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みんな違ってみんなヘレン

私はお触れの噂を聞いた後、すぐに二度寝して爽快な目覚めを迎えた。

さあ、今日で全てに決着をつけてやるわ!


気合いと共に新鮮な白菜を胸に抱き、クラウスさんとハトが迎えに来るのを待った。

やがて、クラウスさんと、彼の肩に止まったハトがやってきた。

いつも思うけど、この二人は私の家までどうやって来ているのだろう。

まさか、城から徒歩で来ているなんてことはないだろうけど。


「お待たせ。それじゃあ行こうか」


私が地面に置いた白菜を、クラウスさんが馬車に変える。

この巨大白菜の馬車に乗るのも、きっと今日で最後だろう。


「そんじゃー、サクッと終わらせるぞ!」


ハトのこんな軽口さえ、感慨深く思ってしまう。

私はこれまでの出来事を思い出し——。



——気付くと、町中でイベントを起こす段階にきていた。


「はい! それでは、イベント発動のトリガーをどうぞ!」


ハトが映画監督のようにカチンコを打ち鳴らす。

私は大きく息を吸って⋯⋯。


「待てい! 急に場面が切り替わったんだけど!」


あまりの衝撃にツッコんだ。

回想に入ろうとした瞬間、「要らんわ!」とばかりに場面転換された。

そして、いつの間にか町に到着していたんだけど。

何この雑な扱いと展開!


「話が長くなっちゃうからさ。ここから急ピッチで進めていくぞ。今回で『ヘレンを探せ!』と出張販売開始まで行くからな」

「スケジュール管理するマネージャーか、あんたは! ちょっとは感慨に浸るとかしないわけ?」

「しない! そういうのは、エンディングを迎えてからだ! エリックに勝たなきゃ、俺たちに平穏は訪れないぞ! それでは、はいどうぞ!」


くっ⋯⋯! 簡単に言ってくれるけど、イベントを起こすのは私なのよ。


「ほ、本当に大丈夫なんでしょうね?」


国中の女性を自分に変える能力なんて、出来れば使いたくないのだけど。

ミニゲームと言うより、ホラーゲームに近いじゃない。


「ヘレン、大丈夫だ。殿下の言葉を信じよう」

「クラウスさん⋯⋯」


クラウスさんが私の手を握り、優しく微笑む。


そう言えば、ハトが言っていた。


——恐らくだけど、女性たちは本当にヘレンになるわけじゃないと思うぞ。


普段はふざけてばかりのハトだけど、時折まるで先のことを見通しているかのようなことを言う。

たまに冗談も言うので、どこまで信用していいのか分からないけど。

でも⋯⋯ここまで来たら、信じてやるしかない。


私はクラウスさんと目を合わせ、互いに頷き合う。

そしてハトをじっと見つめる。


「信じていいのよね?」


ハトが力強く頷いた。


「ああ。このふざけた世界を信じろ」

「そこは『俺を信じろ』と言いなさいよ!」


よし! 大丈夫じゃなかったら、ハトを簀巻きにしよう!


私はイベントを起こすため、心にエリック王子を思い浮かべた。


ハトに言われた、イベント発生の条件は二つだ。


一つ目は、舞踏会が終わった翌日に行方をくらませること。

家の者に黙って家から出ればOKらしい。

継母と義姉たちは、城の宿泊施設に滞在中だ。家の者は私しかいない。

普通に家を出るだけで終わった。

⋯⋯この条件って必要なのだろうか?


二つ目は、王子を心に思い浮かべて、イベントのトリガーとなる台詞を口にすること。

ゲームの私が言っていたというこの台詞だ。


「この国の女性が私しかいなくなればいいのに⋯⋯」


緊張で声が上擦りそうになりながら、なんとか言い切った。

これで、確定イベント『ヘレンを探せ!』が発生する——はずだった。


「⋯⋯え?」


台詞を口にした私は呆然とする。

言われた通りの条件を満たし、台詞を口にしたのに。

——町の様子は何も変わらなかったのだ。


「ど、どうなっているの⋯⋯」


イベントの条件で、何か足りないものがあったのだろうか。

このままじゃ、作戦が失敗に終わってしまう。

焦る私の肩に、クラウスさんがそっと手を置いた。


「落ち着いて、大丈夫だ」

「でも、このままじゃ⋯⋯」


そこへ、馬車の外から声がした。


「おい、そこの巨大白菜の馬車。中をちょっと改めさせろ」


見ると、窓から衛兵らしき二人の男の姿が見えた。


「やべー! 思ったより早く、城の奴らに嗅ぎつけられた!」


ハトがあたふたしだした。


そこは考えてなかったんかい!


クラウスさんが、魔法で馬車の扉に鍵を掛ける。

扉が開かないと分かり、衛兵たちが乱暴に扉を叩いてきた。


「開けろ! 拒否するなら、無理やり中を改めさせてもらうぞ!」

「王子の探し人が、白菜の馬なし馬車に乗っていたという情報がある! どう見てもこの馬車だろう!」

「——っ!」


まずいわ、このままじゃ⋯⋯。

衛兵たちに捕まって、無理やり城へ連れて行かれるかもしれない。


そんなことになれば、全てが終わりだ。


「⋯⋯ヘレン」


ハトが小さく呟く。

不安な気持ちでハトを見ると⋯⋯。


「おまえにとっての〝王子様〟って誰のことだ?」

「え?」


いきなり何を言い出すの、このハトは。


「時間がないからちゃっちゃと答えろ。おまえにとっては、エリックが理想の王子様か?」

「そんなわけないでしょう! 私の理想の王子様はクラウスさんだけよ!」


隣にいるクラウスさんを引き寄せる。

クラウスさんは一瞬目を見開き——私の手を力強く握り返してきた。


「そっか。なら〝クラウスを思い浮かべて〟さっきの台詞をもう一度言ってみろ」

「ク、クラウスさんを?」

「急げ、時間がない!」


ハトが焦った様子で羽をバタつかせる。

その後ろでは——。

馬車の扉が、今にもこじ開けられようとしていた。


ええい、分かんないけどやるしかない。

ハトに言われた通り、クラウスさんのことを心に思い浮かべる。

そして——。


「この国の女性が私しかいなくなればいいのに⋯⋯」


台詞を口にした瞬間。


——外がカッと眩い光に包まれた。


思わずぎゅっと目を閉じ、少ししてから恐る恐る瞼を開ける。

⋯⋯先ほどの衛兵たちの騒ぎが、いつの間にか止んでいた。


やがて、つんざくような悲鳴が上がる。


「なんじゃあぁこりゃあぁぁぁ!」

「いいやあぁぁぁぁ!」


まるでお化けでも見たような叫び声と共に、慌ただしく駆け去って行く足音。

馬車の窓から、恐る恐る外を見ると——とんでもない光景が広がっていた。


往来を行き交う、見渡す限りの⋯⋯私の姿をした人々。

誰もが何事もないかのように町を歩いている。

それ自体が異様な光景だった。


「ひいいぃぃ!」


恐怖でクラウスさんにしがみつく。

クラウスさんが何度も背をさすってくれるが、震えが止まらない。


「ヘレン、落ち着くんだ」

「わ、わわ、私がたくさん町を歩いてる⋯⋯」


なんだこの光景。

本当に、国中の女性を私に変えてしまったの⋯⋯?



「落ち着きなさい。よく見てごらん」

「⋯⋯へ?」


窓の外に目をやったクラウスさんが、やや困惑した表情を浮かべて言った。


「おお! クラウスは気付いたようだな」

「ええ、まあ。⋯⋯と言うより、よく見たら全然違いますし」


ハトとクラウスさんの会話を不思議に思い、私は再び窓の外に目を向ける。


(あれ⋯⋯?)


何かがおかしい。

いや——思いっきりおかしいんだけど!


「ほら、よーく見てみろ。一人一人違うだろ?」


私の横で、ハトが窓の外を指し示す。


「色んなおまえがいるぞ。よく似ているヘレン。まあまあ似ているヘレン。微妙に似ているヘレン。もはや別人のヘレン。『I am Helen』と書いたTシャツを着たヘレンに、白菜の着ぐるみを着たヘレン⋯⋯」

「後半へ行くにつれて、私からどんどん離れていってるじゃない! しれっと手抜きとおふざけで作ったような私が紛れているんだけど!」


私になっているというより、私のコスプレイヤーになっている。

なんだこのふざけた世界は。

『ヘレン』をテーマにした仮想パーティー王国か。


いや、本当に私になったわけじゃなくて良かったけどさぁ⋯⋯。

これはこれでカオスな光景だ。


安堵ともやもやした気持ちでハトを見る。


「そういえば、なんでさっきはイベントが起こらなかったの?」

「最初に上手くいかなかったのは、おまえがエリックを頭に思い浮かべて台詞を言ったからだと思う」

「そうだけど。だって、ゲームのヘレンは、舞踏会で出会った王子様に一目惚れしたんでしょう?」


ハトはぶんぶんと首を振る。


「正確には〝舞踏会初日に王子様と出会って一目惚れする〟だ。()()()()なんて、場所までは指定されていない」


言われてみれば確かに。

でも、それがなんだと言うのかしら?


首を傾げる私に、ハトが「えー、さすがに気付けよ」と呟いた。

なんでちょっとげんなりしているのよ。


「おまえ、ちょいちょいクラウスのことを『王子様』って言ってたじゃん。舞踏会初日に、クラウスに一目惚れしてたじゃねーか。つまり?」

「そ、それは⋯⋯」


ハトの言葉にカァッと頬が熱くなる。

クラウスさんが、隣で小さく咳払いするのが聞こえた。


なんでそのことを知っているのよ!

まさか見ていたんじゃ⋯⋯。


いや、それよりも。

もしかして、ゲームの強制力で私がエリック王子に一目惚れしなかったのは。


「おまえは〝舞踏会初日〟に、クラウスを理想の〝王子様〟として好きになった。しかも〝一目惚れ〟だった。つまり舞踏会ヘ行く前に、条件をクリアしていたんだよ」

「⋯⋯っ!」


じゃあ、ハトの言った通り。

白菜の馬車に乗った時、既にシナリオは変わり始めていたということ?


ハトがこくりと頷いた。


「だからゲームの強制力は、やることがなくなってウッキウキで帰ったんだと思う」

「そうだったのね」


だから私にゲームの強制力は働かなかったのか⋯⋯て、またこのハトはふざけたことを言って!


「もう少しロマンチックな言い方は出来ないの!」

「白菜の馬車に平然と乗るヒロインに言われたくねー!」


言い返した後、ハトは「あっ」と何かを思い出したように言葉を切る。


「ついでに言うと、おまえがエリックを思い浮かべたせいで、強制力は『おまえが一目惚れした王子と別人やんけ!』と判断してイベントが発生しなかったと思われる」


細かい所に拘る強制力ね!

かぼちゃが白菜に変わってもスルーするくせに、王子様を間違えると「別人やんけ!」判定で仕事しないなんて!

つまり、一目惚れしたクラウスさんを思い浮かべたから、ようやくゲームの強制力が働いてイベントが発生したってこと?


バリエーション豊かな私で溢れる、このふざけたイベントが!


「で、なんでそのことを黙ってたの?」


言ってくれていたら、こんなに焦らなくて済んだのに。


「今の解説をした後、もし間違ってたら恥ずかしいじゃん。だから、実際に見て確認してから伝えようかなって——にぎゃああああ!」


暴れるハトを両手で掴み上げ、クラウスさんの方を見た。


「今からこの王太子に、みっちりお説教しますね」

「クラウスウゥゥ、助けてえぇぇ!」


ハトがじたばたと抵抗しながら、クラウスさんに助けを求める。

クラウスさんは困ったように苦笑し⋯⋯。


「殿下、今回は少しだけ反省しましょうか」

「クラウスまでぇぇ! 俺の味方がいねぇぇ!」


白菜の馬車に、ハトの悲痛な叫びが響き渡った。


そして童話の販売活動も無事に始まり——。


私が私のコスプレイヤーたちに、私をモデルにしたシンデレラの童話を販売する。

そんな世にも奇妙な体験をすることになったのだった。

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