エリックの断罪スタート
ヘレンの大群から救出された後、エリック王子は玉座の間へと連行された。
髪はボサボサ、服はあちこち破れてぼろぼろ、目は虚ろな状態。
まるで山賊にでも襲われたような姿だ。
なぜか、私の義姉であるミランダとセシリアもエリック王子についてきた。
クロードの話によると、『この二人は好感度が上がりやす過ぎて、他のキャラの攻略を妨害してくる』とのこと。
だからエリック王子が私を攻略しようとした時に乱入してきたのか。
二人はエリック王子から離れようとせず、衛兵も仕方なく一緒に連行してきたらしい。
そんな状態から始まったエリック王子の尋問はというと。
——ちょっと一波乱あった。
「あんた、シンデレラじゃない!」
「舞踏会にいた白菜女の正体はあんただったの⋯⋯!」
ミランダとセシリアが、私を見て驚いて叫んだ。
三日ぶりに義姉たちから『シンデレラ』と呼ばれた。
ここのところ、ずっと本名で呼ばれていたから懐かしさを覚える。
でも白菜女はやめれ。シンデレラよりそっちの方が悪口だわ。
エリック王子も状況が飲み込めていないようで動転している。
「クロード、てめえ生きていたのか!? それにクラウス、なんで俺のヘレンちゃんと仲良さそうに腕を組んでるんだ!」
いつあんたのになったし!
私が反論しようとした時、クラウスさんが先に口を開いた。
「ヘレンはあなたのものではありませんよ。——僕の花嫁になる女性に、変な気を起こさないでください」
私ははっとしてクラウスさんを見上げる。
今、花嫁って言わなかった⋯⋯?
エリック王子も、目と口を大きく開けてぽかんとしている。
「は、花嫁⋯⋯だと⋯⋯?」
引き攣った声で呟くエリック王子に、クラウスさんがにこりと笑って頷く。
「〝結婚を前提に〟お付き合いさせてもらっていますので。そうだよね、ヘレン?」
「はえっ⋯⋯!」
思わず変な声が出た。
驚いて即答出来ずにいると、クラウスさんが首を傾げて、不思議そうに私を見る。
「初めて会った日の夜にそう言っていたよね? ⋯⋯違ったかな?」
その言葉に、初めてクラウスさんと出会った日のことが脳裏に浮かぶ。
——初めまして、クラウスさん! 私はヘレンと言います! いきなりですが、結婚を前提にお付き合いしてください!
確かに言った。
今思い返せば、本当にいきなりとんでもないことを言っていた。
それなのに、同じ言葉を返してもらえるなんて。
「違いません。う、嬉しいです⋯⋯」
気付いたら涙が頬を伝っていた。
クラウスさんがそっと涙を拭ってくれる。
それを見たエリック王子がまた騒ぎ出した。
「何が結婚を前提にだ! おまえみたいなくたびれたおっさんを、ヘレンちゃんが好きになるわけねーだろ! 見ろ、嫌がって泣いてんじゃねーか!」
私はカッとなってエリック王子を睨む。
「これは嬉しくて泣いてんのよ! あと私のクラウスさんを侮辱するんじゃないわよ、はっ倒すわよ!」
「ひっ⋯⋯! へ、ヘレンちゃん? なんかゲームのキャラと違くね⋯⋯?」
私の剣幕に、エリック王子がたじろぐ。
なぜか王子を取り押さえる衛兵もそっと目を逸らした。
なんであなたたちまで怯えているのよ。
怒りが収まらない私を、クラウスさんがやんわり諭してくる。
「よしなさい、ヘレン。そんな男でもまだ王族だ。不用意な発言で君の立場が悪くなるといけない」
「クラウスさん⋯⋯。すみません、気を付けます」
渋々頷くと、クラウスさんに微笑まれた。
「僕のために怒ってくれてありがとう。君のそういう優しいところも好きだよ」
「——っ!」
思わずカァッと顔が熱くなる。
(今、す、好きって⋯⋯! 初めて言われた⋯⋯!)
嬉しいけど、不意打ちすぎて心臓に悪い。
なんか今日のクラウスさん、いつもより言葉がストレートなような⋯⋯?
「クラウスゥゥ! さり気なく俺をディスっている上に、仲の良いところ見せつけてんじゃねー! つーかどういうことだこれ。ヘレンちゃんは俺に一目惚れしているはずだろう⋯⋯」
怒りながらも混乱するエリック王子を見て、クロードがため息をついた。
「ヘレンはクラウスに一目惚れしたんだよ。それも理想の王子様としてな」
「⋯⋯は?」
ぽかんとするエリック王子に、クロードはさらに続ける。
「ヘレンが王子様と出会って一目惚れする運命は、クラウスと出会ったことで達成されたんだ。だから、ヘレンがおまえに一目惚れすることはない」
「う、そだ⋯⋯俺の推しのヘレンちゃんがあんなやつに⋯⋯」
「あと、ヘレンは俺やおまえと同じ(転生者)だから、おまえの能力も効果がないぞ」
「——っ!」
エリック王子が呆然とした顔で固まった。
さすがに私も転生者だということは予想外だったようだ。
「おまえ、よく気付かなかったよな。俺は初見で『あ、ゲームのヘレンじゃねーわ』って気付いたのに」
この王太子は⋯⋯。
ハトの姿なら掴み上げてやるのに。
「変だなとは思っていた。自分の名前をジェーン・ドゥと名乗っていたり、白菜の変なアクセサリーを付けて現れたり、手を出そうとするたび、力比べに持ち込まれたりしてたから」
「ちゃんと気付いてるじゃねーか。逆になんで疑わなかったな」
疑われたらアウトでしょうが。⋯⋯でも、確かになんでかしら?
エリック王子がミランダとセシリアを指差して叫んだ。
「こいつらのせいで、ヘレンちゃんの好感度を上げる時間がなかったんだ! 違和感なら山ほどあったさ! だがそれどころじゃねー、早く推しの好感度上げねーとって、焦ってたんだよ!」
えーと、つまり⋯⋯。
好感度上げに躍起になっていて、違和感をスルーしていたと。
どんだけゲーム脳なのよ。おかげでこっちは助かったけど。
名指しされた二人は心外だとばかりに不満をこぼす。
「ひどいですわ! わたくしたちは殿下をお慕いしておりますのに」
「そんな『白菜娘』のどこがいいのよ! あたしと姉様の方が美人じゃない!」
「うるせー! おまえら、俺が他の女の子と仲良くするとすぐキレるだろ!」
当たり前だ、と誰もが思った。
この王子様の仲良くは口説くと同義じゃないか。
あと、私の呼び名がシンデレラから『白菜娘』に変わっているんだけど。
シンデレラ要素がほぼなくなりかけているじゃない。
「ヘレンちゃんはお淑やかで儚げで、主人公への愛が重い超ド級の一途さがいいんだよ! あの子ならきっと、俺が浮気しても記念日を忘れたりしても、ブチギレたり離れていったりしねー!」
「最低ね。相手に一途さを求めるなら、自分もそうあろうとは思わないの?」
思わず口を出すと、エリック王子が即答する。
「ねーよ! せっかくギャルゲー世界に転生したんだぞ。可愛い女の子を片っ端から攻略しないでどうするんだよ!」
それはゲームであればの話だ。
ここは現実の世界で、攻略対象たちだって心を持つ人間なのに。
とことん、この世界をゲームとしか見ていないのね。
「だいたい、なんで俺じゃなくてクラウスなんだ! おまえが中身は別人だとしても、家で義理の母親や姉に虐められてたはずだ! 俺はそんな可哀想な境遇からおまえを救ってやろうとしたんだぞ!」
継母や義姉たちから虐められていたのは確かだけど。
それでもこの王子様と結婚するのだけはご免だわ。
自分の物差しで、私を可哀想な人みたいに言うんじゃないわよ。
「もう諦めろ、エリック。おまえのハーレム計画はもう叶わないんだから」
クロードの忠告に、エリック王子は挑発的に笑う。
「はははっ、笑わせるな! 舞踏会はもう終わったんだ。あとはヘレンちゃんにガラスの靴を履かせて、結婚式を仕切り直せばいい。そうすれば——その子は俺を完全に好きになる」
まだ諦めていないの!
ゲームの強制力を逆手に取って、私を無理やりエリック王子大好きにさせる作戦を。
「私はあなたが好きなゲームのヘレンじゃないのよ」
「知るか! この際、もうそんなことはもうどうでもいい! 見た目はヘレンちゃんと同じ美少女なんだ。俺のハーレムを彩る花として、隣に置いてやるよ!」
開き直ったエリック王子に絶句する。
まさか、ここまで往生際の悪い人間だったなんて。
クラウスさんがさっと私を背に庇ってくれるが、エリック王子はそれすらおかしそうに笑う。
「早く解放してもらおうか。証拠もないのに、俺をいつまでも拘束するなんて出来ないはずだ。自由になり次第、すぐにおまえらに復讐してやるからな!」
痛いところを突かれた。
エリック王子が、クロードの命を狙った証拠は見つかっていない。
これはあくまで、取り調べの段階に過ぎないのだ。
でも、クロードがなんやかんやで上手くやるって言っていたわ。
唯一の希望であるクロードをじっと見つめる。
やがて、クロードがいつもの軽い調子で口を開いた。
「——確かに証拠はねーな」




