第二王子エリック
のどかな昼下がり。
私はクラウスさんと街へ出掛けていた。
昨日言われた、お昼を奢ってくれるという約束を果たすためである。
お城では今も舞踏会の真っ最中だ。
でも私の精神面を考慮して、夜の時間帯だけで良いということになった。
あの王子がよくそれをオッケーしたなぁと思うが。
そこはクラウスさんが上手く説得してくれたようだ。
詳しい内容は教えくれなかったけれど。
——王宮の一室にて。
第二王子のエリックは、怒り心頭でクラウスを呼びつけた。
「おまえさぁ、ガラスの靴が履ける女性を連れてこいって行ったよな!」
「連れてきましたが」
淡々というクラウスに、王子は地団駄を踏む。
舞踏会で見せていた、誰もが見惚れる麗しの王子様とは別人のようである。
「来たけどたった一時間で帰ったよ! ああくそう! あの二人の女さえ乗り込んでこなければ⋯⋯! あのままいけば絶対落とせたのにさぁ、マジなんなの空気読めよ」
「殿下がダンスの約束をして放置したからと聞いていますが?」
「後で行くつもりだったんだよ! ちょっと忘れてただけじゃねーか!」
苛立たしげに頭を掻くエリック。
「後で構ってやるつもりだったんだよ、あの二人も美人だったし。片方はお色気美人でもう片方は小動物系だぞ。どの子も捨て難いなら程よく好感度キープして、ハーレムエンドに持っていった方がみんな幸せになれるじゃねーか!」
どクズな言動を撒き散らすエリックに、クラウスはこっそり溜息をつく。
(ヘレンはよくこの王子の本質を見抜いたな)
エリックは容姿こそ美しいが、中身は横暴で傲慢な女好きという、どうしようもない性格だった。そのくせ、女性を口説く時だけは優しくて素敵な王子様に化けるのである。
反対に第一王子は聡明な人格者であり、王太子として周囲からの人望も厚かった。
彼が次期国王になれば安泰だろうと思われていたのだが⋯⋯。
ある日、第一王子は何者かに暗殺されてこの世を去ってしまう。
次の王太子と目されているのは、第二王子のエリック。王家には他に子がいないため、彼で確実だろうと言われている。
そのため、エリックはますますやりたい放題になっていた。
「何でシナリオ通りにいかねーんだよ。ヘレンちゃんは王子が魔法使いを迎えに出したおかげで舞踏会へ行けて、出会った王子に一目惚れする流れだろうが」
この王子はたまに、何を言っているのか分からないことがある。
妙にヘレンのことに詳しいことだけは気になった。
彼女の家庭環境、舞踏会へ行けない境遇、家の畑にかぼちゃが一個あることまで知っていた。
⋯⋯かぼちゃは彼女が空腹に耐えかねて、食べてしまったのでなかったが。
「俺が主人公じゃないからか? そんなはずない。あいつより俺の方がイケメンで女にモテるんだから。ヘレンちゃんだってそのうち俺に惚れるはず⋯⋯きっとそうだ」
ぶつぶつ呟いた後、エリックはクラウスの方を振り返る。
「なあ、明日もヘレンちゃん来るんだよな?」
そわそわと落ち着かない様子でエリックは尋ねる。
なぜかこの王子はヘレンに執着している。
『俺の嫁』とか『ヘレンたん可愛い』とか『早く結婚したい』とか、恍惚とした顔で謎の言葉を延々と呟き、クラウスは内心ドン引きしていた。
「明日は夜の十時頃に来るそうです」
「夜の十時かー、待ち遠し⋯⋯⋯⋯え?」
王子が聞き間違いか? という顔でクラウスを見た。
「待て、舞踏会は昼間からやっているんだぞ。夜中の十時? 魔法が解ける十二時まで残り二時間しかねーじゃん」
「殿下とダンスした時の筋肉痛がひどくて立ち上がれず、地面を這って行かないと無理だそうです。夜中の十時までには城に辿り着くだろうと」
「そこは馬車を使えよ! 何で地面を這って城まで移動するんだよホラー映画か! かぼちゃの馬車があるだろ!」
「かぼちゃは彼女が空腹に耐えかねて食べてしまったらしく⋯⋯。代わりに白菜の馬車で城まで移動しました」
「何で白菜なんだよ! 白菜の馬車に乗るシンデレラとかメルヘンの欠片もねぇよ! 城の食料庫にかぼちゃがあるから持ってけ!」
「それが⋯⋯次は別の野菜で作った馬車に乗ってみたいと言い出して。ほうれん草かゴボウかきゅうりで迷っているようです。私も頑張って実現してみようとは思いますが」
「馬車にするのが難しそうな形状のやつばっかじゃねーか! おまえも止めろよ。何でおまえも一緒に限界へ挑戦しようとしているんだよ!」
——こんなやり取りの末、ツッコミに疲れた王子はようやく「もういいよ」と投げやりに了承した。
毎度のことながら、あの王子の相手は本当に疲れる、とクラウスは思った。
(こちらの事情に巻き込んでしまった以上、ヘレンには少しでも良い嫁ぎ先を用意しなくてはな)
あの子は人の本質を見る子だ。
多少お転婆ではあるが、明るく素直な性格には好感が持てる。
自分を慕ってくれているようだが、若く美しいあの子は、他にもっと良い相手と結ばれる方が幸せだろう。
(少なくとも、あの王子だけはありえないがな)
舞踏会から戻ったヘレンが、震えていたのを思い出す。
エリックに背を向けたクラウスは、普段は穏やかな顔に王子への憤りを滲ませていた。




