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凶獣たちの狂宴〜闇に光を、君に祈りを〜  作者: 赤井"CRUX"錠之介


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8/11

加藤の過去と、現在

 突然、どさりという音が校庭に響き渡った。何かが、空から落ちてきたのだ。

 校庭にいる生徒たちは、何が起きたのか把握できずキョトンとなっていた。教師たちですら、思考が停止し動けずにいた。

 なぜなら、空から落ちてきたのは、生徒の加藤亜嵐だったからだ。




 加藤亜嵐は、白戸市の中流家庭に生まれた。

 成績は可もなく不可もなし。特筆すべき能力があるわけでもない。本当に平凡な小学生そのものであった。

 ところが、そんな加藤亜嵐に想像を絶する災難が降りかかる──


 きっかけは、隣の家だった。

 夜中、寝タバコが原因の火災が発生したのだ。しかも、その家にはシンナーやペンキといった可燃性のものが保管されていた。火の勢いは強く速い。あっという間に燃え広がってしまう。

 火は、加藤の家にも燃え移った。父と母、そして祖父と祖母は逃げ遅れ焼死体となって発見された。

 助かったのは、加藤亜嵐ひとりであった。母が二階に駆け上がり、窓から亜嵐を抱きしめ飛び降りたのである。

 すぐに病院に運ばれたが、亜嵐の命に別状はなかった。体にも、大きな怪我はなかった。

 ただ、顔には大きな火傷の痕が残っていた。燃え上がる屋根材が落ちてきて顔に当たり、そのまま燃え続けていたのだ。

 そして、亜嵐を抱きしめ飛び降りた母は……頭を打ち、間もなく死亡した。


 加藤は親戚中をたらい回しにされた挙句、最終的に施設に預けられることとなった。

 ほどなくして、小学校でイジメが始まった。子供というのは、残酷な生き物である。平気で、顔の欠点や治しようのない障害をあげつらう。

 しかも、加藤はおとなしく争いを好まない少年だった。何を言われても、気弱な表情で笑うだけだ。やり返して来ないと知ると、イジメはますますエスカレートしていく。

 担任教師はといえば、見てみぬふりだった。両親のいない子供なら、親が怒鳴り込んできたり教育委員会にクレームを入れたりする心配がない。

 これは仕方ないことだ。子供たちのガス抜きなのだ……程度にしか、思っていなかった。




 加藤は、つらい生活に黙って耐えていた。それ以外の選択がなかったのだ。

 普通の家庭に生まれていたのならば、不登校という手段もあった。だが施設で生活している小学生の彼には、他に居場所がない。だから、学校に通い続けるしかなかったのだが……もうひとつ、大きな理由があった。


 父も母も、祖父も祖母もみんな死んでしまった。なのに、自分ひとりだけが生きている。

 しかも、自分を助けなければ、母は生きていたかもしれないのだ。その事実が、幼い加藤の心に重くのしかかっていた。


(亜嵐……あんたは生きるのよ!)


 母の最期の言葉が、今も忘れられない。罪の意識が、加藤を無気力で無抵抗な少年に変えてしまった。




 時が経ち、加藤は地元の公立中学校である武田中学校へ入学する。

 この少年は、自分の将来に何の希望も抱いていなかった。小学生時代、友だちはひとりも出来なかったし、イジメはエスカレートしていく。やめてと頼んだところで、笑われるのがオチだ。誰かに相談したところで、何も変わらない。

 そう、自分の人生はずっと不幸……その事実を、受け入れるしかない。

 ところが、加藤にさらなる不幸が降りかかる。当時の彼は、悪霊にでも取り憑かれていたのだろうか……。


 夏休みが終わると、恐ろしい男が転校してきたのだ。名前は大前貴彦(オオマエ タカヒコ)、とにかく体が大きく腕力が強かった。身長は中学一年にして百八十センチ近くあり、体重は百キロ近い。体の大きさだけで、大半の中学生を圧倒できるだろう。

 その上、好戦的な性格だ。以前は私立の中学校に通っていたが、因縁をつけてきた高校生三人を病院送りにしてしまい、転校せざるを得なくなったのだ。

 しかも、この男の父親は……広域指定暴力団・銀星会の三次団体である大前組の組長なのである。


 こんな危険人物が、加藤のいる一年C組に入ってきた。当然、大半の生徒は関わろうとしない。

 ところが、野々村裕司は違っていた。喧嘩が強い上にヤクザの息子である大前と仲良くなっておけば、いざという時に役立つ……そんな計算があったのだ。

 野々村は、言葉巧みに大前に近づいた。少しずつ距離を縮め、会えば言葉を交わすくらいの間柄にはなっていた。

 そんな彼らの接触により、加藤へのイジメはとんでもない方向にエスカレートしていくこととなった。


 大前という男は、基本的に自分から暴力を振るうことはない。同級生が相手では、暴力を用いる気も失せるのだろうか。

 そんな大前は、加藤へのイジメに対しても、最初は見ているだけだった。

 ある日、野々村を中心とするグループが「加藤は腹パン何発で倒れるか!?」などというゲームをやっていた。タイトル通り、加藤の腹を何回パンチすれば倒れるかを当てる……という内容だ。

 この時、大前は皆の動きをじっと見ていた。全員が一度ずつ殴ったのを見てから、彼はすくっと立ち上がる。無言のまま加藤に近づいていったかと思うと、彼の腹を突如殴ったのだ。

 加藤は、その一撃で倒れた。腹を押さえ、床で動かなくなってしまったのだ。

 周囲の少年たちには、これは洒落になんねえぞ……という表情が浮かんでいる。加藤が死んでしまったら、確実にマズい。自分たちの将来は閉ざされる。加藤の命など、どうでもいい。それよりも、自分たちの人生に傷がつく方が嫌だ。

 一方、大前は平静だった。取り乱したりしないまま、倒れている加藤を見下ろしている。 


 それから十秒ほどで、加藤は起き上がった。いつものように、無言で立っていた。




 この日以来、大前も加藤へのイジメに加わるようになった。

 大前のやることは、完全に常軌を逸していた。階段から蹴り落としたり、バットで頭をフルスイングしたり……見ている野々村たちですら、ドン引きしてしまうものだった。

 その度重なる暴力により、加藤の左耳は聴覚を失った。それでも、彼らの狂気じみた暴力は止まらなかった。


 また、加藤の体にタトゥーを入れたのも大前だ。教室内で加藤の服を脱がせ、青い絵の具を先端に付けたナイフで、体に文字を刻んでいくのだ。

 当然ながら、野々村および彼の取り巻きだけでなく、他の同級生も見ている前でそんな恐ろしいことをやっているのだ。にもかかわらず、誰も止めようとしない。それどころか、担任教師の山岸ですら笑って見ていたのだ。




 そして、決定的な事件が起きる──


 ある日、加藤は屋上に連れていかれた。すると、大前が彼の足首にロープを巻きつける。太く頑丈なものだ。


「今日はバンジーだ。ここから飛び降りろ。ロープは、ちゃんと結んであるから大丈夫だ」


 大前に言われ、加藤は屋上から飛び降りた。

 しかし、ロープはどこにも結ばれていなかったのだ。加藤はそのまま落ち、地面に激突し救急車で運ばれていった。


 こうなった以上、ただで済むはずがない……と、誰もが思っていた。大前と野々村のグループは、罰を受けるはずだった。

 しかし、そうはならなかった。


「加藤くんが、いきなり屋上に来て、バンジージャンプやるとか言い出して……自分から落ちたんです。僕らは必死で止めたのに、加藤くんは聞いてくれなくて……僕たちが、力ずくで止めるべきでした! 本当にすみません!」


 屋上にいた者たち全員が、こう言ったのだ。さらに学校側も、イジメを隠蔽する方向に持っていく。結局、加藤の件は事故で処理された。




 入院している間、加藤は久しぶりに平和な日々を過ごしていた。

 人から殴られも蹴られもせず、一日が過ぎていく……たったこれだけのことが、加藤にとって本当に幸せであった。


 しかし、幸せな日々は長く続かなかった。

 ある日、病室のテレビにて流れていたバンジージャンプの映像……それを見た瞬間、加藤は耐えきれなくなった。胃の中のものを、全て吐いてしまう。

 同時に、学校で受けた仕打ちの記憶が蘇る──


 加藤は今になって、当時の自分が地獄のような環境にいたことを理解したのだ。夜は悪夢でうなされ飛び起き、昼は昼でフラッシュバックにより硬直し動けなくなる。

 彼の地獄は、今も終わっていなかった──


 同じことは、退院してからも続いた。

 町を歩いていても、他人の存在が怖い。人の視線が怖い。何をされるかわからない。その恐怖が全身を蝕み、立ち止まったままガタガタ震えている……そんなことが、しょっちゅうであった。

 精神科医に薬を処方してもらったが、ほとんど効き目がない。昼も夜も、加藤はイジメの記憶により苦しみ続けていた。


 やがて、加藤は体を鍛え始める。

 目的は強くなるため……というよりは、とにかく疲労困憊するためだった。しゃにむに体を動かし、疲れて何も考えられない……そんな状態なら、どうにか他人の存在や視線に耐えられたし、夜に眠ることも出来た。

 いつも滅茶苦茶に体を動かし、疲れて意識朦朧とした状態で過ごす。筋肉痛も無視し、トレーニング続行……これは、完全なるオーバートレーニングだ。普通の人間なら、確実に体を壊していただろう。

 オーバートレーニング症候群に陥ると、筋肉はしぼみ、関節は壊れ、さらには慢性疲労により鬱病を発症する。ひどい時には、死に繋がるケースもあるのだ。

 しかし、加藤の肉体はこの症状に耐え抜いた。オーバートレーニングより、イジメのフラッシュバックや悪夢の方が遥かにつらいものだった。


 そして、加藤は発見する。

 オーバートレーニングの症状が、フラッシュバックの恐怖を薄めていったのだ。肉体のつらさが精神のつらさを凌駕し、結果としてフラッシュバックの回数を減らしていく。

 以来、加藤はさらに我流トレーニングにのめり込む。この理論を無視した異常なトレーニングは、彼の肉体を少しずつ……だが、確実に変えていったのだ。


 一年後、加藤は変わっていた。

 見た目の変化は僅かなものだが、中身はまるで違う。腕力は異常に強くなり、リンゴを握り潰すことなど簡単だ。さらに、指の力だけでマンションの壁をよじ登ることもできたし、七十キロ程度のバイクなら持ち上げることも可能になった。

 本来ならば、有り得ない変化だった。オーバートレーニングにより、筋力が異常なまでに上昇する……これは、もはや奇跡と呼んでいい現象であった。


 そんな加藤は、やがて夜の町へと出ていく。

 自分を取り戻すため、そして暴力に慣れ残酷な人間になるため、不良少年やヤクザらを相手に暴れまくる。

 より残酷な体験を重ねていけば、いつかはイジメられていた過去も、平凡な日常のひとコマでしかなくなるから── 


 いつしか加藤は、裏の世界へと足を踏み入れていった。


 ・・・


 話し終えた加藤は、何を思ったか着ているシャツを脱いだ。裸の上半身を、美鈴に見せる。

 途端に、美鈴は顔を歪めた。

 加藤の体は、傷だらけであった。だが、傷よりもひどいのが入れ墨である。下手な字で「いじめてください」「公衆便所」などという文が、数か所に渡り彫られている。


「これ、奴らに彫られたんだ。やったのは野々村と大前たちだけど、その模様はクラス全員が見ていたはずだ。でも、誰も助けてくれなかった。止めようともしなかった。警察に通報でもしてくれりゃ、また違ってたんだろうけど」


 その時、美鈴の声が聞こえてきた。


「あんたは……強いよ。その力を、今度は弱者を助けるために使って欲しい。人を憎んだり、恨んだりするために使うのは、これっきりにしようよ?」


「俺は強くないよ。本当は弱いんだ。ただ、強くならなきゃ生きていけなかった。それだけだ」


 答えた時だった。予想だにしなかったことが起きる。

 突然、美鈴の口から嗚咽が漏れた。彼女は、そのまま崩れ落ちたのだ。今まで、涙を堪えていたらしい。しゃがみ込んだまま、すすり泣いている……。

 そんな彼女の姿に、加藤は衝撃を受けていた。同業者にこの話をすれば、ドン引きするかゲラゲラ笑うかのどちらかだったのに。


「俺のために、泣いてくれてるのか……」


 口から、そんな声が漏れる。

 一方、美鈴は涙を拭った。立ち上がると、加藤の目を見つめる。


「私には、あんたの苦しみはわからない。あんたに、どんな言葉をかけてあげればいいのかもわからない。それが、悔しくて悲しくてたまらない……」


 そこで、再び涙が溢れてきた。手で拭い、語り続ける。


「だけど、そんなに苦しんだからこそ、本当の幸せを知って欲しい。人はね、周りが幸せになっていけば、いつの間にか自分も幸せになっているんだよ。あんたには、人を幸せにする喜びを知って欲しい。誰かを幸せにしてあげたら、自分も幸せになる。それを信じて」


 その言葉は、加藤の心に深く刺さった。

 彼女を信じてみたかった。だが、口から出ていたのは違うものだった。


「周りが幸せ、ねえ。だとしたら、イジメられていた当時の俺も、周りのストレスを解消させ幸せにしてたのかもしれないなあ。だけど、俺自身は全く幸せじゃなかったけどな」


「違う! ふざけないで!」


 突然、美鈴が喚いた。直後、またしても嗚咽の声が漏れる。

 加藤は、どうすればいいのかわからなかった。こういう雰囲気は、昔から苦手だった。そのためか、いつもの癖で茶化してしまったのだ。

 美鈴を傷つけるつもりではなかった。本当は、もっと違うことを言いたかったのに……。


 その時、玲奈が動き出した。母の前に立ち、加藤を睨みつける。ママをイジメるな、という強い意志が感じられた。

 先ほど、眉ひとつ動かさず元同級生を殺してのけた加藤。しかし今は、自分の半分もない少女に睨まれ狼狽えていた。ただ、母を守ろうとする少女の眼差し……それが、加藤の心を強く打った。


「あ、あの、ごめん」


 思わず謝ってしまった。








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