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5話

 【孤山凪視点】


 私の見る景色にはいつも、人の顔に紙が張られていた。A4サイズくらいのトーレス用紙のような、薄い透明な紙が。だから、ぼやけて人の顔がよくわからないし、表情もよく見えない。

 けれど、その薄葉紙は大人には張られていない。その代わり、真っ白な白紙が貼られていた。ぼんやりですら顔がわからない、真っ白な紙。だから、大人の気持ちは本当にわからない。

 その紙のせいで、私には人の顔が見えないため、人の気持ちもわからなかった。

 それは今も変わらない。ただ一人、友達保険を結んだ彼を除いては。


 約一ヶ月前に、高校に入学した。 

 私が通う私立八神道高等学校は、生徒数が多いわけでも、少ないわけでもなく、学力偏差値も全国的に見ても平均的で、ごく普通の、特にこれといった特徴もない一般的な学校。

 強いて言うなら、校舎が他と比べて綺麗だということぐらい。

 いや、でもやっぱりそう変わらないかも。普通だと思う。

 けれど、それがいい。特に特徴なんてなくていい。そっちの方が、私的には過ごしやすい。

 入学してから一ヶ月。クラスの人ともそれなりに打ち解けられ、仲良くなれそうな人も何人かできた。

 けれど、まだどこかに遊びに行ったりはしたことがない。なにせ、私が物静かでおとなしい子、というのもあって、私の周りは基本的に静かな子が多いから。それも手伝ってか、あまりどこかに遊びに行こうという話にはならない。せいぜい教室で一緒に昼食を食べたりするくらい。

 けれど、別に不満はない。むしろその方がいい。私は基本、外出するのは苦手な方だから。 

 それと比べて、小学生の頃は一人で、また、ごくたまにクラスの子たちと、公園に遊びに行ったりしていた。お花を摘んで王冠を作ったり、ブランコをしたり。

 お家で遊ぶときは、かわいい動物やキャラクターのシール交換、人形遊びといった、女の子らしいような遊びばかりしていた。

 今思えば、あの頃の私は随分と無理していたような気もする。

 誰かと遊ぶのは嫌いではないけれど、あまり心を開けていたような記憶がない。小学生なんて、人間関係とかそう深くは考えないものだろうけれど、私はそうでもなかったように思う。

 おそらくそれは、当時の家庭環境も影響していたのかもしれない。

 根本的に人が怖かった。信用できなかった。可愛げのない小学生だったと思う。人に対して、いつもどこかで気を使っている自分がいた。そのせいで、心の底から友達といえるような人も、今まで一度もできたことがない。

 私の見る景色にはいつも、人の顔に紙が張られていた。A4サイズくらいのトーレス用紙のような、薄い透明な紙。だから、ぼやけて人の顔がわからないし、表情もわからない。だから、人の気持ちも、私にはわからない。

 それは今も変わらない。ただ一人、友達保険を結んだ彼を除いては。

そんなことをぼんやりと考えながら歩き、学校付近のバス停に着いた。下校時間ということも手伝って、私と同じ制服を着用している学生が二、三人ほど列を作り、バスを待っている。皆、顔に薄葉紙が貼り付けられていた。そして、例外なく顔を下に向けてスマホをいじっている。

こう側から見ると、なんとも気味の悪い光景だ。

 もちろん、私もスマホを触ることはあるけれど、客観的に、人が揃いも揃って下を向いてスマホをいじる光景を眺めていると、近年から問題視されている現代の若者のスマホ依存という恐ろしさを実感させられる。確かにこれは異常だ。カオスとも言える。

 そんなことを考えながら、私は列の最後尾に並び、バスを待つ。そして肩にかけた学校指定のカバンから文庫本を取り出し、その場で立ち読みする。私はスマホよりも、本を読む方が性に合っている。

 スマホもいいけれど、私は小説を読みながら、その物語に入り込んで現実逃避している方がよっぽど落ち着くし、好き。

 ちなみに今読んでいるのは、私が大好きな作家さんの推理小説。その中でも私がこよなく愛しているシリーズだ。主人公の学生が身近に潜む事件に巻き込まれ、奮闘していくというもの。

 トリックが込んでいて、いい意味で毎回期待を裏切られる。

 そうやって本を読みながらバスを待っていると、背後から唐突に声をかけられた。

 「あの。ちょっといいかしら?」

 後ろを振り返る。するとそこには、私よりも少しだけ背が高い女子生徒が立っていた。三つ編みの髪を左右の肩に下げていて、私と同じ制服を着用している。そして、顔に薄葉紙。

 顔は薄葉紙により、ぼやけてあまり見えないが、なんとなく顔立ちは整っていそうで、童顔気味に思えた。

 「……どうかなさいましか?」

 私が問いかけると、先方はどこか及び腰に訊ねる。

 「急にごめんなさいね。あの、少し聞きたいことがあって。あなた、入学式の日に、夢原颯太と一緒にいなかった?」

 「……え」

 いた。たしかに一緒だった。

 式が終わった後、一緒にお昼を食べに行ったもの。

 「はい。たしかにいましたが、それがどうかなさいましたか?」

 それを聞いて、先方は顕著な反応を見せる。

 「やっぱり! 見間違いかと思ったけど、やっぱり颯太だったのね!」

 顔はわからないけれど、体が少し飛び跳ねた動作から、随分と興奮していることはわかった。夢原君と知り合いみたいだけれど、どういう関係なのだろう。

 「あ、ごめんなさい。わたし夢原颯太の元同級生なの。といっても小学生の頃の話なんだけれどね。式が終わった後、校門前で久々にあいつを見かけてびっくりしちゃって。話しかけようと思ったんだけど、すぐに行っちゃったから。また会いたかったけど、わたし入学してからしばらく予定があったから、なかなか会うタイミングなくて。でも彼ともう一度話したくて、だからさっきたまたま見かけたあなたに、声をかけさせてもらったの」

 ……よく喋るなぁ。

こうして意気揚々と初対面の私と話せるあたり、自分とは正反対な性格なのだと感じる。

 つまるところ、陽キャって感じ。

 けれど、大体わかった。要は私に、彼との再会の機会を設けてほしいとのことなのだろう。

 「わかりました。つまりは夢原君と久しぶりに会いたいので、私から声をかけてほしいという認識でよろしいでしょうか?」

 「ええ。ちょっと久々だから、声かけづらくて。ごめんなさいね、手間をかけさせちゃって」

 全くもってその通りである。否定はしない。けれど、外面だけはよく見せないと。私ももう高校生なのだから。

 「いえ。それくらいは全然大丈夫です」

 「ありがとうね」

 「それでは、明日のお昼休みに本人を連れてくるので、貴方は中庭前で待っていただいてもよろしいですか?」

 「ええ、わかったわ。本当にありがとう!」

 「いえ。それでは、そういうことで」

 私は、もう話すことがないなら早く去ってほしいと、遠回しに伝えるように文庫本に目を下ろす。早く読書の続きをさせていただきたい。今ちょうどいいところなのだから。

 にもかかわらず、先方はいまだに立ち去ろうとしない。それどころか、何やらずっとモジモジしている。

 「……あの、ちょっといいかしら?」

 えぇ……、まだ何かあるのか。今主人公の住むアパートが爆発して大惨事なのに。

 「……まだ何か?」

 「いや、……その。……初対面でこんなこと訊くのは申し訳ないのだけれど……」

 先方は薄葉紙越しに、モゴモゴと口を開いた。ぼやけてわからないけれど、うっすらと頰が赤らんでいるように見える。

 「……あなたって、颯太と付き合ってたりするの?」

 「……はい?」

 想像の斜め上の質問に、少し戸惑ってしまう。夢原君とは友達保険を結んでいるだけで、別にお付き合いをしているわけではない。

 けれどたしかに、一緒にいるところを目撃されると、何も知らない先方からすれば、誤解をするのも仕方がないのかもしれない。

 「いえ。彼とはただの……お友達です」

 仮のだけど。

 「……なんだぁ、そうなのね。……良かったぁ」

 私の発言を訊いて、先方は随分と安堵している。とても顕著な反応に思えた。

 恋愛経験は皆無だけど、私もそこまで人の心に疎くない。その反応から察するに、先方は夢原君に対して恋愛感情を抱いているのだということは、容易に理解できた。

 それに対して嫉妬とかはないけれど、なんだか彼に裏切られた気分だ。

 私と彼は一人も友達がいなく、家族にすらも見放され、誰一人として愛してくれる人がいない。その切なさと、その場に蹲りたくなるほどのもの悲しさを少しでも埋めるべく、私たちは友達保険を結んだ。

 自分のことを心の底から愛してくれる誰かが現れるまで、良き理解者であるお互いの存在を支えにするという契約。

 誰にも愛されないからこそ、自分たちで設立した保険契約なのに、夢原君は今私の目の前にいる彼女に情愛を受けている。本人がそれを理解しているのかどうかはわからないけれど、これでは全くもって話が違う。

 誰にも愛されないからこその私たちなのに、今まで一番近くにいた彼が、今ではこの瞬間に、彼が遠い存在に思えてきてしまった。

 いや、こんなのきっと何かの間違いだ。彼女が彼のことを好いているというのも、私の勘違いという可能性もある。少し落ち着こう。一旦深呼吸。

 「すーっ……、はー……」

 「……。どしたの?」

 「……いえ。なんでもありません」

 ……大丈夫。きっと夢原君は私を裏切ったりなんてしない。だからこれからもきっと大丈夫。

……そう。私には夢原君がいる。……大丈夫。きっと大丈夫。

 だからきっと。これから私にだって真の友達ができる。そのために、これからも彼と一緒に頑張ればいいのだ。

 私には夢原君がいる。……一人じゃ、ないから。


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