1話
少し長いですが読んでいただけると幸いです。
プロローグ
【夢原颯太視点】
都内にある有名出版社の、広いオフィス内にて。
俺は、自身のデスクに腰を下ろし、事務作業を行なっていた。
あぁ、……マジ眠い。俺はこの出版社に勤める、一塊の編集者だ。昔から小説やら本が好きだったため、この仕事を選んだ次第だ。
とはいえ、いくら好きでこの仕事に着いたといえど、眠い時は眠い。
「あぁ、早く帰りてぇ……」
気づけば、独り言が漏れていた。この職場はホワイトだから、特にストレスもないし、別に睡眠時間が足りていないなんてこともない。
けれど、担当している小説の作家さんの原稿の締め切りが近づいているのもあり、ここ最近はやることが多い。そのため、ここのところは忙しいのだ。
ふと、オフィス内の壁にかけられた丸時計に目をやる。……もうそろそろお昼時だ。
今日の午前中はかなり仕事を詰め込んだし、お腹も空いてきた。もう、とにかく眠い。
俺は一度、パソコンから手を離し、椅子の背もたれにもたれかかった。
「はぁ……」
……腰が痛い。最近はデスクワークが多かったからなぁ。学生時代は長時間椅子に座っていても、それほど腰が痛くなることはなかったのに。歳をとるって、ほんと怖い。
「……」
……にしても、学生時代か。中高大と合わせて、いろいろなことがあったものだ。
波乱万丈と自分で称すのも恥ずかしいが、正直に申し上げて、個人的にはそう言っても過言じゃないくらい、本当にいろいろあったと思う。
さて、そろそろお昼を食べて、一休みしようか。
しかも今日は、今担当している作家の家に、原稿の進み具合を直接伺いに行かなければならない。今の時代、メールやデータでやり取りできるけれど、俺が担当している作家は、直接面会して作品について話すことにこだわるのだ。まあ、そろそろ締め切り間近だし、どのみち今日は直接伺いに行くつもりだったけれど。
にしても、彼女は淑やかだけれど、少々気の強いところがある。彼女は昔からそうなのだ。
そんなふうに考えていると、だんだんと学生時代の頃を思い出してきた。今担当している作家の、いや、相棒との思い出を――。
これから記されるのは、俺と彼女が共に歩んだ、俺たち二人の物語だ。
一章 一人と一人
【夢原颯太視点】
おい……逃げんなよ……。なんで、なんで裏切るんだ。俺たちはみんな絶対的で、親友だったはずだろう。俺はちゃんとお前らを庇ったぞ。なのに、どうしてお前らは俺を裏切った。
約三年前。中学一年生のある夏の暑い日。学校から下校をしていた途中の出来事。俺はあいつらの走り去る後ろ姿を、仰向けに倒れ込みながら見つめていた。
……あいつらの、俺の方を振り返りもせずに走り去る後ろ姿を見て、……俺は、悟りを開いたかのように、すべてを諦めた。すべてに心底絶望した。
その絶望は、不思議と人間特有のドス黒く、怒りに満ちたものではなかった。いや、怒りはあった。けれど、怒りを通り越して、もうすべてが馬鹿らしく思え、どうでもいいような気持ちだった。
その時の絶望は、夕凪のように穏やかで、まるで自分の心に霞がかかったかのような、そんな静かなものだった。
俺は自嘲気味に笑った。俺は、友情というものを心の底から信じていたのだろう。
ドラマや小説に出てくるような、あんな素敵で綺麗な友情はたしかにあるのだと、俺は身をもって理解していたはずだった。
けれど、どうやらそんなものは現実には存在していなかったようだ。俺は何か、夢や幻を見ていたのだろう。
現実は、フィクションのように、綺麗ではなかった。
(……あぁ。……こんなもんか)
俺はこの日。すべてに絶望した。
穏やかな春風が吹く午前七時、晴れ。
カーテン越しから微かに光が差し込んだ自室で、俺は朝を迎えて、床から身を起こす。
なんだかさっきまで、苦い過去の夢を見ていた気がする。気づけば目には涙がぽつりと流れていた。
中学では、最初こそ楽しかったけれど、中盤から最後にかけては、独り教室の窓越しに空を眺めるような日々を送っていた。その頃は、もう全てがどうでもいいように思えていた。正直、もう中学の時間や青春は捨てていた。
ただただ無気力で、世の中のすべてを見下していた。
そんな俺でも、今日は何としても朝の十時までには目的の場所に向かわねばならない。なんせ、今日は自分のこれからの生活、いや、今後の人生が決まると言っても過言ではない、大切な日なのだから。俺は母親に「行ってきます」と言葉を交わして、愛用の自転車で最寄り駅へと向かう。
そう、今日は俺が本日から通うことになる、八神道高等学校の入学式当日なのだ。
*
八神道高の正門から入ってすぐのところに、『新入生入学式はこちら』と矢印で表した、俺たち新入生を誘導するための、木材で作られた案内板が立てられていた。
当然と言えばそうなのだが、校門付近ではすでに新しい制服を着用する青々しくキラキラした、たくさんの新入生で溢れていた。周りを見渡すと友人と楽しそうに話している者や、家族とめでたい日を分かち合っている者など、笑顔で溢れたさまざまな光景が窺える。
こうやって誰かと楽しそうに話している人たちを見ていると、一人で突っ立っている自分が虚しく思えてくる。
けれど、こんなことはいつものことだ。それに、俺はこれから変わるんだ。小中と俺は、実質今までずっとぼっちで、特にこれといった思い出もなく、ただただ平凡で……、本当にクソみたいな学生生活を送っていた。
……けれど、高校こそは俺も、真の意味で心許せる友人をつくり、今度こそ楽しく幸せで、充実した学生生活を送ると誓った。この学校で俺は変わる。いや、変わってみせる。
いよいよ入学式が始まった。体育館内で俺たち新入生はパイプ椅子に腰掛けている。そして、その前方にある壇上で、校長先生が俺たち新入生に向けた言葉を長々と話していた。「君たちはこれからの未来を背負う、どうちゃらこうちゃら―」正直どうでもいい内容だった。
中学の時の校長もそうだったけど、どこの学校でもこの手の式典の場では、校長の話が長いと相場が決まっている。
そんなことを考えながら、校長の話に気を向けずに俺は周りを見渡す。なんせ今が友達を作る最初のチャンス。
これから同級生になる周りの人たちを見ていると、あくびをしながらボケーっとしている人、なんならあくびどころかガッツリ寝ている人、校長の長話を真面目にうなづきながら聞いている人、とにかくいろんな人がいた。
そのまま周りを見渡していると、なんと所々にもう仲良くなったのか、ヒソヒソと楽しそうに隣の人と話している人がいた。
俺はその人たちを見て純粋に尊敬した。なんてコミュ力だ。初対面の人とそんなにもすぐに仲良くなれるなんて。
ちなみに、今座っている席の配置はクラスごとに分けられている。
……つまり、今から先手を打って、クラスメートと仲良くなる最初のチャンスなのだ。
さすがに友達とまではいかなくとも、これから友達作りをするための、人とのコミュニケーションを築くにはいい機会だ。
とりあえず、俺も誰かに話しかけようと右隣の眼鏡をかけた男子生徒に話しかけた。ちょうどおとなしそうな人だし、話しかけやすい。
「……あ、あの。……ちょっといい?」
すると、話しかけたその男子生徒は、少しビクッとしてこちらを見た。
そんなに驚かなくても……。
まあ急に話しかけられれば多少はびっくりするか。いや、にしても高校一年の入学式。皆それぞれ友人をつくりだしていく日だ。
この場でなら、別にこれからクラスメートになる人に話しかけたって、なんらおかしなことではないし、やっぱりそんなに驚かなくても、と思ってしまう。
いや、もしくは単に俺の声の掛け方が良くなかったのかな?
すると、その男子生徒はおどおどしながら返事をする。
「あ、いや、……はい」
あっ。さてはこの人、だいぶ人見知りだな? でも、そっちの方が俺としてはありがたい。
俺はそのまま彼に口を開いた。
「あっ、ごめんね。驚かせちゃった? ……ちょっと友達をつくりたくて、話しかけたんだ。俺は夢原颯太、よろしくね。君の名前は?」
すると彼は、もごもごと口を動かしながら答えた。
「し、清水友哉です……。よ、よろしくです」
「清水君だね。こちらこそ、これからよろしく」
俺がそう言うと、彼はおどおどしながら、頭をぺこりと下げた。雰囲気でなんとなくわかるが、やっぱり彼はかなり人見知りなのだろう。
でも俺は、こういうおとなしめの人と仲良くなりたい。というのも俺は、友達は欲しいけれど、もうあまり誰かとそこまでワイワイ大声ではしゃぎたいとは、思わなくなってしまっているから。
……そう。今思えば、そんな空気に疲れていたのかもしれない。やっぱり、静かにひっそりと、そこそこの生活ができれば、俺はそれで十分だ。
そう。真に心を許せる、そして、自分を犠牲にしてでも守りたいと思える奴なら、それでいいんだ。
だから俺は、これからはこういうおとなしそうな人と、静かにそこそこ楽しい学生生活を送れれば、それでいい。
それで、清水君か。さて、次はどうやって話を続けよう。うーん。まあ、ここはまず趣味でも聞いてみようかな。
「何か趣味とかはないの?」
と俺が訊くと、清水君は目を逸らしながら答えた。さっきから全然目を合わせてくれないな。たぶん、あまり人と話し慣れていないのだろう。
「ぼ、ぼくは。ゲームとかが、す、すきっ、かな。『ファンタジーバースト』とか、『ドラゴンナイトファイター』とか」
……全然わからない。いや、聞いたことはあるけれど、やったことないからなあ。
まあそれでも、知らないなら知らないなりに話は繋げられる。
「あー。俺それ知らないなあ。有名だから聞いたことはあるんだけど、やっぱり面白い?」
俺は頭をかきながら、ハハハと笑って訊いた。
すると清水君は、眼鏡を整えながら答える。
「いや、まあ、そこそこに。えっと。ゆ、夢原君も、やってみたら、きっとはまりますよ」
と、言ってくれたので、俺は笑顔で返した。
「本当!? じゃあさ。俺も買ってみるから、今度一緒に遊ぼうよ!」
「……え。あー、いや、まあ、……き、機会があればで……」
清水君は、少し困ったような顔をしていた。
流石にミスったかな。今日すぐにというわけじゃないけれど、出会ってすぐに今度遊ぼうって言うのも、……ちょっと違ったかな。
俺は咄嗟に手をあたふたさせる。
「あー、いやそうだよね。また機会があれば。ハハ、ハハハ」
そんなふうに、俺たちの一連のやりとりが終わったと同時に、前方から校長の声がした。
「えー、というわけで。わたしからは以上となります」
校長の話がやっと終わった。全然聞いてなかったけれど。
まあ話が長かったおかげで、清水君ともお話しできたし、俺としてはありがたかったな。
校長がさっきまで立っていた場所から少し横にずれると、体育館内横に座っていた、放送委員会らしき人たちが、マイク越しに号令を出した。
「新入生、起立」
号令と同時に、俺たちはその場で一斉に立ち上がった。
「一同、礼」
*
午前中の入学式が終わり、そのまま教室で初めてのホームルームも終え、午後一時ごろに解散となった。
教室を出る前に、俺はすぐに清水君の席へと向かった。せっかくだし、一緒に二人でご飯でもどうかな、と思ったからだ。
「清水君。良かったらさ、この後一緒にどこかでお昼食べない? せっかくだから、もっと仲良くなりたいし」
清水君は、口をもごもごさせていた。
「あー。いや、その、ごめん。……この後、他で一緒に食べに行く友達がいて……」
……え? うそ、友達いたの? ……て思うのも失礼か。
「あー、そっか。じゃあ、しょうがないよね。じゃあ、……またね!」
俺はできるだけ笑顔で手を振った。清水君はぺこりと頭を下げ、教室を出ていく。
すると、教室の外の廊下にいた男子三人と一緒に、そのまま清水君は去っていった。おそらく、中学校からの友人かな。
清水君は、その人たちと一緒に、楽しそうに笑っていた。
「……」
俺は、そんな清水君を見て、胸のあたりがきゅっとなったのがわかった。
(清水君って、あんなに笑うんだな……)
今日出会ったばかりで、俺が清水君の何を知るでもないけれど、少なくとも、今日俺と話していた時は、彼はあんな顔はしていなかった。
……なんだか、虚しくなってきた。やっぱり、みんなちゃんと、……友達いるんだな。
……一人なのは、俺だけか……。
*
そのまま俺は、昇降口で下駄箱から靴を履き、外へと出る。
外に出ると、校門前ではすでに人で溢れていた。
皆、校門前で友人と写真を撮っている者や、帰りにお昼を食べに行こうとしている者もいた。
「……」
見慣れた光景。前まではこんな光景を見ても、何にも思わなかったのに。
……前までは、今、目の前のこの光景が、俺にとってはただの背景だったのに。
……でも今は、こんな光景を見るたびに辛らくなる。
みんな、それぞれにちゃんと友人がいるんだな……。心の底から笑い合える、自分にとっての絶対的な誰かがいるんだな……。孤独なのは、俺だけか……。
……周りが誰かと楽しそうに笑い合っているのを見ているだけで、一人でいる自分がどうしようもなく惨めに思えてくる。自分がどうしようもないダメなやつに思えてくる。何も悪いことをしていなくとも、周りを見ているだけで、その景色や周りの人たちに笑われているような、そんな錯覚を感じる。
……どうして。いつのまにかこんな気持ちになってしまったのだろうか。
……いや、どうしてじゃない。その答えはちゃんとわかっていた。
すべてはあの日だ。あの日、約三年前、中学一年の夏のこと。すべてはあの日からが始まりだった。俺はあの時、幼い時からずっと一緒だった、親友たちに、見事に裏切られた。今でもあの時の記憶が夢にまで出てくる。あの時の、俺を身代わりにして、背を向けながら走り去って行ったあいつらの背中が、あの時の記憶が、嫌でも脳裏に焼き付いている。
……どうして? 俺はちゃんとやってきただろう。俺はちゃんと、親友だと思っていたあいつらを庇ったはずだった。……なのに、なんで。あいつらは俺を裏切った……?
……いや、もういい。もうあんな過去、思い出さなくていい。思い出すだけ、自分が馬鹿に思えてくるだけだ。
それに、俺は誓った。高校では今度こそ、真の親友をつくってみせると。
そうだ。俺は今日から変わるのだ。
ブー、ブー……。
俺が胸の中で決意を固めていると、ポケットの中にしまっておいた携帯電話に、メールの通知音が鳴った。
(誰からだろう……?)
と、一瞬思ったが、携帯を開く前に、なんとなく差出人の見当はついていた。
携帯電話を手に持ち、画面を見る。そこには、メールの通知が表示されていた。
メールの内容はこう。
『校門前で待っています。もう帰っちゃいましか?』
とのこと。
校門前。もうすぐ目の前だから、返信せずに向かった。
*
校門を出て、あたりを見回す。
いないなぁ。と思いながらしばらく探していたけれど、すぐに、校門前の壁にもたれながら立っている、メールの差出人をみつけた。
長い黒髪を頭の後ろでまとめたポニーテールに、八神道高の制服であるセーラー服に身を包んだ彼女は、手で口を押さえてあくびをしながら、一人、青い空をぼーっと眺めていた。
俺は彼女に歩み寄って声をかける。
「おはよう。孤山」
そう言うと、彼女は顔をゆっくり俺に向け、眠たそうな顔で口を開いた。
「あっ。おはようございます、夢原くん。まだ校内にいたんですね」
相変わらず声が小さいな。と一瞬感じつつも、別にそこまで聞き取りづらいわけではないので、気にせず続けた。
「……うん、まあね。ちょっと、式で話した人をお昼に誘っててさ。……まあ、他に食べる人がいたから、断られたけどね」
俺が頭をかきながらそう告げると、孤山は、さっきまで眠そうだった顔を、今度は少し驚いたように、目を軽く見開いた。
「え、夢原くん。まさか、もうお友達ができたのですか?」
孤山が少し見当違いなことを言ったので、俺はすぐさま手を横に振る。
「いやいや、まさか。まだ友達じゃないよ。これからもしかしたら、仲良くなれそうかな?ってなだけだから」
俺がそう言うと、孤山は安心したように、ほっと胸を撫で下ろした。
「……良かった。私とあなたの関係も、今日限りかと思ってしまいました」
「さすがに気が早いよ。俺だって出会ってすぐの人と仲良くなれるほど、コミュ力はないし」
俺は自嘲気味に笑う。すると孤山は、パン、と軽く手を叩いた。
「じゃあ夢原くんも、この後おひとりですよね? でしたら、この後一緒に昼食を食べに行きませんか?」
孤山はそう言と、顔を少し下に向けて、また言葉を続けた。
「友人と一緒にお昼を食べに行こうとしている人たちを見ていたら、劣等感がすごくてしんどくて。……私は一人でしたから」
孤山は自嘲気味に笑った。その顔は、どこか泣き笑いのような、切なげな顔をしていた。
けれど、孤山のその提案は俺にもありがたかった。現にちょうど、俺も孤山みたく、周りを見てとんでもない劣等感に襲われていたところだったから。
「うん、いいね。俺もちょうど同じ気持ちだったから、助かるよ」
そう俺が言うと、孤山はにこっと微笑み、俺も自嘲するように笑った。
彼女の名前は、孤山凪。
身長は俺の肩ぐらい。おとなしくて清楚と言った雰囲気だけれど、実際は世の中のほとんどに愛想が尽き、ただ無気力なだけ。
童顔で顔立ちもそこそこ整っているので、その容姿を上手く活かせば、すぐにたくさんの人と仲良くなれそうなものだけれど、それだけでは上手くいかないようで。
現実はそうあまくはないみたい。
その後、俺たちは近くの大型ショッピングモールにある、フードコートへと向かった。八神道高からそこまで遠くはなかったし、何より食べ物の種類が多かったから、俺たちはここを選んだ。
ただ、種類が豊富なのはいいことだけれど、そのため周囲は学生が多かった。俺たちがこれから通うことになる八神道高の近辺は、他にも高等学校が何個か設立されており、この地域では、学生が多く集まることで有名だ。故に、必然的にどこへ行っても基本、学生の割合が高い。
フードコート内を軽く見渡すと、制服は違えど、やはり学生が多い。まあもちろん、所々俺たちと同じ制服を着た人も見えるが。
皆、入学式を終えた帰りに昼食を取りに来ているのだろう。たしかにここは食べ物の種類が多いからなぁ。みんな考えることは同じか。
俺と孤山は端っこにある向かい合いの二人席で、ひっそりと食事をしていた。
俺はハンバーグが乗ったオムライスを。孤山はサラダ付きの明太子スパゲッティを食べている。
孤山はフォークを上品に巻いた麺を、小さな口にパクりと入れた。
「おいしいですね。夢原くん」
「うん。そうだね」
あぁ。さっき校門前でとてつもなく惨めで辛い感覚に襲われていたけれど、今は比較的にまだマシだ。なんせ今、目の前にお昼を一緒に食べる人がいるという事実があるから。
それはたぶん。孤山も感じているのだろう。
そうだ。まさに今、俺たちのお互いの存在意義と関係性が、見事に生かされ、しっかりと機能しながら役立っているのだ。
そう。俺と孤山は、恋人でもないし、無論、友人でもない。
俺たちは、それぞれに孤独を感じていた。周りにうまく馴染めず、うまく溶け込めず、人を本当の意味で信用できず、信用できないがために、自分にとっての心の底からの大切な人という存在がいなかった。いわゆる普通の枠線から外れたあぶれ者。
……もう、言うまでもなく、親友はもちろん、友人と呼べるような存在は、……いない。まさに皆無だ。
でも、誤解をしてほしくないのは、人を信用できないからと言って、決して友人という存在を求めていないわけではない。
というか、逆に俺たちはどうしようもないほどに、それを欲している。
いや、友人が欲しい……というわけではないな。
友人というか、簡潔にいえば要は、自分がその人のことを一番特別に思え、かつ、相手も自分を一番特別に思ってくれるような、自分にとっての絶対的な存在が欲しいんだ。
けれど、俺たちはたぶん、それぞれの過去のトラウマから、もうそんな人をつくることが精神的に困難になっている。いや、困難というのは言い過ぎかもしれないけれど、まあ言い換えれば、もう自分や他人に自信が持てないのだ。
故に、周りのように人と上手く関われず、常に己の劣等感や孤独と闘い続けてきた。
絶対的な存在は欲しくても、上手くいかない。でもそうやっているうちにも一人ぼっちで、周囲の人達を見ていると、どうしようもない孤独を感じて胸が痛くなり、辛い。
そこで。それをカバーすべく、お互いの今の孤独な現状を少しでも緩和するために関係を結んだのが、俺と孤山。いわゆる、同志みたいなもの。
俺たちのお互いの関係と存在意義を簡単に言うと。もし、どうしようもない孤独を感じた時、お互いに、自分には孤山がいる。自分には夢原くんがいる。と思うことで、自分は一人ではないのだと脳にそう感じさせ、その孤独や劣等感を緩和する。言わば、ちょっとした麻酔みたいなもの。
だから、別に俺たちは友人でもなければ、自分にとっての絶対的な存在でもない。上手くは言えないけれど、ただの人間関係の土台と保険みたいな、お互いそんな認識でいる。
俺と孤山は、そんな関係。二人の間ではこれを、友達保険と呼んでいる。
俺が自分のオムライスを食べ終わると、ちょうど孤山も食べ終わり、お冷を飲んでいた。
孤山はそのコップを飲みほし、自分の食べ終えて、あとは飾りの草みたいなのが一つ寂しく残った皿を見つめながら、ぽつりと言葉をこぼした。
「……夢原くん。私たち、これからちゃんと、ちゃんとした特別な人ができますかね?」
俺は、言葉に詰まった。だってそんなの、俺にだってわからないよ。俺だって不安だし。
……でも、俺は誓ったんだ。高校では、ちゃんとした親友を。いや、というより、特別な誰かをつくるんだって。だから、俺はその気持ちを胸に、孤山に言った。
「俺たちなら大丈夫。きっと、いや絶対に、できるよ!」
そう。俺ならできる。絶対にできる。




