11話
渡辺との面談が終わり、部活へと向かった。その後部活も終了して、そのまま田崎と二人で帰宅する運びとなった。
俺たちは下校する道中で、暇つぶしにゲーセンへと立ち寄るために、街の商店街を歩いていた。肌寒い季節へと移行し、商店街を行き交う周囲の人間も、分厚いジャケットやコートを羽織る人が目立ってきた。
「……冬って、なんか寂しい感じするよな」
二人並んで歩いている中、田崎が急にそんなことをこぼした。
「なんで?」
「雰囲気がだよ、雰囲気。別に本当に寂しい感じがするわけじゃねぇけどさ、冬の夜とか一人部屋にいると、変にシーンとしてて寂しい感じする時あんじゃん」
なんとなく、言わんとしていることはわからなくもない。別にどの季節の夜でも、静かであればなんとなしに寂しい感じがする時はある。
でもたしかに、冬の夜は他の季節と比較しても、ちょっとした肌寒さやなんとも言えない静けさから、なんとなく雰囲気的に寂しい感じがするのは、ちょっとわかる。
そもそも冬のイメージカラーも、俺の感覚がずれていなければ、一般的に寒色系というか、暗いイメージがある。
そういうのも、冬の寂しいイメージにちょっとした影響があるのかもしれない。
「まあ、たしかにわからなくもない。けど、良く言えば冬の夜に自分の部屋で一人の時って、ちょっとエモい感じもするよね。その静けさになんともいえない孤独感があってさ」
「それだ。そういうエモさも含めて、冬って寂しいイメージあるよなって話だよ。良い意味も含めてな」
というか、田崎もエモいとか寂しい感じがするとか、そんなこと考えるんだなぁ。田崎は俺と違って、そんなものとは無縁のやつだと思っていたのに。
「まあ、それはわかるね」
俺は田崎の発言に共感した。
田崎とはかれこれ一年以上付き合ってきたが、今のように、彼とは意外と共感できる部分がある。それも手伝い、最近はよく二人で遊びに出かける機会も増えた。
田崎といるとそれなりに楽しいし、気を使うことも少ない。けれど、まだ友達と称して良いのか、自分の中でもわからない。
というより、あまり仲良くなりすぎると、また、上原たちみたいに裏切られた時に、もう俺は立ち直る自信がない。それもあり、ただ単純に、迂闊に友達と認めてしまうのが怖いだけかもしれないが。
けれど事実、田崎と話す時間は苦痛ではなかった。友達保険を結んでいる孤山ほどではないにしろ、田崎と話している時はそれほどストレスを感じない。少し気持ち悪い言い方かもしれないけれど、むしろ憩いの時間のようにも思っている自分がいた。
「田崎とこういう他愛もない話をしていると、なんか落ち着くなぁ」
「……え?」
気づくと、俺は心の中の声が漏れてしまっていた。俺の急な発言に田崎も少しわけのわからなそうな表情をした。それを見て、俺は慌てて手を振り、否定の素振りを見せる。
「あっ、違う違う! 別に変な意味じゃないんだよ」
「ぷっ、ははははっ」
すると唐突に、田崎が笑い声を出してきた。何がそんなに面白いのか。
「な、なんで笑うの?」
「いやいや、そう言ってくれると、なんか嬉しくってよ」
「……そう?」
そう言われると嬉しいけれど、なんだか変な感じだ。田崎にそんなこと言われるなんて思っていなかったから。
そんなこんな話をしていると、商店街を抜けた近くのショーピングセンターへと着く。そして中へと入り、二階フロアにある目的のゲームセンターまでたどり着いた。
お互い自宅で夕飯の時間になるまでの暇つぶしで来たのだ。たぶん四十分もしたら帰る流れになるだろうし、せいぜいそれまで手持ちの所持金で遊び尽くそうではないか。
二人でうろうろ歩いていると、クレーンゲームが立ち並ぶコーナーを目にした。そこを見てまわっていると、田崎が声を上げる。
「あっ、これ欲しいな」
田崎が指をさしたそれは、今流行りの『ぷにぷにキャット』というキャラクターのぬいぐるみだった。三十センチあるかないかくらいのサイズで、シリーズの中でも一番人気とされている黒と白のぶち猫の『ぶっちー』というキャラクターが、ちょこんと座っている。黄色い目を細めてこちらを睨むようなお顔がかわいいと、ファンから称賛されているキャラだ。
たしか田崎の推しもこいつだった。
「俺、これやるわ」
「いいんじゃない? 田崎の推しだしね」
ちなみに、俺はこのキャラクターの良さがよく分からない。そもそもあまりキャラクターものには興味がない。だから、こんなものにお金を貢ぐとはなんて勿体無いことをするのかと、俺は田崎がこれにお金を投入する傍らで、内心そう思いながら見ていた。けれど、関係が壊れそうなので、心の中までにしておこう。
お金を投入するところには、一回百円と書かれていた。わりかし手が出やすい値段だし、このキャラが好きなやつからすれば、このサイズを一発でゲットできれば痛快だろう。俺だったらそれをネットオークションで売ってお小遣いにするけれど。
「よっしゃ、持ち上がった!」
気づけば田崎はぬいぐるみをアームで持ち上げていた。まあ大体ここまではみんなできるだろう。というか、アームがニャンコの顔を食い込むように掴んでいるから、ニャンコのお顔が可哀想なまでに歪んでいる。推しがこんなことになっているに、田崎は特に気にしていないみたいだ。
それはさておき、対象を持ち上げたアームはそのままゆっくりと穴まで運んでいく。けれど、
「あー。まじかー……」
対象のブツは重量により、穴へと入ることなく掴まれていたアームから逃れて落下した。持ち上げてから割とすぐに落ちた。穴までまだそれなりに距離がある。
「うわぁ、惜しいね。ドンマイ!」
それほど惜しくはないけれど、ここは慰めてあげましょう。
「いや、言うほど惜しくもないだろうよ」
言われてしまった。
「せっかく慰めてあげたのに」
「逆になんかイラッとするんだわ」
「まだやる?」
「やる!」
たぶんこの感じだと、田崎は取れるまでやるのだろう。推しへの熱量って怖い。
その後も何度か挑戦したが、一向に取れる気配はなく、かれこれ十回くらいやっている。その上、いつのまにかニャンコが、やる当初よりも穴からだいぶ離れた場所に鎮座した始末。田崎、下手だな。
「くそっ! もう金ねぇって」
もはやここまできてしまうと、ネットかなんかで定価で購入した方が安い気もする。いや、逆にここまできたらもう遅いか。
「田崎さん、もう千円以上使っちゃってますね」
「茶化すな」
「いや、茶化してはないんだけど」
まるでギャンブルに金を費やして、勝つことなくただただ散財して終わるような光景を見ているようだ。これはもはや、クレーンゲームもある種のギャンブルだよな。勝った対価と賭ける金額がかわいいだけのギャンブルだ。
「あぁ、くそったれ!」
「もうやめたら? もうお金ないでしょ?」
「……」
田崎がこちらを見つめてくる。なんか、嫌な予感がする」
「え、ちょっ、何?」
すると田崎は、急に姿勢を正して改まった態度で深々と頭を下げてきた。そして、パチンと強く音が響くくらいに、俺の目の前で手を両手で強く合わす。
「頼む夢原さん、金を貸してくれ」
「嫌だわ!」
もうパチスロで散財して友人に金をせびる時のそれだ。
なんだか自然と、田崎が将来パチンカスになっている未来が見えてきた。
それからは、他のクレーンゲームやシューティングゲームなんかをやり、時間を消費していって、やがてそろそろ帰ろうかとなった。
「わりぃ、帰る前にちょっとトイレ行ってくるわ」
「おん、了解」
田崎がトイレに向かったので、俺はしばらく近くにあったガチャガチャコーナーを見て時間をつぶした。
ガチャガチャのコーナーは見ていて楽しいのだけれど、いつも絶妙にこれというのがない。最近はガチャガチャも値上げされていて、百円で回せるものがほとんどない。いや、むしろないと言っても過言ではないだろう。だからそう気軽には回せないんだよなぁ。
好きなアニメのガチャガチャがないか探すけれど、存じ上げないものばかりが並んでいてつまらない。
そうやってしばらくまわっていると、すぐ近くに八神道校の制服であるセーラー服を着用した女子を見かけた。三つ編みをしており、俺から背を向けて前屈みになってガチャガチャを見ている。
その後ろ姿を見た瞬間、俺はドキリとした。背筋が凍ったような感覚を覚えた。
その後ろ姿から感じる懐かしい雰囲気と、三つ編み。
それを見て、俺は思わず後退りしてしまった。
すると、目の前の女子生徒は俺の気配に付いたのか、前屈みの状態のまま、顔だけを後ろへ向けて振り返った。そして、俺と目が合う。
「あっ! あなた!」
先方は俺を見た瞬間に目を大きく開け、弾かれたように立ち上がった。俺は、彼女のことを知っている。彼女の名前は、影山日和。俺の小学生時代の幼馴染だ。
「颯太、久しぶりね。どうしたのこんなところで?」
「あ、いや、別に」
彼女のことは、嫌いじゃない。ただ、影山には申し訳ないけれど、彼女を見ていると、昔を思い出してしまうのだ。上原たちとのことを。それもあり、影山とは一年前、中庭で再開して以来一度も会っていなかった。
「俺は、ちょっと友達と暇つぶしに来ていて」
落ちつけ、影山は何も悪くないだろう。影山は、上原たちとは関係ないんだから。
「そうなの? 私も友達と来ているんだけど」
そう言うと、影山はバツが悪そうな顔を浮かべ出した。そして、また口を開く。
「あの、前の中庭での時のことは、ごめんなさい。私が、気に触るようなことを言っちゃったんだよね?」
影山は、心底申し訳なさそうに頭を下げた。これはまずい、影山が悪いわけじゃないのに、謝らせてしまった。
すると、影山は言葉を続けた。
「颯太が私のことを避けているんじゃないかと思って、あれから自分からは颯太には合わないようにしてたんだ。でもごめん、そもそもそれより、謝りに行くべきだったよね。ごめんなさい、全部言い訳だけどさ、日がどんどん過ぎていって、自分から会いに行く勇気が出なかったんだ。連絡先も持っていなかったし、だから、本当にごめん。嫌な思いさせたまま、疎遠にさせちゃって」
そういえばたしかに、影山とはまだ連絡先の交換をしていなかった。俺は慌てて手を振って、否定の素振りを見せた。
「いや、違うよ! 頭を上げてくれ。影山は悪くない。悪いのは俺なんだ。俺の方こそ、ごめん。せっかく会おうって言ってくれたのに、急に走り去っちゃって。……困惑させちゃったよね」
影山に頭を上げるよう促した後、今度は俺が頭を下げた。そして、影山はまた口を開いた。
「そんなことないよ。……あと、それでね? あの後、八神道高でも友達ができたんだけどさ」
「えっ、あっ、うん」
その後、影山から出た言葉は予想だにしていないものだった。
「その友達が、颯太と同じ中学だったみたいで、いろいろ話を聞いたのよ。颯太のことを」
「……は?」
影山は何か言いずらそうな様子を見せたが、続けた。
「それでね。いろいろ聞いていたら、颯太が中一の夏に上原君たちを殴って、喧嘩になったって聞いたの。それから颯太は、周りから刺すような目で見られながら、中学で孤立し始めた、って」
「……」
「それ以外のことは、詳しくは聞けなかったけど、もしかしたら、中庭で再開した時はそれが原因で颯太はどこかに行っちゃったのかなって。私が上原君たちの話題を上げちゃったからだよね?」
「……めて」
「颯太の口からちゃんと聞きたいのよ。どうして上原君たちを殴っちゃったのか。小学校で転校してからしばらくは会っていなかったけれど、私は知ってる。颯太はなんの理由もなく人を殴るような奴じゃないって」
「……めてくれ」
「だからお願い、私にだけはちゃんと説明して欲しいの、中学の時に何があったのか!」
「やめてくれ!」
「っ……!」
思わず、大声をあげてしまった。それをきっかけに、店内にいた周囲の人たちから視線を感じた。影山は俺を見て少し怯えているようだけれど、そんなことを気にする余裕はなかった。俺は構わず、立て続けに口を開いた。随分と、小さな声で。
「俺のことなんも知らないくせに、勝手なこと言うなよ」
「……え?」
「なんも分かってないよ、影山は。俺はもう、思い出したくねぇんだよ」
「……そ、颯太?」
「ごめん、もう上原たちの話はしないでくれ。あと申し訳ないけど、もう話しかけないで」
「……颯太」
俺は後ろへと向き直り、その場から離れようとした。すると、後ろを向いたすぐそこには、トイレから戻ったのであろう田崎が立っていた。おそらく、一部始終を見ていたのであろう。
「……どうしたんだよ、夢原」
立ち尽くした田崎は、神妙な顔をしながら俺に問うた。
けれど、今は誰かと話す気にはなれない。俺は田崎から顔を逸らし、肩腰に一声かけて、通り過ぎようとした。
「……ごめん、ほっといてくれ。悪いけど先に帰る」
「ちょっと待てよ!」
すると、去ろうとした俺の肩を田崎は掴み戻した。掴んだ手が力強くて、少し痛い。
「何がどうしたんだよ。説明してくれって」
正直、とてもめんどくさい。今はもうとにかく放っておいてほしいのに。なんでどいつもこいつも分かってくれないんだ。本当に物分かりの悪いやつらばっかり。
「……うるせえんだよ。……今はなんも話したくない」
「……」
俺は下を向いていたため、田崎の顔はわからない。けれど、訝しげな顔を浮かべて見つめられているということは、なんとなく感じられた。
「……そうか、悪い」
今にも消えてしまいそうな声でそう言った田崎は、俺の肩から手を離し、一歩だけ後ずさった。
俺はその場から逃げるように、早足でエスカレーターまで向かい、外へと出ようとした。
「また明日、部活でな! じゃあな!」
後ろから田崎の声が聞こえたが、今は返す余裕がなかった。先ほど公共の場で大声をあげてしまったことを徐々に、やらかしてしまったと後悔する。やってしまったと悔いる気持ちと羞恥心や、中一の夏の頃に起こった出来事がフラッシュバックしたりで、胸奥がぐちゃぐちゃになって気持ち悪かった。
俺は何も言わずにそのままエスカレーターで一階まで降り、ダッシュでその場から離れた。




