白雪姫の逃避行
ここに来て、まさかの新メンバーが加わった。
王太子クロードの花嫁にして、このゲームの隠しキャラである白雪姫だ。
隠しキャラというのは、特定の条件を満たすと現れる、通常のプレイでは登場しないキャラのこと。
ハトによると、シンデレラと同じ〝意地悪な継母に苦しめられ、最後は王子様に救われるヒロイン枠〟という理由らしいが。
もうなんでもありじゃないか!
そんな驚く私たちを他所に。
目の前で、二人のハト——クロードとハトリーヌさんが元の姿へと戻る。
二人の体が淡い光に包まれ、ちょっとぼんやりした感じの青年と、長い黒髪の少女が現れた。
思わず目を瞠る。
クロードの横に立つ、白雪姫と呼ばれる少女があまりに美しかったから。
艷やかな黒髪に、黒い瞳。
雪のような白い肌に、整った顔立ち。
まさに白雪姫の名に相応しい美少女だった。
自身の美貌に自信のある、ミランダとセシリアですら目が釘付けになっている。
そんな中、クロードがパンっと手を叩いた。
「訊きたいことは色々あると思うけど、まずはみんな衣装チェンジしてくれ」
「「衣装チェンジ?」」
ぽかんとする私たちに、クロードはさらに驚くことを言った。
「全員、新郎新婦の衣装に着替えるんだ。そして今から、俺とハトリーヌ、クラウスとヘレン、エリックとミランダ&セシリアの三組で結婚式を挙げるぞ」
「「はああああ!」」
私たちは訳が分からないまま、衣装部屋へと急かされた。
そして⋯⋯。
ウェディングドレスとタキシード姿に着替え、結婚式場へ集合したのだった。
あの王太子、今度は何をしようとしているの。
「よーし、みんな準備はいいな」
クロードはいつもの調子で話を進める。
「それじゃあ、ハトリーヌ。本番の前に、みんなにおまえのことを話してくれ」
「承知しました。クロード様」
ハトリーヌさんが微笑んで頷く。
純白のドレスをまとった彼女は、まるで雪の妖精みたいだ。
思わず見惚れていると、ハトリーヌさんが私たちの方へ向き直る。
「少し長くなりますが、私がこの国に来た経緯をお話します」
鈴を転がすような声で、ハトリーヌさんは語り始めた。
——私には、生まれつき前世の記憶がありました。
ここはきっと、前世のおとぎ話にあった『白雪姫』の世界。
私はその主人公である白雪姫に転生したのだと思い、悲嘆に暮れていました。
だって、おとぎ話の通りなら、私はいつか継母に命を狙われる。
そんな私の不安は的中しました。
ある日。
継母の部屋へ様子を見に行った時、扉越しに聞いてしまったのです。
「鏡よ鏡、魔法の人工知能を持つ鏡、この国で一番美しいのは誰?」
継母が魔法の鏡に問いかける声がしました。
(魔法の人工知能って何。魔法の鏡でいいでしょう)
そう思いながら、息を殺して耳をそばだてていると。
『この国の一般的な評価基準に照らすと、白雪姫が最有力候補として挙げられます』
まるで、AIの分析結果のような回答が聞こえてきました。
恐らく、魔法の鏡の声でしょう。
一瞬の沈黙の後。
「なんですってぇぇ! あんな小娘に妾が負けるというの! 許せない、即刻始末するわ!」
継母の怒りの叫び声が響きました。
いや、『候補』だから断定していないでしょうが!
(あの人工知能、よりによって私の名前を⋯⋯!)
やばい、ここにいたら殺される。
こうなったら、先手を打って城から逃げるしかない。
そう決意し、夜明け前に城から逃げ出したのです。
鏡は継母が寝ている隙に、水をぶっかけて使用不能にしておきました。
魔法の人工知能といえど機械なので、水には弱かったみたいです。
森の中をひたすら歩いて行くと、遠くの方に小屋が見えました。
(あれは、もしかして⋯⋯おとぎ話にあった七人の小人たちの家)
歩き疲れていた私は、小屋へ行こうとしてふと思いました。
(待って。あそこに行ったら、継母がリンゴ売りのおばあちゃんに化けてやって来るわ)
使用不能にしたとはいえ、新しく鏡を新調されたら一巻の終わりだ。
魔法の鏡を使い、GPSのように私の現在地を特定してやってくるだろう。
そして毒リンゴを食べさせられて私は死ぬ。
リンゴを拒否すれば、別の方法で始末されるかもしれない。
よし、水と食料を分けてもらって隣国まで亡命しよう。
私は小屋の扉を叩きました。
少しして、中から小人さんが出てきました。
「すみません。水と食料を分けてもらえないでしょうか」
私が事情を話すと、小人さんは親身になって聞いてくれました。
「それは大変でしたね。行く当てがないなら、ここで暮らしてはどうですか?」
「ごめんなさい、それは出来ないんです。この国にいたら、継母が私の居場所を追跡してくるので。遠い地まで逃げるつもりです」
親切な申し出を断ってしまい、胸が痛みましたが。
小人さんは気を悪くするどころか、私の旅を応援してくれたのです。
「そうですか。お若いのに逞しいお嬢さんだ。でも、女性の一人旅は危ない。水と食料と、護身用にこのバトルアックスも持ってお行きなさい」
なんでバトルアックス?
まあいいか。何かの役に立つかもしれないし。
優しい小人さんから水と食料を分けてもらい、バトルアックスを担いで森の中をさらに歩いて行くと。
道中で森の熊さんに通せんぼされ、戦って勝った後に背中へ乗せてもらいました。
そしてようやく森を抜け、港に着いたのです。
ここまで共に旅をした、熊さんとの別れを惜しみ。
船に乗って隣国に着いた私は、この国の王家へ助けを求めることにしました。
でも、門前払いを食らってしまったのです。
なぜなら、身分証になるものを祖国に置いてきてしまったから。
(どうしよう。せっかくここまで来たのに⋯⋯)
城を出てから山を越え海を越えて。
この国に来るまで、三時間もの長旅をしてきたというのに。
門番さんから「すみません。身分証がないと通せない決まりなので」と申し訳なさそうに謝られました。
分かっているわ。彼らは任された仕事をきちんとこなしているだけ。
これ以上無理を言ったら、迷惑になってしまうわね。
お城に背を向け、しょんぼりと帰ろうとした時——。
「あれ? おまえ、もしかして⋯⋯ハトリーヌか?」
背後から声をかけられ、思わず足が止まりました。
ハトリーヌ——亡くなったお母様から貰った、私の本当の名前。
母の名前がカトリーヌだから、娘はハトリーヌにしましょうと。
そんな、母がカナコだから娘はハナコにしましょう的なノリで付けられた名前は⋯⋯。
白雪姫というあだ名が定着して以降、誰からも呼ばれることはなくなりました。
という話はさておき。
振り返ると、そこにはちょっとぼんやりした感じの青年が立っていました。
その方こそ、この国の王太子——クロード様だったのです。
(こ、この方⋯⋯めちゃくちゃタイプだわ!)
私は華やかな男性より、ちょっと地味で目立たない感じの男性が好みでした。
クロード様は好みどストライク。まさに理想の王子様でした。
つまり一目惚れってやつです。
クロード様はお優しい方で、私の話を親身になって聞いてくださいました。
そして話をするうちに、彼も私と同じ転生者であり、この世界がおとぎ話を元にしたギャルゲーの世界であることを知ったのです。
「バトルアックスが使えるの! じゃあさ、あそこに詰んである太い丸太とかも切れる?」
「もちろんです。これは七人の小人から貰った魔法の斧ですから。岩だってサクサク切れますよ」
「すげー! じゃあさ、俺の魔法テーマパークの建設を手伝ってくれる? 衣食住付きで、給料もちゃんと払うから」
なんと、城で働くという名目で、住み込みで雇ってくださったのです。
ちなみに魔法テーマパークというのは、『ヒーローになった気分を体験できる』魔法のアトラクション施設だそうです。
よく分かりませんが、恐らく遊園地みたいなものでしょうか。
クロード様の助けになるのなら、断る理由はありませんでした。
でも私は追われる身。
周囲に正体を隠して生活したいと相談したところ、クロード様は私の我儘を快く聞いてくださいました。
「普段は鳥に変身して正体を隠せばいいんじゃね? 羽があれば、いざという時に飛んで逃げられるし」
「そんなことが可能なのですか?」
「クラウスに頼んだら出来るぞ。俺の友達なんだ」
こうして私は、昼間は魔法テーマパークの建設を手伝い、それ以外は白いハトへ姿を変えて過ごすようになったのです。
仕事中は人に見られてもいいよう、頭にジャック・オー・ランタンの被り物を付けて素顔を隠しました。
そしてバトルアックスを高速で振るって丸太を切り刻んでいたら⋯⋯なぜか目撃者は悲鳴を上げて逃げ出し、誰も私の仕事場へ近寄ってこなくなりました。
程なくして、私は『切り裂きジャック・オー・ランタン』という異名で呼ばれるようになったのです。
——そんな平穏で楽しい日々は、ある日突然終わりを迎えました。




