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20/25

20話

午後三時ごろ。私は自宅に帰り、小説を書いていた。

 今日は警察から電話を受けた母が、一度家に帰ってくると訊いている。私を心配してのことなのか、それとも警察から電話を受けたから、親として形だけでもしぶしぶ、といった感じなのか、定かではないけれど。

 「……はあ。……全然進まないなぁ」

 パソコンをカタカタとやっていた手が止まる。急に話の構想に行き詰まってしまった。

 あらかじめメモ帳におおまかなストーリーを下書きとして書き記してはいるけれど、いざ本書きとして文章に表すとなると、これがなかなか難しい。

 頭では漠然と決まっているのに、それをストーリーに落とし込むのは、想像するよりもかなり大変な作業だ。柔軟な発想と、高度な文章表現が問われる。

 「……うーん。ここの場面はなんて表現をすれば……」

 わからないことだらけだ。

 ……とりあえず、一度冷蔵庫にあるチョコを食べてから考えよう。頭を働かせる時は糖分を取るといいのだと、どこかで聞いたことがある。

 そんなことを考えていた矢先。突然玄関の鍵が、ガチャリ、と音を立てた。そう思ったら今度は、ドアが開く音がした。

 「えっ」

 突然のことに思わず声が出た。

 けれど、なんとなく察しはついていた。私は少し慌てながら部屋を出て、玄関へと向かう。

 「……お、お母さん…………」

 そこには案の定、母が立っていた。真っ白な紙を顔に貼り付けた母が。

 「……凪」

 今までのようにただの白い紙ではなく、母の白紙は同じ白紙でも、私にはどこか、別のものに思えた。果ての知れないような、どこまでも延々と続く真っ白な白紙。深すぎて、怖くさえ感じた。

 スーツ姿に、綺麗に手入れされた長い黒髪。まさに仕事のできるキャリアウーマンといったいで立ちだった。

 ただ、完全なる白紙で顔を覆われているため、顔の表情まではわからなかった。けれど、佇まいや、私の名を読んだ時のどこか冷淡な声のトーンから、白紙のように色のない表情をしていることが、なんとなく知れた。

 「久しぶりね、凪」

 母は冷淡な声のトーンを崩さずに、私の名前を呼んだ。

 「は、はい。……お、お久しぶりです。……お母さん」

 私は、なんと返せばいいのかと、少し困った。普通に久しぶりと答えればいいのだけれど、直接対面するまでのブランクがあまりにもあり過ぎて、こういった小さなコミュニケーションにすら動揺してしまう。

 何より、相手は何を考えているのかわからない白紙人間だ。動揺して当然だ。

 何せ、母と会うのは去年の入学式以来で、かれこれ一年ぶりとなるわけだから無理もない。なんならその入学式の日だってちょっと顔を出しただけで、母はすぐに帰ってしまった。

……父に関しては、来てもくれなかったけれど。

 そんな言い訳が頭をよぎるうちに、少しばかり沈黙が流れて、気まずい空気になった。

 白紙で顔を隠されているとはいえ、親に対して気まずくなるなんて、私は人間としてどこかしらが欠落してしまっているのではないかと、内心思い詰めてしまった。

 すると、その沈黙を破るように、母は口を開く。

 「凪。警察から話は聞いているわ。昨日強盗が入ったんですってね。大丈夫だったの?」

 考えすぎだろうか。心なしか、母は随分と落ち着いた様子に感じた。

 「……はっ、はひ。……特に、何もありません。……大丈夫です」

 噛んだ。やってしまった。私が内心恥じらっていると、母は特に気に留めることなく、あっさりと、

 「そう、ならいいわ」

 そう言って、話を終わらせた。なんだか強引に終わらせられたような気もする。

 「じゃあ、私は仕事があるからもう行くわね」

 「……えっ?」

 つい、声が漏れてしまった。私は、母から出たその言葉が、あまりにも信じられなかった。

 「……も、もう。……行っちゃうんですか?」

 一人で暮らしている一人娘の自宅に強盗が入ったのだ。それも見知らぬ男性が。親なら居ても立っても居られないはずだ。なのに、……帰る? そんなあっさりと。親ならもう少し心配してくれてもいい気がする。

 「だって大丈夫だったんでしょう? ならいいじゃない。私も忙しい中あなたのために仕事を抜け出してきたのよ? しょうがないじゃない」

 母はため息をついて、私の話を気だるそうにいなした。

 「……で、でも。……私、ちょっと怖かったし。も、もう少しくらい、一緒にいてくれても ―」

 私の言葉を遮り、母は血相を変えて怒鳴り出した。

 「うるっさいわね!! あんた今いくつよ!? もう高校生なんだからわがまま言うな!!」

 「っ……」

 ……私の今のセリフは、わがままなのだろうか。それ以前に今まで私は、母にわがままを言ったことがあっただろうか。今までろくに一緒にいてくれなかったくせに。どうして、何をそんなにえらそうに。

 ……どうして、そんな言い方ができるのだろうか。

 「……どうして、そんな言い方ができるんですか」

 私は気づけば、心の声が漏れていた。

 母は立ちながらわかりやすく肩をがくりとおろして、あからさまに大きなため息を吐いた。

 「……あんたは、いつからそんな口答えするようになったの。ちょっと見ない間に、ずいぶんと生意気な口を聞くようになったわね! 一体誰のために働いていると思ってるの!!」

 母の声は、感情任せに徐々に大きくなっていく。

 先ほどまでの冷淡な声から一変し、鬼の形相が伝わってきた。

 そして、私は驚いた。白紙越しで顔がわからないはずなのに、なぜか今だけ、母の顔がうっすらとわかった。顔が赤い、まるでりんごのようだった。血管がわかりやすく浮かび上がり、今にも破裂するのではないかとさえ思った。

 人ってこんな顔ができるのかと、思わず衝撃を受けてしまう。

 私はまるで、腹を減らして涎を垂らした野生のライオンに、馬乗りにされているかのように、体が強張った。

 ……それでも私は、震える手を震える手で抑えながら、激昂する母に反論する。

 「私だって、ずっと一人で寂しかった! お母さんとお父さんは、誕生日の日ですらまともに家に帰ってきてくれたことなんてなかったじゃない!」

 一度出した言葉は、もう元には戻らない。だからこそ、私は今まで思っていたことを全部吐き出し続けた。

 「何が、誰のために働いていると思ってるの、よ! 私を言い訳にして仕事すんなよ! いつもいつも仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事仕事って! 結局私のことより仕事のくせに、良い親ずらすんなっ! キモいんだよ!」

 …………違う。そんなことが言いたいんじゃない。

 「家のことも全部押し付けて! ふざけんなよ!」

 これも違う。……もっと、他に言いたいことが。

 「私が小説家目指してることとか、小学生の時に、私が家で一人でいるって言ったら、クラスメートに笑われたこととか、私が中学の時に友達に無視されたこととか! 私のことなんてなんも知らないでしょ!」

  だから、違う。

 「親なら少しは私のことも見ろっつってんだよ!」

 そうだけど、そうじゃない。こんなことが言いたいんじゃない。

 もう、言葉が溢れて処理しきれない。小説を書いているときと同じだ。言いたいことはちゃんとあるのに、上手く伝えられない。

 頭の中にある本当に伝えたい言葉が、母に対する不満や怒りで塗り替えられていって、言葉が変な方向へと変わって出てしまう。

 「このクソババア!!!!」

 でもなくて、……私が本当に言いたいのは。

 

……私は、ただ―。


 「私はただ!! お母さんとお父さんと一緒にいたかっただけだ!!!!」

 

 …………。……やっと、言えた。私の本音を。

 息切れがすごい。近所迷惑だとか、そんなこと考えている暇なんてない。今はそんなこと、どうでもいい。

 私は、気付けば顔を下に向けていた。

 幼い頃から、何年も心に留めていた気持ち。……少しは、母に届いてくれただろうか。

 私はゆっくりと顔を上げて、恐る恐る、母の顔色を窺った。

 と、その時。唐突に自身の左頬に、焼けるような激しい痛みが走った。まるで電気が走ったような。

 「……え…………?」

 何が起こったのか、わからなかった。

 私は、気づけばその場に膝をついて倒れていた。そしてそれから数秒遅れて、今しがた起きたことが理解できた。

 私は母に、頬を思いっきり叩かれたのだ。

 「……痛い…………」

 私は訳もわからず体を下に落としたまま、母の顔色を見るようにゆっくりと顔を上げた。

 そこには、さっきまでと同様に、一枚の紙で顔を覆われた母の姿。ただそれは、さきほどまでの白紙ではない。さっきまで白紙だったその紙が、上から下へと少しずつ変色していった、赤色の紙だった。

 それも、まるで人の喉を掻っ切って流れ出てきた赤黒い血を、ドロドロと垂れ流したように、徐々に染まっていく。こんなの、見たことがない。

 すると母は、今にも消えてしまいそうな小さな声で、ポツリとこぼした。

 「……私は、あんたなんて産みたくなかったのよ」

 「…………え?」

 ……今、なんと言って―

 「私はっ!! 子供なんていらなかったのよ!!!!」

 「…………え?」

 「私はあんたなんか産みたくて産んだんじゃない!! でも、あの人が子供が欲しいっていうからあんたを産んだのよ!! なのに、なのにあの人は結局仕事にしか興味なくって、育児も全部私に押し付けようとして!! ふざけんなよマジで!!!!」

 「……え、……私のこと、……好きで産んでくれたんじゃ―」

 「んなわけねぇだろがっ!!!! 何がいい親ずらすんなだよ、ざけんなっ!! 私はあんたなんていらなかった!! なのにっ、あんたは私の邪魔ばっかりして!! お前まじ消えろよマジでっ!!!!」

 「……え? ……え、いや、……ちょ、……え?」

 

 ……嘘だ。嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ、嘘だ!!!!


 「……う、嘘……、ですよね? ねぇ嘘だよね!? 私が酷いこと言っちゃったからそんなこと言っただけだよね!? 本当は、本当はそんなことないよね!? ねぇ、ねぇ嘘だって言ってよ、お母さんっ!!!!」

 ……嘘だ、違う。絶対に嘘。私のことほったらかしにしてたけど、本当は私のことを大切に思ってくれていたはずだ。

 だって、だってそうじゃないと、……私はなんのために生まれてきたの?

 「……消えてよ、本当に。……私はあの人と同じで、仕事にしか興味がねぇんだよ。……お願いだから、私の仕事の邪魔をしないでよ…………」

 「……そう…………だったの?」

 私は、両親には何も期待していなかった。私が幼い頃から、仕事ばかりで基本家にいなくて、ほとんど育児放棄な一面があったから。私にはなんの関心もないのだと、そう思って生きてきた。

 それでも私は、心のどこかで信じていたのだ。両親はそれでも、私のことを愛してくれているのだと。

 けれど、どうやら違ったようだ。私は、そこまで馬鹿じゃない。いい加減、理解した。母の言葉は、嘘偽りのない、本心なのだと。

 ……私のことが邪魔でしかなくて、心底嫌いなのだ。

 「……もう。私の視界に入らないで」

 母はそう吐き捨て、玄関のドアを部屋の中が揺れるほど強く閉めて、出ていった。

 …………。

嫌なくらいに静かな自宅の中。私は母が出ていった玄関のドアの前で、一人座り込んだままうなった。

 「……うっ、……んんんんっ…………!」

 私は頭を抱えた。胸の奥が、ちくちくする。吐きそう。喉の奥が熱い。苦しい。胃酸の味がしてきた。

 頭の中がぐるぐるする。透明な水の中に、ドス黒い墨汁が一気に垂らされ、どんどん黒く染まっていく。どうすればいいのかわからない。

 「んんんんんんんんっ…………!」

 本当にどうすればいいのかわからなくなって、頭を痛いくらいに抑えた。行き場のないこの墨に染まった水の抜き方がわからない。

 ……固く閉じた瞼から、涙が溢れていった。

 

 *


 私は、一週間ほど学校を休んでいた。体調がすぐれないという理由で学校に連絡を入れると、担任は了承してくれた。

 罪悪感なんてない。体調がすぐれないのは事実だし、何より、母の本音を聞いて以来、何をする気にもなれなかった。

 部屋に置いてある掛け時計になんとなしに目をやると、時刻はすでに午後五時を指していた。

 ここのところ、まともに身体が動かない。身体がずっと鉛のように重く、自室のベッドで布団にくるまって、寝たきり生活が続いていた。

 「……小説」

 ……小説を、書かないと。コンテストの応募締め切りまで、あと一ヶ月しかない。

 ……でも、身体が動かない。また、泣きそうになる。私は、いったいどうすればいいのだろう。

 かぶっていた布団で頭を覆い、現実から逃げるように目を閉じた。目が熱い、ベットのシーツが涙で湿ってくるのがわかる。

 すると、唐突に玄関のインターフォンが鳴った。

 「……えっ?」

 あまりに突然だったので、思わず私の身体はびくついた。……もしかして、お母さん? 

 ひょっとしたら、昨日は言いすぎてしまったと母が私を心配して帰って来てくれたのだろうか。

 いや、そんなまさか。いや、でも、本当に、もしかしたら!

 私はベッドから飛び起き、自室を飛び出して慌てて玄関へと向かった。ここ一週間寝たきりだったのもあって、途中足をつまずかせたが、なんとか体勢を整えながら、玄関までの短い距離を駆けた。

 (……お母さん、お母さんっ!)

 どうしてこんなにも足が動くのだろう。たぶん、なんとなくわかる。この後に及んでも私はまだ、母に何かを期待していたのかもしれない。そんな自分に内心驚いていた。

 玄関の鍵とチェーンをはずす。そして、勢いよくドアを開けた。

 するとそこには―、

 「……え、……なぎりん?」

 ……玄関先にいた人物の顔には、白紙は貼られていなかった。貼られていたのは、薄葉紙だ。それも、二枚並んでいる。

 「……大丈夫? 随分と慌ててたみたいだけど」

 そこにいたのは母ではなく、ちーちゃんとカナっちだった。

 「……あぁ、……あぁ」

 力が、抜けてきた。今にも身体が砂のように崩れ落ちそうだった。私はドアノブに手を押さえたまま、膝を落とす。

 「えっ、ちょっ、なぎりん!? どうしたの!?」

 「だ、大丈夫!? しんどいの!?」

 二人の声が、遠くに感じる。視界がぼやける。耳の中が詰まったかのように、耳鳴りもし出してきた。……今は、もう人と話す気分じゃない。

 「……すみません、大丈夫です」

 私がそう言うと、ちーちゃんが顔を覗かせてきた。

 「いやいやいや、大丈夫じゃなさそうじゃん! 顔色めっちゃ悪いし!」

 「……本当に、大丈夫ですから」

 すると、何やらカナっちが自身のカバンの中を開いて、プリントでも入っていそうな大きさの、少し分厚めの封筒を渡してきた。

 「これ、今週の数学と英語の課題。なぎりん、一週間もお休みしていたでしょ? だから届けにきたんだ」

 「まあね。あと、さすがに一週間も音沙汰なしで休まれてたら友達として心配だし。だから、様子を見に来た」

 そういえば、二人には休みのメールを入れていなかった。もう、そんな気力もなかったから。

 「……わざわざ、ありがとうございます」

 私はなんとかその場に立ち上がり、その封筒を受け取った。

 「……ていうか、何かうちらにできることとかない? お母さんやお父さんは? 今日は仕事?」

 「っ……!」

 その何気ない言葉を聞いて、私は身体全身が震え上がった。怒りに近い感情だった。血が走ったように、顔全体が熱くなるのがわかった。

 「……うるさいっ、だまれっ!!!!」

 「っ……!」

 薄葉紙越しであっても、二人の顔が強張っているのが伝わってきた。

 「……えっ、ちょっ、……何?」

 ちーちゃんが動揺し出す。けれど、もうどうでもいい。今は、心の中のドス黒い墨が溢れてきて止まらない。

 「私のことを何にも知らないくせに! 適当なこと言うな!!」

 「えっ、ちょ、ご、ごめんなさい! 私たち何か言っちゃった!?」

 カナっちが焦るように謝り出しけれど、それももうどうでもいい。墨を、この胸にたまった黒い墨を、今すぐどうにかしたい!

 「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!! お前らはいっつもそうだ!! 幼馴染かなんだか知らないけど、二人で楽しそうに!! どうせ私のことなんてどうでもいいんでしょ!?」

 いまだに二人の顔に薄葉紙が貼られたままの理由が、なんとなくわかった気がする。

二人は幼馴染だ。だからその分、私はずっと、どこか二人の輪に入って行きずらかった。

 いくら仲良くなれたとしても、幼い頃からずっと一緒にいる人と、一年前に出会ったばかりの人とでは、どうしても埋められない絆の差が、そこにはあるのだ。

 だから、いまだに二人の薄葉紙が剥がされないのだろう。

 「……え? ちょっと、急に何?」

 「どうせあんたたちだって、私のことなんて本当はいらないとか思ってるんでしょ!? 私のことが邪魔で邪魔でしょうがないんでしょ!?」

 「……思ってないよそんなこと。私たちはなぎりんのことが心配で―!」

 「嘘だ! 何が友達だ! 善人ぶんな!! カナっち、あんたはいつもそうやって善人ぶって、自分は悪くないみたいな態度とって! そのくせいつもナヨナヨしてさ! ちーちゃんいないと友達なんて一人もいないくせに! そんなんだからクラスの人たちからいじめられるんじゃないの!?」

 「っ……!」

 カナっちが少し後ずさりした。胸に広まり続けて抑えることができない墨をどうにかしたくて、次々に言葉が出てきてしまうけれど、その言葉は全て、歪な形をした怒りだけで固められたような、思ってもいない言葉だらけだった。

 「あんたいい加減にしなさいよっ!!」

 ちーちゃんが声を荒げた。耳の奥まで刺激するような、強い怒りに満ちた大きな声だった。

 「カナっちがあんたに何したっていうんだよ!! あんたを心配してきてんだぞ!! 何があったのかは知らねぇけどな、言っていいことと悪いことがあんだろうが!!!!」

 薄葉紙越しから、ちーちゃんの怒りで染まった表情が伝わってくる。本当に、私は最低な人間だ。これでもまだ、口を開くのを止めることができない。

 「……あんたもあんたよ。いつもにこにこと善人ぶって」

 「…………は?」

 「……あんたはいいわよね! 毎日家には帰りを心配してくれる優しいお父さんやお母さんがいて! 愛されて! 恵まれてるくせにそれを当然のように思って! そんなやつに心配されたって虫唾が走るだけよ!!」

 「……そんな言い方」

 「私はあんたみたいな偽善者が一番嫌い!!!!」

 …………。……もう、取り返しがつかない。

 「……カナっち、帰るよ」

 「……でも」

 「こんなやつほっときなよ。心配したら虫唾が走るんだと。だったらもう気にかけるだけ無駄でしょ」

 ちーちゃんは、カナっちを連れて帰って行った。その帰り際、ちーちゃんはこちらを一度振り返り、

 「悪かったな、偽善者で。今まで迷惑だったんだな。もう、お前と友達やめるわ」

 そう言い残し、ちーちゃんとカナっは、近くにあった階段を下って、帰って行った。

 私はその二人の背中を見つめながら、またその場に膝をついで座り込んだ。

 ……どっちが偽善者だ。それは私の方じゃないか。

いや、偽善ですらない。私は、正真正銘のクズ人間だ。

 「……なんかもう。全部、どうでもいいや…………」

 私はまたゆっくりと立ち上がり、玄関のドアを閉め、鍵もかけせずに、そのまま外へと足を動かした。

 

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