美鈴の過去と、玲奈の真実
その時、けたたましいエンジン音が聞こえてきた。続いて、バリバリと何かを破壊するような奇怪な音──
「あいつら、やっぱりやりやがった」
呟いた加藤に、美鈴は恐怖に満ちた表情で尋ねる。
「な、何? 何なの?」
「教団の連中が、車で突っ込んで来ただろ。うちのアホなクラスメートたちは、その車で逃げるつもりなのさ」
加藤が答えた時だった。その言葉の正しさを証明するかのように、エンジン音が鳴り響く。すぐ近くから聞こえてきた。
やがて、そのエンジン音も小さくなっていく。どうやら、車に乗り逃げ出したらしい。
「バカな奴らだよ。スマホにジャマーかけて使えなくするような連中だぜ。車なんかで逃げられるかよ。あんたらは、見ない方がいい。ここで待ってな」
呟くと、加藤は立ち上がった。口元を歪めつつ、大広間へと様子を見に行った。
大広間は、さらに悲惨な状態になっていた。
車の通った跡は、巨大な穴が空いており外が丸見えだ。
そして車はというと、山道に停まっていた。入口から、百メートルほどしか進んでいない。どうやら、動けなくなっているようだ。遠隔操作でエンジンを止められたのか、あるいは物理的に動けなくされたのか。
その動けなくなった車を、三人の男たちが囲んでいる。いずれも、黒いベストを着て黒いズボンを履いていた。間違いなく、ガイア救済教会の信者たちであろう。
その後に何が起きるかは、見なくてもわかる。あの車に乗っていた者たちは、引きずり出されて。全員殺されるだけだ。
「どこまでアホなんだよ。逃げられるとでも思ったのかね」
加藤が言った時だった。突然、信者たちが動き出す。車のサイドガラスが叩き割られた。
微かに悲鳴らしき声が聞こえてくる。だが、信者たちはお構いなしだ。元同級生たちを、強引に引きずり出していく。
しかも、どこかから新手の信者たちが現れた。彼らは、元同級生たちに手錠をかけ連れていく。元同級生たちは泣きわめいているが、信者たちは力ずくで連行していった。
間違いなく、全員殺される。先ほど加藤は、何のためらいもなく喉をかき切った姿を見ているのだ。
「自業自得だな」
呟くと、加藤は動き出した。まず、隅に置いてあった死体を入口付近に積んでいく。穴を塞ぐためだ。
残った者たちは、唖然とした表情で見ているだけだ。加藤は、彼らを睨みつけた。
「おい、さっさと手伝え。この死体でバリケードを作るんだ。でないと、怖いお兄さんたちが入って来るんだぞ。手伝わねえと、今すぐ殺す」
その一言で、彼らも動き出した。死体を運び、入口のガラス戸前に積んでいった。
次に、円卓や椅子を積み重ねていき、壁の穴を塞いだ。
「さて、残る元クラスメートは……十人、か」
加藤は、誰にともなく呟いた。
さっきの襲撃を生き延びたのが十四人だった。うち、車に乗って逃げたのが四人というわけだ。勘定は、ぴったり合う。
あるいは、車で逃げた者だけではないかも知れない。車に乗せてもらえず、徒歩で逃げた者がいたとしてもおかしくはない。
いずれにせよ、逃げた四人が全員死んだのは間違いなかった。
その時だった。
「あ、あたしたち、助かるのかな?」
手塚真由美が、そっと聞いてきた。媚びるような目をしている。
かつて加藤に向かい「いつまで学校に来るの? 頼むから、自殺して大事になるのだけはやめてよ。あたしたちが悪者にされるから」などと言った女だ。
加藤は、不快な気分になってきた。
「知るか。殺されるのが嫌なら自殺したらどうだ? そしたら、俺はきっちり悪者になってやるけどよ」
言い放つと、親子のいる部屋へと急いだ。
更衣室に入ると、加藤はポケットからチョコレートバーを取り出した。一本ずつ親子に渡す。
「こんなものしかないが、食べておいてくれ」
「あ、ありがとう」
礼を言うと、美鈴はチョコレートバーを食べ始めた。
玲奈も、美味しそうに食べ始めた。その姿を横目で見つつ、加藤は語り出した。
「まったく、あいつら頭悪すぎて笑えてくるぜ。逃げた奴が四人もいた。てめえのことしか考えてねえ。どうしようもないクズだよ。まあ、全員殺されたみたいだけどな」
「仕方ないよ。こんな時、誰もがあんたみたいに行動できるわけじゃない。人間は、弱い生き物だよ。でもね、そんな人ばかりじゃない。少なくとも、あんたは善意を持ってた。私たちを助けてくれた」
美鈴に言われ、加藤はフンと鼻を鳴らした。
「あんた、人間を知らなさすぎるぜ。人間は誰しも独善的で、自分さえ良ければ万々歳で、自分にとって都合のいい者だけを周りにはべらせておけば満足する……そういう生き物だ。善意なんて信じられるかよ。そんなものが本当にあるなら、俺は復讐なんてことを考えなくて良かったはずだ」
照れ隠しもあったが、半分以上は本音である。
しかし、それを聞いた美鈴の顔に悲しみがよぎる。
「人間の心の中は、そんな醜いものだけじゃない。私は人間の優しさを信じるし、人間の思いやりも信じている。それにね、人間には困っている人を見て、助けたいと思う気持ちがある。可哀想だと思う気持ちも、手をさしのべたいと思う気持ちもね。いつか、あんたにも誰かを信じる時が訪れてほしい」
「いいや、一生訪れねえよ」
そう返すと、加藤はプイッと横を向いた。
静けさが、部屋を満たしていた中……突然、美鈴はひとつ息を吐く。そして、ゆっくりと語り出した。
「私ね、昔はどうしようもないクズだったんだよ」
加藤は顔を上げなかった。床をじっと見つめながら、美鈴の声に耳を傾けていた。
「学校じゃ人をイジメて、夜の町でカツアゲして、店から物盗んで……酒タバコはもちろん、麻薬もやったことがある。当然、警察に捕まって少年院に入った。最初は反省なんかしてなかったけどね。でも、そこにボランティアで来てた女の人がいてさ。私に毎回説教して、毎週手紙をくれたの。あなたは変われるって、毎回しつこいくらいに書いてあった」
そこで、美鈴は笑った。だが、そこには悲しみの色が混じっている。
「最初は、ウザいって思ってた。でもね……なんでかわからないけど、その手紙だけは捨てられなかったんだ」
そこで、美鈴の目から涙がこぼれる。彼女は涙を拭い、再び語り出した。
「けど、ある日その先生が死んだって聞かされた。末期ガンで余命わずかだったんだって。その時、本気で泣いたよ。私にも、親身になって接してくれる人がいた。残りわずかな時間を、私のために使ってくれたんだって……」
加藤はまだ何も言わなかった。美鈴は姿勢を正し、まっすぐ加藤を見る。
「あんたと話してて、やっとわかった。私は昔イジメてた子たちに、殺されても文句言えないんだって。タイムマシンがあるなら、あの頃の自分をボコボコにぶん殴ってやりたいよ」
そこで、彼女の言葉が止まった。少しの間を置き、震える声で再び語り出す。
「私も、加害者だった。あんたの元クラスメートたちと、同類だったんだよ」
言った後、深々と頭を下げる。その目には、涙が溢れていた。
「本当に、ごめんなさい……」
直後、涙が床に落ちる。
それを見た加藤の肩が、わずかに揺れた。沈黙が、ふたりの間に落ちる。
数秒後、加藤は口を開いた。
「いや、あんたに謝られても困るよ」
その声は思ったよりも静かで、感情の波が引いたあとのように淡々としていた。
「別に、あんたが俺をイジメてたわけじゃない。自分のやったことを気にしてんならさ、イジメた人数の倍くらいの人を助けてやりなよ。あんたは、ボランティアの先生のおかげで変われたんだろ。だったら、今度はあんたがその先生みたいになればいい。そして、イジメに苦しんでいる子供をひとりでも多く助けてあげてよ。俺みたいなロクデナシにならないようにね」
そう言って、加藤はようやく顔を上げた。その目には、先ほどまでのひねくれた感じはなかった。ただ、真っすぐだった。
美鈴は少しだけ驚いたような表情を浮かべ、それから小さく頷いた。
「わかった。そうする」
彼女の声は、どこかすっきりしていた。また沈黙が訪れたが、それは先ほどとは違って、少しだけあたたかいものだった。
その時だった。玲奈が、不意に立ち上がった。とことこ歩いていき、窓から外をじっと見上げる。
美鈴が、そっと玲奈に触れた。しかし、何の反応もない。何かに憑かれたような目で、じっと外を見つめているのだ。
「お、おい、この子どうしたんだ?」
「私にもわからない。この子、たまにこうなるの。私たちにはわからない何かと話してるみたい……」
言った直後、美鈴の顔が歪む。しまった、とでも言いたげな様子だった。
加藤は、そこを鋭く突いていく。
「今の、どういうことだ?」
一瞬、美鈴の顔に迷いが生じる。だが、すぐに消えた。
「あんたにだけは、本当のこと話すよ。玲奈には、不思議な力がある。教団は、それを狙っているの」
「不思議な力?」
思わずオウム返しに言った時、加藤は以前のやり取りを思い出した。
玲奈が「あなたの胸には大きな穴が空いてる」と手話で話したこと……確かに、自分の胸にはぽっかりと大きな穴が空いている。そこは、死んでいる部分だった。
「この子は、どんなことができるんだ?」
さらに尋ねたが、美鈴はかぶりを振りつつ答えた。
「私にも、よくわからない。未来を予知したり、透視したり……ただ、教団がその力を利用しようとしているのは間違いない」
・・・
その頃、森の中では──
(あなた、どうしたの? いま、どこにいるの?)
不意に聞こえてきた声に、宇宙生物はハッとなって顔をあげた。心の中で語りかける。
(オレ オマエノ コエ キコエナクナッタ シンパイ シタ ダカラ キタ)
(じゃあ、みずうみから、でてきたの?)
(ミズウミ デダ チジョウ キタ オモシロイ ゴハン イッパイ)
(わたしのいるところ、わかる?)
(マダ ヨク ワカラナイ デモ チカクナラ イケル オモウ)
(はやくきて。こわいひとたち、おそってくる。いいひとがいて、まもってくれてる。でも、こわいひとたち、たくさんいる。まま、こわがってる)
(ワカッタ オレ ソッチイク オマエ マモル)
答えると、宇宙生物は動き出した。彼は、まだ生まれて間もない。したがって、テレパシーの残り香から少女の位置を探すのは難しかった。
それでも、宇宙生物はゆっくりと、しかし確実に少女へと近づいていた。




