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21話

【夢原颯太視点】


 夜。俺は自宅のベッドに横たわり、自身のスマホでソシャゲをやっていた。絶賛、ガチャで爆死中だ。

 傍では妹の美月がカーペットに寝っ転がり、テレビでお笑い番組を観ながらケラケラと笑っている。そして、母さんは台所で皿洗いをやってくれていた。

 何の変哲もないいつもの家の中。明日も、学校でも家でも変わり映えのしない一日を過ごすのだろうと、ゲームのロード画面をながめながらそんなことを考えていた。

 「……」

 いや、最近は少しだけいつもと違うことがある。それは、ここ何日か孤山が学校に来ていないことだ。

 前に孤山本人からメールで訊いてみたのだけれど、何やら家に強盗が入ったらしいのだとか。まさか知り合いがガチの強盗と接触していたなんて、聞いた時は驚いたものだった。

 本人の話では、精神的にショックが大きいから、落ち着くまでは学校を休むといっていた。けれど、その主張には個人的に疑問を覚えた。

 失礼ながらも、孤山はそれくらいで精神的ショックを受けるほど可愛くはないと思っていたから。俺的には少し腑に落ちない。

 孤山のことをなんでも知っているわけではないけれど、彼女は清楚な見た目をしていながらも、意外と肝が据わっているから。そのため、強盗が家に入ったくらいでは、割と平然としていそうなものである。特に被害もなかったと言っていたし。

 俺的には、他に理由があるんじゃないかと思っている。

 「……うーむ」

 しばらく考えていると、ロード画面が終了し、ゲームが再開した。それを機に、俺は思考を止める。

 そもそも、あまり人の事情を詮索するのは趣味が悪い。今は余計なことは考えずに、真面目に娯楽と向き合おうではないか。それほど心配しなくたって、孤山もきっと大丈夫だろうし。

 俺はそう切り替えて、ゲームを進めようとした。けれど、その矢先。

 ブブっと、ゲーム画面だった俺のスマホに、唐突にメールの通知が届いた。

 あまりに唐突だったから、届いた瞬間は少し強張ってしまった。インキャな俺にとって、なんの前触れなく届いたメールほど怖いものってない。いや、さすがにそれは過言か。

 にしても、なんてタイミングが悪いんだ。今からボス戦だというのに。

 こんな空気も読まずにメールをよこしてくる輩は誰かと、差出人を確認する。それは、ちーちゃんさんだった。

 これまた珍しいこともあるものだ。ちーちゃんさんとは仲は良いけれど、彼女から直接メールが送られてくることなんて、ここ最近はなかったから。

 その後、数秒もしないうちに、立て続けにちーちゃんさんからメールが何通も届いた。その連続した送信の速さから、なんだかただ事ではないように感じられた。俺はメールの通知を開き、中身を確認する。

 そして、そのメールの思いもよらない内容を見た俺は、しばし言葉を失ってしまった。

 『なぎりんとさっきから連絡が取れない! さっきなぎりんの家の前で喧嘩しちゃって、しばらくしてやっぱ心配になったから家に戻ったら、玄関の明かりつけたままで、鍵も開けたまま誰もいなかったの! 電話もつながんないしさ。夢原なんか聞いてない?』

 そんな内容のメールを、何通かに分けて送られていた。

 「…………は?」

 こんなの、知らない。……いったい、これはどういう―。

 するとややあって、今度はスマホに直接電話がかかってきた。

 「……もしもし?」

 『夢原! 私のメール見てくれた?」

 「今見た。これ、どういうこと?」

 『どうもこうも、そのまんまよ!』

 ちーちゃんさんは、電話越しでもわかるくらい苛立っていた。俺の察しの悪さが原因だろう。あまりに大きな声だったため、家にいた母さんや美月から驚いたように視線を向けられる。

 『今思えば、なんか今日のなぎりんおかしかったの。普段あんこというような奴じゃないのにさ。私もなんかかっとなっちゃって、それで私もつい怒鳴っちゃって』

 ちーちゃんさんが早口で喋り出す。それでいて、泣いているようだ。おそらく、彼女も混乱しているみたいだ。電話越しからでも鼻を啜る音が聞こえるし、声が掠れているのがわかる。

 今電話越しから感じるちーちゃんさんの様子と、最近孤山が学校を休んでいる理由の違和感を併せて吟味すると、自ずと起きている事態が理解できてきた。だんだんと、嫌な予感がしてきた。

 そして、今さらながらこれはただ事ではないと状況を察する。

 「わかった、落ち着いて。俺、今から孤山を探しに行ってくる!」

 俺はちーちゃんさんにそう告げ、スマホを耳につけたまま、何かに弾かれたようにベッドから飛び出す。そして、急いで玄関へと向かった。

 「お兄ちゃん?」

 「ど、どうしたの颯太。こんな時間にどこに行くの?」

 玄関で大急ぎで靴を履き替えていると、母さんと美月が後ろから近づいてきて、何が起こったのかと困惑した様子で訊ねてきた。

 二人には申し訳ないが、今は説明している時間はない。

 「ごめん、学校に忘れ物したから行ってくる。すぐ帰るから!」

 この場凌ぎの即興で思いついた嘘をつき、玄関のドアを勢いよく開けて、部屋を飛び出した。

 その後は、片手に持ったスマホを耳に当て、ちーちゃんさんと連絡をとりながら、ダッシュで夜道を駆け抜けた。

 最近運動不足だったのも手伝い、一刻も早く孤山を探し出したい気持ちとは裏腹に、身体はすぐには追いついていかなかった。急に身体を動かしたせいだ。

 どこへ向かっているのか自分でもわからない。ただ、なんだか頭が少し混乱してて、とにかくあてもなく走りながら孤山を探した。

 「桜田さん! 孤山がどこに行ったか検討つく!?」

 『わかんないわよ! 今カナっちと必死こいて探してんの! 位置情報確認してもスマホが家に置いたままだったみたいだし、全然わかんない!』

 家にいない。スマホも家に置きっぱ。鍵もかけずに家を出た。状況からできる限りのことを考えるに、孤山は意図的に鍵を開けっぱなしにしたわけではなく、何かしらの理由があって意識が朦朧としていたためなのかもしれない。

 これは、思っていたよりも事が大きそうだ。こうなったら警察に電話をするべきか。

 いや、まだそこまで先走るのはまずい気もする。不用意に大事にするのは気がひける。いや、そんなこと考えている場合でもないし。

 『私たち、最近なぎりん学校休んでたから、今日学校帰りに家にお見舞いに行ったのよ。思えばその時から、なんかなぎりん私たちの顔を見た瞬間に、急に顔がげっそりしてた気がする。なんかまるで、誰かが来たのを期待してたみたいだった』

 「え?」

 ……誰かを。……いったい、誰だろう。……いや、なんとなく心当たりがあるかもしれない。

 『……あとそういえば。私が親御さんの話をし出した時に、なぎりんすごい怒ってた」

 それを聞いて、俺の中で一つ思い立った。誰かを待っていた。たぶんそれは―。

 「……もしかして、お母さんを待っていたんじゃ…………」

 『……え?』

 先ほどから電話越しで言葉を交わしている中から、ちーちゃんさんは孤山の家に強盗が入ったことは知らないようだ。

 俺は、孤山が幼い頃から家に一人でいたということは、孤山本人から聞いている。

 それを踏まえて考えれば、家に強盗が入った日も、おそらく孤山は一人だったのだろうことは、手に取るように想像できる。

 一人娘の家に強盗が入ったのなら、ふつう、親御さんはさぞかし心配するはずだ。でも、孤山の家庭事情を考えてみると―。

 「……親御さんと、何かあったのかも…………」

 『…………』

 あくまで推測に過ぎないけれど、今考えられるのはそれくらいだ。たぶん、ちーちゃんさんとカナっちさんが自宅に来るよりも前に、親御さんと何かトラブルが起こった。それで、事情を知らないちーちゃんさんに親御さんの話を持ちかけられ、孤山の中にあった何かが爆発してしまったのではないか。

 いや、今はそんなこと関係ない。それよりも、今は孤山の心情が心配だ。そして問題は、そんな孤山が今どこへ行ったのか。

 俺は一度、車が行き交う交差点前の歩道で立ち止まり、頭をフル回転させながら、孤山がどこへ向かったかを考え続けた。

 すると、孤山のある言葉が脳裏に浮かんだ。

 《もし自分が死にたくなったら、私はここで死にます》

 

「……あっ」

 『えっ、どうしたの? なにかわかった!?』

 俺の無意識に漏らした声を拾ったちーちゃんさんが、電話越しに激しく問い詰める。

 「俺、孤山がどこに行ったのか、なんとなくわかるかも……」

 『えっ、ほんとに!? どこよ!?』

 「八神道高近くにある裏山あるだろ!? あの山の中に大きな鉄橋があるんだ! たぶんあそこだ!」

 『はぁ!? なんで山の中なんかに』

 「とにかく、今はそこくらいしか思いつかない! とりあえず俺は今からそこに行く!」

 『あっ、ちょっ』

 俺は一度通話を切って、近くでタクシーをつかまえて行き場所を指定した。

 さっき家を出る際に、混乱した頭でもちゃんと財布を持ってくることを忘れなかった自分を褒めてやりたい。そうして、タクシーが動き出す。

 神様なんて、俺は今まで信じてこなかった。神様が本当にいたのなら、上原たちを最後まで庇った俺が、孤立なんかするはずないんだから。けれど、今は願わずにはいられない。

 願わくば、孤山がまだ生きていますように。



 四章 後悔と前進 


 【孤山凪視点】


 「もし自分が死にたくなったら、私はここで死にます」

 中二の時、夢原君と喫茶店の席で友達保険を結んでから、数日が経った頃の休日。私たちは、これから通うかもしれない八神道高等学校の下見をしにいった。かなり暇人な行為だと思う。

 それはさておいて、あらかた校舎の雰囲気を眺めてからは、唐突に私は自然の空気を吸いたくなった。そして夢原君を説得して、二人で近くの裏山へと入っていった。

 山の中は一筋だけ階段ができた人工道が築かれており、私たちはそれに沿って山の中へと入っていった。

 まだ昼間だったため、太陽の光が山の中の緑を明るく照らしていた。その光景は、私にとって新鮮なものだった。思えば、今まで都内にいただけで、山の中になんて入ったことはなかったから。

 小学生の時の学外合宿の時は山登りをしたみたいだったけれど、私はその際、風邪をひいて行けなかったのだ。

 まあ、当時から友達も皆無だった私には、行けなかったところで惜しい気持ちはさらさらなかったのだけれど。

 そういえば風邪をひいたその時も、母は学校に連絡を入れただけで、大して看病もしてくれずに、すぐに仕事へと行ってしまったっけ。

 私は周りの子よりも体が強かったから、一人でも大丈夫だろうと判断したのだろう。

 当時はいつものことだったので、それほど気にはしていなかったけれど、今思えば、ありえない親だ。そう考えると、あらためて自分の親がいかに狂った親なのかを再認識させられる。

 そんな暗い過去を思い出しながらしばらく山を登っていると、滝の音が聞こえてきた。

 「あっ。あそこ行ってみる?」

 夢原君が指をさした方向は、滝の音が聞こえる方向と同じだった。草木に覆われて見づらかったけれど、その微かな隙間から除いた景色を凝らして見ると、そこには案の定、滝が流れていた。

 「いいですね。行ってみましょう」

 滝なんて生で初めて見る。

 そこへ向けてしばらく道を進んでいると、やがて滝の方へと着いた。

 そこには、細長い赤色の鉄橋がかかっていた。自動車は通れないけれど、人四人が横に並んで歩いても通れるくらいの幅があり、我々が来た方の森と向かいの森を繋ぐようにかけられている。

 その森と森の間に、橋と並行して滝が上から下へと勢いよく、それでいてどこか、緩やかに流れていた。まるであの崖の上にいる神か何かが、そこから純白の糸を垂らしているかのように神秘的な眺めだった。

 滝の長さは、だいたい五十メートルくらいだろうか。結構高い。

 その分、滝が下にある岩へと叩き落ちる衝撃の音が大きいため、なんだか自然の雄大さを感じられた気がした。

 「わぁ、これはなかなか絶景ですね」

 率直に思った感想が、気づけば漏れていた。

 途切れることなく、ザァー、と山の中を包む暴音が自身の耳の中にまで響いて、汚れ切った脳内を洗い流してくれるような気さえしてきた。その感覚が、とても心地良い。

 「こんなどこにでもあるような山の中に、こんなに綺麗な景色あったなんてね。なかなかいい収穫だよ」

 その通りです、夢原君。私も同じようなことを思った。やはり私たちは、何かと意見が合う。彼と友達保険を結んで本当に良かった。

 「そうですね」

 私たちは橋の上の真ん中あたりまでやってきて、端の手すりにもたれかかった。そこから滝が落ちていく下の方を、並んで眺めていた。

 「……なんか、あんまり怖くないね」

 下を見ながら、夢原君がそんなことを言った。高さは五十メートルくらいありそうだけれど、たしかに、私もあまり怖いとは感じなかった。橋の端に設けられた手すりが胸の辺りまであるから、落ちることはないと安心しきっているためかもしれないけれど、それでも、少し前に体重を預けて前屈みになっても、あまり恐怖は感じない。

 「……私もです。たぶん、私たちは死ぬことへの抵抗が低いんじゃないでしょうか?」

 それは、最近常々思う。ひょっとしたら私は、死ぬことに大してそれほど恐怖を感じていないのかもしれない。側から聞いたらただのいたい若者だけれど、実際、死ぬのが怖いなんて思ったことは、今まで一度だってなかった気がする。

 夢原君もそうなのでしょうか? 個人的にはそうであってほしい。もしそうならば、私たちはより分かり合える関係になれると思うから。

 「……たしかにそうかも」

 それは良かった。やっぱり私たちは、似たもの同士なのだ。

 「……まあいざ死ぬってなると、怖くなって躊躇っちゃうかもしれないけどね」

 そうだろうか? 私は別に躊躇わないと思うけれど。まあ、それくらいの考えの違いはいいだろう。

 ……にしても、ここはなんだか心地よい。静かにそっと目を閉じて、滝の音を聞きながら、またゆっくりと目を開けて、滝の先にある青い空へと視線を向けた。

 「もし自分が死にたくなったら、私はここで死にます」

 ここなら、私を優しく包んでくれる気がした。それに、私もこの綺麗な自然と一つになりたい、そう思った。

 夢原君は少し苦笑して、私の顔を横から見た。

 「自殺したいの? じゃあ、小説家になる夢はどうするの?」

 「……わかりません」

 「なんだよそれ」

 夢原君は、ジョークを言い合っているかのノリで笑った。

 特に不快には思わなかった。けれど、私自身、冗談は言っていない。自分でも、結局何がしたいのかわからないのだから。

 

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