エリックの断罪と盛大なツッコみ
「——確かに証拠はねーな」
クロードの言葉に唖然とする。
⋯⋯は?
証拠がないって、それじゃあどうやってエリック王子の罪を明らかにするのよ。
「エリックのやつ、すぐに証拠を片付けちゃったみたいでさ。頑張ったけど見つけられなかったんだわ」
クロードは困ったように頭を掻く。
そんな! ここまで来て、何も策はないって言うの!?
不安になっていると、ふいにクラウスさんが私の肩へ手を置いた。
「⋯⋯クラウスさん?」
「前に言っただろう。殿下はただふざけているわけではないって」
その言葉にはっとする。
そう言えば、昨日の作戦会議の時にクラウスさんが言っていた。
——一見、思いつきやノリでやっているように見えるけどね。殿下の行動は、不思議と良い結果を引き寄せるんだ。
あの言葉が本当なら、クロードの行動には何か意味があるということね。
「まあ、実際は本当に思いつきやノリでやっているようだけど。なぜかそれが不思議と良い結果を引き寄せるんだ」
クラウスさあぁぁんっ! 一気に不安になったじゃない!
それってライブ感で生きていたら、たまたま良い方向に転がってきただけでは!
焦燥に駆られていると、エリック王子の勝ち誇った笑い声が響く。
「残念だったな、クロード! 俺を捕まえられなくてよ!」
「そうだな。それについては本当に残念だ」
「クラウスも覚悟しとけ。おまえは首にしてやるからな(処刑的な意味で)。ヘレンちゃんに転生した女も俺がもらうぞ!」
「どんなことをしても、ヘレンは僕が守りますよ」
クラウスさんに抱き寄せられ、私はエリック王子を睨みつける。
そんな私たちを、エリック王子は嘲笑う。
「強がっていられるのも今のうちだ。すぐに自由の身になって結婚式を——」
「あ、言い忘れていたけどさ。今のおまえが結婚式を開いても無駄だぞ」
クロードのあっけらかんとした声が玉座の間に響いた。
この張り詰めた空気の中、一人だけ普段と変わらない態度のクロード。
結婚式を開いても無駄⋯⋯?
一体どういうことかしら。
「はあ? おまえ何言ってやがる」
エリック王子も同じ疑問を持ったらしい。
訝しげにクロードを凝視している。
「やり方はどうあれ、おまえは俺から主人公のポジションを一時的に奪った。だからゲームの強制力も、おまえを〝擬似的な主人公〟と見做して働いていたんだ」
「それが何だって言うんだ」
「俺が生きていると証明された時点で、おまえは——主人公の資格を失ったんだよ。本来の主人公である俺が、元のポジションに戻ったから」
エリック王子がはっと目を見開く。
「つまり——主人公じゃないおまえが結婚式を挙げても、もうゲームの強制力は働かない」
「なっ⋯⋯そんな馬鹿な!」
勝ち誇っていたエリック王子の顔から、余裕が消える。
「俺が結婚式を挙げてしまえば、ハーレムイベントは二度と起こせなくなる。この世界にセーブやロードなんて機能はないからな。一度クリアしたイベントはもうやり直せない」
「お、おまえ、まさか最初からそれを狙って⋯⋯」
そうか。
クロードの目的は、始めからエリック王子のハーレム計画を潰すことだったのね。
顔を引き攣らせるエリック王子を、クロードはまっすぐ見据える。
そして、パンッと柏手を打って言った。
「はい、前置きは終わり。尋問を始めるぞ」
⋯⋯⋯⋯は?
エリック王子はハトが豆鉄砲を食ったような顔をした。
話に聞き入っていた私とクラウスさんもぽかんとする。
え⋯⋯尋問? 暗殺未遂の証拠は見つからなかったんじゃないの?
「はあ? 暗殺未遂の証拠はないって、さっき自分で言ってただろうが」
困惑するエリック王子に、クロードはきょとんとする。
「俺、暗殺未遂についての尋問だなんて言ってないぞ?」
「へ?」
「おまえが臣下たちに、国中の女性にガラスの靴を履かせるなんて激務を命じただろう。あれで城の多くの業務に支障が出たんだ。だからおまえを、業務妨害罪で捕まえさせてもらった」
「⋯⋯⋯⋯へ?」
呆気に取られるエリック王子。
国王や衛兵たちが一様に頷いている。
待て待て。
まさか『ヘレンを探せ!』イベントの真の目的ってそっち!?
あれには相当な人員が割かれたって城の人から聞いたけど。
「待てや! 俺がおまえの命を狙ったと親父に伝えたんじゃないのか!」
「伝えたぞ。でもとーちゃんから、そっちは証拠がないと厳しいって言われたんだ。だから別の罪を追求しようと思ってさ」
——とーちゃん、エリックの罪(業務妨害罪)を追求できるよう取り計らってほしいんだ。
「⋯⋯て言った」
一瞬の沈黙の後。
「なんじゃそりゃぁぁ!」
エリック王子の雄叫びが響いた。
「なんで肝心なところを味方にも伏せてんのよ! 紛らわしいわ!」
「お、落ち着いてヘレン!」
エリック王子だけでなく、私までツッコんでしまった。
「すまん。説明しようとしたら、おまえらが急にラブコメ始めたからさ。タイミングを見計らってたら遅くなった」
「「うっ⋯⋯」」
私とクラウスさんは何も言えなくなる。
確かにあれで結構な時間を取ったことは認めるわ。
でも冷静に指摘されたら恥ずかしいでしょうが!
国王が厳しい目でエリック王子を見据える。
「エリック、なぜあんな命令を出した。おかげで各部署から苦情が出ておる。『馬なし馬車の娘を探すため、我々は馬車馬の如く働かされました』とな」
「他にも、『舞踏会は終わったのに、エリック殿下の無茶な命令に我らが踊らされました』という苦情も出ております」
傍に控える臣下も続けて報告してきた。
「上手くねーよ! なんでちょっと洒落た感じに言おうとしてんだよ!」
クロードに翻弄され、ツッコみで消耗し、エリック王子は冷静さを欠いてきている。
そんな彼に畳み掛けるように、クロードが声を掛けた。
「エリック、もう一つ言い忘れてたんだけど」
「あん? 今度は何だ?」
クロードの声が急に低くなる。
「おまえさ、俺の友達を散々顎で使った挙げ句に、花嫁まで奪おうなんてふざけんな。さすがの俺もカチーンときたぞ」
クラウスさんが目を瞠る。
いつもの軽い口調なのに、クロードの声からは苛立ちが感じられた。
ああ、そっか。
いつもなら私とクラウスさんに、茶化したりツッコミを入れてきたりするのに。
珍しく何も言ってこないと思ったら。
きっと、クロードもエリック王子に怒っていたんだ。
自分ではなく、クラウスさんにされたことを。
「尋問が終わったら、俺はすぐ結婚式を挙げるから。これでおまえのハーレム計画は永遠に叶わなくなる。残念だったな、エリック」
「ば、ばば馬鹿言うな⋯⋯攻略対象たちはみんな落としたんだ。おまえに靡く攻略対象がいるわけない」
そう言うエリック王子は、顔が青ざめて視線が定まっていない。
明らかに動揺している。
「一人だけいるんだよ。でもおまえには教えない。俺はハーレムに興味ねーから、花嫁はその子だけでいい」
今度こそ、エリック王子の顔が絶望に染まった。
「お、俺のハーレムが⋯⋯。あんなに苦労して、攻略対象たちの好感度を上げたのに⋯⋯全部パアだと⋯⋯」
ぐったりと力なく項垂れるエリック王子。
衛兵たちも困惑し、うっかり拘束の手が緩んだ瞬間——。
エリック王子が拘束を振り切って、怒りのままにクロード目掛けて駆け出した。
「クロードてめえよくもおぉぉ!」
「クロード様!」
クラウスさんが咄嗟に、魔法でクロードをハトの姿に変える。
ハトに変身したクロードは素早く飛び上がり、エリック王子の突進を躱した。
「ありがとうな、クラウス! エリック、もうやめるんだバーカ。これ以上シナリオをいじると、ゲームの強制力が働いてただじゃ済まなくなるぞアホたん」
「さり気なく悪口言ってんじゃねー! おまえみたいなおふざけ万歳ヤローが主人公なのが、俺はずっと気に食わなかったんだ!」
エリック王子が怒りの形相で高らかに吠えた。
玉座の間に——というかこの世界に向かって不満を撒き散らすように。
「何がゲームの強制力だ! クラウスを王子様判定するとかバグってんのかあ! ちゃんと仕事しやがれ、このサボリ魔があぁぁ!」
その叫びを聞いた瞬間、ハトが急に焦りだした。
羽をしきりに動かしてあわあわしている。
一体どうしたのかしら⋯⋯。
「バカヤロー、おまえなんてこと言うんだ! もうどうなっても知らないぞ!」
「はあ? てめえ何を訳分かんねーこと言って——」
ハトを睨みつけるエリック王子の背後に、突然黒い空間の渦のようなものが出現した。
(な、何あれ⋯⋯)
次の瞬間——渦の中から小さな黒い人影が現れた。
『やかましいわあぁぁぁ!』
——と、でかでか書かれたプラカードを左手に持ち。
黒い人影は目にも止まらぬ速さで、右手に持つ超巨大ハリセンをエリック王子の後頭部に叩きつけた。




