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黒衣のちびキャラと請求書

突如エリック王子の背後に出現した黒い渦。

そこから現れた黒い人影により、エリック王子は超巨大ハリセンで容赦なく叩き伏せられた。

見ると、白目を剥いて完全にのびている。


「⋯⋯」


玉座の間が静寂に包まれた。


呆気に取られる私たち。

視線の先には、超巨大ハリセンを携えた謎の黒い人影がいた。

人影はエリック王子を華麗にしばいた後、スチャッっと地面に着地する。


何あれ⋯⋯。


人影というか、全身に黒い装束を纏った人型の生き物だ。

顔まで黒い布で隠されている。

その姿はまるで、歌舞伎などの舞台で黒い衣装を着て現れる『黒衣くろご』のよう。


でも何より驚いたのは⋯⋯。


背丈がアニメや漫画のちびキャラみたいな二頭身なこと。

明らかに異質な存在なのに、「可愛い」という感想が先に浮かんでしまった。


「一体何が起こったんだ?」

「エリック殿下が急に倒れられたぞ」

「なんかおかしな倒れ方をしていたな」


周囲の兵士たちが騒ぎ出す。

その反応に違和感を覚えた。


(ひょっとして、誰もあれが見えていないの⋯⋯?)


咄嗟にクラウスさんを見る。


「クラウスさん、あそこにいる黒い装束の生き物が見えますか?」

「黒い装束の生き物⋯⋯?」

「エリック王子のそばにいる、大きなハリセンを持った小さい人型の生き物です」


私が指差す方向を見て、クラウスさんは戸惑った顔をする。


「そんな奇妙なものは見当たらないけど⋯⋯」


やっぱり⋯⋯! 他の人には見えていないんだわ。


つまり私以外の人には、エリック王子が突然倒れたように見えたってこと?


いや、どうやらハトもあれが見えているみたい。

エリック王子のそばでちょろちょろ動く黒衣のちびキャラを、上空から困った顔で見つめている。


「ヘレンには、見えているんだね? その、黒い装束の生き物が」


クラウスさんの問いに頷く。

たとえ見えていなくても、私の言葉を信じてくれているのだ。


「多分、ハト——王太子にも見えていると思います」


私の言葉に、クラウスさんは少し考え込む。


「もしかすると、転生者の君たちにしか見えない存在なのかも」

「え?」

「僕も含めて、他の人たちには見えていないようだから。この世界の人間には見えない存在が、異世界の魂を持つ君たちだけは例外として見えているのかもしれない」


その言葉にはっとする。

確かに、それなら目の前の現状にも説明がつく。


再び黒衣のちびキャラを見ると、また違う文字が書かれたプラカードを掲げていた。


『この悪ガキがー! ゲームの強制力舐めんなよ!』

『誰が『サボり魔』だこんにゃろー!』

『おまえのせいで、どれだけ我々の仕事が増えたと思っているんだ!』


⋯⋯複数のプラカードを、瞬時に出し入れしている。

なぜプラカードで伝えているのかは分からない。

内容はどうやら、エリック王子への文句のようだ。

当の本人は完全にのびているので、読まれていないけれど。


『ケッ!』


短い悪態を書いたプラカードを出した後、黒衣のちびキャラは懐から何かを取り出した。

何かの書類の束のようだ。

それをエリック王子の頭にペシッと叩きつける。


『じゃあな、悪ガキ!』


そのプラカードを最後に、黒衣のちびキャラは黒い渦の中へと戻っていく。


——ほんの一瞬、黒衣のちびキャラが私を見た気がした。


黒い渦が消えた後、気絶したままのエリック王子と謎の書類の束が残された。

ハトはホッとしたように息を吐き、衛兵を呼んだ。


「今のうちにエリックを捕まえておけ。また暴れられると面倒だから」

「はっ! ところで、いつの間にか妙な書類がエリック殿下の頭に置かれていたのですが」


衛兵が訝しげに書類を拾い上げる。

さっき黒衣のちびキャラが叩きつけていった書類だ。


上空から下りてきたハトに、衛兵が書類を見せている。

中身を見て、ハトがなぜか「うわぁ」と引き攣ったような声を漏らした。


「これは父上に渡しといて。全部エリックへの請求書だから」

「は、はあ⋯⋯」


そんなやり取りを遠目に見ながら⋯⋯。

先ほどの黒い渦が出現した場所を見たが、やはり何もなかった。


(結局、あれはなんだったのかしら?)


いきなり現れた謎のちびキャラは、誰にもツッコまれないまま去って行った。

まるで、実際にはそこに居るが、舞台では『居ないもの』として扱われる黒衣のように。



——こうして、エリック王子が意識を取り戻すのを待ち、ようやく尋問は再開された。


「ではエリックよ、そなたへ問う罪は二つ⋯⋯てあれ? なぜかめちゃくちゃ増えとる!」


玉座の間に、国王の厳粛なようで動揺した声が響く。

書類を持つ国王の手がぶるぶると震えていた。


「一つ目は⋯⋯城への業務妨害と、さっきクロードへ危害を加えようとした傷害未遂、そしてクロード暗殺未遂について」

「待て! 三つの罪がワンセットになってたぞ!」

「やかましい! おまえに問うべき罪が多すぎて、ひとまとめにせんと対応しきれんのじゃ!」


エリック王子の抗議を国王はぴしゃりとはねつける。


「二つ目は——おまえの頭に投げてあった請求書の内容についてじゃ」

「請求書だぁ?」


エリック王子が訝しげに眉を寄せる。


「全ておまえ宛で請求が届いておった。建設業者に印刷業者、服やおもちゃを始めとした複数の製造工場に広告代理店、なんか他にも色んな所から請求が来ておるぞ」

「はあ!? 俺はそんなの知らねーぞ!」


素っ頓狂な声を上げるエリック王子。

そんな彼に、国王は怒り心頭で怒鳴った。


「知らんくてもちゃんとした書類で届いておるんじゃー! どーするんじゃ、この多額の請求書ォォ!」

「国王陛下、お気を確かに! 治ったばかりの腰に響くといけませんので、私が読み上げます」


国王を心配した臣下が、代わりに内容を読み上げた。


「まず⋯⋯かぼちゃ祭りで使うはずだった、かぼちゃグッズ及びぼちゃのモデルハウスの損害賠償並びに製作費用。そして、童話のスピード重版にかかった紙とインク代等の本の制作費。あと、クラウス殿の家の窓ガラスをぶち破った弁償代」

「待て待て! なんのことだそれ!? どれも心当たりがねーけど、最後のは明らかに俺じゃねーぞ!」


エリック王子が驚きの声を上げる。


私とクラウスさんもぽかんとする。


かぼちゃグッズとかぼちゃのモデルハウス⋯⋯?

スピード重版に、クラウスさんの家のガラスをぶち破ったって⋯⋯。

どれも心当たりしかない内容だ。


(それって⋯⋯)


昨日、三人で町へ出掛けた時の白菜で彩られた町を思い出す。

白菜グッズや屋台、それに——白菜のモデルハウスまであった。


そして、ハトが気になることを言っていた。


本来のシナリオでは、三日目になると町がかぼちゃ祭り状態になるのだと。

私が白菜の馬車に乗ったことで、白菜祭り状態へと変わってしまったらしいが。


他にもある。

童話のスピード重版に私がツッコんだ時はこんなことを言っていた。


——ああ。ゲームの強制力が、出版社で必死に印刷から納品までやってくれているのかもしれない。


クラウスさんの家のガラスについては⋯⋯。


——一箇所だけガラスが薄い窓があったんだよ。だからさ、全身にシーツを被って体当りしてぶち破ってきた。


いや、ちょっと待て。

窓ガラスをぶち破ったのはハトじゃなかった? なんでその罪状がしれっと並んでいるの?


頭が混乱しそうになる中、さらに衝撃的なことを国王が言った。


「ちなみに損害賠償請求をしてきた者の名は——『匿名:ゲームの強制力』というそうじゃが。⋯⋯随分と変わった名前じゃな」

「は⋯⋯? はあああああ!?」


エリック王子が驚愕の声を上げる。

私とクラウスさんも、驚きのあまり声が出なかった。


ゲ、ゲームの強制力!?

待って、まさか、まさかまさか⋯⋯。


あの黒衣のちびキャラはいつ現れた?

確か、エリック王子がゲームの強制力への悪口を言った直後だ。

エリック王子を超巨大ハリセンでしばいた後、プラカードに気になるメッセージを書いていた。


『ゲームの強制力舐めんなよ』と。


(あの黒衣のちびキャラの正体って、もしかして⋯⋯)


「ふざけんなあぁぁ! なーにがゲームの強制力だ! そんなもんが請求なんてしてくるはずねーだろうが!」


エリック王子が叫んだ。

そこへ、クロードが呆れたように言った。


「まだ続きがあるんだから聞けよ」


国王の隣の椅子に、なぜかハトの変身を解かないまま座っている。

あの姿、気に入っているのかしら?


「はあ? てめえ、何を偉そうに——」

「口を慎め、エリック」


国王の言葉に、エリック王子は舌打ちする。


「では、もう一つの報告を申してみよ」

「はっ!」


今度は別の臣下が書類を読み上げる。


「先ほど入ってきた報告ですが。エリック殿下の個人資産の入った金庫がスッカラカンになっていたそうです」

「え⋯⋯?」


エリック王子が口を開けたまま固まる。


「ま、待て待て! あの金庫は俺にしか開けられないはずだぞ?」

「それが、さっきエリック殿下の部屋を確認したところ、金庫の扉が開けられて中は空になっていたそうです」

「なっ⋯⋯!」


エリック王子が石のように固まった。


「それと、エリック殿下の金庫の中に、こちらの手紙が残されていました」


別の臣下が一通の手紙を持ってきて、国王へ手渡す。

国王は中身を読んで首を傾げ、次にハトへ手紙が渡された。

ハトは手紙を臣下に見せてもらい、「はあ〜」とため息をつく。


「これは⋯⋯一応エリック宛のメッセージだから、読んでやってくれ。おまえたちは、内容について理解しなくていい」

「は、はあ。承知致しました」


命じられるまま、臣下が手紙を読み上げる。


それは私たちにとって驚くべき内容だった——。

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