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19話

 駅前のタピオカ店で新作を存分に堪能し、ちーちゃんたちと別れた後、私はそのまま家に帰宅した。あたりはもうすっかり暗くなり、時刻は十九時を指していた。

 家に帰宅する。これは、いつものことだ。家に帰れば私はひとり。これもいつものこと。私に興味を示さない、仕事脳な両親が不在の無駄に広い部屋で、一人晩御飯を食べる。これもいつものこと。お風呂に入って髪を乾かし、小説を読んだり、自身のパソコンで、近日締め切りの小説コンテストに応募する作品を書き進める。夜中の二時、三時まではそれを続け、その後は自室のベッドで就寝。これも、いつものこと。

 家に帰る道中。こんないつものことが、今日も帰宅すれば始まる。そう思っていた。

自宅の中へ入るまでは。


 私の家は、都内にある十五階建てマンション。白と黒の壁で装飾されているのが特徴で、大きく手入れの行き届いたエントランスから、一見からも高級なマンションなのだろうということがわかる。というか実際、それなりにお高いマンションなのだと思う。

 けれど、いくらお高いマンションでも、数年間も住み続けていれば慣れたもので、いまいち自覚もなければ、興味もない。

ただ、ここ数日は壁の劣化で剥がれてきた色落ちを補正するため、マンションの壁には黒いネットが張られてあり、工事の人たちがペンキを塗るなりして仕事をしていた。そのため、今は壁があんまり見えない。白のヘルメットを被った工事の人たちは、鉄の板で足場を作り、最上階までやってくれている。高所恐怖症な人では絶対に務まらない仕事だ。

 私の自宅は二階。部屋への動線をいつも通り進む。まず、階段でいつものように上がっていき、いつものように一番端にある自身の部屋まで足を動かす。そして、いつものように黒色のドアノブにカギを差し込み、ガチャリと音がすれば、ドアを開けて中へと入る。これも、いつものように。

 ただ、ここからがいつもとは違った。

 「……えっ」

 ドアを開けた瞬間。いつもとは違う、何とも言えない違和感を感じた。けどそれは、数秒経つにつれ、徐々に言語化できるように、違和感を受け止めていけた。その違和感というのは、思わず無意識に萎縮してしまいそうな、背筋がゾッとするようなものだった。生物的な本能として感じた、純粋な恐怖。

 率直に言えばそれは、……人の気配だった。一瞬両親が帰ってきたのかとも思ったが、どうやら違うらしい。というのも、家の玄関からリビングにつながるドアの向こうから、何かを漁る音がしていた。

 「……えっ、……何?」

 私は困惑した。まるで宇宙空間へと放り投げられたかのように、いつまでも情報がうまく完結しない。いや、したくてもできなかった。脳内が恐怖で埋まり出して、うまく頭が回らない。麻痺しだしたのか、頭の中が妙に熱い。

 すると、家の中から慌てたような物音がしだす。おそらく、玄関のドアが開いて私が入ってきたためだろう。その時、私は理解した。

 強盗だ。

 私は咄嗟に足を前に踏み出し、大慌てでリビングのドアを勢いよく開いた。強すぎて壁にドアがぶつかった気もしたけれど、今はどうでもいい。

 「……えっ、……だっ、誰ですか?」

 私は思わず、率直であり、素直な質問をした。目の前には、テレビの隣に配置してあるタンスの中を漁る、見知らぬ人影があった。電気は消えたままの状態だったので、夜の暗がりも手伝い、部屋の中は闇に包まれていた。そのため、先方の様子ははっきり視認できなかったが、全身黒い服に身を包んだ、高身長な中年男だということはわかった。

 先方は私を察知した瞬間に舌打ちをし、その場から大慌てで飛び出した。そして、鍵が開いたベランダの窓から、工事で使用している組み立てられた鉄の板を足場にして、外へと逃走していった。

 そういえば私、朝洗濯物を干した時、ベランダの鍵を閉めた記憶がない。

……やらかした。完全に私の失態だ。

 「……ど、どうしよう」

 身体は震えていたが、私は意外にも冷静だった。まずは電気をつけ、迅速に携帯を取り出し、警察に通報。

 『はい。〇〇県警です』

 「家の中に不審者が入ってきました。タンスが荒らされていて、ベランダの窓から逃走しました」

 『わかりました。では、ご住所をお聞かせください』

 二分近く電話をした後、数分もしないうちにパトカーのサイレンが聞こえ始めた。まだ事件は解決していないけれど、こうもすぐに来てくれたあたり、やはり日本の警察は優秀だなと感心する。


 *


 ややあって、私は警察署で事情聴取を受けた。こんな機会は滅多にないので、何だか新鮮な感覚だった。小さな一室で、私は警察からいろいろと話を訊かれた。当然ながら、その人も白紙だ。

 その場で私は、取られたものはあったかなど、状況をきめ細やかに説明させられた。犯人は近隣の住人に取り押さえられたらしく、その日中に逮捕された。ほんとうに、間抜けな犯人だと思う。まあ、自宅を出る際に、ベランダの窓の閉め忘れに気づかなかった私が、人のことをいえたものではないけれど。

 しかしながら、幸いにも盗まれたものはなさそうだった。そもそもあのタンスには金目のものは特に入っていなかったし、通帳なり印鑑は、別室の棚の中にしまってあり、その棚の中にも被害はなかった。

 警察の調べでは、犯人が犯行を開始した時間は、私が帰宅する数分前だったらしく、犯人が鉄の板をつたって二階まで上がって、二階の各部屋の窓施錠を確認。そして、運良く鍵が空いていた私の部屋へと忍び込み、テレビ近くのタンスに手をつけた。けれど、それから数分後に、私がちょうど居合わせた、といった感じのようだ。

 タンスの中を勝手に荒らされたのは、かなりの痛手だ。けれど、幸運にも盗まれたものはなく、他にもこれといった被害がなかったのは、私が帰宅した時間が大きな要因だろう。偶然とはいえ、そんな自分を褒めてやりたい。……いや違う、そういえば鍵を閉め忘れたのも私だった。 、 

まあ、その話は置いておくことにしよう。

ややあって、私は警察の尋問から解放された。


 *


 警察の事情聴取を終えた後、両親に代わって親戚の叔母さんが、警察署まで迎えに来てくれた。私が未成年者ということもあり、ひとまずは保護してもらった次第。

 警察は最初に、母に連絡を入れていたけれど、仕事の都合上、帰ってくるのは明日になるらしい。

 そんな運びで、母親の代理として私を保護してくれた、母の妹にあたる叔母さんは、自身の自宅となるマンションで私を引き取ってくれた。そして、叔母さんの家で一夜を過ごしたその翌日。

 「あんたも災難ね。まさか強盗に入られるなんて」

 白紙を顔に貼り付けた叔母さんは、テーブルで私と対面に座り、お茶漬けを一緒に食べながらそう言った。大人の叔母さんは、薄用紙ではなく完全な白紙なので、ぼんやりですら、叔母さんがどんな顔をしているのか私にはわからない。大人の気持ちは、私には本当にわからない。

 時刻は、午前十一時を指している。

 「はい。……でも、強盗に入られるなんて、人生で一度起こるか起こらないかのことですし、貴重な経験ができたと思います」

 「……あんた、かなり肝が座っているわね」

 「そうですか? ありがとうございます」

 「いや、褒めたつもりはないんだけど」

 叔母さんは奇異な目で私を見つめた。たしかに、最初に自宅の中に人の気配を感じた時は怖かった。けれど、今ではもう過ぎた話だ。今はそれほどショックもない。

 「じゃあ、あたしはそろそろパートの時間だからもう出かけるけど、あんたはゆっくりしてな。五時ぐらいになったら()(つき)も帰ってくるから」

 沙月は、叔母さんの娘。つまりは私の従姉妹の姉だ。昨日の夜は友達の家に泊まりにいっていたらしく、自宅にはいなかった。今はたしか大学二年生だったはず。最近はあまり会っていなかったから、そこのところは曖昧だけれど。

 「……わかりました。あっ、でも私、そろそろ自宅に帰ります。あまり長居するのも悪いので」

 「えっ? 別にいいわよそんなの。何なら今日も泊まっていったら? 昨日のことだし、まだ怖いでしょ」

 「お気遣いいただきありがとうございます。でも、大丈夫です。やることもあるので」

 そう。昨日の強盗騒動でできなかった分、早く帰って小説を書かないと。コンテストの締め切りまで時間もないのだから。何より、あまり親戚の家にいると気を使うし、居心地も悪い。叔母さんの顔も気持ちもわからないし。

 「そう? まあなら気をつけてね。何かあったらすぐに連絡してくれていいから」

 「はい。ありがとうございます」

 せっかくの気遣いを無下にするのは申し訳ないと多少は思いつつも、私は軽く頭を下げ、帰宅の準備をした。

 

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