舞踏会の終わりと決戦の朝
——舞踏会最終日。
「やあ、一昨日と昨日の美しい人。今宵もまた会えて嬉しいです」
会場へ行くと、エリック王子が待ってましたとばかりに近付いてきた。
一昨日と昨日の美しい人って何?
「まあ、私もお会いできて嬉しいですわ(棒読み)」
素早く余所行きの笑顔を装着する。
「そうですよねー。では、一曲踊っていただけますか?」
何が『そうですよねー』だ。
エリック王子が、〝答えはイエスだよね?〟と言わんばかりの笑顔で手を差し出してくる。
一曲と言っているけど、どうせ何曲も踊らされるのだ。
だがそれも今日で最後。
私は気合いを入れてダンスに臨んだ。
昨日みたいに、足が痛くなることも覚悟したのだが⋯⋯。
(あれ? なんか昨日よりも踊りやすいような⋯⋯?)
もしかして、エリック王子が上手くリードしているのかと思ったが、違うらしい。
私が動きについてこれていることに、むしろ困惑している。
時折わざとテンポをずらされたり、ステップを早めたりされるが、反射的に対応できている自分に驚く。
二日間のダンスで、エリック王子の動きに慣れてきたらしい。
もしやこれが、ハトの言っていたヒロインスペックというやつだろうか。
今頃になって発揮されても、もう舞踏会は終わるのだけど。
「お、お上手ですねぇ。あ、そろそろテラスでゆっくりお話でも⋯⋯」
エリック王子がダンスを切り上げ、テラスでの会話に移ろうとする。
またテラスか⋯⋯。
エリック王子から手を出されるたび、力を拮抗させて防ぐのは骨が折れる。
出来るだけダンスで時間を稼ぎたい。
「エリック王子殿下と、もう少し踊りたいですわ」
「も、もう、五曲くらい踊りましたけど。あと、確か昨日⋯⋯筋肉痛って言っていませんでしたっけ?」
そういえば言ったな。エリック王子を牽制するための嘘だけど。
「大丈夫です。筋肉痛なんて、気合いでなんとかしてみせますわ!」
「気合いでぇ!? そ、そこまでしなくても⋯⋯テラスでお喋りしませぇん?」
エリック王子が笑顔を引き攣らせて言う。
どんだけテラス大好きなんだ。
「でも舞踏会って、ダンスを楽しむ場所ですよね?」
「筋肉痛に気合いで耐えながらダンスを楽しむの!? もうそれ苦行じゃねーかな! それじゃあ、もうちょい体をこちらに寄せて⋯⋯て、あれぇ?」
私の体を引き寄せようとしてくる王子を、笑顔で押し返す。
「あれぇ? 私、もしかして押し返されてません?」
「すみません、筋肉痛のあまり筋肉が硬直したみたいです」
「そんな現象ある!? て言うか、意外と力ありますねぇ、ははは!」
「気のせいですわ、ふふふ」
笑顔で会話しながら、互いの両手は押す力と押し返す力によって、ぷるぷる震えている。
ダンスというより力比べだ。腕相撲で力が拮抗して動けない状態に近い。
やがて、周囲が騒がしくなってくる。
視線を巡らせると、いつの間にか私とエリック王子の周りに大勢の女性が集まってきていた。
集団の中から、女性たちが次々に進み出てくる。
「殿下、次は私と踊ってくださいな」
「わたくし、今日は一度もダンスに誘われておりませんわ」
「あたくしと踊ってくださる約束はどうなったのです!」
女性たちから詰め寄られ、エリック王子はあたふたしだす。
「いや、後で踊ってあげるから⋯⋯」
「舞踏会は今夜で終わりじゃありませんかー!(女性一同の声)」
我先にと、女性たちがエリック王子に向かって殺到する。
気付けば、私は集団の外に押し出されていた。
唖然とその光景を見つめる。
⋯⋯まるで、残り一個の特売品を奪い合うバーゲンセールのようだ。
(あの人たちって全員攻略対象かしら)
二十人以上はいるんじゃないかしら。
集団の中には、ミランダとセシリアの姿もあった。
王子にダンスを申し込むのに夢中で、こちらには目もくれない。
(たった数日で、よくあれだけの女性たちから好かれたものね)
あの中に入ったら押し潰されそうだ。
ガラスの靴を落として帰ろう。
エリック王子が、女性たちにもみくちゃにされながら叫んだ。
「待ってえぇぇ! ヘレンちゃあぁぁん!」
そんな断末魔みたいな叫びを聞き流し。
私は階段の真ん中まで下りた所で、片方のガラスの靴を脱いだ。
ちなみに、舞踏会は城の一階で開かれているので、階段は三段しかない。
邪魔にならないよう、階段の隅へ置いておく。
どう見ても置いていった感はあるが、まあいっか。
そして白菜の馬車へと戻ったのだった。
——ヘレンが舞踏会から走り去る様子を、一人の人物が遠くから見ていた。
ミランダとセシリアの母にして、ヘレンの継母であるカミラ夫人である。
さっき、エリックが彼女を『ヘレンちゃあぁぁん!』と呼んだのを、夫人は聞き逃さなかった。
「ヘレンって⋯⋯まさか⋯⋯」
ヘレンが去った方向を、カミラ夫人は冷ややかな目で見つめていた。
そして、白菜の馬車にて⋯⋯。
「ただいまー!」
戻った私を、クラウスさんとハトが出迎えてくれる。
「おかえり」
「おまえ、昨日とは別人みたいに元気だな」
二人の顔を見て、実家のような安心感を覚える。
この時間も、もうすぐ終わりかと思うと寂しい。
いつの間にか、この巨大白菜の馬車にすら愛着が湧いていた。
クラウスさんの隣に座り、いつものように頭を撫でてもらう。
私にとっては、風呂上がりの一杯のような癒し効果だ。
これのために生きていると言ってもいい。
「おまえ、もしかして中身はおっさんか?」
「はっ倒すわよ!」
ハトがバサバサと羽ばたいて後ろに飛び退く。
まったく、逃げるならなぜケンカを売るのよ。
「まあまあ。落ち着いて」
クラウスさんに宥められ、はあっと息を吐く。
もう片方のガラスの靴をハトの前に置いた。
「言われた通り、片方のガラスの靴を置いてきたわよ」
「サンキュー。こっちも準備できたぞ」
ハトが羽で指し示した先には、一本の白い旗があった。
無駄に天井が高い馬車なので、細長い旗も問題なく置ける。
白菜の馬車の特徴が、こんなところで役に立つなんて。
白い旗には、緑の文字でこう書かれてた。
〝童話『白菜の馬車に乗るシンデレラ』 本日限定☆出張販売中!〟
私たちは明日、町中で童話の出張販売をすることになった。
なぜそんなことになったのかと言うと。
昼間の作戦会議の時——。
「大勢のヘレンが城内へなだれ込んだ混乱に乗じ、とーちゃんのいる玉座の間の扉へと向かう」
国王をとーちゃんと呼ぶせいで、イマイチ緊張感が伝わらない。
そんなハトの作戦によると。
大勢の私が城へ送られるのを見届けてから、私たちは白菜の馬車で城に向かう。
それまでは、町で待機するとのことだった。
でも、この馬車は町中だとものすごく目立つ。
なにせ、巨大白菜の形をした、クラウスさんの魔法で走る馬なし馬車なのだ。
町の人たちに不審車両として通報される可能性があった。
「表向きは童話の出張販売をやる。そして白菜の馬車はイベントカーってことで、お客さんが中を見られるサービスもやれば、きっと怪しまれない」
本当にそんなので、ごまかせるのかしら。
不安に思っていると、クラウスさんがぽんっと肩を叩いてきた。
「大丈夫だよ。この国の人たちは、お祭りや楽しいイベントが大好きだから」
「そうなんですか?」
この世界は娯楽が少ないから、そういうものに敏感なのかしら。
なんて思っていたら、ハトが気になることを言った。
「白菜祭りの町を見ただろう。みんなノリの良い人たちばかりだ」
⋯⋯。
いやいや、まさかね。
実はみんなウッキウキであの状況を楽しんでいたなんて、そんなことあるわけない。
ゲームの強制力が働いて、きっと皆の認識がおかしくなっただけ⋯⋯よね?
よし、頭を切り替えよう。
「それにしても、童話の出張販売で町に溶け込むなんて、よく思い付いたわね」
ハトの突拍子もない思いつきは、いつものことだけど。
今回の作戦は妙案に思えてきた。
シンデレラの童話には、ガラスの靴の〝履き方〟も載っている。
まだ童話を読んでいない女性たちの役に立つはずだ。
もし、そういったことも狙って考えたのだとしたら。
このハト、実はかなりの策士なのでは⋯⋯。
ハトが得意げに胸を張る。
「クラウスに童話を自費出版してもらったから、売り上げで返そうと思ってさ。童話の出張販売の準備をしている時に思い付いたんだ!」
ズルっとこけそうになった。
本気で童話の出張販売をする気だったのか。
相変わらずの行き当たりばったりな作戦に不安しかないが⋯⋯。
(もうここまで来たら、やるしかないわ)
明日へ向けて、気持ちを引き締める。
「それじゃあ、帰ろうか」
クラウスさんの声を合図に、馬車がゆっくりと動き出す。
(いよいよ明日が本番か⋯⋯)
遠ざかっていく城を、馬車の中から見つめる。
舞踏会もついに終わりだ。
ほぼ日常がメインで、舞踏会がオマケみたいな三日間だったけど。
それでも私にとっては濃い三日間だった。
ハトの話では、明朝には城からお触れが出るだろうとのこと。
そこからいよいよ、作戦開始だ。
ちなみに継母と義姉の三人は、舞踏会をぶっ通しで楽しむため、お城にある宿泊施設に滞在している。
おかげで、一人暮らしのような開放感のある生活が送れていた。
この時間も、もうすぐ終わりかと思うと悲しい。
私は静かな家の中で、ぐっすり眠りに就く。
——翌朝、家の外が騒がしくて目が覚めた。
外に出ると、城からお触れが出されたと噂になっていた。
早いて。時計を見たら、まだ朝の六時だ。
お触れの内容はこうだ。
『ガラスの靴が足にぴったりハマった女性を王子の正妃とする。靴が履けた女性は、今日のお昼前に城の結婚式場へどうぞ』




