彼らの事情と、新たな訪問者
加藤の言葉を聞いた途端、元同級生たちは一斉に騒ぎ出した──
「風間! 頼む!」
「加藤をぶっ飛ばしてくれ!」
「お願い! 勝って!」
口々に勝手なことを言っている元同級生たちを、加藤は冷酷な目で一瞥する。
次いで、床でしゃがみ込んでいる風間の方を向いた。
「ほら、みんなが応援してるぞ。さっさとかかってこい」
すると、風間は立ち上がった。やけになったのか、あるいは腹を括ったのか、やる気にはなっているらしい。
直後、風間は間合いを詰めてきた。ボクシングのような構えで、シュッシュッと言いながらパンチを打つような動きをする。
が、これはフェイントだった。直後、左のミドルキックを放つ。
風間の左脛が、加藤の右脇腹にまともに入った。鈍い音が響く。にもかかわらず、加藤は平気な顔をしていた。痛がる素振りはない。
それでも風間の攻撃は続く。腰を回転させ、右のストレートを打ってきた。
だが、加藤は避けなかった。それどころか、放たれた拳に自らの額を当てにいったのだ。
その瞬間、風間の顔が歪む。
「ぎゃああぁ!」
いきなり叫んだかと思うと、自身の右手を抑え座り込んでしまった。顔は苦痛に歪み、右手はみるみるうちに腫れ上がっていく──
「お前らに、ひとつ教えてやる。拳の骨は、意外と弱いんだよ。で、額の骨は分厚く硬い。鍛えてない素手の拳で、額を殴ると今の風間のようになりやすい」
そう言うと、加藤は風間を力ずくで立ち上がらせる。
直後、彼の顔面に己の額を叩きこんだ──
「ふぐぅ!」
叫んだ直後、風間は気絶した。加藤の頭突き一発で、脳震盪を起こし意識を失ってしまったのである。
「なんだ、もう終わりか。打たれ弱い奴だな。おい、他にかかってきたい奴はいるか? いるなら名乗り出ろ」
そう言った時、ドンドンドンというドアを叩く音が聞こえてきた。
またしても、招かれざる客が外に来ているのだ。おそらく、浅田親子を追ってきた危険な連中であろう。こんな時に限って、何ともタイミングの悪い話だ。
「あ、あいつらです! 絶対に開けないでください!」
美鈴が叫んだ。その体はガタガタ震えている。今の暴力沙汰を見たショックと、追っ手が来たことによりパニック寸前の状態だ。
加藤は、そっと彼女の肩に触れた。
「とりあえず落ち着いて、ここに座んなよ。なあ、奴らは無視してたら帰ってくれるかな?」
「わかりません……」
どうにか座ったものの、美鈴の顔は青ざめている。
そんなに恐ろしい連中なのか、と思った時だった。いきなり大音量の声が聞こえてくる──
「君たち聞きたまえ! この建物に、女と子供が入っていったことはわかっているんだ! その女は、精神を病んでしまい常に虚言を吐きまくる、どうしようもない人間なんだ! 子供を誘拐し、この山に逃げてきた! だから、早く引き渡して欲しい!」
「そんなの嘘!」
美鈴が再び立ち上がり叫んだ。が、加藤が彼女を押し止める。
「わかってるから。まずは俺が出て、そんな親子はいないって言い張るよ。話をしながら、連中の様子も探ってみる」
そう言うと、加藤は入口に立った。ドアの隙間から、外の様子を見てみる。
ひとりの男が、ドアの前に立っているのが見えた。ガラス越しではあるが、友好的な態度でないのははっきりしていた。
その上、格好が異様だ。黒いベストを着て、黒いズボンを履き、さらに黒い安全靴を履いている。手には、黒いグローブをはめていた。片手にはメガホンを持っている。
何なんだ、こいつは……と思った時、またしても大音量での声が聞こえてきた。
「君たちは、我々の提案を受け入れる気はないのか!? 我々とて暇ではない! あと五分だけ待つ! 五分以内に何の返答もない場合、君らに大地の裁きが降るであろう!」
大地の裁きとは何なのか不明だが、良いことでないのは確かだ。加藤は、ドアを開けガラス越しに対峙した。
ガラスの向こう側には、さらに三人の男が立っていた。全員が同じ服装だ。後ろには、車が停まっている。
先頭の男はメガホンを片手に、加藤に鋭い視線を向けている。この男がリーダー格らしい。年齢も一番上であろう。
加藤は、そのリーダー格に向かい口を開く。
「やめてくださいよ。店先で、そんなモン使って意味わかんないこと喚かれても困ります。騒音公害ですよ」
「やめて欲しければ、さっさと親子を引き渡せ」
完全なる命令口調だ。加藤の恐ろしい顔にも、怯む気配がない。
こいつらはいったい何者だろうか。雰囲気からしてヤクザではない。そういえば、母親が教団とか言ってたな……などと思いつつ、加藤は答える。
「そんな者はいません。お引き取りください」
「嘘を吐かないでくれたまえ。我々の同士が、ここに入っていくのを確かに見たと言っているんだ!」
「その同士さんが嘘を吐いているんじゃないですかね。あるいは、おクスリのやりすぎで幻覚でも見ていたか。とにかく、そんな親子などいません。さっさと帰って、別のおクスリ飲んで寝た方がいいですよ」
そう言って、加藤は笑った。
すると、相手の表情が強張り、目つきも変わった。後ろに控えている連中も同様だ。一瞬、殴りかかってきそうな圧を感じた。
だが、その圧はすぐに消え去った。男は、どうにか笑顔を作り口を開く。
「だったら、中に入って調べさせてもらいたい。本当に親子がいないのなら、構わないはずだ」
そんなことを言ってきた。加藤は、おお怖い……とでも言いたげな表情を作って見せる。
「ほう、そうきますか。なら、こちらも聞きたいんですがね、仮にあんたらがここ探して親子が見つからなかったら、何をくれるんですか?」
途端に、後ろにいる男が唸った。
「なんだと……」
「だって当然でしょう。俺は、ここに親子はいないと答えました。ところが、あんたは建物内を探させろと言う。つまり、あんたは俺を嘘つきだと決めつけたわけですよね。俺の言ったことが嘘でなかった場合、それなりに謝罪の気持ちを見せる必要があると思うんですよ。間違ってますかね?」
ふざけた口調の加藤を、リーダー格は凄まじい形相で睨みつけた。
「そうか、君はどうしても我々に逆らうのだな。後悔することになるぞ」
「どう後悔するんでしょうね。その言い方、脅迫罪適用ラインじゃないかと思うんですがね」
「我々が従うものは、人間の作った法ではない。大義のためなら、我々は法をも踏み越える。貴様、生まれてきたことを後悔させてやる」
脅しのつもりで言ったのだろうが、この言葉は加藤の心に火をつけてしまった。
「こっちはな、生まれてこない方が良かったって何度思ったかわからねえんだよ! 来るなら来い! 全員ぶっ殺してやるからよ!」
怒鳴ると同時に、ドアを乱暴に閉めて鍵をかける。次いで、内扉も閉め鍵をかけた。
もっとも、この程度で防げるとは思っていない。加藤は、すぐさま大広間に行った。
両者の会話は、ここまで聞こえていたらしい。不安そうな表情の美鈴の手を掴むと、加藤は奥の扉に向かい早足で歩きだした。
「ヤバいぞ。あいつら、すぐに何か仕掛けてくる。とにかく、あんたら親子は奥の部屋に行け」
・・・
その頃、田火山の森の中では新たな火種が発生していた。
ココガ チジョウカ
宇宙生物は、不思議な感覚に包まれていた。
今までは、ずっと湖で生活していた。魚を食べ、水中を泳ぎ、湖底で眠るのが習慣であった。単に生きていくだけだったら、湖の中でも充分だった。体長は、今や二メートルほどあるが、それでも身を隠せるだけの広さと深さを備えている。
しかし、時おり頭の中に聞こえてくる声……あの声が、今日は聞こえないのだ。
ドウシタ?
宇宙生物にとって、ただひとり会話の出来る相手だった。あの声が、今後も聞こえなかったら……そう思うと、いても立ってもいられなくなったのだ。宇宙生物は、地上に出る決意をした。
そして今、宇宙生物は森の中を歩いている。あの声の主の「残り香」を、超感覚で探しているのだ。
水中に比べると、少し動きづらい気がする。それでも、目に映るものも耳に聞こえるものも皮膚に感じるものも、全てが初めてだ。宇宙生物は、新しいことを知る喜びを感じていた。
その時、がさりという音がした。
直後、出てきたのは猪だ。唸り声をあげ、こちらを睨んでいる。明らかに、敵意を抱いているのだ。
敵意を感知した瞬間、宇宙生物はすぐさま動いた。一瞬にして、高く飛び上がる。
強靭な腕を振り上げ、猪の頭に強烈な一撃を食らわす。
たった一撃で、猪は撲殺されてしまった。
宇宙生物は、仕留めた猪を食べてみることにした。鋭い爪で毛皮を裂き、肉を引きちぎって口に入れる。
美味い。しかも、魚よりも大きいから食べがいがある。
宇宙生物は、猪のほとんどを食べつくした。残った足の部分を手にして、再び歩き出す。
あの声の主は、どこにいる?




