同窓会と、その真の目的
九月一日の昼、レストラン『山猫亭』の大広間にて、奇妙なことが起きていた。複数の円卓に座っている客の全員が、口を開け眠りこけているのだ。
円卓の上には、皿とナイフとフォークが人数分置かれている。あとは、花瓶が窓際に置かれているくらいだ。全体的に落ち着いた雰囲気であり、派手な調度品でゴテゴテと飾られてはいない。
ややあって、ひとりが目を開けた。寝ぼけ眼で、周囲を見回す。次いで、またひとりが目を開けた。
こうして、次々と目を覚ましていった集団……彼らは、武田中学校一年C組の同窓会に出席していた者たちだった。
同窓会の出席者は、当日の午後二時、白戸市の田火山に建つレストラン『山猫亭』に到着していた。自分の車で来ている者たちは、併設された大きな駐車場に車を停めている。
また、電車で白戸市に来た者には、駅に送迎車が用意されていたのだ。至れり尽くせりの待遇であった。
山猫亭は、全面ガラス製の入口を抜けると、さらに内扉がある。このため、外から中の様子を見ることはできない。奥の壁に付いている木製の内扉を開けると、初めて店内の様子がわかるわけだ。
店員はひとりもいなかったが、招待状には「いろいろサプライズが用意してあります。店員がいなくても、適当に座って待っていてください」と書かれていた。何のサプライズだ? などと笑い合いながら、全員が思い思いの席に座る。
彼らは知らなかった。全員が席に座ると同時に、内扉に鍵がかけられたのだ。こうなると、鍵がなければ内側からも外側からも開けることのできない仕組みになっている。
次いで、室内に催眠ガスが流された。無臭だが、効果は強い。全員、たちまち眠りこけてしまった。
目を覚ました彼らは、そこで恐ろしい事実に気づく。
体が、椅子に縛り付けられているのだ。動こうにも、ダクトテープが巻かれがっちりと固められている。手足は動かず、さらに椅子から離れることもできない。
「はぁ? 何これ?」
石川康弘が呟いた。
中学生時代の彼は、いわゆる不良少年であった。喧嘩も強く、粗暴な振る舞いの目立つ男だ。野々村と仲が良く、登校の度に加藤に後ろから蹴りを入れ「うぜえ。俺の前を歩くな」と言うのがルーティンとなっていた男だ。
「これサプライズ? 全然笑えね。センス悪すぎ」
ぼやいたのは武田留美子だ。中学生時代のクラスカーストでは上位に属しており、横柄な態度であった。
彼女もまた、給食の時間に食べ残しを加藤の頭にかけて「掃除しといて」などと言い放っていた。
その時、店の奥にある扉が開く。
中から出てきたのは、あまりにも異様な風貌の男であった。
髪は五輪刈りで、顔の半分近くを火傷の痕が占めている。ジャージ姿であるが、鍛え抜かれた肉体の持ち主であるのは一目でわかった。
突然の乱入者に圧倒されている皆に、男は口を開く。
「やあ、クラスメートの諸君。久しぶりだね。俺が誰だか、わかるよな?」
「ひょっとして、加藤か?」
富永一朗が、震える声で尋ねた。
この富永も、野々村の取り巻きの一員であった。加藤のノートのページを全部切り離して紙飛行機にし、誰が一番遠くまで飛ばすか競争する……というゲームを企画し実践した男でもある。
一方の加藤は、ニヤリと笑った。
「その通り、加藤亜嵐だ。君らにひどいイジメを受け、人生が滅茶苦茶になってしまった可哀想な男だよ」
その言葉に、全員の顔が歪む。
加藤亜嵐……当時、武田中学校一年C組にいた者ならば、その名を忘れる者などいないだろう。
入学時から、既に顔の火傷の痕がひどかった。しかも口数が少なく、誰かと積極的に話すタイプでもない。また争いを好まず、何を言われようとも黙って耐えているタイプの少年だった。
きっかけが何かは誰も覚えていないが、ほどなくして加藤は凄まじいイジメに遭う。毎日、痣や傷が絶えない状態であった。
イジメは日を追うごとにエスカレートしていき、最終的に加藤は校舎の屋上から落とされ全治一ヶ月の重傷を負った。それからは、一度も登校しないまま卒業した。
加藤の入院した病院の場所は皆知っていた。だが、誰ひとり見舞いには行かなかった。担任教師の山岸善治ですら一度も行っていなかったし、加藤のことを話題にしようともしなかった。
もっとも、この山岸は加藤のイジメを笑いながら見ていた男である。時には、加わりもしていた最悪の問題教師だ。行けるわけがない。
本当のところ、加藤が登校しなくなり皆ホッとしている部分はあった。あれ以上イジメが続いていたら、死んでいたとしてもおかしくはない。
彼らは、加藤に死んで欲しくはなかった。もし死んでしまったら、自分たちの経歴に傷がつくからだ。
今、皆の前に現れた加藤亜嵐は……あの当時とはまるで違っていた。
その鍛え抜かれた体ももちろんだが、何よりも全身から漂う自信は圧倒的なものだった。いるだけで、周囲の人間を怯ませられるほどだ。
今の加藤を見て、かつてイジメられっ子だった……などと思う者など、誰もいないだろう。それどころか、下手なチンピラ程度なら睨んだだけで退散させられそうな迫力を醸し出している。
そんな加藤は、とんでもないことを言い出した。
「だからな、加害者であるクラスメートたちの人生も滅茶苦茶にしてやろうと考えた。で、君らに来てもらったというわけだ。ちなみに、ここに来ていない人たちは……死んでるか、死ぬよりも嫌な目に遭ってるからね」
皆の表情は凍りついた。加藤は、何をする気なのだ……。
しかし、違うことを考えた者もいた。中学時代と比べると、加藤は別人といっていいくらい変わっている。ここまで変わるものだろうか? という疑問を抱いたのだ。
「ねえ、これ野々村の仕掛けたドッキリでしょ。あいつはどこにいんの? あんた役者か何かでしょ? カメラどこよ?」
言ったのは上野祐希だ。
中学生時代の彼女は、お調子者であった。加藤に対しても、お調子者ぶりを発揮していた。女子の中でも、加藤へのイジメには多く加わっていた口だ。「面! 胴! 小手!」などと言いながら、棒で加藤を叩いたこともある。
そんな上野の問いに、加藤はすました表情で答える。
「残念だが、ドッキリじゃない。野々村は既に死んでしまった。俺がこの手でやったから間違いねえよ。なので、この同窓会には参加できない。ちなみに、これが野々村の最期の言葉だ。まあ聞いてやってくれ」
そう言うと、リモコンを手にしてテレビのスイッチを入れた。
途端に、会場の空気は凍りついた──
画面には、野々村裕司が映し出されていた。
両手両足にダクトテープを巻かれ、パイプ椅子に座っていた。顔は涙と鼻水でグシャグシャであり、髪型は完全に崩れている。ブランドもののスーツも汚れていた。
そんな野々村は、カメラに向かい語り出す。
「わ、私は野々村裕司です。私は中学時代、クラスメートの加藤亜嵐くんをイジメていました。会う度に殴ったり……」
その後は、イジメの具体的な内容が延々と続いている。
皆は、これから起こることがわかった。自分たちも、同じことをやらされるのだ。
その後は?
「さて、野々村裕司くんは立派に告白していったわけだが、君らにも同じことをしてもらう」
加藤の口から出たのは、予想通りのセリフであった。
その時、ドンドンドンという音が響き渡った。誰かが、外のガラス戸を叩いているらしい。
「うるせえなあ。今は営業してねえんだよ」
加藤が呟いた時、態度を一変させた者がいた。元クラスメートの片野哲也だ。
中学生の時は、芸人を意識した喋り方が目立つ騒がしい男だった。加藤に対し「いいか、人間イジられなくなったら終わりなんだぞ。これは俺からの愛あるイジリだ」などと言いながら、殴ったり蹴ったりしていた。
今も、その騒がしい部分だけは残っていたらしい。外にいる者に向かい叫びだした。
「おい! 警察呼んでくれ! ヤバいんだよ! これ誘拐だから!」
そこまでしか言えなかった。加藤は、テーブルに置かれていたフォークを手に取った。
何のためらいもなく、片野の太ももに突き刺す。途端に、片野の口から悲鳴があがった。激痛のあまり、ジタバタもがき出す。
その姿を見た加藤は舌打ちした。直後、喉に手刀を叩き込む──
「黙ってろバカ」
冷めた口調で言ったが、片野は答えられなかった。足から血を流し、何やら呻いている。しかし、言葉にはならない。喉をやられたせいで、声が出ないのだ。
この行動で、室内の空気は一気に変わった。加藤亜嵐という男が、完全に違う人間へと変わってしまったことを、全員がはっきりと理解したのである。
これは、冗談でもドッキリでもない。加藤は、本気で自分たちを裁くつもりなのだ──




