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ガラスの靴をいかに早く履かせるか

イベント不発のトラブルはあったものの、無事に『ヘレンを探せ!』イベントは開始された。

全ての女性が私のコスプレをしているせいで、城の捜索隊の兵たちは完全に混乱しているようだ。


やがて、彼らは考えるのをやめたらしい。

なぜなら、もっと大変な現状に気付いたから。


このヘレンたち全員に靴を履かせるの? 俺たちが?

兵士たちの顔に、「やりたくねえ」という絶望の後、「もう、やるしかねえ」という決意が宿る。

そして、彼らは仕事へと動き出した。


兵士が道行く女性に次々と声をかけていき、行列と人集りができていく。

私のコスプレイヤーたちが靴を履くたびに、ガラスの靴から機械の音声が流れる。


『認証失敗。パスコードの入力をお願いします』


靴から認証失敗の音声が流れ、女性の足が入らなくなる。

女性がやや緊張した面持ちで、例のパスコードを口にする。


『白菜』の馬車に乗る私を象徴する——四つの数字の語呂合わせを。


「⋯⋯8931」

『パスコードの一致を確認。ヘレン様ご本人の足と認証しました』


ガラスの靴から音声が流れ⋯⋯。

女性の足が靴に吸い込まれるようにぴたりとはまる。

クラウスさんによると、認証した人の足に合わせて、靴の大きさが自動的に変わるらしい。


私の中の魔法のイメージが、ファンタジーからテクノロジーへと変わっていく。


舞踏会初日——私は初めて見る魔法に感動した。

魔法のドレスに白菜の馬車、そしてガラスの靴。私の世界が変わった瞬間と言ってもいい。


二日目以降——本当に私の世界が変わった。

白いハトから始まった、足認証システム搭載のガラスの靴に白菜の広告塔、そして大量発生したヘレンのコスプレイヤー。

⋯⋯誰がここまで世界が変わると予想出来ただろう。


誰もこの状況に違和感を持っていないことにびっくりする。


「足がぴったりハマりました。五人目のヘレン様を城へ案内して!」

「四人目と五人目のヘレン様は、あちらの馬車へどうぞ!」


私のコスプレイヤーたちが、どんどん私本人として認証されていく。

ちなみに、彼女たちは私になりきっているため、自身の名前もヘレンと名乗っている。


城の関係者に案内され、自称『ヘレン』が次々と馬車へと乗り込む。

エリック王子の正妃として結婚式場へ向かうために。


城からのお触れ書きにはこう書かれていた。


『ガラスの靴が足にぴったりハマった〝女性〟を王子の正妃とする。

靴が履けた〝女性〟は、今日のお昼前に城の結婚式場へどうぞ』


女性という指定はあるが、人数までは指定されていない。

お触れ書きの盲点が、捜索隊をさらに混乱させた。


『どうしよう、ガラスの靴が履ける女性しかいねー。もう分かんないから全員送っちゃえ!』


仕事に忙殺される兵士たちは、すぐに考えを切り替えたらしい。

『正妃って本来は一人だよね?』なんて誰も口に出さない。 


「早くこの激務を終わらせて、みんなで家に帰ろう!」

「「はい!」」


ただそれだけを心の支えにして頑張っている。


「⋯⋯まだ、ヘレンの人があんなにたくさんいます」

「みんな、頑張ろう! 今日中になんとか終わらせるんだ」

「僕はヘレンの方々に整理券を配ってくる。君は休憩に行ってきなさい」


みんなで励まし合い、協力し合う現場の人たち。

そんな彼らによって、多くの『ヘレンの人』たちが城へ送り出されていく。


「なんか皆さん、変な数字を唱えてガラスの靴を履いていますけど」

「気にするな。俺たちは、〝靴が履けた女性を城に送れ〟としか言われていない」

「はい! 分かりました!」


そう。

変な数字を唱えて靴を履いていることに、「なんかおかしいな?」なんて気にしている余裕はないのだ。


前世で日本の会社員だった頃を思い出し、彼らの姿に既視感を抱いてしまう。


(人手不足で忙しい中、職場のみんなと似たような会話をしたなぁ)


童話を販売する傍ら、そんな様子を遠くから見守っていると⋯⋯。


「おまえたち、その不審な巨大白菜はなんだ!」


たまに、こうして声をかけてくる見回り兵がいたりする。

彼らもまた、現場で頑張る人たちだ。

国の治安を守る立場上、怪しい巨大白菜の馬車には声をかけないといけない。


「童話『白菜の馬車に乗るシンデレラ』の出張販売をしています。なんと今なら、馬車の中も自由に見られますよー」

「そ、そうか。えーと⋯⋯仕事がんばって」


それだけ言うと、見回り兵は足早に去っていく。

——なぜなら、店の前は私のコスプレイヤーのお客さんで溢れているからだ。

純白のドレスを着た舞踏会の私、白菜の広告塔バージョン、白菜の着ぐるみ姿の私、ウ◯ト●マンとバ◯タ●星人のコスプレをした私⋯⋯のコスプレと——もう訳が分からない!


みんな怪しく見えるせいで、もう誰も怪しく見えないカオスな光景だ。

見回り兵たちも、声だけかけて逃げていく。


この状況に慣れてきている自分が一番怖い。

そんなことを思いながら⋯⋯。

私は販売活動の合間に、童話を手に取って読んでみた。


表紙には『原作:白いハト イラスト:魔法使いのおじさん 協力:シンデレラ』と書かれていた。

個人情報に配慮して、それぞれの役割がペンネームになっている。


適当にページをパラパラめくってみると⋯⋯。

魔法使いとシンデレラが出会うシーンが、可愛いイラストで描かれていた。

これ、クラウスさんが描いたの? プロのイラストレーターみたいに上手だわ。

ワクワクしながらそのページを読んでみると、こう書かれていた。


『シンデレラは空腹に耐えられず、畑にあったかぼちゃを丸ごと食べてしまいました。そのため、台所にあった四つの食材からどれを馬車にするか選ぶことに。

魔法使いが、

「ここに、ほうれん草とゴボウときゅうり、そして白菜があります。どれを馬車にしますか?」

とシンデレラに尋ねました。

シンデレラが悩んでいると、いきなり白いハトが現れて言いました。

「白菜はどうですか? あなたの美しい緑の髪と明るい金の瞳、そして純白のドレスを象徴するのに相応しいお野菜です」

ハトにそう言われ、シンデレラは「はっ、言われてみれば確かに⋯⋯」と納得し、白菜を馬車の素材に選んだのでした。』


「⋯⋯」


すぐにハトへ物申そうとしたが、いつの間にか姿が消えていた。


私のイメージカラーが白菜って言いたいのかー!

これじゃあ、私が白菜をモチーフにして生まれたキャラみたいでしょうが!


でも、なぜか読者たちからは名シーンとしてウケたらしい。

そんなシンデレラにそっくり(というか本人)な私は、お客さんから握手やサインを求められ、童話は飛ぶように売れていった。


程なくして⋯⋯。

噂を聞きつけた捜索隊の一人が、店に駆け込んできた。


「すまん! ここにある童話をまとめて買い取らせてくれ!」

「ええ!? ま、毎度ありー⋯⋯」


捜索隊の人たちが大急ぎで本を運び出していく。

遠くの方で、『これ、経費で落ちるんですか』『俺が経理に掛け合う! つーか、今のペースじゃ終わらねーよ!』というやり取りが聞こえた。


遠くの方へ目をやると。

女性たちの行列の先に、休まず動き続ける兵士の姿があった。

靴を履かせては脱がす単純作業を高速で行っている。

工場で働くベテラン作業員のようだ⋯⋯。


様子が気になり、近くへ行ってみようとすると。

クラウスさんに呼び止められた。


「一緒に行くよ。一人で出歩かない方がいい」

「はい、お願いします」


二人で人混みに紛れ、少し離れた場所から様子を見に行くと⋯⋯。


「はい、次の方どうぞ!」

「だめ、足が入らない」


戸惑う女性に、兵士が間髪入れずに言った。


「8931と言ってください」

「8931。——あ、履けました」

「はい、次の方どうぞ!」


兵士が威勢のいい声と共に、猛スピードで女性たちにガラスの靴を履かせていく。

別の兵士は、並んでいる女性たちへ整理券と一緒に、さっき購入した童話を配っていた。

そして、行列の整理と誘導を行う兵士たちが、大声で女性たちに呼びかけている。


「待っている間、童話に目を通してください。一人三秒以内に靴を履くよう、ご協力をお願いします!」


「「⋯⋯」」


私とクラウスさんは無言で顔を見合わせる。

もはやガラスの靴が履けるかどうかではなく、ガラスの靴をいかに早く女性に履かせるかが目的になっている。


国中の女性に靴を履かせるという、エリック王子からの無茶振り。

現場で働く人たちは、早く仕事を終わらせたくてどんどん作業を効率化させていく。


「——五人ずつ横に並んで8931と言って下さい」

「——私が『はい』と合図するのと同時に言ってください」

「はい、はい、はいハイハイ!」


ついに兵士の掛け声もテンションもハイになりだした。


イベントはこんなにふざけているというのに。

⋯⋯なんで現場の実態だけリアルなんだ。


「帰ろうか、ヘレン」

「そうですね」


クラウスさんに促され、そっと兵士たちに背を向ける。


多くの色んな『ヘレン』を乗せた馬車が、次々と城へ向かって走っていく。

この短時間で、よくあれだけの人数に靴を履かせられたものだ。

現場の人たちの努力に頭が下がった。


そして——。

私たちも白菜の馬車で城へと向かったのだった。

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