エリックは空高く舞う、そして国王との謁見へ
城の入口前にて。
辺り一帯にずらりと並んだヘレンたちを前に、城の案内役が伝達事項を伝える。
なにせ、一人だと思っていた私がそこら中で見つかったのだ。
城の人たちの顔から『どうしよう、これ⋯⋯』という不安が見て取れた。
「はい、それではお集まり頂いたヘレンの皆様。これより城への扉を開けますので、決して列を乱さずにお入りください」
「足の悪いヘレン様は、後ろの方へ並んでください。城の者が一人ずつ付き添いますので」
「後ろのヘレン様たちが入れるように、前方のヘレン様方は急いで結婚式場へ詰めてお入りください」
⋯⋯彼らも、町でガラスの靴を履かせている兵士たちと同じ結論に至ったらしい。
『もう分かんないから全員送っちゃえ!』と。
案内と説明が終わり、城の扉がようやく開かれる。
ヘレンの軍団が、ゆっくりと「よーい」のスタート体勢に入る。
そして——扉が全開になった瞬間、「ドンッ!」と目の色を変えて城内へ突入していった。
まるで、訓練された特殊部隊のような迷いのない機動力。
前世の日本で、一昔前のお正月のニュースで見た、福袋争奪戦の光景が脳裏をよぎった。
エリック王子の正妃という一点物の福袋を求め、各地から集結したヘレンたちが結婚式場へと猛ダッシュする。
一方、結婚式場では。
「早く来ないかなー、ヘレンちゃん。もうすぐ、推しのヘレンちゃんが隣にいる、夢のハーレムが完成するんだ。あああ、待ちきれねー!」
にやけすぎて、せっかくのイケメンが台無しになっているエリック。
しかし、彼の転生ボーナスの能力により、周りの女性には理想の王子様にしか見えていない。
結婚式場には、他の攻略対象が全員集められていた。
ヘレンを正妃に、他の女性は側妃として、まとめてエリックと結婚式を挙げるためである。
ちなみに、攻略対象たちも『ヘレンを探せ!』のイベント効果でヘレンのコスプレをしている。
まるで、ヘレンのコスプレコンテストの会場みたいだ。
そんな彼女たちの中から、二人の人物が前に進み出た。
「殿下、あんなおかしな白菜娘を本気で正妃にするつもりですの?」
「あたしたちの方が殿下に相応しいですわ!」
抗議の声を上げてきたのは、ヘレンの義姉である——ミランダとセシリアだった。
二人の頭には、ヘレンと同じ髪色のカツラと、『ヘレンです』と書かれた鉢巻が巻かれている。
かなりのやっつけ仕事で仕上げられたヘレンだ。
エリックは小さく舌打ちする。
(こいつら、好感度が勝手に上がっていくから厄介なんだよな)
ヘレンの義姉で、攻略対象でもあるミランダとセシリア。
舞踏会の一日目と二日目に、この二人はヘレンとエリックの仲を妨害してきた。
おかげでエリックは、ヘレンの好感度を上げる時間が満足に取れなかったのだ。
——もう一つの原因は、忌々しいあの中年の魔法使い。
(クラウスのヤローが、ヘレンちゃんを夜中の十時なんて遅い時間に連れてくるから)
ダンスをして、テラスで話しただけで終わってしまった。
まあ、そういった時の保険として、ガラスの靴をヘレンしか履けないように細工しておいたわけだが。
「他の攻略対象は全員落としたし。あとはヘレンちゃんがガラスの靴を履いた状態で結婚式を迎えればフィナーレだ。攻略対象はみーんな俺の嫁!」
エリックの口元がにやりと弧を描く。
「あのふざけたクロードから、ぜーんぶ奪ってやったぜ! ざまーみろ! 主人公はこの俺だあぁぁ!」
エリックが歓喜の笑い声を上げた時。
結婚式場の扉の外から、声がかかった。
「エリック第二王子殿下。たった今、ヘレン様ご一行が到着されました」
「おお、来たか! さっそく通せ⋯⋯て、んん? ヘレン様〝ご一行〟?」
エリックが首を傾げていると、結婚式場の扉が開かれる。
扉の向こうから——廊下を埋め尽くす、ヘレンのコスプレイヤーの軍勢が現れた。
「なっ⋯⋯!」
エリックが言葉を失う中。
扉が全開になった瞬間、大量のヘレンたちが、◯蟲の大群の如く一気に押し寄せてきた。
「エリック王子殿下あぁぁぁ!(ヘレンの大群)」
「なんじゃあぁぁ! こりゃぁぁぁ!(エリックの悲鳴)」
逃げる場所や時間など、どこにもなかった。
結婚式場が瞬く間にヘレンたちで埋め尽くされる。
群れの直撃をもろに受けたエリックは——某◯の谷のヒロインの如く空高く宙を舞い、ヘレンの大群の中へと落ちていった——。
一方その頃。
ヘレンの大群の混乱に乗じて、私たちは城への潜入に成功した。
ハトに先導され、長い廊下をひた走る。
「あそこだ!」
ハトの視線の先に、大きな扉が見えた。
あそこが玉座の間——!
ようやく目的地に辿り着き、急いで扉を開けようとする。
しかし、すぐに見張りの兵士に止められた。
「何者だ! ここは許可のない者は立ち入り禁止だ!」
屈強な兵士二人に阻まれて、先に進めない。
せっかく、ここまで来たのに⋯⋯!
そこへ、ハトが声を上げた。
「クラウス、俺にかけた魔法を解け!」
「はっ!」
クラウスさんが手をかざすと、ハトの体が光を放った。
やがて光は人の輪郭に変わり、その姿が顕になってくる。
光が止むと、黒髪に黒い瞳のちょっとぼんやりした感じの青年が現れた。
私と同い年くらいかしら。
ひょっとして、この男の人がハトの正体⋯⋯!
「あ、あなたは⋯⋯」
「クロード様!? お、お亡くなりになったはずでは⋯⋯!」
兵士たちが、青年を見て驚きの声を上げる。
クロード様ってことは、やっぱり。
「とーちゃ——父上に会わせてくれ。火急の知らせがある」
兵士たちは顔を見合わせ、判断に迷う様子を見せる。
亡くなったはずの王太子が突然現れて、動揺を隠せないらしい。
今はわずかな時間さえ惜しいというのに。
(ああもう! 判断が遅いわよ!)
私は兵士たちの間を通り抜け、扉を押し開けようとする。
「ヘレン、君の力では無理だ!」
クラウスさんが慌てて止めようとするのを、クロードが手で制した。
「待て、クラウス!」
「殿下? 一体、何を考えて⋯⋯」
「まあ、見てろって」
そんな二人の会話を疑問に思いつつ、私は扉を力いっぱい押す。
兵士たちが焦った様子で止めようとしてくる。
「止めなさい。女性の力では、その扉は開けられない」
「特殊な訓練をした兵士が二人がかりでないと無理だ⋯⋯って⋯⋯」
兵士たちの言葉がピタリと止む。
それを怪訝に思いながら、私は——全開になった扉を指差して言った。
「開いたけど?」
女性の力でも普通に開けられたじゃない。
何を大げさに騒いでいたのかしら?
そんな私を見て、兵士たちが驚愕の声を上げた。
「「えええええええ!」」
そして⋯⋯。
私たちは無事国王に謁見し、エリック王子の罪状を伝えることが出来た。
国王と兵士たちが、なぜか私を見てがたがた震えているのが気になったけど。
「クロードよ、おまえが無事で良かった。ところで⋯⋯そ、そこのお嬢さんが、おまえに協力してくれた方なんだね?」
優しそうな国王陛下だ。
クロードが生きていたと知って、涙を流して喜んでいた。
「ああ。この子はヘレンっていうんだ。この子の協力がなかったら、きっとここまで辿り着けなかった」
あの尊大でふざけてばかりの王太子に、こんなことを言われるなんて。
ちょっとくすぐったい気持ちになる。
「そ、そうかー。ところで、ヘレン⋯⋯さん? 一つ聞いてもいいかな?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
国王が私の方を見る。
具合でも悪いのかしら? 私を見る国王の顔が青ざめているような?
「あの扉は、特別頑丈な作りでな⋯⋯。1000キロくらいあるんじゃが、よく一人で開けられたのう」
「⋯⋯はい?」
聞き間違いよね? 1000キロって聞こえたんだけど?
不安になってクラウスさんを見ると、苦笑しながら⋯⋯小さく頷かれた。
「——!」
う、嘘でしょう、そんな⋯⋯。
ショックを受けていると、ハト——間違えた、クロードが「気付いていなかったのか」と意外そうに言った。
「舞踏会で男のエリック相手に力で渡り合ったり、ダンスの疲労が一晩で回復したりしてただろう。あれって、多分おまえのヒロインスペックの恩恵だ」
「へ?」
ヒ、ヒロインスペックですって⋯⋯?
どういうこと?
呆然とする私を見て、クロードは再び口を開く。
「それはそうと。とーちゃん、エリックの罪を追求できるよう取り計らってほしいんだ」
待てーい!
なんで気になるところで話を切るのよ、この王太子は!
「良かろう。衛兵、エリックをこの場に連れて参れ」
国王の命令に対し、衛兵たちが言いにくそうに告げる。
「は! しかし⋯⋯エリック殿下がおられる結婚式場が、現在『ヘレンの大群』に埋め尽くされておりまして。城の者が必死でヘレン様たちを外へ連れ出している状況です」
「全てのヘレン様を安全に外へ誘導し終えるまで、もうしばらく掛かるかと」
国王はしばし沈黙した後⋯⋯考えるのを止めて言った。
「そうか。ちょっと何言っているか分からんけど、終わったら連れて参れ」
こうして、二時間後にエリック王子の尋問が始まった。
ちなみに『ヘレンを探せ!』のイベント効果は無事に消え——私のコスプレイヤーたちは、何事もなかったように普通の生活へと戻っていった。




