。
(夢原君、まだ学校にいるのでしょうか……)
こういう時の寂しさを埋め合うための友達保険。今日は夢原君と冷房の効いたカフェで涼みながら、甘いものでも食べて、一緒に小説を読みながら時を過ごしたい。私と同じく、彼も小説が好きだし。
それに彼だけは、なぜか顔に薄葉紙が貼られていない。きっとそれは、彼とは所詮友達保険で、保険上の付き合いであるために、変に気を使う必要はない相手なのだと、私の中でそういう認識を持っているからなのだろう。
だから、唯一彼と二人でいる時は、気持ちが落ち着けるのだ。
ちなみに私たちのこの友達保険は、こういう時の片方からの遊びの誘いの場合、よっぽどのことがない限りは断らないというのが、彼との間でのルールになっている。ダルイとか面倒くさいとかの理由では断れない。
例外として、どうしても外せない用事があるとか、友達になれそうな人と用事ができたとか、そういったそれ相応の理由があれば話は別。
そうでなければ、友達保険の意義がなくなってしまうから。
私が校門前で足を止めて、携帯で夢原君を召喚しようとしたその矢先、近くで聞き覚えのある声がした。
「あっ」
夢原君だ。なんて良いタイミングなんだろう。
「夢原く……」
私が彼を呼び止めようとした瞬間、私は息を止めた。よく見ると、夢原君以外に三人の人物が視界に映った。その三人は、皆、薄葉紙だ。男子生徒一人と、女子生徒が二人。唯一薄葉紙でない夢原君は、その三人と並んで歩いていた。
(……もしかして、あの人たちは)
おそらくあの三人は、前に夢原君が、部活の集まりで仲良くなったと言っていた人たちだろう。
夢原君たちが校門を出たあたりで、私は彼と目が合った。
「あっ」
私に気づいた夢原君が、小さく声を漏らした。すると、彼はまた口を開く。
「孤山、こんなところでどうしたの?」
「あっ、いや、その……」
返答に困った。まさにお目当てだったその本人からそう問われると、どう返したものか考えもの。素直にあなたを待っていました、と言えばいいのだけれど、連れの人たちが一緒では少し言いずらい。こうして今も、もじもじしている自身を顧みると、自分がまごうことなきインキャなのだということを痛感させられる。
「……もしかして」
夢原君が少し考え込んだ後にそう呟くと、私に少し近づいて、耳打ちした。
「……ごめん、もしかしてだけど、俺に何か用だった?」
「えっ」
正解です。けれど少し驚いた。私は小声で訊ねる。
「どうしてわかったんですか?」
「いや、なんとなくだよ。伊達に友達保険結んでないし、孤山の考えてることはだいたいわかるよ」
「嬉しいですが、それと同時にちょっと気持ち悪いですね」
「ひどい……」
「冗談です」
相変わらず頼りになる相棒だなと思う。夢原君とはそれなりに分かり合えている気はするけれど、だからといって彼を真の友達と認定してしまうのは、ちょっと違う。
理由としては、それはなんというか、私たちは所詮、保険上の関係であって、本当の友達ではない。故に、お互いに真の友達と認定しまうのは、上手く言えないけれど、御法度みたいな気がしてならないから。
「で、何か用?」
夢原君が小声で訊ねる。
「ちょっと一緒に、カフェでゆっくりしたかったです……」
「……何かあったの?」
「……大したことではありませんが、少し」
すると横から、ボブカットの女子生徒が夢原君に問う。
「ちょっとちょっと夢原、さっきからこそこそなに話してんのよ。っていうか、その子は?」
「あっ、ごめん桜田さん。この人はそのぉ……、友達ぃ……だよ。名前は孤山」
第三者には友人と紹介した方が話もややこしくならないし、無難である。夢原君もそう判断したのだろう。
「あっ、紹介するね孤山。この人たちは、同じ部活の人たち。田崎良太郎と、桜田千代さんと、岩井環奈さん」
夢原君の紹介に預かり、その三人も軽く会釈した。
「田崎です」
「桜田千代、よろしくね。ちーちゃんって呼んでいいよ!」
「岩井環奈です。よろしくお願いします」
「あっ、この子のこともカナッチって呼んだげて。私もそう呼んでるから」
「ちょっと、ちーちゃん!」
「いいじゃんいいじゃん。お互いあだ名で呼びあった方が仲良くなれるっしょ?」
「それもそうだけどぉ」
女子二人が何かごちゃごちゃと話している。それはさておいて、礼儀として私も夢原君の紹介に預かり、自分からも自己紹介すべきだろう。
「孤山凪です。よろしくお願いします」
部活も違うし、見慣れない顔ぶれからするに、クラスも違う。特によろしくする機会はないかもしれないけれど、一応挨拶はしておいた。
「あっ、そうだ! うちら四人で今から隣街に服を買いに行こうとしてたんだけどさ。夢原の友達なら、なぎりんも一緒に行かない? うちは大歓迎だよ!」
なぎりん……。なんか勝手に変なあだ名をつけられた。いやそれよりも、一緒に遊びに誘ってくれた……。そんな予期せぬ提案に、あだ名のことなんてすぐにどうでもよくなった。
初対面だけど、誘ってくれて素直に嬉しかった。高校に入ってから遊びに誘われたのなんて、初めてだったから。
でも……、いいのだろうか。誘ってくれたのは大変ありがたいけれど、少し気を使ってしまう。
この四人はすでに一緒にいたみたいだけれど、そこに私が急に入って迷惑にならないだろうか。あと、すでにできていたこのグループに、私が入っても上手く馴染めるかどうか、少し心配。
コミュ力が皆無な私にはハードルが高いかも知れない。私だけ上手く輪に入れなくて浮いてしまいそう。
「……でも、……いいんですか? 初対面の私が一緒に行って……」
すると、桜田千代と名乗った女子は、にこりと笑った。
「いいに決まってるじゃない。うちら友達少ないし、友達たくさん欲しいのよ。ね、カナッチ?」
「うん。孤山さんさえよかったら、私も大歓迎です」
そして、夢原君と田崎という男子も、彼女らの提案に同意してくれた。
「ありがとうみんな。みんながいいって言ってくれるなら、俺も賛成だよ」
「俺も別にいいぜ。仲間は多い方が楽しいしな」
なんて暖かい人たちだ。さすがは夢原君。周りの人たちもいい人ばかりだ。
「……では、お言葉に甘えて。私も一緒に行きたいです」
「よし、決まりね! それじゃあショッピングにレッツゴー!」
桜田さん、テンション高いなぁ。まさに陽キャって感じだけれど、良い人そうだ。
かくして私たちは、隣街に買い物に出かけることとなった。校舎内から聴こえる吹奏楽部の音も手伝い、今の私に青春を感じさせてくれた。




