24話
エピローグ
【夢原颯太視点】
とある有名出版社内―。
「夢原くーん。孤山先生の小説の原稿まだー?」
広い一室のオフィス内にて、自席で事務作業を行なっていた俺の元へ、編集長がのそのそとやってきた。
「あー、今ちょっと行き詰まっているみたいで、もう少しかかりそうです」
俺がそう告げると、先方は、はぁとため息をつき、頭をぽりぽりかく。
「彼女は作家としては天才なんだけどねぇ。それでも、どうも手の進みが遅いって言うか―」
「まあ、それほど真心込めてやっているってことですよ。それに、締め切りもまだ明日までですし」
「明日までだからまずいんじゃない。まだまだ出来上がってないんでしょ?」
「そ、それはまあ……」
たしかに、そう言われるとあまり悠長なことは言ってられない。まあ、彼女は毎回ぎりぎり締め切りには間に合っているから、今回もなんとかなるだろうと考えていたのだけれど、今回は今まで以上にできて無さすぎて、ちょっとまずい気もしてきた。
「わ、わかりました。今日また自宅に伺って、様子見てきます」
「頼んだよ。君は彼女の学生時代からの親友で、担当者なんだから。しっかりね!」
と、中年編集長は俺の肩を強く叩き、喝を入れるように言って自席へと戻っていった。……毎回叩く力が強いんだよな。本人は気づいてないんだろうけれど、けっこう痛い。
まあとにかく、今日も孤山の自宅に伺って進み具合を見に行こうか。
八神道高校を卒業し、俺は孤山と同じ大学へと進学した。母子家庭の我が家には、大学進学なんて厳しい話だったけれど、母さんと話した結果、母さんは快く承諾してくれた。
そして、孤山は文学部に所属し、また小説を書き続けたのだ。
俺はそんな孤山に憧れて、俺も彼女の手助けができるように、そして、彼女の人生の一部になれるようにと、同じ学部に在籍して、編集者としての道を目指した。
そして、大学三年生になった頃、コンテストに応募した孤山の作品が、佳作をとった。入賞まではいかなかったけれど、それでも十分過ぎる成果だ。
当時、大学内の食堂にて、二人で昼食をとっていた時分に、出版社からその連絡を受けた彼女は、今まで見たことないほどに、飛び跳ねながら喜んでいた。
食堂の中であまりにも孤山が歓喜していたので、周りの学生からは奇異な目で見られていた気はするけれど、もはやそんなことどうでもいいくらいに、俺も嬉しかった。
その後、孤山は作家デビューをし、小説家として一躍有名となった。まるで創作物のような、できすぎた話に聞こえるかもしれないが、それでもこれは、何年もの間、日々努力をし続け、孤山自身の力で切り拓いた、彼女のまごうことなき血と涙の結晶なのだ。
そして俺も、大学内で日々努力を重ね、孤山が活動している有名出版社へと入社し、運命とは面白いもので、巡り巡って今は彼女の編集担当になっている。
あんまり想像はしていなかったけれど、俺が担当についた時、彼女は随分と喜んでくれていた。まことに恐縮です。
あっ、そうそう。最後にこの物語を占める前に、他の人たちのその後の話もしておきたい。
まずは、俺の学生時代の友人、田崎良太郎。彼は高校卒業後、美大へと進学し、今でも画家としての道を目指し続けている。
そして、ちーちゃんさんは幼稚園の先生になったし、カナっちさんは小学校の先生になった。カナっちさんは、一人で抱え込んでいる子供たちを少しでも導いてあげられるようにと、昔自信がクラスでいじめられていたことを胸に、教師となったそうだ。
ちなみに、二人は今でも、定期的に孤山と会っているみたい。
あと、影山日和。彼女もなんと、漫画家となった。というのも、実は元々、高校二年生の時点で、すでに担当編集の人がついていたみたい。上原たちと仲直りした数日後に、影山にもしっかり頭を下げて謝罪し、彼女ともまた仲良く話すようになり、それからしばらくして本人から聞いた話だ。正直、めっちゃびっくりした。
それでも、俺と孤山との仲を影山なりに気遣っているのか、ここ数年は会っていない。孤山と俺が恋仲かなんかと勘違いしているみたいだ。実際は全然違うのに。
そして最後に、上原たちだ。あいつらとは今ではもうすっかり、また昔のように友達でいる。各々社会人となった今でも、よく四人集まって食事をしている。高校生だった頃の自分が聞いたら、驚くだろうなと思う。
今までいろいろあったけれど、何がともあれ、これにてこの物語は終了だ。この物語は間違いなく、俺と孤山、俺たち二人の物語だった。
そんなことを考えながら、ある程度回想を終えた俺は今、都内にあるタワーマンションの孤山の部屋の玄関前へと足をついた。俺はインターフォンを鳴らし、孤山を呼ぶ。
孤山は大学卒業後、両親とはすっかり縁を切り、今ではこのタワマンで一人暮らしをしている。小説家デビューを果たした連絡をご両親に入れた際に度肝を抜かさせたみたいで、彼女はざまー見ろ! と言ったような面持ちをしていた。
昔は誰よりも人からの愛情を求めていた彼女が、今では作家となり、多くの人たちから愛されている。その事実を考えるだけで、彼女のそばにずっといたからこそ、勝手ながら、俺まで涙が出てきそうになる。孤山、本当に頑張ったな、って。
などと、お前は何様だよ、と自分で突っ込みたくなるようなことを考えていると、インターフォン越しから、孤山の声がした。
『……ふぁーい』
あくびしながら出したような、孤山の声が聞こえた。なんだか眠そう。
「夢原だよ。原稿の進み具合見にきた」
今時、普通はデータやメールで原稿を送り合うのだけれど、孤山は基本的に直接会って話すことにこだるから、俺はよく、こうして彼女の自宅へと足を運ぶ。孤山はかなり売れている作家だから、こういうちょっとしたこだわりも通るのだ。
『ふぁーい。……今開けます』
またあくび。こいつ、今まで寝てたな。締め切り明日なのに、なんて余裕なやつだ。たぶんまだ終わってないだろうに。
するとすぐに、玄関のロックが開き、孤山が顔を出した。
「おはようございます、夢原君」
「おはようございますて、寝てたの?」
「はい」
隠す気ゼロときたか。というか、玄関から顔を出した孤山は、私生活丸出しの完全なる部屋着状態だった。黒のロングヘアと白いモコモコの服に、黒の短めのスカートで、わずかながら太ももの露出が見える。
孤山とは長い付き合いだし、いまさらドキドキしたりはしない。けれど、仮にも異性の目の前だというのに、危機感ゼロの彼女にわずかながら危うさを感じてしまう。
なんか寝癖までついてるし。
「……孤山さ。部屋の中とはいえ玄関出る時くらい少しは身だしなみに気をつけなよ。一応俺、男だし」
「夢原君になら、いまさらそんなに気を遣わなくていいじゃないですか。あなたも私で興奮したりはしないでしょう?」
まあ、そうなんだけれど。まあいい。それよりも本題だ。
「まあ、そうだけど。……いや、ひとまずそれは置いといて。原稿はできたの?」
「全然ですね」
「全然なんだ……」
だったら何を呑気に寝てやがんだこの人。早く書け!
「じゃあ、どんくらいできてるか見せて」
「わかりました。では、上がってください」
孤山に促され、俺も部屋の中へとお邪魔した。
もう何度も来ているけれど、相変わらず広い部屋だ。窓側にリビングやダイニングに加え、他にも個室が並んでいる。
しかも、前に見させてもらったけれど、窓から見れる眺望のよさは最高だ。間取りもそれを生かしたデザインになっている。
あと特に、今は夕方だけれど、昼間の窓から自然光がたっぷり入る広めのリビングは快適だ。リビングにあるソファーに寝っ転がっていると、つい気力を吸い取られるかのように、眠ってしまう。実際、以前来た時はそうなった。
そう考えれば、孤山が先ほどまで寝ていた気持ちもわからなくもない。
俺がそんなふうに間取りを見渡していると、孤山がパソコンを開いて、原稿のデータを見せてきた。
「これです」
「おっ、では拝見します」
ある程度読んだ。けれど―
「うん。本当に全然進んでないね」
「はい。そうですね」
読むと、まだ最後の方が完全に白紙だった。
まったく、これだから孤山は困ったものだ。まあ、彼女なりにこだわって書いているからゆえなのだろう。
それに、今彼女が書いている作品は、俺にとっても孤山にとっても、大切なものみたいだから。
「にしても、かなり美化されて書いてるね。俺と孤山の今までの話」
そう。孤山が今書いている新作は、今まで俺と孤山の二人で歩んできた話をモデルにしたものだった。
「私の知らない夢原君の話も、これを書く前にいろいろ聞きましたけど、……なかなかどう書けばいいのかわからなくて」
孤山から次の新作の話を聞かされた時は、俺は少し驚いた。けれど、それと同時に、ちょっと嬉しかった。孤山の書いた物語の中に俺がいるというだけで、なんだか嬉しかったのだ。だから―。
「……それなら、孤山が実際に今まで見てきてくれた、そのままの俺を書いてよ」
それでいい。いやむしろ、それがいい。だって、孤山は俺で、俺は孤山。なんだか気持ち悪い言い方だけれど、実際に俺たちはすでに、二人で一つなのだから。
「夢原君がそういうのであればそうします」
「ところで、この話のタイトルだけど、ちょっと安直すぎない?」
「そうですか? 私と夢原君の始まりのきっかけとなった名前をベースにしたものなので、私的には気に入っているのですが」
「……うーん」
俺は少し考えた。……けれど、たしかに―
「でもたしかに、これはこれでいいかもね」
そもそも、孤山が書いたこの俺たちの物語は、これを読んでくれた人たちに何を伝えることができるのだろうか。
……まだ最後まで読んでいないけれど、それでも、一読者である俺が読んで受け取ったものとしては―。
―人は誰しも、一人ではないということだ。
自分って一人だなぁ、とか、自分は誰からも愛されてないないだとか。生きていれば誰しも、そう思うことだってあるだろう。
けれど、俺が思うに、本当に一人ぼっちな人間なんていないんだと思う。
俺も、そしておそらく孤山も、実際のところは、真の友達がほしいというよりも、生きていて欲しいと言ってくれるだれかが欲しかったのだ。
それでも、それがお互いすぐ隣にいることに気づかなかった。
そう。ただきっと、目の前の大きな壁に遮られて、気づいていないだけ。そっと、近くを見渡せば、大切な誰かが、すぐそばにいるはずだから。
そうすればきっと、生きていていいって、思えるはずだから。
それでも、世の中は残酷で。時にはそれをも忘れさせられるぐらいの暴風を浴びせられることもある。
だから人は、日々選びながら生きるのだ。生きるか死ぬか。
でも、選べるだけ幸せだ。時にはなんの前触れもなく、理不尽にすべてを奪われることもある。だから人は、後悔しないように日々を生きるのだろう。
本当に誰でも理解しているような、綺麗事かもしれないけれど。
それでも、本当にその通りだと俺は思う。こんな単純で誰でもわかることを、俺はいまさらながら、身に染みて理解したのだ。
人と人との繋がりや関係は本来、上部だけじゃなくて、利用するためにとかじゃなくて、幸せなもの。ましてや、保険なんかじゃない。保健なのだ。
それを、俺が生きてきた日々と合わせて、孤山が書いたこの物語が、俺に教えてくれた。
そしてきっと、この先も俺たち二人の物語は、人知れず続いていくのだろう。
―たしかに、タイトルはこれがぴったり。
『友達保健、孤独の果てに』―。
読んでいただきありがとうございました。




