3話
【孤山凪視点】
小さい頃の記憶なんて、成長するに連れて、まるで霞のように消えて忘れていく。
ただ、自身の人生や価値観を大きく変えたきっかけや出来事は、きっと大人になっても忘れられないものなのだと、私は思う。それが例え、不本意なことか否かを問わずとも。
なにせ私自身が、高校生となった今でも、覚えているのだから。
両親のいない家でただ一人、黒い墨汁の海にでも呑まれてしまいそうな、幼い頃のあの孤独感を。
私の両親は、私が幼い頃から共働きをしていた。
それもあり、両親は私が幼い頃からいつも家にいなかった。仕事が忙しいのだそうだ。
私の家は都内にあるマンションだった。それも、都内でもそれなりに有名な高級マンション。そんな家に住めるのも、仕事人間である両親が私をほったらかして、日々、労働を行なった結果だろう。おかげで、金銭面には不自由はしていない。そして、そのマンションには高校生となった今でも住み続けている。
けれど、だからといって私は、そんな両親に対して感謝など微塵もしていなかった。
私は、贅沢な暮らしなんて望んでいない。ただ、自宅で家族揃って円満に過ごすことができれば、それだけで良かったのだ。
だというのに、あの人たちはそれを望まないどころか、若い頃から仕事が大好きだったらしく、私よりも仕事を優先するのだ。どうやらあの人たちにとっては、私よりも仕事の方が大切なのだろう。
それは、高校生となった今でも変わることはなかった。
金銭面は充実している。だからといって、私は日々を豪遊して過ごしているわけではない。学校がある日の昼食は、いつも食堂で購入したものを食べているし、夕飯はいつも出前か、溜め込んだ冷凍食品や、学校帰りにコンビニで買ったお弁当なんかを食べているし、時には自炊することもある。
家庭内の経済的には、奨学金を借りずとも大学まで行けるくらいにお金はあるし、毎日外食して贅沢三昧したところで、生活が困ることもないだろう。けれど、私はべつにそんなリッチな生活を求めているわけではない。普通でいいのだ。普通に母と父と三人で暮らせれば、それだけでいい。
そんなことでいいのに、私の両親はそれを理解してはくれない。二人は私ではなく、仕事を生き甲斐にして生きているところがある。私には関心がないのだろう。
だから、私はもうあの人たちになんの期待もしていない。むしろ、いつからか私は、あの人たちが嫌いだった。
もういっそ、たまには一日くらいやけになって、あの人たちの稼いだお金を嫌がらせのように使いこんで、思いっきり豪遊してやろうか。毎日はしんどいけれど、一日くらいそういう日があってもいいのではなかろうか。
そうだ、明日はそうしよう。読みたかった本を遠慮なく全部買って、好きなものを食べて、お菓子をたくさん買い込もう。
親に育児放棄じみたことをされている分、私にだって、そういう権利はあるはずだ。
*
幼稚園の頃までは、両親が仕事の間は近所の人に預けられていたので、一人になることはなかった。
ただ近所の人は、上辺だけは気を遣いながらも、他人の子供である私を預かることに、不満を覚えていたのかもしれない。時々私のことを、どこか邪魔くさい目で見ていたのを今でも覚えている。
幼稚園児という幼い年齢とはいえ。いや、幼いからこそ、そうことにはある意味、大人よりも敏感なのだ。
小学生になってからは、私は自分の家に一人で留守番をすることになった。正直そっちの方が気が楽だった。他人に迷惑をかけながら過ごすのは、なんとも居心地が悪かったから。
私の両親は相変わらず仕事一筋で、私のことなんて見向きもしなかった。
今まで預かってくれていた近所の人から、冷淡な視線を感じていたことも手伝い、私はこの時からすでに、大人に対して少しだけ、苦手意識ができていた。
そういった冷めた性格も影響して、学校でも特に友達ができることはなく、日々を一人で生活していた。
そうして、中学生になって、高校生となったいまでも同様に、相変わらず私は、家でも学校でも一人でいた。クラスでも、教室の隅で慎ましく過ごしている。
「今日の晩御飯、どうしよう……」
ぼーっとしていると、独り言が出てきた。冷凍庫にまだ冷凍食品が幾多かあったから、今日はそれを食べて済ませよう。最近は出前続きだったから。




