15話
小学五年生の夏頃。影山は両親の仕事の都合で、転校することになった。影山が学校を去る最後の日、俺は学校で影山とお別れの挨拶をした。影山は顔を赤らめながらもじもじして、俺に何か言いたそうにしていたけれど、結局何も聞けずにお別れとなった。
少し寂しかったけれど、仕方がない。影山には、いつか漫画家になってほしいと願うばかりだ。
心にぽっかり穴が空いた気持ちだったが、それは上原たちと過ごす中で、だんだんと埋められていった。
そして、それから二年ほどが経過し、中学一年生となった。この年から、俺の人生が狂いだす。
*
中学一年生の春。入学して間もないというのに、両親が離婚した。父はマンションに残り、俺と美月は母さんと一緒に、アパートへと引っ越しをした。それが、高校生となった今でも住んでいる家だ。
けれど、それでよかった。あんな父親、いないほうがいい。母の精神状態も少しは回復し、生活は貧しいけれど、少しずつ生活も穏やかとなっていった。
そうした中、中学では楽しい生活を送っていた。地元の中学に通っていたので、エスカレーター式に中学でも小学校とあまり変わり映えしない面々が同級生となった。
そのため、小学生時と同様に、俺は上原、坂本、太井の四人で、同じ中学に入学し、四人で変わらず遊び呆けて学生生活を満喫していた。
放課後はゲーセンに行ったり、バッセンに行ったり、カラオケに行ったりして青春を謳歌していた。
そんな日々を過ごす中、中学一年の夏のある日の放課後に、ちょっとした事件が起きた。今思えば、これが俺と上原たちとの仲を切り裂いた、最初の始まりだったろうと思う。それは、俺たちがいつも通り四人で通学路を歩いて下校していた時分のことだ。
「あーあ、なんかおもしれーこと起こんねーかなぁ」
狭い歩道橋の上を歩いて空を見上げながら、上原がそんなことを吠え出した。
「なんだよ、面白いことって」
俺が半笑いで上原に問う。
「いやー、なんていうかさー」
「宇宙人が攻めてこないかなぁ、とかか? それとも学校にテロが起きないかとか?」
坂本も呆れたような笑いを浮かべながら、上原にそう言った。
「ちげぇーよ。……まあ、そういうのも、まあまあ面白そうだけど、そういうんじゃなくてさ」
「女の子とえろいことしたいとか?」
「あははははっ! そりゃいいね!」
太井の下品な発言に、坂本も大爆笑。中学生は普通の話よりも、こういう下品な話題の方が大層盛り上がる。
「それもいいけど、今はそういうことじゃなくてさー」
「いいんかい!」
笑いながら太井が突っ込む。
「……なんかスリリングなこととか?」
「そう!」
俺の問いに、上原が力強くうなづく。
「でも、例えば?」
坂本の質問に、俺は少々返答に困った。なんとなく漠然と言っただけだったから。それでも一応考えてみる。
「そうだなぁ……。あっ、コンビニで万引きとか?」
俺がそう訊ねたら、上原が目を丸くしてうなづいた。
「おっ、いいね! そうそう、そういうのだよ! なんか一回そういうスリルのあることやってみたいんだよなー」
俺は冗談で言ったつもりだったけれど、上原は満更でもないような表情で肯定した。
「ちょっとちょっと、俺は冗談で言ったんだよ? まに受けるなよ」
そう言うと、上原は呆れたような顔をした。
「わかってるわ。んなことやるかよ。ただ、そういうちょっとやばいことやって刺激を感じてみてぇなーって思っただけだよ」
口ぶりと表情的にも、上原も冗談だったみたいで、少し安心した。上原はちょっとしたノリで、わりとそういうことやっちゃいそうなイメージがあったから。
「まあでも、ちょっとわかるねー。僕も、勉強していい学校入れ、って親に言われてさー。最近塾ばっかりでまいっちゃうから。たまにはそういうやばいことやって、スカッとしたいねー」
「……そうだねー」
坂本の言ったことが俺にも少し分かったので、俺は坂本の発言を肯定した。
今はなくなったが、俺もつい最近まで父との間で家庭内にストレスを感じていたから。まあ、勉強を頑張っている坂本と一緒にするのも申し訳ないけれど。
「あっ……」
歩道橋を渡り終えて階段を降りると、すぐ近くの人目のつきにくい狭い路地裏で、七人くらいの男子中学生と思しき団体が、俺たちと同じ制服を着た男子中学生を囲っていた。
「……なんだあれ?」
いち早くそれに気づいた俺がそう呟いて、先を行こうとしていた三人に、視線を誘導させた。
「ん、どうした夢原?」と、上原。
「いや、あれ……」
俺は、指を路地裏にいた集団に向ける。と、よくみると、見覚えのある制服だった。
「……おい、あいつらガラ中のやつじゃねぇか?」
上原の発言に合点がいった。そうだ、たしか柄悪中学校のやつらだ。近所で有名なヤンキー中学校。俺たちの中学も含む近辺の中学生は、よく彼らにカツアゲなり暴力沙汰なりの被害を受けさせられている。見たところ、今回もうちの中学のやつにカツアゲをしているようだ。
「……僕、この前ガラ中の奴らに金取られたんだよ」
「……実は俺も」
「え、まじで?」
坂本と太井の発言に、俺は思わず声が出てしまった。俺が知らないうちに、二人も奴らの被害にあっていたらしい。
「ばーか、ばーか」
坂本は、小声で路地裏にいたガラ中の奴らを罵った。それを面白がって、太井も真似る。
「ばーか、ばーか」
「おいっ、ちょっ、やめろ坂本! 絡まれるぞ!」
「早く帰ろう!」
俺と上原が必死に坂本と太井を制し、その場を離れようとしたが、もう遅かった。
「おい。お前ら、何やってんだ?」
「げっ!」
目の前には、先ほど路地裏にいたガラ中生。俺たちのちょっかいに気づき、いつのまにかすぐそばまで来ていた。
「い、いやっ、そのぉ……」
坂本は慌てて誤魔化そうとしたが、それは無駄な足掻きで、俺たちはそのまま彼らに路地裏に引き引きずり込まれ、殴られた上に、金をいくらか取られた。
余計なちょっかいをかけたのは俺たちだが、そもそも最初に坂本と太井の金を取って被害を受けさせてきたのはガラ中のやつらだ。
この理不尽な仕打ちをきっかけに、俺の心の中で、ガラ中への復讐心が生まれた。
*
その翌日の放課後。俺たちは上原の自宅に集まり、作戦会議を行った。議論はもちろん、ガラ中への復讐。とにかく、様々な意見が交わされた。
「一人になったガラ中生を俺たちでボコす!」
と、太井が言ったが、それはさすがに卑怯だと上原が却下。
すると次に、坂本が声を上げた。
「じゃあ、あいつらの学校を爆破!」
この中では一番頭がいいはずの坂本にしては、アホすぎる発言。たぶん、ガラ中への怒りで頭が麻痺してしまっている。かわいそうに。
そんな坂本に、上原が罵声を浴びせた。
「馬鹿、真面目に考えろ!」
「僕はいたって真面目だよ!」
「これで真面目ならそれはそれで問題だろ」
ごもっともである。あっ、ちょっといいの思いついたかも。
「じゃあ、夜にガラ中に忍び込んで、窓ガラス割ったりとかは?」
俺がそう提案すると、皆が俺に視線を向けた。
「……それありだな。仕返しとしてはちょうどいい!」
「たしかに、僕も面白いと思うよ!」
「うん、俺もいいと思う!」
全員大絶賛だ。というわけで、俺たちはそのさらに翌日の夜に、ガラ中に集合し、窓ガラス破りを決行する運びとなった。
当日の夜、十時頃。俺たちは予定通りガラ中の校門前に集まり、窓ガラス破りを行おうとした。……けれど、
「……なあ、やっぱりやめにしない?」
言い出しっぺではあるけれど、俺は怖気付いてしまった。なんかノリでやろうってなったけれど、よくよく考えたら普通に器物破損だし、それ以前に不法侵入になってしまう。
「……たしかに、僕もちょっと怖くなってきちゃった」
「……実はよぉ、俺もなんだわ」
「……俺も」
俺はそれを聞いてほっとした。どうやら、みんなも内心怖かったみたい。
所詮、俺たちも一塊の中学生なのだ。復讐だからといって、他所の学校に忍び込んで窓ガラスを破るだなんて、そんな不良みたいな大それた真似はできない。
俺たちが自分たちの情けなさに笑い合っていると、校門の内側からスーツ姿の男が現れた。
「ちょっと君たち、そんなところでなにやってんの!?」
どうやら、ガラ中の教師のようだ。遅くまで校舎内で業務を行なっていたその帰りなのだろう。これは少し、まずいかもしれない。
「あ、いや、そのぉ……」
こんな時間に校門前で中学生がたむろっていては、怪しまれても仕方がない。まだ何も悪いことはしていないけれど、「あなたの学校の窓ガラスを破りにきましたけど、やっぱりやめました!」とはなかなか言えないし。
そんなふうに、どうこの場を切り抜けるべきかと困っていた矢先。突然、上原が軽快な調子で叫び出した。
「お前ら、逃っげろー!」
上原は笑いながら、その場を走り出した。
「ちょっ、ちょっと待ってよ上原!」
俺たちもそれに続いて、暗い夜の街を走り出した。
「あっ、ちょっ、君たち、待ちなさい!」
後ろから教師の声がかかったが、俺たちはそれを無視し、四人で笑いながら、逃げるようにその場を離れた。今思えば、これが良くなかったのかもしれない。
*
その翌日。俺たちは学校で、放課後に校長室へと呼び出された。
昨晩の教師から、通報が入ったのだろう。あの校門の近くには監視カメラが設置されており、それに俺たちの様子が写っていたそうな。昨晩の俺たちは制服を着ていなかったけれど、馬鹿なことに顔は隠していなかったし、そのために、どうやら警察の調査で身元がばれたようだ。
あまりの速さに、俺は内心度肝を抜かされた。日本の警察って本当に優秀だなと、感心さえしていた。
とはいえ、俺たちはその校長室で、正直に全てを話した。すると、特に事件性はないと判断されて、それほど大ごとにはならなかったが、その代わり、四百詰原稿用紙二枚の反省文を書かされるはめとなった。
さらに翌日の放課後に、俺たちは空き教室にて、四人揃って慎ましく反省文を書いていた。
「ったく、夢原のせいで酷い目にあったぜ」
上原が冗談気味にそう言ってきたので、俺も笑いながら返した。
「なんで俺のせいなんだよ」
「だってお前がガラ中の窓割に行こうって言い出したんだろうが」
「僕的にはさ、上原があの時逃げ出さなければ、反省文までにはいかなかったと思うな。あの場でちゃんと説明しとけば、ワンチャン学校まで連絡も行かなかったかもしれないし」
「いやそれな。というか、たしかに俺は言い出しっぺだけど、みんなも賛成したわけだしさ」
「そんなこと言い出したら、俺が逃げた後だってお前らもついてきたし、同罪じゃねぇか」
「まあまあ、責任転換してないで、早く書いちゃおうよ」
太井が横から宥めるように、その場を押さえた。結局のところ、そもそも坂本と太井がガラ中に余計なちょっかいを出さなければ、こうはなってなかった気もするけれど。
とにかく俺たちは、その後は反省文埋めに専念した。
そうして一週間が経過し、夏休みまで残りわずかとなった、ある日の放課後。
俺たちは、いつも通りの通学路を四人揃って下校していた。
だが、この帰り道。ここで俺たちの友情が、あっけなく崩壊してしまう。
「今日もゲーセン行くべ」
「えー、もう僕お金ないよ」
「俺もー」
「けっ、ノリ悪りぃなー」
いつも通り、なんて事のない会話をしていた。いつも通り。そんな矢先のことだった。
「おいっ、お前ら」
後方から突然、野太い声がした。振り向けばそこには、前に路地裏でカツアゲしていたガラ中の奴らがいて、険悪な表情を浮かべていた。陳腐な表現だけれど、まるで鬼のような化け物と対峙しているようだった。
「……えっ、ちょっ、なんすか?」
「いいから、ちょっと面かせや」
嫌な予感がした。その場から逃げ出すこともできたけれど、人数的には先方の方が多くて逃げられそうにもなかったし、何より、今逃げれば後が怖かった。そのため、俺たちは胸ぐらを掴まれながら、そのガラ中生たちに連れて行かれた。
*
俺たちはそのまま、人気のない河川敷まで連れてこられた。
「お前ら、前に俺たちの学校に忍び込んで荒らそうとしてたらしいじゃねぇか」
ガラ中集団の内の一人が、そんなことを言いながら迫ってきた。それは事実だが、俺たち四人はその発言に驚き、顔を見合わせた。どうしてこいつらがそれを知っているのかと。
「ど、どうしてそれを?」
太井が動揺しながら先方に訊ねた。すると先方は、さらに顔を顰めだす。
「ただの噂だよ。けどその反応を見る限り、どうやらマジだったようだな」
……やられてしまった。どうやら先方たちは噂でしか知らなかったようで、それを確かめるように、俺たちにわざとそんな訊き方をしたのか。これは、非常にまずい状況だ。
「舐めた真似しやがって。お前ら、覚悟できてんの?」
今にも殴り殺されそうな雰囲気。俺は、鬼に殺害予告をされたような恐怖に陥り、足がすくんだ。けれど、
「すみません! 全部俺のせいです!」
俺は、震える手足を必死に抑えながら、先方に土下座をした。側から見たらダサいし、なんとも滑稽だろう。けれど、今はそんなことはどうでもいい。上原たちだけは、助けてやりたい。今は、その一心だった。
「俺が言い出したことなんです。ガラ中の窓割に行こうって。こいつらは、無理やり俺が連れて行きました。ボコるなら、俺をボコってください。だから、こいつらだけは見逃してやってください、お願いします!」
頭が痛いくらいに、俺は地面に頭を強くつけた。大事な友たちだけは、守りたい。
「は? 知らないし。全員殺す」
先方たちは、さらに迫ってきて、俺たちの胸ぐらを掴んできた。そしてその瞬間―。
「マジ勘弁してくださいよ! こいつっす、本当にこいつが全部悪いんすよ!」
突然、上原が俺を指差して、そんなことを吠え出した。
「……は?」
俺は、唖然とした。こいつ、急に何を言い出すんだ。その後も、上原の口は止まらなかった。
「こ、こいつが言い出したんですよ! ガラ中に忍び込んで窓ガラス割に行こうって!」
「う、上原。急に何を……」
坂本が上原を制そうとはしたが、最終的には恐怖に負け、上原に乗っかって俺を、友達を売り始めた。
「いや……、そ、そうなんです! 僕らはこいつに無理やり丸め込まれただけなんです!」
「ちょ、なんだよそれ」
俺は、言葉が出なかった。上原たちさえ助かればそれでいいんだと、さっきまではそう思っていたが、俺は上原たちのその裏切りの言葉を聞いて、俺の中の何かが壊れた。
「……だから関係ね―」
「失礼します! ごめん、夢原!」
坂本はそう言い残し、ガラ中生に掴まれていた腕を振り払い、走り去った。
その気を逃さず、上原と太井も続いて走り去った。
「おいっ、こら待ちやがれ!」
ガラ中生の一人が大声で呼び止めたが、追うことはしなかった。
「……まあいい、テメェだけボコせば十分だわ」
……上原たちの遠のいていく背中を見つめながら、俺は理解した。最初から俺たちの間に、友情なんてものはなかったのだと。人間の絆なんて、脆いもんだ。どれだけ友情を謳っていても、自分たちに身の危険を感じれば、すぐに友達を見捨てる。……それが、人間なのだ。
一人取り残された俺は、そのままガラ中生に、次々に殴り続けられた。口周りに血の味がする。
放課後の赤い夕陽が、気持ち悪いくらいに眩しかった。まるで、地獄で炎に焼かれているかのように。




