乱入者と、想定外の事態
その時、ドアを叩く音がまたしても聞こえてきた。あまりにもしつこい。ドアをぶち破って侵入しかねない勢いだ。
ひょっとしたら、空き巣か事務所荒らしかもしれない。誰もいないことを確認するため、事前にしつこいくらいドアを叩くのは、彼らのよくやる手である。
こうなると、顔を見せて追い返した方がいいかもしれない。加藤は、クラスメートたちの方を睨む。
「また声を出した奴がいたら、面倒な前置き抜きで全員殺すからな」
そう言うと、正面のドアへと向かった。だが、ガラス越しに見えたのは意外な人物であった。
ドアを叩いていたのは、どうやら若い女らしい。しかも、子供を連れている。
何が起きたんだ……そんなことを思いつつ、加藤は近づいていき声をかける。
「すみませんが、店は営業していないのですよ。今、業者が──」
「ここを開けてください! でないと殺される!」
加藤の言葉を遮り、女はそんなことを喚いたのだ。
「はあ? あんた何を言ってるんだよ? 本当にヤバい連中と関わっているなら、スマホで警察呼んでくれ。ウチは交番でも保安官事務所でもないんだよ」
「スマホは使えません! 教団がジャマーを使ったんです! 自分のスマホで確かめてみてください!」
ジャマーとは、とんでもないものが出てきたな……などと思いつつも、加藤は己のスマホを手にして見た。
なぜかオフラインになっていた。電波が届かなくなっているらしい。となると、この女の言っていることは本当なのか。
その時、またしても声が聞こえてきた。
「お願いだから開けて! 私はいいから、子供だけでも助けてあげて!」
おいおい……。
加藤は、思わず顔を歪める。この状況では、無視するのが最良の選択のはずだったが、なぜか無視できなかった。
かつての思い出が蘇る。燃え盛る家の中から、母に抱きしめられ二階から外に飛んだこと──
(あんたは生きるのよ!)
母の最期の言葉が、脳内に蘇った。
加藤は、フウと溜息を吐く。次の瞬間、思わぬ言葉が出た。
「あのな、この中でやってること見たら確実に後悔するぞ。それでも入るのか?」
「何でもいいから早くして!」
一瞬の迷いもなく怒鳴り返してきた。加藤は、仕方なくドアを開いた。
飛び込んできたのは、加藤より歳上と思われる女だ。百六十センチほどでショートカット、化粧っ気は全くない。
だが、素肌のままでも隠しきれない整った目鼻立ちと、瞳に宿る光が印象的であった。ただ綺麗なだけでなく、どんな状況にも屈しないという強固な意志が感じられる。
服装も地味なジャージ姿だが、かえって彼女の凛とした雰囲気を際立たせていた。娘をしっかりと抱きしめる腕には、驚くほどの力がこもっているのが見て取れる。
表情から見ても、疲労しているのは間違いない。にもかかわらず、絶対にこの娘だけは離すまいとする思いが伝わってきた。
そんな彼女は、入ってきた直後に叫ぶ。
「ドア閉めて鍵かけて! あいつらが来て何を言っても、絶対に開けないで!」
「ああ、わかったよ。そうするから落ち着け」
答えながらも、加藤は考えを巡らせていた。この様子から察するに、この女はとても危険なことに巻き込まれている。
あいつら、と彼女が言った連中が、ここに来たとしよう。知らぬ存ぜぬで追い返すとして……問題は、この全く無関係な女が自分の計画に乱入してきたことだ。これは、想定外の事態どころではない。
彼女をどうするか?
計画について多少なりとはいえ知ってしまったら、口封じのため殺す……それが加藤の、これまでの対処法だ。
しかし、今回は邪魔さえしなければいい。自分のやったことを全て知ったところで、殺す必要はないのだ。
そもそも、この計画が終われば、後はどうなろうと構わないのだから──
「さっきも言ったけどな、この先にあるもの見たら後悔するよ。子供にはなるべく見せないよう、奥に引っ込んでてくれ」
そう言うと、加藤は母と娘を交互に見る。
娘はというと、不思議な空気を漂わせていた。何歳なのかは不明だが、おそらく小学生になるかならないか、という年代であろう。
にもかかわらず、異様な静けさと落ち着きがある。緊急事態だというのに、どこか超然としているのだ。母親とは大違いである。
今も、加藤の恐ろしい顔を真正面から見つめ、まばたきもせず立っている。怖がる気配はない。それどころか、こちらの内面を全て見透かそうとしているかのようであった。
あどけない顔ではあるが、その奥からは底知れぬ何かを感じる。それ以前に、火傷の痕があり強面の加藤と目を合わせたら、ほとんどの子供が無言で目を逸らすというのに、この少女は平然としているのだ。
加藤は、目を逸らした。まずは、ふたりの名前を知らなくてはならない。
「俺の名前は加藤亜嵐だ。あんたらは?」
「あたしは浅田美鈴。この子は玲奈。とにかく、早く奥の部屋に行こう。奴らは、すぐにここを嗅ぎ付けるから」
美鈴の声は震えている。早くしてくれ、という気持ちが感じられた。
「わかった。じゃあ、ついてこい」
そう言うと、加藤は歩いていく。美鈴と玲奈も、後から続いた。
だが、大広間の様子を見た途端、美鈴の動きが止まった。
「な、何これ……」
彼女は、そう言ったきり唖然となっている。玲奈もまた、子供なりに異様さを感じているようだ。
室内には円卓が四つ置かれており、その全てに、ダクトテープを両手両足に巻かれた男女が二十人。
その顔には、絶望的な表情が浮かんでいた。
「ちょっと! これ何!? どういうこと!?」
どうにか落ち着いた美鈴が、勢い込んで尋ねる。
「だから言ったろ、見たら後悔するって。簡単に事情を話すとだ、俺は中学生の時、こいつら全員にひどいイジメを受けた。挙げ句、四階の屋上から突き落とされて入院する羽目になった──」
「そ、それは違う! あたしたちは関係ない!」
叫んだのは宮下塔子である。クラス内では、真面目な生徒だった。
しかし、加藤はせせら笑った。
「まあ、俺が四階から落ちた件に、お前が関与してないのは確かだよ。でもな、加藤菌とかいう遊びをしていたのは、お前と、そこにいる若月佑美だよな? 俺の顔の火傷痕を指さして、加藤菌に侵されると顔がこうなる……とか、何度も言ってくれたよな」
言われた瞬間、宮下の表情が変わった。かぶりを振って、否定するかのような動きをする。
だが、言った覚えはあるのだろう。目を逸らし、それ以上何も言えなくなっている。
そんな宮下に、加藤はさらに続ける。
「俺は、はっきりと覚えてるぜ。加藤菌だなんだと言って、俺の机に触れた後、若月の顔にタッチしてたよな。そしたら若月が、うわー顔が加藤になる! こんな顔になったら自殺する! なんて騒いでたよな」
言った直後、テーブルの上にあったフォークを手に取った。
次の瞬間、宮下のテーブルに思い切り振り下ろす──
フォークは、テーブルに突き刺さっていた。恐ろしい腕力だ。宮下は、恐怖のあまり震えだした。
その時、今度は別の声があがった。
「た、確かに俺たちはイジメたよ! でもな、そいつ人殺す気なんだぞ! 頭おかしいだろ! 早く警察を呼んでくれ!」
風間洋介が叫んだ。
この風間もまた、野々村の取り巻きである。人数の多い時だけ、やたらと喧嘩っ早くなる少年だった。
格闘技好きでもあり、加藤に対し「おい加藤、かかってこい」と言いながら、サンドバッグ代わりに殴り蹴り「やっぱり人体を殴るのが一番だ」などと嘯く少年だった。
そんな風間に、加藤は近づいていく。まず、スマホの画面を見せた。
「悪いけどな、今スマホ通じねえんだわ」
確かに、スマホは圏外と表示されている。
表情を引きつらせている風間に、加藤は追い打ちをかける。
「あとな、今さら警察を呼んでも遅いんだよ。仮に通報して、パトカーがここに来るまで何時間かかると思う? その間に、元クラスメートの諸君は全員死んでるよ。この俺の手によってな」
言った後、加藤はポケットから折りたたみ式のナイフを取り出す。小さいが、刃は鋭い。
風間は、ヒッと叫ぶ。だが、加藤の次の行動は誰もが予想していなかったものだった。
加藤はナイフを使い、風間の両手両足に巻かれていたダクトテープを切ったのだ。次いで、椅子に巻きつけていたダクトテープも切った。
ナイフをポケットにしまい、口を開く。
「さて、これで自由の身だ。風間、お前は格闘技好きだったよな。今、キックボクシングのジムにも通ってんだろ。元同級生たちも座りっぱなしで退屈しているだろうし、観客もふたり増えた。皆さんを楽しませるため、ひとつゲームをやろう」
「ゲ、ゲーム?」
聞き返してきた風間に、加藤は笑みを浮かべ答える。
「そうだ。お前の大好きな格闘技のゲームだよ。ルールは簡単、どちらかが相手をKOすれば勝ちだ。俺も武器は使わない。正々堂々と素手で闘ってやる。さあ、かかって来いよ。俺に勝てたら、元同級生の全員を自由にしてやる。負けたら、ものすごく痛い目に遭うけどな」




